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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第10話 嫁ごはん レシピ10 ベリーたっぷりのヨーグルトバーク(過去編)
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小さな冒険

 ニコールと初めて出会ったのがいつなのか二徹ははっきりと思い出せない。なぜなら、8歳の頃からの遊び友達の中にニコールが既にいたからだ。当時のニコールは男の子の格好をしていて、二徹たちと一緒に外を飛び回っていたのだ。


 二徹ルウイたちが11歳。ニコールが12歳の頃のことだ。朝早くにサヴォイ家の領地である森林の入り口に4人が集まっていた。


「ルウイ、コンラッド、レオ」

「はい、隊長!」


 1つ年上のニコールはそう年下の二徹ルウイたちを仕切っていた。仲間うちでの呼び名は『隊長』である。二徹ルウイたち男子は、二コールのことを最初は女の子だとは全く思っていなかった。


 ニコールは男の子の割にはまつ毛が長く、きれいな顔立ちをしていたので、女の子と言われればそう思ったかもしれない。だが、10歳頃の男の子は、まだ異性には疎いものだ。普通、一緒に飛び回り、自分たちよりも勝る運動能力を魅せられては、女の子だとは思わないだろう。いつも色違いのハンチング帽子を目深にかぶる姿は、格好がよく、女の子にもキャーキャー言われていた。


 貴族の家に生まれた女の子は小さいころから淑女レディになるために躾けられる。様々なマナーやダンス、楽器の演奏に近隣の外国語である。歌や詩の朗読まで修めるのは、将来は嫁いだ先で客人をもてなすためである。

 

 それに比べて男の子は自由である。教養を高める学問は共通であるが、自由に外に出ることができるし、狩りや乗馬、場合によっては、ハイキングやキャンプもする。これは将来、軍人として活躍することを見越してということもある。


「本日は1日をかけて行軍訓練を行う。みんな食料、その他、装備はいいか?」


 ニコールはそう3人の子供に聞く。ニコールを含めて4人の子供は、二徹ルウイの別荘に昨日から泊まりにきていたのだ。


「はい、隊長。大丈夫です」

「どれ、見せてみろ」


 ニコールが最初にカバンを見たのがコンラッド。彼の父親は男爵で銀行家。二徹ルウイのサヴォイ家と取引があるので、小さい頃より遊びに来ていた。最初、二徹ルウイと遊び友達になったのは、父親の命令だったのだが、二徹ルウイとニコールと気が合い、今は進んで遊びに来ている。


 家では甘やかされているらしく、くせ毛のある金髪にそばかすのある顔。そして太めの体。サスペンダーで吊っているストライプの半ズボンのシャツ。赤い蝶ネクタイがトレードマークである。


 今日は野外でハイキングに行くといっていたのにこの格好とは、ニコールをなめているなと二徹ルウイは思ったが、コンラッドはいつもこうなのである。最初にニコールが彼の持ってきた袋を見たのは、突っ込みどころ満載だと思ってのことだろう。


 そしてコンラッドのカバンには、キャンディとチョコレートが大量に出てきた。それ以外のものは何もない。


「はあ……。コンラッド、君は今日の冒険の意味が分かってないな」


 ため息をつくニコール。予想はしていたのだろうが、あまりに予想どおりでがっかりしたようだ。


「だって、ニコール隊長。今日は1日、外歩きならおやつの時間ないでしょ。このくらいはないと僕、退屈だよ」

「まあ、隊長。甘いものは非常食として有効だし、ハイキングならコンラッドはあまり荷物がないほうがいいと思うんだ」


 そう二徹ルウイはフォローをする。お坊ちゃんで体力があまりないコンラッドに、いろいろと備品を持たせたら途中で歩かないと言い始めるに違いない。それは賢いニコールも分かっていた。一度、頭を横に軽く振ると次の検閲(持ち物チェック)に移る。


「仕方がない。次はレオだ」


 もう一人の遊び仲間のレオナルドは司法省1等書記官の息子である。父親の1等書記官は、二徹ルウイの父親であるサヴォイ伯爵の部下で有能な人物として知られていた。その息子のレオナルドは学問好きの秀才タイプである。本の読みすぎで目を悪くし、10歳でもう眼鏡をかけている。ストレートの銀髪で前髪ぱっつんの痩せた子供だ。


「僕は食い意地のはったコンラッドとは違うよ」


 そういったものの、カバンから出てきたのは数冊の本。食べ物も飲み物もない。


「これから行うサバイバルに本なんか役に立たないぞ」


 ニコールはそうレオナルドをにらんだが、レオナルドは平気である。レオナルドは完全にインドア派でニコールとは気が合わないはずだが、いつも一緒に行動している。どうしていつも遊びに来るのか二徹としては不思議でならない。


