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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第9話 嫁ごはん レシピ9 鮎の魚醤たれ、ぶっかけレモン汁唐揚げ
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ニコちゃん無双

「だ、誰だ!」

「うおっ!」

 

 ドカ、バキ、グギッ……。

 

 男たちの短い叫びと鈍い音。リーゼルは耳を澄ます。周りの女性たちも息を飲む。やがて、分厚い金属製のドアがカチっと音を立てて開いた。背後の光で顔がよく見えないが、そのシルエットはリーゼには見覚えがあった。


「ジョセフさん!」

「リーゼル様、お待たせしました」


 ジョセフである。制服である黒いタキシードは汚れ、所々、焼け焦げていたが白い手袋はなぜか汚れていない。ゆっくりと頭を垂れる。そして先ほど奪った鍵の束を取り出し、リーゼルの足に付けられた鎖の鍵を解き放つ。囚われていた12人も同様である。


「リーゼルさん、彼は?」

「ジョセフさんは、お兄様の家の家令です」


 カリーナは目を丸くした。家令は普通、お屋敷で家事を取り仕切っているものだ。それなのに、こんな修羅場へ現れるとは驚きだ。


「ジョセフさんが来たということは……」

「はい。二徹様、ニコール様も来ていらっしゃいます」


 ジョセフの言葉が終わるか終わらないうちに、銃声が鳴り響く。そして、怒号と悲鳴。爆発音が続く。


「ほらね。やっぱり、リーゼのお兄様は必ず助けに来てくれると言ったでしょ」

「……あなたのお兄さん、すごい人ね」


 お兄様が必ず助けに来るなんて、どんな夢を見ているのだろうと半ば馬鹿にしていた自分をカリーナは恥じた。世の中にはとんでもない人間がいるものである。


「リーゼル様、この混乱に紛れて脱出します。お嬢様方も後に続いてください」


 ジョセフに連れられて、囚われの女性たちは船倉から外へと動き出す。

 さて、カリーナにとんでもない人間と言われた二徹とニコールは港に乗り込んでいた。ナラブ船籍の商船『パンドラ』は外洋を航海する大きな船である。この船が動き出す寸前に、ニコール率いるAZK連隊の1個中隊は港へ到着した。


「まずいぞ、船が動き出している。ニコール大尉、1個分隊を率いて突入せよ」

「了解しました、レオンハルト閣下」


 ニコールは左の腰に装備した刀を抜く。それは夕日の光を浴びて燦然と輝く。船が桟橋を離れようとしている。


「第1分隊、私に続け!」


 ニコールが先頭で走る。その後に遅れじと兵士が続く。


「大尉に遅れを取るな!」


 ニコールに指名されてAZK連隊に来たカロン曹長が続く。


「ま、待ってくださいよ~」


 シャルロット少尉も小銃を片手に走る。


 その背後から一斉銃撃が放たれる。それは突撃するニコールたちを船から撃とうとした敵をなぎ倒す。レオンハルトの命令で指揮する中隊の兵が射撃したのだ。

 

 その援護に乗じて、一気に階段を駆け上り、離れようとしている船に飛び乗ったのはニコールと10名の兵士たち。しかし船の甲板には50人もの武装した船員とその後方に勝ち誇るローズベルト侯爵がいた。


「ふふふ……。1個中隊が到着したとはいえ、船に乗れなければ意味がない。そして乗れたのはわずか1個分隊。それ皆の者、全員殺して差し上げなさい」


 30人の船員は全員シャムシールを装備している。シャムシールとは三日月刀などと呼ばれる湾曲した剣である。サーベルの起源となったと言われる断ち切ることに特化した形状である。そしてシャムシール歩兵の後ろには、小銃を構える20人。全員、ナラブ人の傭兵。ローズベルト侯爵が雇った者たちだ。


「残念です。ローズベルト侯爵。あなたがゼーレ・カッツエに組みしているとは」


 ニコールはこの状況でも落ち着いている。右手を刀の柄に添えている。この距離なら銃撃は怖くないと思っているようだ。一気に距離を縮め、乱戦に持ち込めば近接戦闘の強さで決まる。


「この状況でその余裕とは、さすが狂乱淑女レディ・バーサーカーだ。だが、死ぬのは君だ」

「侯爵、もう一度言います。降伏しなさい。武器を捨ててその場で跪きなさい!」

「うるさい、死ね!」


 パンパンパン……。乾いた音。バタバタと倒れたのはナラブ人の傭兵。いつの間にか、レオンハルトが指揮する兵が港の屋根に上って一斉射撃をしたのだ。その銃撃ポイントは正確でタイミングも的確であった。


「者共、私に続け!」


 ニコールは抜刀した。この優れた指揮官が、この時間を無駄にするはずがない。10人の兵士も銃剣を構えて真っ直ぐに突撃する。



「みなさん、ボートに乗りましたね」


 ジョセフは船尾にある緊急脱出用のボートに監禁されていた少女たちを乗せる。これを海面に下ろせば脱出完了だ。周りにはジョセフが倒した見張りの船員が倒れている。全て一撃で倒したジョセフ。その強さは尋常でない。


