オーガスト准伯爵家
妻であるニコールの婿養子になった二徹。そのオーガスト家はオーガスト伯爵家の分家。このウェステリア王国では、分家は一代までは貴族扱いであるが、二代目からは貴族でなくなる。これは貴族がネズミ算式に増えるのを防ぐためであろう。このウェステリア王国では貴族の家には定員があり、それは188家と決められていた。ある貴族の血筋が絶えれば、その席が空き、新たに国家に貢献したものが貴族に任じられるのだ。
貴族の特権は領地とそこから得られる収入。一定の税金さえ収めればあとは自分の財産になるから、豊かな土地を領地とした者はとてつもない金持ちになれる。
ニコールはオーガスト伯爵家の三女。よって分家で、一応、貴族扱いであるがニコールか二徹が手柄を立てて正式な爵位を得なければ、ニコールと二徹の子供は貴族とは呼ばれなくなる。現在のところは伯爵ではないがニコールが一代限りの准伯爵という身分である。
(ちゃんと暮らしていければ、爵位なんかどうでもいいさ……)
日本で暮らしていた時の記憶がある二徹にとっては、爵位とか家柄とかはどうでもいいものになっている。妻と普通に暮らせれば何も問題ない。
オーガスト家の収入はいくつかある。一つはニコールの給料。これが1ヶ月に25ディトラム金貨。年に2回のボーナスを合わせて金貨350ディトラムが年収。(この世界の1年は10ヶ月。ちなみに1ヶ月は25日だ)物価からして金貨1ディトラムが日本円で1万円ほどの価値があるから、ニコールの給料は、日本円で約25万円ということになる。この世界では、そこそこよい給料である。さすがは近衛隊の隊長ってところであるが、もちろん、これだけでは使用人を雇って、貴族らしい体面を保つことはできない。
この他の収入が頼みである。その一つは結婚のお祝いとしてニコールの父、オーガスト伯爵から、王国の国債を金貨4000ディトラム分もらっていた。ありがたいことに、ここから年に金貨280ディトラムの利子収入を得られる。さらに金貨3000ディトラムを財産分与として伯爵より下賜があった。これを預金として銀行に預けてある。これも運用して年に金貨200ディトラムの収入があった。合計金貨830ディトラムがオーガスト家の年収ということになる。庶民の平均年収が金貨200ディトラムだから、金持ちの部類には入るが、出て行くお金も多いのでこれではかなりキツイというのが正直なところだ。
妻ばかりの収入で、二徹は稼いでないようだが、一応、二徹にも財産はある。二徹の実家であるサヴォイ伯爵家の財産は、政変によって全て没収されてしまったが、家令のジョセフが持ち出し、密かに隠してくれた財産があった。これが金貨5000ディトラム。これを銀行に預けている。ここから入ってくる利子収入が年に金貨350ディラム程の収入があった。これによって、少し余裕ができ、二人の収入を合わせて最低限の使用人を雇い、上流階級の末席に座れるくらいの収入は確保している。
それでも伯爵令嬢だった妻には、随分と質素な暮らしを強いているとは思う。せめて、食事ではこの国の王様も食べてないような美味しいものを食べさせたいというのが、二徹の日々の行動の原動力なのだ。
朝、いつもの通りに妻を起こし、朝食を食べさせて送り出す。片付けや掃除、洗濯は使用人が行うので、二徹の仕事は夕食の準備ということになる。二徹の職業は今のところ、専業主夫なのだ。(他にもいろいろとやってはいるが、そのうち語ることになるだろう)
「旦那様、今日はどちらへお出かけになりますか」
ニコールが出勤し、日も十分昇った頃、執事のジョセフが二徹に尋ねる。二徹は少し思案した。
「う~む。今日辺り、ジュラールのところへ顔を出すよ」
「ジュラール様のところですか?」
家令のジョセフが念を押す人物は、二徹の友人である。もちろん、ただの友人ではない。この都で蒸留酒を製造している男である。歳は二徹と同じ20歳。若いながらも有能な青年で、父親の会社を受け継ぎ、発展させている男だ。