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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第9話 嫁ごはん レシピ9 鮎の魚醤たれ、ぶっかけレモン汁唐揚げ
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AZK連隊の発足

 ニコールは近衛連隊本部に呼ばれていた。王宮が作られた時からある連隊長室の扉は、時代物のオーク材で作られ、重厚な重みが歴史を感じさせる。


「ニコール・オーガスト中尉、入ります」


 ニコールは扉前の警備兵に会釈をして、開けてもらった扉から部屋へ一歩入った。中には連隊長のルートビッヒ少将とその参謀のビクトール准将がいる。ルートビッヒ少将の齢は65歳。老伯爵である。白いひげをピンと伸ばした威厳のある風貌である。


 参謀のビクトール准将は48歳の脂の乗り切った男で、象徴的な存在の老伯爵に代わって、近衛連隊の運営は全てこの男が取り仕切っていると言われる。平民出身だが、士官学校からエリート街道を歩いてきた有能な男であった。


「ニコール君。待たせたな。前回のペルージャ王女の件、その後のゼーレ・カッツエ(反国王派)撲滅に関する君の働きがようやく認められた。本日付けで大尉への昇進だ」


 そう老伯爵は人の良い笑顔を浮かべた。ニコールへ孫娘でも見るかのような眼差しを向ける。


「ありがとうございます」


 ニコールはまだ21歳。この歳で大尉への昇進は異例中の異例だ。しかも女性士官初のスピード昇進である。おそらく同期では一番であろう。


「大尉となると、小隊長というわけにはいかない……。よって別の辞令も出ている」


 これはニコールも覚悟していた。ウェステリア軍の軍制上、小隊長は少尉か中尉をもって充てるのだ。大尉となると中隊長を補佐する役になるか、参謀本部、内勤部署のリーダーになる例が多い。だが、ニコールへ下された辞令は意外なものであった。


「本日より、対ゼーレ・カッツエ(AZK)連隊の参謀に命ずる」


 厳かにそうルートビッヒ少将はニコールに告げた。聞きなれない部隊名にニコールは美しい眉をちょっとだけ上げた。ここからはルートビッヒ少将に代わって、近衛隊の参謀ビクトール准将が答える。


「ニコール大尉、君も知っているとおり、これまでゼーレ・カッツエは軍の憲兵隊が管轄していた。だが、本来の憲兵隊の仕事は軍内の規律を取り締まること。反国王派たるゼーレ・カッツエの捜査や逮捕、また、場合によって戦闘も想定されることを考えると専用の部隊を作ることが決定されたのだ」


「その新設部隊への異動というわけですか……」


 ニコールもずっと近衛隊にいられるとは思っていない。貴族出身の士官の、最初の赴任先は近衛隊であることは多いが、その先は様々な部隊へと異動する。士官学校時代の専門で砲兵隊や海軍へ異動するものもいるのだ。それにしても、新設された連隊への異動は予想外であった。


「この件については、宮廷内の上層部からの要望が強く働いているようだ。君の能力を考えれば、当然の抜擢だと伯爵も私も思うのだが、君にはまだ近衛隊にいてもらいたいとも思っていた。我々にとっては残念だが、君にとってはチャンスでもある」


「ありがとうございます。また、いずれ、近衛連隊に戻ることもあろうかと思います。その時はよろしくお願いします」


 ニコールは頭を下げた。近衛隊は貴族出身者も多く、ある意味、居心地の良い職場でもあった。近衛隊以外の部隊では、貴族だからという甘えは通じない。ウェステリア陸軍では、純粋な能力主義が根付いていた。それはウェステリア軍の強さの理由の一つでもある。ニコールとしては、より手柄を立てやすい部署への移動は望むところである。


「ところで、AZKの連隊長はどなたですか?」


 ニコールはそうビクトール准将に聞いてみた。これまで上官には恵まれてきたが、今度もそうだとは限らない。新国王に代わってウェステリア軍は近代化を図っているため、女性士官に対する昇進の道も開かれたが、それでも年寄りの将軍の中には女性蔑視をする石頭もいる。


「それがだな。これは上層部でも驚きの人事だが、連隊長はあのレオンハルト・シュナイゼル少将。あのクーロン港奪回の立役者。その後の大陸での戦いで、武功を挙げた若き英雄だ」