「リーゼル様、あとはリーゼル様だけです」

「先ほど銃声がしました。お兄様が心配です」


 リーゼルはそっと振り返る。だが、その瞬間にぬるっとした感触を腕に感じた。腕を見たときに気味の悪い顔が視界に入った。


「グフグフ……大事な人質は逃さないぞ」


 爆弾魔ハーベイである。同時に救出に動こうとしたジョセフめがけて爆弾を投げつける。小爆発を飛んでかわすジョセフ。クルクルと体を後方へ三回転させて華麗に着地する。だが、その着地点に巨大な男が棍棒で待ち受けていた。


「ゴブ!」


 横へのなぎ払い。強烈な風圧を伴うその攻撃を片手を床について、側方回転でかわすジョセフ。胸からナイフを投げる。その方向はボートの結ぶロープ。


「きゃあああああっ……」


 少女たちを乗せたボートは海に落ちていく。そしてジョセフもそのまま海へと落下していった。


「グフ……女どもを逃がすとは、相変わらずとんでもないジジイでグフ……」

「ゴブ」

「グフ……まあ、いいでしょう。重要な人質は確保しましたから」

「離しなさいよ。あなたたちなんか、お兄様にコテンパンにされればいいわ」

「グフグフ……。我々をコテンパンに?」

「ゴブゴブ……そんなこと無理」

「そんな人間がいたらどんな職業か聞いてみたいでグフ」


 2人はリーゼルの手を引っ張り、強引に戦闘が行われている場所へ連れて行く。数から言って味方の圧勝だと思ったが、港にいる1個中隊がどう出るかわからない。リーゼルを人質にして最後の切り札とするのだ。


「ば、馬鹿な……50人だぞ……50人の船員とナラブ人傭兵が……全滅だと!」


 目の前の信じられない光景に立ち尽くすローズベルト侯爵。そしてずいずいと歩いてくる阿修羅の姿に恐怖する。ニコール率いる10人の兵士によって50人の傭兵が屍のように倒れている。


無論、ニコールの兵も傷ついている。かろうじて立っているのはカロン曹長と後方で銃撃に終始していたシャルロット少尉のみ。あとはさすがに激しい戦闘で、疲労困憊で座り込んでいる。


「ば、化物か!」


 血しぶきで真っ赤に染まった軍服と刀。ものすごい形相で歩いてくるニコールの顔は、美しいだけに背筋が凍りつく。だが、ローズベルト侯爵にも対抗手段は用意されていた。その対抗手段がようやくやってきたのだ。


「グフグフ……侯爵、これはどうしたわけで?」

「ゴブ?」

「ケフケフ……」

「ちょっと、離してよ、おじさんの臭いがつくじゃない!」


 現れたのはリーゼルを人質にした爆弾魔ハーベイ、巨人兵パウエル。そして二刀流の剣士エレン。


「お、遅いじゃないか、キサマら!」

「リーゼル!」

「ニコールさん!」


 絶体絶命だったローズベルト侯爵は余裕を取り戻した。これで逆転である。確かにニコールの強さは尋常でない。だが、この3人も強い。ニコール側で戦えるのは一応3人。ニコールとカロン曹長とシャルロット少尉。


 カロン曹長は強そうだが、ニコールの命令で船の錨を下ろす作業に取り掛かっており、この場から離脱しようとしていた。シャルロット少尉の戦闘力は高が知れている。ニコールを3人衆で仕留めれば、それで終わりである。


(それにまだ切り札がある)


 ローズベルト侯爵は、パチンと指を鳴らす。最後の決戦兵力、10人の親衛隊が駆けつける。銃を手にした精鋭の兵士だ。完全に余裕を取り戻した侯爵は、いつもの上から目線の物言いが戻った。


「ニコールくん。君はよく頑張った。この子は君の義妹だったね。武器を捨てるんだ。さもないと、一斉射撃でさすがの君もここで戦死だ」


「しゃべるな、悪辣な豚が。私の可愛い妹に触るな!」

「ブ、ブタ!?」


 ニコールの叫びは船の帆を揺るがす迫力があった。思わず、ビビってしまうローズベルト侯爵。


「ニ、ニコールさん」


 自分のため恐れることなく歩んでくるニコールにリーゼルは感動で心が震えた。自分のことを大切に思い、命をかけるその姿に偽りはない。


「もう一度言う、悪辣なブタめ。私の大切な妹を怪我させたら、地獄に叩き落とすぞ!」


 ローズベルト侯爵は確かに太っているのだが、それを豚呼ばわりするのはいつものニコールの態度ではない。淑女の品性をかなぐり捨てるとはニコールの怒りは相当なものである。


刀を持つ手を下に向けて、少し開き気味で近づくニコール。その姿を射程に収める10丁の銃口は、彼女を押し止めることができない。


「くっ……。ならば、ここで死ね。者共、撃て!」


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