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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第9話 嫁ごはん レシピ9 鮎の魚醤たれ、ぶっかけレモン汁唐揚げ
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漢のカラアゲ

「俺がお前に相談したいのは、カラアゲだよ、カラアゲ」

「カラアゲだって?」


 ジュラールに相談されて、二徹は思わず聞き返した。どうにも話が見えてこない。海の中から助けた記憶を失った女の子とカラアゲがどう結びつくのであろうか。


「だから、クラーラにカラアゲを食べさせれば、何か思い出すんではないかと思うんだ」


 ますます話が見えてこない。ジュラールは直情系の熱血男だけに、結論を先に述べる話し方をする。それは商売人としては好ましい話し方だが、今の場合、カラアゲとクラーラの間に関係性が想像できないだけに、なんのことかさっぱり理解できない。


「自分の名前以外、何もかも記憶を失った彼女にどうしてカラアゲを食べさせると、記憶が戻ると思うんだよ?」


 二徹の至極まともな質問。ジュラールは彼女を助けてからのことを話し始めた。


「それがだな……」


 ジュラールの説明はこうだ。クラーラを介抱してここ2日。クラーラには消化のよいものを食べてもらっていたが、今日あたり、何か好きなものを食べさせてあげようと彼女に聞いたのだそうだ。


まだ記憶が戻らず、海の中に落ちたショックが癒えていない彼女は、視線の定まらない表情でポツリと一言、こう言ったのだ。


「カラアゲ……」

 

 あまりにも彼女の雰囲気とは合わない食べ物の名前。これは何かあるとジュラールは感じたのだ。


「彼女の口からカラアゲという言葉が出るなんて想像もしなかったぜ。彼女のイメージならアピ(りんご)のパイとか、魚介類をふんだんに使った海の幸スープとかだろ」

「まあ、そんなイメージかもしれないな」


 二徹は最初に会った時のクラーラの姿を思い浮かべた。どこか儚げな佇まいはカラアゲ娘という感じではない。


「きっと、彼女はカラアゲ屋さんの娘さんなんだ。カラアゲを食べれば、実家の味を思い出して……」


 ジュラールの思考は飛躍している。どうしてクラーラが一言、『カラアゲ……』とつぶやいただけで、彼女がカラアゲ屋の娘になるのだろうか。彼女の容姿からすると、とても労働をしていたようには思えない、良家の令嬢という雰囲気なのだ。


「おいおい、ジュラール。そんな都合のいい話なんかある訳無いだろう」

「だが、カラアゲだぜ。あの清楚なお嬢さんが食べたい料理、間髪入れずに『カラアゲ』なんて言うと思うか?」


(う~ん……)


 確かに先ほど見たクラーラの儚げな容姿とカラアゲは似合わない。間髪入れずに答えたというのも、引っかかる。あの大人しい話し方のクラーラが、食べたいものを聞かれて反射的に『カラアゲ』などと答えるであろうか。


「そしてなんという運命。この俺の得意料理もバド(とり)のカラアゲなんだ。実は既に用意していてね。二徹が来たら始めようと思っていたんだ。今から俺が作るから、アドバイスして欲しいんだよ」


 このウェステリア王国でも肉の唐揚げは人気料理である。それこそ、市場の屋台街に行けば、鳥の唐揚げだけではなく、ブル肉の唐揚げや海の近くらしく、魚の唐揚げ、カニの唐揚げなんかもある。安くて気軽に食べられ、味付けも様々で飽きない。人々は思い思いのお気に入りの店に通っているのだ。


(カラアゲ屋の娘かどうかは分からないけど、カラアゲを食べてもらうのは悪いことではないよな)


 そう思った二徹はジュラールの申し出に応えることにした。早速、ジュラールは二徹を厨房に誘って。カラアゲ作りに取り掛かることにした。


 ジュラールの案内した厨房は、大きな酒造所を経営しているだけあって、かなり豪華な仕様だ。大きなシンク、豊富な水、各種食器、料理道具がきれいに整頓されている。大量の氷で冷やす大型の冷蔵庫もある。


