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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第10話 嫁ごはん レシピ10 ベリーたっぷりのヨーグルトバーク(過去編)
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塩味のコーンライス

崖の下は草原。背丈よりも長い草のおかげで怪我は免れた。二徹ルウイは、ニコールと一緒に転がったので下に落ちたときには、ニコールに覆いかぶさっていた。

(あれ?)

 なんだか軟らかい感触を頬に感じた。ニコールの胸に頬を接触させていたのだ。

「うっ……」                                    

 

 転がったショックから意識を取り戻すニコール。二徹ルウイは、慌ててニコールの胸から頬を離した。


「隊長、どうやら崖から落ちたようですね」

「う……重い。ルウイ、どいてくれ」

「は、はい」

 

 二徹ルウイが重いというより背負っている荷物のせいだろう。なにしろ、調理道具一式を持っているからだ。慌ててニコールから体を離す二徹ルウイ。先に落ちたと思われるコンラッドとレオナルドに向かって叫ぶ。


「コンラッド、レオ!」

「痛い、痛いよ……」

「うううう……」


 かすかな声が草むらの2方向から聞こえる。二徹ルウイは立ち上がって、ニコールの手を引っ張って立たせると声の方向へ歩いた。


 二人とも草むらに倒れこみ、レオナルドは頭を打ったようでボー然と座り込んでいるし、コンラッドは右足を押さえている。どうやら怪我をしたようだ。


「大丈夫か、コンラッド」

「痛い、痛い……」


 泣き叫ぶコンラッド。二徹ルウイはそっとコンラッドの足を見た。赤く腫れている。そっと触ってみたが折れてる感じではなさそうだが、捻挫はしていると思われた。


「冷やさないといけないな……」


 一緒に見ていたニコールは、かばんを下ろすとタオルを取り出し、水筒の水で濡らした。それをコンラッドの右足にそっと当てる。ひんやりして痛みを幾分か和らげたようだ。コンラッドは相変わらず顔をしかめて、痛い痛いと言っていたが、その声は小さくなっていた。


「さて、隊長、どうしますか?」


 幸い、森林熊は追撃をあきらめたようで、この崖下には来ていない。崖上までは10ノラン(約5m)ほどあり、怪我をしたコンラッドを抱えて上るのは難しい。それに熊がまだ崖上にいるかもしれない。


「ここを動かない方がいいと思うが、状況はそれを許さないようだ」


 ニコールは空を見上げた。先ほどまで晴れていた空がいつの間にか分厚い雲に覆われている。雨がぽつり、ぽつりと降って来た。


 遭難したときの鉄則は、その場から動かないこと。ルートから外れたとはいえ、間違った看板の矢印に従えば、こちら方面に捜索が行われることは確実である。ここは動かないで体力の温存を図るのがベストチョイス。だが、雨が降ってきたとなると考えなくてはいけない。全身を濡らすことは命の危険に直面するかもしれないのだ。


 二徹ルウイとニコールはコンラッドに肩を貸し、ボーっとしているレオナルドを叱咤して、雨宿りする場所を探す。幸い、草原を5分ほど歩くと小さな沢に出て、その山肌に雨を防ぐことができる岩陰があった。



「まずい本格的に振ってきちゃったね」


 岩陰から外を眺めて、二徹ルウイはそうニコールに話しかけた。この岩陰は4人が身を寄せ合うには十分な広さがあった。雨が本格的に降ってくる前に、二徹ルウイとニコールは草を刈って地面に敷き、落ちている枝を薪代わりに集めていた。最悪、ここで一晩過ごすかもしれないという判断からである。


「みんなすまない。こうなったのも私の判断ミスだ」


 そうニコールが頭を下げた。だが、3人ともニコールのせいだとは思っていない。今日、家の者に黙ってハイキングをしようと誘ったのはニコールではあるが、道を間違えたのも、熊に襲われたのも、崖から落ちたのも不可抗力というものだ。


(むしろ、隊長の判断がなかったら、雨に濡れて凍えていたかもしれない……)


「この分だと、今日中には僕たちを捜せないだろうねえ」


 雨は結構、激しくなっている。今頃、4人がいなくなって騒いでいる頃だ。捜索隊が編成されても、この雨では思うように進まないであろう。


「とりあえず、空腹を満たそう」


 ニコールは自分が持ってきた軍用のレーションを出した。それは塩気のある乾パンと干し肉。ナッツのパック。美味しいものではないが、もう昼過ぎで空腹であった4人は無我夢中で食べた。


「火を焚いておこうよ」


 レーションを食べ終わってから、二徹ルウイはニコールが集めてきた枯れ枝で、焚き火をしようと試みた。幸い、二徹は着火材を持ってきており、火種はすぐに起こせた。だが、いきなり枝に火をつけるのは容易ではない。


「それを貸せ!」


 ニコールはレオナルドの持ってきた本を破る。レオナルドは少々抵抗したが、今は非常事態。本が役に立つとしたら、今しかないであろう。それに火を付けて、枝に燃え移せば、焚き火の完成である。


やがて、ぱちぱちと火がおこる。不思議なもので火があると人間、だんだんと勇気がわいてくる。火というのは人間だけが使うことのできるもの。力の象徴でもある。


「足が痛いよ~。お腹が減ったよう~」


 時折、コンラッドの泣き言が聞こえてきたが、足の捻挫は雨水で時折、冷やしたタオルを当てていたので、腫れもずいぶんと収まっている。心細さからの甘えであろう。それでも、コンラッドが持ってきたチョコレートとキャンディは、子供たちにとって、この状況ではありがたいものであった。


