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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第8話 嫁ごはん レシピ8 ゆで卵ともったり給食カレー
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ニコちゃんのオムレツ

「コホン……。今回の件で私は深く反省した。軍人たるもの、戦場飯の一つや二つ、できなくてはいけない」

 

 バルボア公爵家のパーティーが終わり、屋敷に帰ってきたニコールはそう二徹に宣言した。本日の戦場飯対決では、二徹のおかげで優勝はできたとはいえ、ニコールがやったことと言えば、皮をむいてもらった野菜を乱切りにしたことと、試食をしたこと。

 

 カレー作りに関して言えば、ほとんど二徹とメイが行い、ニコールの出番はなかった。(と言うより、暗にやらせてもらえなかった)


 カレーライスの作り方が実に簡単で、今後、ウェステリア軍の戦場飯のレシピに取り入れられるにもかかわらず、それをニコールが作れるかというと無理というのが彼女の見解だ。


だが、それでは女としてどうなんだとニコールは思ったようだ。


「どうしたの、ニコちゃん?」

 

 二徹はそう優しく聞いてみた。この可愛い妻が何を言い出すかおおよそ分かってはいたが、それはそれで彼女の次の言動を見てみたいと思ったのだ。ニコールはちょっとだけ言いにくそうに、それでも一息深呼吸すると、二徹に向かってこうお願いした。


「わ、私が作れる戦場飯を伝授してくれないか?」

「ニコちゃんが作る?」


「そうだ。私も作れるレシピはいくつかある。リーゼは馬鹿にするが、私にも得意な料理はある」

 

 ニコールの得意な料理。『ゆでたまご』と『パンケーキ(ブレドケーキ)』である。これに加えて作れるレシピを増やしたいらしい。


「ふ~ん。じゃあ、ニコちゃんは何か作りたい料理はあるの?」

「あの竜騎兵連隊が作っていたオムレット(オムレツ)はどうだろう?」


(ニ、ニコちゃん……)


 二徹はニコールが自分の実力をちゃんと分析しての申し出だと思って、いじらしいと思ってしまった。手の込んだ料理は、彼女にはまだ難しい。


「あれなら味付けも単純だし、手順も複雑じゃないよ。プレーンオムレット(オムレツ)が焼けるようになれば、色々レパートリーが増えるからね。いい選択だと思うよ」


 オムレツは料理の入門レシピである。だが、それは基本技が必要であり、ちゃんと作るのは意外と難しいというものでもある。それでいて、応用すると様々な料理に変化していける。チーズを入れれば、チーズオムレツだし、クリームソースをかければ違った味になる。ご飯とコラボすればオムライスにもなるのだ。


「オッケー。いいよ、僕が手とり足とり教えてあげるよ」

「よ、よろしく頼む……では、ちょっと準備をしてくる」


 そう言ってニコールは部屋に引っ込むと、料理をするための戦闘服に着替える。すなわち、ひらひらエプロン、姉さんかぶりをした三角巾、めくった両袖。髪は後ろで縛ってポニーテールにしている。


「準備完了だ。二徹、よろしく頼む」


 勢いでちょっと敬礼しそうになり、気がついて恥ずかしそうに手を下ろす。その仕草はもちろんのこと、もう格好からして萌えキュンで倒れそうになる二徹。


「じゃあ、ニコちゃん、卵を3個割って、このボールの中に入れてごらん」


 二徹はそう言って、優しく卵をテーブルの縁に当てる。ちょっとひび割れた卵を両手で2つ割る。鮮やかな黄色の卵黄と透明な卵白が、ズルリとボールに向かって落ちていく。


 二徹くらいになると、片手で素早く割れるのだが、今は料理初心者のニコールへ丁寧に教える場面。ニコールがうまくできるように見本を見せる。


「こ、こうか?」


 バキッ。お約束である。


 テーブルの縁とぶつかった卵が悲惨な状況に。二徹は優しく微笑む。


(やるだろうと思っていたけど、ニコちゃん、お約束過ぎるなあ)