 ジュラールは冷蔵庫から、鶏肉を取り出した。まるまるしたいい色の肉の塊だ。


「俺の特製カラアゲは、実は醤油ベースのタレが特徴なんだ」

「醤油を使ったのか?」

「これは本当にいいなあ」


 鶏のカラアゲは、この世界でも唐揚げの定番中の定番だ。鶏肉に小麦粉を付けて揚げる。実に単純な料理だが、作り方は様々である。中に十分に火を通すために最初は蒸してから揚げる場合もあるし、低温の油でゆっくりと火を通していく場合もある。


 そして味付け。多くは(ソル)コショウ(黒シルズ)で味付けをする。様々な地方の岩塩や海水を生成して作った塩のミネラル成分の差で、これだけでもかなり美味しくなる。


無論、そんなシンプルな食べ方だけではなく、中には様々な香辛料で作ったソース付けて食べさせることを売りにしている店も多い。


くんくん……。


 匂いだけで二徹には分かった。どうやらジュラールのカラアゲは定番中の定番。ニンニク醤油に漬け込んだ『漢のカラアゲ』である。定番中の定番と言ったが、それは二徹が生まれ変わる前の日本での話。このウェステリア王国では、初めての味付けであることは間違いない。


「まずはバド(とり)のもも肉。これは市場で手に入れた地鶏。俺が一番うまいと思う肉なんだ」

「うん。いい肉だ」


 一目見ていい素材だとわかる。ピンク色の赤みは健康そのもの。血抜きも万全で変な臭みもない。そしてモモ肉の部分。二徹自身はさっぱりした食感の胸肉を好むが、下手するとパサパサになる。カラアゲにするなら適度に脂がのったもも肉がいいだろう。


「これにジズル(ニンニク)を細かく刻んだものを擦り付ける」


 ニンニクが鳥肉にまとわりつく。そこへ醤油にみりん、日本酒はまだないのでジュラールのところで作っているクワシュというウィスキーに似た酒を入れる。ちょっとクセがつくがコクが出る。さらに塩コショウしたタレを作る。


「このタレで一晩漬け込んだのがこれさ」


 そう言ってジュラールは既に下ごしらえしてあった肉を見せてくれた。今、作っているのは追加の肉。下ごしらえした方は、長時間漬けてあったので、醤油の色が染み込んだいい感じになっている。ニンニクの匂いがたまらなく食感を高める。


「これを揚げるわけだが……」

「ジュラール、味付けはともかく、そのまま油に投入すると爆発するぞ」

「爆発?」


 油に水を注ぐと爆発が起きる。水が急激に膨張して油を弾き飛ばすのだ。その霧状の油に引火して火柱になる。タレに漬け込んだ肉をそのままいれれば、悲劇どころか火事になってしまう。


「ちゃんと水分を拭き取るんだよ。じゃないと危険だ」

「拭き取ったら、味が消えるだろ?」

「だから、こうするんだ」


 二徹が台所から取り出したのは、片栗粉タルロのこな。それで水気がなくなるまでまぶす。表面に水分が多いと油が跳ねる。片栗粉でまぶして水分を吸収させれば問題ない。さらに片栗粉のおかげでサクサクになる。


「油は十分に温度を上げる」


 上げる温度は180度だ。菜箸を入れて泡がジュウとおこればいい。さらにコツとしては少量の油で揚げる。肉が沈まないと肉の中の水分が蒸発し、カラッと挙がるのだ。


「クンクン……二徹様。香ばしい匂いですね」

「コレハ……カラアゲ……デスカ?」


「メイちゃんにクラーラ。いいところへ来た」


 メイとクラーラが厨房へやって来た。お茶の準備をしていたが、二徹とジュラールが入れ替わりに厨房へ来たので、お茶の入ったトレーをメイが持っている。お茶を飲みながら、料理に邁進するジュラールの姿を見る。


