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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第9話 嫁ごはん レシピ9 鮎の魚醤たれ、ぶっかけレモン汁唐揚げ
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再興の条件

「よく来てくれましたなあ。リーゼル嬢。君は知らないかもしれないが、わしは君が赤ちゃんの時に抱っこした経験がありましてね」

「はい。ローズベルト侯爵様。そのようなことがあったと聞いています」

「うんうん。大きくなった。随分と素敵なレディになったものだ」


 リーゼルが会っているのは、宮内庁書記局の次官を務めているローズベルト侯爵。宮内庁次官は、貴族の地位を管理し、相続や断絶、貴族への叙勲などを司る事務方のトップである。

 リーゼルは高級な彫刻と分厚く織られた布地のソファに腰掛けている。侯爵はリーゼルに背を向けて大窓のガラス越しに広大な庭を見ている。


「侯爵様もお元気そうで何よりです」


 ローズベルト侯爵は今年で49歳。見た目は少々というか、かなり醜い。体は豚のように太っていて、太鼓のような腹が突き出ている。まん丸ででかい顔は脂ぎっていて、目も顔の脂肪で膨れ上がり、糸のように細いのである。

 正直、若い娘のリーゼルとしては、近づきたくないおっさんである。今も滑稽なくらい、暑くもないのに顔から汗が吹き出ている。


 この侯爵は王位継承の争い時には、最初はコンラッド公爵側についていたのだが、形勢が不利と分かるとさっさと現国王側に寝返ってお家を存続させた過去を持つ。性格的にも節操がなくだらしないのだが、表向きはお人好しを装っており、無用な敵を作らないという点においては優れていたと言える。


 寝返ったという不名誉な過去があっても、この侯爵の能力は捨てがたいものであった。全貴族の家柄や過去の歴史、古いしきたりなどを全て記憶しているという。これは王宮の記録所に保管している書物2万点にも及ぶ知識量であった。貴族の管理という点では、この男なしでは色々と面倒なので、現国王の政権の中で生き残れたのであった。


「今日、君が来たのはサヴォイ家の再興ということであったな」

「はい。侯爵様」

「うむ。サヴォイの家はこのウェステリア王国の中でも、古い家系を誇る名門。歴史を遡れば、初代王に仕えし七候の一人。永らく司法を司り、ウェステリアの法と正義を守ってきた家柄だ」


 ローズベルトは、そう数多くの貴族の歴史物語の記憶を言葉に変換する。この男の特技中の特技である。


「そんな有名な家系が絶えるというものも残念だとは思う。しかし……」

「しかし……ですか……」


「サヴォイの家を継げるルウイ君。すなわち、君の兄は公式には死んだことになっている。後を継ぐものがいなくては、サヴォイ家の再興は無理だ」


「それは……」

「ほほほっ。もちろん、知っているよ」


 二徹はサヴォイ家の没落時、逃亡していた時に名前を変えている。逃亡中に追っ手から身を隠すために死を装い、東方の小国からやって来た人間で、二徹・ダテという名前に変更した。これは作り上げた戸籍ではあるが、正式に受理された以上はウェステリア王国では二徹・ダテというのが正当な記録となる。


「今はオーガスト家の三女の婿になっているのでしたな。最初の許婚者いいなづけと結婚したわけだが、よくまあ、オーガスト家が承知したものですな」

 

 これに関してはリーゼルも不思議に思っていた。爵位のない兄と小さい時に許婚者いいなづけだったとは言え、貴族の習慣では都合に合わせて破棄することは普通に行われるので、ニコールが兄の二徹と結婚すること自体が異例中の異例なのである。


「それに関しては、お兄様とニコールさんの意思が貫かれたのだと思います。まあ、オーガスト家もあの勇ましいニコールさんでは、婿の来手がないと思ったからですわ」


「そうかの。わしが聞いた話では、あの令嬢の美しさに惹かれた貴族の若者やら、政略結婚目的の結婚の申し込みが多くあったと聞いていましたがね。ほっほほ……」


 貴族の家系を管理する事務方を取り仕切る侯爵だから、この話は嘘ではないだろう。嘘どころかこの侯爵の立場を思えば、信ぴょう性が高い。


「そんな……あのニコールさんが……」


 もしそうなら、自分の兄との結婚には相当な壁があったはずだ。それを乗り越えたくらい、兄夫婦は愛し合っているということになる。


「ということで、残念だがサヴォイ家の復興は無理ですな。後継者が不在では行動も起こせない」

「そこをなんとか……。兄が実は生きていたというシナリオはできませんか?」

 

 トントン……。話の途中にメイドがワゴンでお茶とケーキを運んできた。まだハイティーの時間ではないが、五段重ねのティースタンドにはケーキやクッキーが山と積まれている。リーゼルのために用意したのかと思ったが違っていた。ローズベルト侯爵は皿に盛らせると、自らむしゃむしゃと食べ始めたのだ。