「す、すまぬ!」

「大丈夫。優しく、こんこん当てればいいんだよ」

「こんこんか?」


「そう。こんこんと言葉で言うと力を加減できると思うよ」


 なんだか、幼稚園の子供に教えているような会話だが、ニコールは真面目だ。深く頷くと卵を右手でつまみ、テーブルの縁に持っていく。


「こんこん……こんこん」


(ぐああああっ……嫁が萌えすぎて死にそうになるんですけど……)


 二徹の心の叫びも加わって、ピシッ……。殻にヒビが入る。2つに割ると中身がするりとボールに落ちた。ニコールは、これを2回行ってボールに3個の卵を割り入れた。


「や、やったぞ! 任務完了だ……。あれ、どうした、二徹」


 二徹はぶわっと涙が出てきて慌ててタオルで顔を押さえる。ニコールの行動が萌えすぎて涙が出てくるのだ。単に卵を割っただけであるが、二徹にとっては感動としか言い様がない。


「い、いや、なんでもないよ。よくできたよ。じゃあ、塩をひとつまみ入れる」

「ひとつまみってこれくらいか?」

「ニコちゃん、それはひと握りだよ」


 4本の指で塩を掴んだニコールの手を優しく広げて、人差し指と中指、親指の3本にする。それでそっと塩を摘ませた。


「これがひとつまみ。人差し指と親指だけだと、塩少々って言って味を調える時に使うんだよ」


「こうか……」

「そうだよ。よくできましたニコちゃん」


「む! 先程からまるで子供にものを言っているようだな。これでも私は二徹よりも年上なんだ。年下は年上には気を遣うものだ」


「はいはい、それではニコール隊長。次はこの菜箸でかき混ぜます」

「お、そ、そうか……」


 ここに生クリームを入れることもあるが、今は初心者のニコールにプレーンオムレツの焼き方を教えている。なるべく余分な作業、知識は入れない方がいいだろう。


 ニコールは入念にかき混ぜる。それこそ、一生懸命にである。心の中で(おいしくなあれ、おいしくなあれ……)などと言ってそうな感じ。さすがにこの作業では失敗はない。


(うおおおおっ……ニコちゃんが真剣にかき混ぜている。しかも失敗しない。これはこれで萌ええ……)


「かき混ぜ終わったぞ。どうした二徹。そんなに驚いたような顔つきをして」

「いやいや、次は焼く作業だよ。ポイントは専用のフライパンを使うこと」

「専用だと?」


 オムレツを作るときは専用のフライパンを使うべきだ。特にプレーンオムレツは、味が純粋な分、他の料理を作ったフライパンでは味や香りが移ってしまう。さらに油をよくなじませないといけないから、フライパンは水では洗わない。馴染んだ油が取れてしまうからだ。


「焼くときのポイントは、しっかりと熱すること。温度が上がらないうちに卵を入れちゃダメだよ」

「そ、そうか……目安はどのくらいだ」


 二徹はそっとニコールの背後に立つ。後ろから抱き抱えるような感じだ。菜箸をもつニコールの右手に添えて、卵液を浸してフライパンにつける。熱せられた油で菜箸の先に僅かに付いていた卵液がジュワジュワと泡立っていく。


「このくらいで卵液を流し込む。流しこんだら、菜箸でかき混ぜてね」


 ぐるぐると菜箸でかき回す。熱で固まったところと生のところが混ざり合い、半熟になっていく。適当なところで炭火からフライパンを外す。余熱で焼くのだ。そのままにしておくと、火が入りすぎて炒り卵のようになってしまう。


「全体がとろとろになったら、フライパンの手前から寄せて、先の方へ固めていくよ。ここを上手にやると美味しい形になる」


 ニコールの背後から一緒にオムレツの形にしていく。よいしょ、よいしょと綺麗な紡錘形になった。そして、フライパンの先に整えたオムレツに再び火にかけ、熱をじんわりと加えていく。表面に膜をつくる感じで、中にじんわりと火を通すのだ。