「レオンハルト少将閣下ですか……」


 レオンハルト少将は軍でも有名な将校である。弱冠24歳にて既に将軍職にある青年だ。士官学校を出て砲兵隊に配属。砲兵小隊長として、大陸のフランドル王国内にあるウェステリア王国の軍港クーロンを奪回し、一躍英雄となった。


 中尉から一挙に少佐になったレオンハルトは、大陸派遣軍の中隊長、大隊長と歴任し、最後は連隊長として同盟国軍と共にフランドル王国軍と戦ったアウレリッツア会戦で決定的な役割を果たした。そんな青年将軍がニコールの仕える上官というのだ。


「まあ、AZK(対ゼーレ・カッツエ)連隊はどの軍にも属さない陸軍参謀本部直轄の部隊だ。大陸で戦争に巻き込まれることはないとはいえ、ゼーレ・カッツエの私兵と戦うこともあろう。君の武勲を祈っているよ」


「はい。これをチャンスと考えます」


 ニコールが軍に入ったのも、爵位を得るため。今は准伯爵ド・ルンヌの地位にあるが、正式に爵位を受けねば、ニコールの子供は貴族でなくなるのだ。手っ取り早く手柄を立てるために軍に入ったのである。コホンと咳払いをして、ルートビッヒ少将が話を移し、任官にあたっての準備について言及した。


「連隊長付き参謀には、自分の副官と護衛の兵を4人選抜できる権利がある。君の小隊から抜擢してもよいし、他の隊から選抜しても良い。権利を行使しなければ、人事局が人選するだろうが、気心の知れた人間を周りに置いておいた方がよいと思う。少尉以下から選んでおくように。なお、君の小隊所属の兵も今回の功績で1階級特進である」


「はっ。ありがたき幸せ。部下も喜ぶでしょう」


 階級が上がる機会は早々ない。何年か経つと自動で上がることもあるが、そうでない場合は、顕著な功績を立てなければ上がることはない。階級が上がれば給料も連動して上がるから、部下にとってもありがたい話である。


「それでは連隊長閣下、参謀閣下、お世話になりました。ニコール大尉、退室します」

「ニコール大尉、少し待て」

 

 そう言うとビクトール准将は、ポケットから厳重に封印された小さな封筒をニコールに手渡した。かなり曰く有りげなものである。


「これは……?」

「国王陛下の侍従から君にと渡されたものだ。中身については我々も知らされていないが、その封の印章を見れば手紙の内容がどれだけ重要かわかるだろう」

 

 ニコールは封筒に施された印章を見る。複雑な模様で作られたそれは紛れもない、ウェステリア国王のものであった。

 

 対ゼーレ・カッツエ連隊。通称AZKの本部は、首都ファルスの北部にある一軒の屋敷にあった。連隊とは言ってもその兵力は1500。通常、ウェステリア軍の連隊の兵数は3000であるが、AZKは特別に設けられたということで、1個半大隊程度の兵力になっていた。対するのが反国王派の武装集団ということで、これで十分ということであろう。


 このAZK連隊本部の屋敷の中。連隊長の部屋にあてがわれた豪華な部屋で、レオンハルト少将は、珍しい客の訪問を受けていた。その客は女性である。


「これはレディ・アーネルト。こんなむさくるしいところへようこそ」


 アーネルト女侯爵。黒衣のドレスに身をまとい、黒い帽子とベールで顔を隠した令嬢である。ベールを取れば妖艶な色気を醸し出す美しい女性であるが、それをことさらに隠そうとしているのは、ここでの密談の結果を慮ってのことであろう。レオンハルトは彼女が訪ねてくるのを予想していた。自分がこの連隊の長になると聞いて、急いでやってきたのであろう。


「レオンハルト少将、この度は新設で注目度抜群のAZK連隊の連隊長就任おめでとうございます」

「皮肉ですか……」

「あら、私は心の底からお祝いしているのですよ」


(ちっ……)


 レディ・アーネルトは、まだ24歳で独身。アーネルト侯爵家の跡取り娘として生まれ、当主であった父親の病没でその跡を継いでいる才媛である。そして、レオンハルトと同様、ゼーレ・カッツエのメンバーなのである。


「で、レディは私になんの御用で?」

「なんだか冷たいお言葉ですわね。私はただ少将閣下のお祝いに来ただけですのよ」

 