「ん……」


 燃える火を呆然と見ていたコンラッドは、二徹ルウイが持ってきた鍋を火にかけて、なにやら作っているのに気がついた。二徹ルウイを除く、3人は疲れてウトウトと寝てしまっていたからだ。


「ルウイ、何を作っているの?」


 食べ物のにおいに敏感なコンラッドが、そう二徹ルウイに尋ねる。なんだか、かすかな甘い匂いがする。


「ああ、これね。コーンライス(とうもろこしご飯)だよ」

「コーンライス?」

「そんなの作れるのか?」


 レオナルドとニコールも目が覚めたようだ。ウェステリアでは、米自体は珍しい食べ物ではないが、主食というものでもないので3人とも食べたことはないだろう。このとうもろこしご飯は、二徹ルウイの生前の記憶から生まれたレシピなのだ。

 

 作り方は簡単。皮付きとうもろこしを剥いて、包丁で身をこそぎ落とす。上手にやらないと粒がつぶれて汁が失われるので、慎重にやらないといけない。二徹ルウイは、持ってきた3本のとうもろこしのうち、2本の皮をむいた。そして、持ってきた小さなナイフで上手に黄色い実をこそぎ落とした。

 

 それを鍋にそっと入れる。鍋にはよく洗った米と水、塩が入っている。とうもろこしを上に散らした感じだ。ここでのコツは十分に米を水に浸すこと。そうすれば、火が米の中心にまで入り、ふっくらと炊けるのだ。20分ほどで完成だ。

 

 3人が寝ている間に調理を済ませた二徹ルウイの手際のよさは、10歳の子供の能力を超えているだろう。鍋の蓋を開けると湯気とともにとうもろこしの甘い香りが、岩陰いっぱいに広がる。


「さあ、召し上がれ」


 二徹ルウイは、器によそったとうもろこしご飯を3人に渡す。みんなそれを一口食べる。


「温かい……」

「ほんのりと甘くて美味しい」

「ふああああっ……」


 とうもろこしの甘み、米の甘みがほんのりとした塩味に映えて、余計に舌にくっきりと甘さを印象付ける。その甘さはしつこくなく、体に心地よい甘さなのである。そして、噛むと、とうもろこしの黄色い粒がぶしゅっと潰れて、濃厚なエキスが次々と口の中で弾ける。これは心細い子供にとって、それを忘れさせるものであった。


 こういうときの温かい食事は、人間を元気にさせる。被災地でも暖かい豚汁やカップラーメンが、冷えたおにぎりやパンよりも人々を笑顔にするのと同じである。


「美味しい~」

「おかわりはある?」

「あるよ。そういうと思って、お腹が弾けるくらい作ったから。はい、隊長もおかわりどうぞ」


 二徹ルウイはニコールから器を取ると、おかわりをよそった。湯気が立つとうもろこしご飯を黙って見つめるニコール。


「ルウイ、お前、前から思っていたが料理の腕はすごいな。それに時々、強くなるし」


 ニコールは先ほどの熊との戦いのことを言っているのであろう。その話には振られたくない二徹ルウイは、料理の方の話題に進むことにした。


「いや、料理は趣味なんですよね」


 二徹ルウイは、カップに注いだ紅茶を3人に出す。暖かく香りのよい紅茶は、心をリラックスさせて、暗くなるにつれ心細くなる今の状況を大幅に改善した。


「まったく、嫁にするならルウイだな」

「隊長、嫌だな、僕は男ですよ」


 ここでちょっと二徹ルウイの脳裏に、先ほどの軟らかい感触が思い出された。もしかしたら、ニコールが女の子ではないかという疑問だ。


(いや、いや、こんな乱暴な女の子はいないだろう……。でも、もしニコールが女の子だったら嫁にしたいか?)


 二徹ルウイもニコールも貴族だから、掃除、洗濯、炊事は使用人が行う。ニコールがそういうのが一切できなかったとしても問題はないし、そういうことをする姿は想像できない。


(嫁?)

(隊長が僕のお嫁さんだったら……毎日、敬礼して報告しないといけないじゃないか……でも……)


 そっとニコールの表情を見る。

(ん?)っといった感じで少しだけ首を傾けたニコール。思っていた以上に可愛い。

(い、意外といいかも。少なくとも、隊長と一緒なら楽しいと思う)

 

 二徹ルウイは頭を2,3度軽く振った。この変な考えを忘れることにした。この考えは、あくまでもニコールが女の子であったとしてだ。


 日が落ちて暗くなり、ニコールが持ってきたタオルケットに2人で包まって寝る。コンラッドにレオナルド。ニコールに二徹ルウイという組み合わせだ。レオナルドはニコールと組みたがっていたが、当のニコールは当然のように二徹ルウイの隣に座ってタオルケットに包まった。体を寄せ合うと温かいし、ニコールからは何だかいい匂いがする。

 

 雨は小降りになり、燃えている炎に時折、枝をくべて燃やし続ける。疲れからか、言葉が少なくなり、やがて睡魔に襲われてみんな寝てしまった。


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