「いや、失礼。頭を使うと脳に糖分補給をしないと記憶が薄れていくのでな。こうやって甘いものを常に食べないといけないのだ」

「あ、そうですか……」


 確かに甘い物には、脳をリラックスさせる効果はあるというが、食べ過ぎはダメなんじゃないかとリーゼルは死んだ目で侯爵の食べっぷりを眺める。自分にもケーキと紅茶が運ばれてきたが、侯爵の汚い食べ方を見ているだけで食欲が失せる。それでも礼儀として、お茶については、二口だけ口を付けた。


「先ほどの話だが、実のところ、君の兄が生きていて、名前を変えていることは公然の秘密の類となっている。一応、国王陛下の恩赦で罪は許されているから、咎はないだろうが、やはり形式と建前を重んじる貴族社会にあっては、無視できないことなのだ。つまり、過去の権利を言い出すことなく、おとなしくしていれば、見逃すぞということ。リーゼル嬢、わしの言っている意味がわかりますかね」


「くっ……」


 リーゼルの目に涙が浮かんでくる。つまり、侯爵は今の生活を壊されたくないなら、騒ぐなと言っているのである。サヴォイ家の復興は絶望的なのだ。


「それに君の父親、サヴォイ伯爵は司法大臣として反対派、現国王派に弾圧を行った首謀者。今の政権では恨まれている。さらに言うなら、反国王派まで弾圧したということもあったらしい。両方から恨まれる蛇蝎のように嫌われるサヴォイ家を復興させようなんて考えの者は、このウェステリア王国にはいない」


「うううっ……」


 この点についてはリーゼルも調べを進めて分かっていた。父親は司法大臣として初めは、政権に抵抗する今の国王派を弾圧し、途中で反国王派まで粛清したという。両方から恨まれ、養護施設の慰問中に爆弾を仕掛けられ、火に巻かれて、母親の伯爵夫人と共に殺されたのだ。


 その前にリーゼルはギーズ公国のパーシー家に養女に出されていたから、真相は伝え聞いたことしかない。なぜ、父が両陣営に嫌われるような馬鹿なことをしでかしたのか全く理解できないのだ。


「では……サヴォイ家の復興は無理ということですか。力になってくれる貴族も何人かいると聞きました。本当に父はみなさんから恨まれるようなことをした人なのでしょうか?」


「リーゼル嬢、あなたはまだ子供だ。大人の世界は理解できないだろう。今まで話したのは、王宮で貴族を管理する事務方としての話だ」


 侯爵はむしゃむしゃとケーキを食べるのを止めて、お茶を一気に飲み干した。口元にクリームがこびりついている。それをテーブルクロスで下品に拭い取った。


「今から話すのは、少し危ない話だ」

「ど、どういうことでしょうか?」


「考えてみなさい。サヴォイ家の復興が無理なら、君をここへは呼んだりしないだろう」


 確かにそうである。どう考えても無理なら、リーゼルの面会要求に応えたりはしないだろう。ここからが侯爵の本題なのだとリーゼルは感じた。その証拠に目の前の山のようなお菓子類を食べ尽くし、脳みそにエネルギーチャージした侯爵の行動が説明できない。


「サヴォイ家を復興させたいのなら、サヴォイ家の後を継ぐ、君たち兄妹が手柄を立てないといけない。そこでだ……。君の義姉であるニコール大尉。今はAZK連隊参謀の動向を探ってもらいたい。機密文書なども手に入れてもらいたいのだ」


「……どういうことですか?」


 リーゼルには全く理解できない要求だ。なぜ、そんなことをしないといけないのだろう。予想もしない侯爵の申し出にリーゼルは目を真ん丸くした。


「これは大人の事情だよ。詮索は無用だ。それをすることで、サヴォイ家の復興の道が開ける」


(意味がわからないわ……もしや……)


 リーゼルは馬鹿ではない。これまでの話を整理をすると見えてくるものがある。それはニコールが新設されたAZK連隊に転属になったこと。思えば、それまで会うことをのはぐらかしてきた侯爵が、急に会おうと言ってきたのは、ニコールがこの連隊の参謀になったと聞いてからだ。


(ということは……この侯爵はゼーレ・カッツエの関係者か何か?)


 そう考えるとリーゼルは自分が危険な立場にいることを自覚した。もし、自分の仮説が正しければ、この申し出を断れば危害を加えられるに違いない。敵の奥深くに無防備で来てしまった自分の迂闊さを悔いた。だからと言って、リーゼルにも意地がある。貴族令嬢としての誇りと兄に対しての愛情もある。


「リーゼは義姉のニコールさんのことは嫌いです。できればお兄様と別れさせて、リーゼがお兄様と一緒に暮らしていきたいです」


「ほほほ……そういうことなら、尚更だ。わしの申し出を承知するということで……」


 リーゼルは目の前のテーブルにあった自分のティーカップを侯爵めがけてぶちまけた。


「ぶぎゅっ!」


 それは十分に冷めていたけれども、お茶の成分が目にしみる。


「バカじゃないの。いくらニコールさんが嫌いでもそんなことするわけないじゃない!」




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