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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第8話 嫁ごはん レシピ8 ゆで卵ともったり給食カレー
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カレーライスの魔力

 いよいよ、最後である。二徹が作った『もったり給食カレー』の試食である。


「それでは、まずは食べてみようではないか……」

「それにしても、食べる前から食欲をそそる、なんとも言えない香り……」

「この貪りたくなる衝動はなんなのじゃ……」


 バルボア公爵、ウィリアム上級大将、ラルフォード提督が同時にスプーンでカレーをすくう。茶色のソースと白いご飯が口に飛び込む。同時に走る衝撃。


「ぐおおおおおおっ!」

「なんじゃ、これは~っ!」

「ぐぼあああああっ!」


 3人の老人は気を失いそうになった。


カレーライスの衝撃。

カレーライスの魔力。

それが3人を虜にする。


3人の脳裏に、自分が軍人になった当時の懐かしい映像が流れる。


国を守ると誓ったあの日。

危険な戦場を駆け回った日々。

手柄を立てて、勲章をもらった日。


(ねっとりと甘いようで辛いような不思議な味)

(何度もすくって食べたくなる衝動)

(食べたあとの満足感。パワーが漲る)


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」×3。


「ウェステリア王国、万歳!」

「ウェステリア王国、万歳!」

「ウェステリア王国、万歳!」


3人の老人は思わず立ち上がり、そして敬礼をした。


その視線の先は二徹である。


そんな姿を見て観客たちは驚きで沈黙するが、それは二徹のカレーを試食したから、理解できるとみんなが思った。やがて3人は恍惚な表情を浮かべ、そして力が抜けたように椅子へストンと腰を落とした。あまりの美味しさに声が出ない。


「……一応聞くが、この料理コンペは作り方も重要な採点要素だ。君は何やら茶色の塊を入れていたが、あれはなんだ?」


 1分ほど、そんな状態が続き、ようやくバルボア公爵はそう二徹に聞いた。レイジのスープの素と同様に、戦場飯としてのこの料理の最も重要なことであろう。


「これはカレールウといいます」

「カレールウだと?」


「はい。自分が作りましたが、香辛料の『カリ(カレー粉)』があれば、このような固形で作れます」


 二徹はそう言ってカレールウの欠片を3人の老将に見せる。


「これなら持ち運びも便利だし、何より、野菜と肉のスープにこれを入れれば、この給食カレーは誰にでもできます。レシピは公開しますので、どうぞ、軍隊で戦場飯レシピに加えてください」


「うむ。素晴らしい。こんな戦場飯は大歓迎だ。ウェステリア陸軍が全面的に採用する」


 ウィリアム上級大将がそう断言する。負けじとラルフォード提督も叫ぶ。


「ウェステリア海軍も採用じゃ!」


「この料理がいいのは、具材で特色が出せるということ。鳥肉を使う、魚介類を使う、山菜を使う。それぞれで違ったものになる。まさに戦場飯としての可能性を秘めた、素晴らしい料理だと私は思う」


 バルボア公爵はそうコメントした。もう採点しなくても分かるだろう。


【近衛隊第1小隊】もったり給食カレー(別名:ニコちゃんカレー)

バルボア公爵

材料 25

調理のしやすさ 25 

美味しさ 25

質 25


計100点


ウィリアム上級大将

材料 25

調理のしやすさ 25

美味しさ 25

質 25


計100点


ラルフォード提督

材料 25

調理のしやすさ 25

美味しさ 25

質  25


計100点


観客ポイント……???


「おおおおお!」

「満点だ!」

「ということは引き分けか?」

「いやいや、まだ観客のポイントが入ってないぞ!」


 二徹の『もったり給食カレー』の評価はレイジと同じく300点。こうなると、観客のポイントで決まるのかとみんな考えた。だが、そうではなかった。


「このカレーライスなるものを食べると、先ほどのレイジくんの料理は物足りなくなる。つまり、食べたあとの満足感。ピコッタ(パスタ)よりも、コムン(こめ)の方が戦場で働く兵士には合っているとわしは思う」


「スープパスタは確かに美味しい。だが、戦場で食べるには上品過ぎる……。ガツンとした力強さがカレーライスに一歩及ばない」

「魔力じゃ。カレーライスには人を虜にする魔力がある。戦闘でも人の力を超える何かを持った者が勝利をつかむものじゃ。そういう魅力のあるものに戦士は惹かれるものじゃ」


 バルボア公爵とウィリアム上級大将、そしてラルフォード提督は、王宮料理アカデミーのポイントのうち、質の点数をマイナス1とした。つまり、レイジのポイントは99点×3。合計297点。