「はい、ニコちゃん、皿へ移して」

「こ、こうか!」


 ポトンと皿に転がるオムレツ。中はトロトロ、じゅくじゅくのクリーミーなオムレツの完成である。


「や、やった、できたぞ」

「うん。よくできました」


 二徹は自分が作っておいたケチャップ(レドラソース)を差し出した。ニコールはスプーンでそれをすくう。ちょっと、首をかしげたニコールはそのソースを少しずつ表面に垂らしていく。


「ニ、ニコちゃん?」


 ニコールがスプーンから垂らして、オムレツの表面に書いた図。


ハート型である。


頬を赤らめて、その皿をそっと二徹に差し出すニコール。


「わ、私の初めてのオムレツだ、食べてくれ」


 感激しすぎて、またまた、ぶわっと涙が出てくる二徹。フォークで切ると中はとろーり。口に運ぶとふわふわでとろとろ。もう快感である。


「お、美味しい……柔らかくて天使のほっぺ。ニコちゃんのほっぺみたいだよ」

「ば、馬鹿者……そんな例えをするな。は、恥ずかしいだろ……」


 そう言うとニコールもオムレツを口に運ぶ。その柔らかさに思わず顔が微笑む。その様子を見ている二徹に気がついたニコール。思わずこんなことを口走った。


「あの……二徹……。このオムレツと私、どっちが柔らかい?」


 口に出してから明らかに変なことを聞いてしまったと自覚したのか、ニコールの耳たぶまで急激に真っ赤に変化していく。


「わ、わ、私としたことが作ったオムレツがあまりに美味しくて、変なことを……」


 二徹は黙って、そっと右手を差し出し、ニコールの頬に触れた。


「そんなの決まってるさ。ニコちゃんの柔らかさは世界一だよ」

「バ、馬鹿者……世界一は大げさ過ぎる……」


「そうだね。じゃあ、ウェステリア王国で一番だよ」


「ううう……もう二徹、大好き!」

 



 一体どこが柔らかいのであろう。

このバカ夫婦カップルに詳しく聞いてみたいものだ。


「リーゼル様、リーゼル様宛にお手紙が参っております」


 家令のジョセフがそう言って、仰々しく封がしてある差出人不明の手紙をリーゼルのところに持ってきた。リーゼルは待っていましたとばかりに、それを受け取る。


「ジョセフさん、このことはお兄様には内緒ですわよ」

「リーゼル様。サヴォイ家再興のために動かれることは、二徹様とニコール様の意思に背くことになります」


 手紙の中身を見なくても、この老齢の家令はおおよそ察していたのだろう。リーゼルが何か危ないことをしようとしていることを。賢いリーゼルは、自分のやろうとしていることをジョセフが感づいていることを理解した。


「ジョセフさん、サヴォイ家の再興は元サヴォイ家使用人のあなたなら、一番に願うことではありませんか。大丈夫です。悪いことにはなりませんことよ。名家であるサヴォイ家を再興したいと言う声は貴族の中にもたくさんあるのです。リーゼはその声に従うだけです」


「しかし、リーゼル様……私の今のご主人は二徹様とニコール様。このことを報告しないわけには……」


「ジョセフさん、心配ご無用。あなたはリーゼに手紙を渡さなかった。それだけのことです」


 元主家のお嬢様にそこまで言われると、家令としてここは沈黙するしかなかった。ジョセフは無表情に答えた。


「……リーゼル様、おやすみなさいませ……」


 ジョセフは頭を下げるとそっと後ろへ下がる。リーゼルの部屋に静寂が戻る。一心不乱に手紙の中身を読む。急に強い風が起こったのか、リーゼルの部屋の窓ガラスがカタカタと鳴った。



深夜の暗闇、その音は屋敷中に小さく伝わっていくのであった。


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