「まったくダメだ。ここはルウイ。お前なら大丈夫だろうな」

「隊長の期待に応えられるかどうかは自信ないけど……」


 そういって二徹ルウイが開いたカバンには、小さなナイフ。木製の小さな器4個。金属製のコップが4個。お湯を沸かすポット。着火剤に鍋。塩、コショウにトウモロコシが皮ごと3本。紅茶の葉に米である。


「うむ。さすがルウイだ」


 ニコールはそう感心して褒めた。でも、よく考えると二徹ルウイも褒められるようなものがあるわけでもない。一応、野外でちょっとした調理をすればニコールが喜ぶだろうということで、台所からくすねてきたものなのだ。


 ニコールはというと、ロープにナイフ、タオルケット2枚。そしてどうやって手に入れたのか、軍用のレーションパック4つ。タオルに水の入った瓶1本である。これが適切な装備なのかどうかは不明であるが、コンラッドやレオよりはよく考えられた装備と言っていいだろう。


 今日は緑色のハンチング帽子と乗馬服でばっちりと決めた二コールの姿は、まさに少年。探検を楽しもうとする男の子である。


「それでは出発だ」


 サヴォイ家の領地の森とはいえ、貴族の子供だ。使用人が付き添うのが常であるが、4人ともこっそり部屋を抜けだしてきている。ニコールの目的は森の中央にある湖を一周すること。距離にして5時間ほどである。道も整備されており、普通に歩けば危ないルートではない。


 だが、2時間ほど歩いて4人は道に迷ってしまう。あとで分かったことだが、途中でルートを示した看板が1週間前の嵐で壊れ、反対方向を示していたのだ。


「隊長、この道は違うと思うんだけど」

「そうだな。私もそう思っていたところだ」


 先頭を歩くニコールに二徹ルウイは声をかける。湖から離れ、見たことのないというより、森の木々で見分けがつかない。道もだんだんと細くなり、ついには獣道になってしまった。


「戻ろうよ……僕、足が痛いよ。もう馬車を呼んでよ」


 もうコンラッドは体力の限界のようで座り込んでしまった。二徹ルウイは子どもながらも、生前の記憶が少しずつ戻ってきており、たまに大人の思考ができた。だから、この状況がまずいことを認識している。


「ね、ねえ……なんだか、後ろに黒い何かがいるみたいなんだけど……」


 これは一番後ろを歩いていたレオ。そういわれて振り返り、よくよく見ると確かに黒い大きな物体がもそもそと歩いて近づいている。


(熊だ!)


 二徹の心臓が早鐘のようにドクンドクンと音を立てる。これは隣で石のように固まっているニコールも同じであろう。


 森林熊はウェステリアではよく知られた獣である。臆病でめったに人里へは現れないが、その体は立ち上がると人よりも大きく、その戦闘力は侮れない。武器を持たない人間には到底太刀打ちできない動物だ。ましてや。こちらはひ弱な子供だ。もし、突っかっかて来たら死を覚悟しないといけない状況である。


「うあああああっ!」

「うあっ!」


 地面にへたりこんでいたコンラッドが恐怖で叫ぶ。それにつられてレオも叫んだ。


「ダメだ、静かにしろ!」


 ニコールが短く、そう言ってコンラッドの口をふさいだが、もう遅かった。熊はこちらに向かって猛然とダッシュしてくる。


「くそ!」


 ニコールはそう叫んで、ナイフを手にもつ。熊に向かって威嚇する。だが、その程度のもので熊が恐れるはずがない。


「隊長、そんな武器では勝てないよ」

「ルウイ、二人を連れて逃げろ!」

「く……。コンラッド、レオ、前へ走って!」


 二徹はそう叫ぶ。パニックを起こして、走り出す2人。振り返ると熊がニコールに向かって飛びかかるところであった。


時間よ、止まれ!(スタグネイション)


 この時の二徹ルウイのチート能力は、まだ十分に開花していない。だが、ほんの数秒だけ時間を止められた。今、まさにニコールに飛びかかろうとする止まった熊に体当たりをする。


「ぐおおおおおっ」


 横腹に衝撃を受けて、20ノラン(約10m)ほど転がる熊。


「隊長、逃げよう!」

「え!」


 目を丸くして驚いているニコールの手を取って前方へ駆け出す二徹ルウイ。あの程度では倒すことはできないが、逃げだす時間はなんとか稼げた。だが、ピンチはまだ続く、前方へ逃げていたコンラッドとレオの叫び声がしたのだ。


「どうした、コンラッド、レオ!」

「お!」

「きゃっ!」


 ニコールと手をつないで走っていた二徹ルウイは、急に地面がなくなった感覚にとらわれた。


(崖だ!)


「うあああああっ……」

「きゃあああっ……」


 草に覆われた斜面を滑り落ちていく二人。

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