 そうアーネルト女侯爵は部屋に飾ってあるいくつかの花に目をやった。部屋はレオンハルトへの就任祝いの花飾りで溢れていたが、自分が贈った紫の花を見つけるとにっこりと笑った。


「ご冗談を……それだけではないのでしょう?」

「ふふふ……さすがは英雄の称号をもつ少将閣下。私の企みをご存知のようね」


「いやいや、賢明なレディのご深慮など私にはわかりませんが、本格的に私の側につくということでしょうか」

「私、敗北は嫌いですのよ」


 どこまでも遠まわしの表現で明言を避けるアーネルト。


 そもそもゼーレ・カッツエのメンバーであるレオンハルト少将がその討伐をする連隊を指揮すること自体が茶番ではあるが、レオンハルトはこれを利用して、現在の幹部連中を全て取り除こうと思っていたのだ。それをこの賢い女侯爵は察知したのであろう。一緒くたに粛清されないように、ここへやって来たに違いないとレオンハルトは考えていた。


 その証拠にアーネルト女侯爵は、ここで顔を隠していたベールを取り去った。帰りは連隊の兵士にこの素顔を見せる気であろう。これで彼女を排除できなくなったことは確定だ。彼女を粛清することは、レオンハルト自身がゼーレ・カッツエのメンバーと会っていたことになり、疑惑の目が向けられる可能性があるからだ。


(まあいいだろう……。この女は使える。ただ、なぜ、この女がゼーレ・カッツエに入っているのかは謎だが……)


 ゼーレ・カッツエのメンバーは、かつて王弟コンラッド公に仕えていた貴族がほとんどだ。政変では何とか立ち回り、生き残ったものの、一部を除いて重要な官職から外されている。あとは王家の攻勢に次々と既得権を奪われている教会勢力である。


 だが無能な幹部どものせいでその勢力は徐々に縮小している。外国に亡命中でどこかに潜伏しているコンラッド公の所在も定かではない。


「それにしても、近衛隊から有能な女性士官があなたの参謀になると聞きましたわよ。ニコールというお名前でしたか。彼女、確か、前回の王女様の件でこちらの作戦をぶち壊した方ですわよね」


「ふふふ……。それは当然でしょう。有能過ぎる人材は、自分の見える場所に置いておくのが鉄則でしょう」


「やはりそうでしたか。敵に回すと厄介な人間を傍に置いて、監視するというわけね。さすが、英雄様」

 

 実のところ、レオンハルトは、この若さで将軍にまでなった自分を王国軍が持て余していることは知っている。本当は今もギーズ公国に駐屯する大陸派遣軍の司令官職を望んだが、これ以上、手柄を立てられたくない軍上層部が本国に召喚したこともわかっている。


 平和な本国に召喚されて、適切な官職ポストがないので、ここまでブラブラしていたが、さすがに対ゼーレ・カッツエ連隊を任せられるとは思わなかった。しかし任せられた以上は、この立場を大いに生かしてやろうと考えていた。


(幹部どもを抹殺して、この僕がゼーレ・カッツエを掌握する)


 レオンハルトの目的は政治の混乱。ゼーレ・カッツエの最終目標である前国王の王弟コンラッド公爵を王位につける気はさらさらない。この英雄気質の青年は、ウェステリア王国の混乱に乗じて、自分が王になろうという野心に燃えていたのだ。


 但し、この立場は一歩間違えれば身の破滅を招くものでもあった。面と向かってゼーレ・カッツエのメンバーを粛清すれば、彼らから自分のこともバレてしまうであろう。かと言って、手を抜けば部下たちから怪しまれる。


 自分の周りは油断のならない敵ばかりなのである。そして目の前の黒髪の美女も気を許せる相手ではない。ゼーレ・カッツエのメンバーの中で、この美女の参加動機だけがどうしても引っかかるのだ。


(表向きは国王派の貴族に財産を侵害されたということだが、アーネルト侯爵家は相変わらず裕福だ。そう考えると動機は偽りであろう……。この女に関しては謎が多すぎる)


 手練の暗殺者まで紹介できる裏の顔をもつ女侯爵。レオンハルトとしては、今後も注意深く接していかないといけない人間であろう。


(力強い味方か、それとも不倶戴天の敵となるか……。さあ、ここから第2幕の幕開けだ)






 


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