 やがて、ニンニクの香ばしい匂いが立ち込める。ジュラールは、揚げたばかりの肉をパッドに上げる。それは音を立てながら、余熱で最後のとどめをさすかのように熱を肉の芯まで侵食させていく。肉が熱によって活性化する。


 ジュラールはそれを紙で包んで、クラーラにそっと渡した。


「クラーラ、君の好きなカラアゲだよ。題してジュラール様の特製、『漢のカラアゲ』。とびっきり熱いから気をつけて」


 まだ衣がジュワジュワ音を立てていそうな揚げたてである。目をぱちくりするクラーラ。ジュラールはメイにも揚げたてカラアゲを渡す。


「カラアゲ……ワタシノスキモノ……」


 明らかにクラーラの表情に変化が現れる。透き通った肌が少しだけピンクに色つけされていく。これはジュラールの妄想が現実になるかもしれない予感がする。


 クラーラは小さな口を精一杯開けて、かぶりとかぶりつく。サクサクの衣が崩れ、パリパリと音を立てる。そして肉の弾力感。それを歯で食い破ると、肉汁が溢れ出す。これはメイも二徹も同じ。揚げたてのカラアゲにたまらず食いつく。


「……」

「うまああああっ……」

「美味しいです」


 まさにカラアゲの醍醐味。ひと噛みで溢れる肉汁。二噛みでニンニク醤油の濃厚な味が口の中に広がる。二徹は感心してジュラールのカラアゲを褒める。


「うん。これは活力がつくよ。まさにおとこのカラアゲ……」


 これは不味く作るのは無難しいだろう。にんにく醤油に浸した肉は、いい味になっているし、180度の油にいれてキツネ色になるまで揚げるだけ。下処理の段階で味はほぼ決まる。


「オイシイ……」

「そうだろ、クラーラ。これは食べたら何か思い出さないか?」


 ジュラールはそう優しくクラーラに聞いた。沈黙するクラーラ。だが、クラーラは長いストレート髪を横に揺らした。


「ワカラナイ……ナニモ、オモイダセナイ……ソレニ……」

「コレハ、タシカニオイシケド……ワタシガタベテイタモノハ、モットオイシイ……」


 クラーラはそう言って首を横に振った。そしてもうカラアゲを口にしようとはしなかった。


「そ、そんな……」


 がっくりと肩を落とすジュラール。意気込んでいただけに落胆も大きい。


「う~ん。この味は女の子には理解は難しかったかな?」

「二徹様。これは美味しいですけど、これだけジズル(ニンニク)臭いのは女の人には支持されないとボクは思います」


 メイの率直な感想。確かに漢のカラアゲは味が濃く、一直線に突き抜ける味だ。これはひと噛み、ふた噛みした後、ビールをウングウングと飲む快感のための味だ。まさにおとこのカラアゲ。


いやいや、最近は仕事のできるグイグイ系女子も多い。このカラアゲはそんな漢な人にピッタリの料理であろう。


「ウウウ……ナニカ、タイセツナコトヲオモイダセル……ウウウ……オモイダセソウナノニ……オモイダセナイ……」


「くそ、もう少しなのに……」


 悔しがるジュラール。どうやら漢のカラアゲは失敗のようだ。だが、カラアゲが彼女の心を揺さぶるのは間違いがない。


「二徹様。二徹様なら、もっと繊細な味のカラアゲが作れるのではないですか?」


「う~ん。カラアゲは味付けでバリエーションは変えられるけど、肉の味は元の鳥によるからね。クラーラが美味しいというカラアゲは、肉の味から考えないといけないかもしれないね」


 二徹はそうメイの問いに答えた。ジュラールのカラアゲは不味くはなかったが、その部分が弱いと思われる。どうしようかと二徹は思案する。彼女の心を揺さぶり、失われた記憶を呼び覚ますカラアゲ。二徹はジュラールが使った醤油と、自分が先ほど手に入れた鮎魚醤を見比べた。


(ガツン系じゃない、上品なカラアゲか……。よし、やってみよう!)



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