そして、二徹が満点の300点である。


「そ、そんな、馬鹿な。俺の負けだと!」

 

 レイジの衝撃はそれだけではなかった。伏せられていた観客ポイントが公開されたのだ。


【王宮料理アカデミー】

 観客ポイント 50


【近衛隊第1小隊】

 観客ポイント 380


「あ、圧倒的じゃないか。こんなことってあるのか!」

 

 フラフラと二徹のところへ進むレイジ。勝利目前からいきなり落とし穴に落ちた気持ちなのであろう。その姿はいわゆる放心状態。哀れな子羊が市場へ連れて行かれるように、トボトボと二徹たちのところへ歩みを進める。


「二徹、それを食べさせてもらおうか……」


 メイからカレーライスの皿を受け取るレイジ。それをスプーンで一口。


「う、うめええええっ!」



女神様が天から光に包まれて降臨してくる。

レイジの目の前には、光に照らされた13段の階段。


その頂上には敬愛する女神様が鎮座する。


その傍らには、目の覚めるような美少女天使ちゃん。


「俺の負けだ!」


レイジはリーゼルの前に立つ。


「妹ちゃん、俺を殴ってくれ」

「え、嫌だよ~。お兄様、この人怖い」


 レイジの行動にビビリ気味のリーゼル。無理もないだろう。普通に気持ち悪い。リーゼルはそっと二徹の背中に隠れる。だが、諦めないレイジ。


「これは俺への戒めなのだ。どうか殴ってください。殴ってもらわないと俺はこの先、成長できない。妹ちゃん、どうかお願いします!」


 レイジが迫る。もし、右手を差し出すと誰かが『ちょっと、待った~』と声をかけてきそうだが、レイジは右頬を突き出しているから、異様な感じだ。


「リーゼ、ちょっとだけだから、頬を叩いてやりなさい」


 仕方なしに二徹はそうリーゼルに促した。その方が話が早い。それに後ろではニコールがストレッチを始めている。愛しい嫁を待たせるわけにはいかない。


「お、お兄様がそう仰るのなら……。分かりました、えい!」

 

ぺしっと音がする。


(し・あ・わ・せ~)というレイジの表情。そして、体を真っ直ぐに戻した次の瞬間、にっこりと微笑む美の女神さま。すなわちニコールがいつの間にかレイジの前に立っている。


(キ、キター!)


 レイジは飛んだ。屋根まで飛んだ。

 その顔は幸せに満ちている。吹き出す鼻血が美しい。


 4回転ルッツで、空高く舞い上がったレイジはやがて、地面にゆっくりと横たわる。

ニコールの10連撃ビンタはまさに芸術。


 見ていた観客は思わず息を飲み、そして誰ともしれず拍手。それはさざ波のように広がり、最後は割れんばかりの拍手喝采。中にはアンコールを叫ぶ者もいたが、それはレイジの体のことを考えるとまずいだろう。


「ううう……め、女神さま~。感謝いたします……」


 笑ったまま気を失うレイジ。


「おいおい、やっぱり損した気分になるのはどういうことかな」


 鼻血と口から血を流しても、快楽で顔が緩んでいるレイジの幸せな顔を見ると、ちょっと嫉妬心が沸き起こる二徹。しかし、レイジと同じ目に遭うのはやっぱり勘弁だ。


「二徹くん、やはり君は素晴らしい料理人だ」

 

 このコンペの優勝が決まった時、ポンと王宮料理アカデミーのエバンス総料理長が二徹の肩を叩いた。

二徹は申し訳なさそうに答えた。実際、カレーライスじゃなかったら負けていたかもしれない。


「いや、全てカレーライスの力です。これには魔力があるんですよ」

「うむ。確かにこの料理には、人間の本能に響く何かがある。是非、このレシピと作り方を王宮料理アカデミーに教えに来てくれないか。それに今日、披露された他の部隊の戦場飯。君だったら、いろいろと改善できるのではないかな?」

「そうですね。いろいろとアイデアが浮かびますよ」 

「前も頼んだが、毎日でなくてもいい。時間があるときに王宮料理アカデミーへ足を運んでもらえないだろうか?」


 エバンス総料理長にそう懇願されると、二徹としては行かざるを得なだろう。さすがに2度目のお誘いを断るのは失礼であるとも思う。これでウェステリア軍の兵士が喜ぶなら、国民の一人として協力するのが筋だ。特に携帯と保存が楽なカレールウの作り方は、直に教えないと戦場飯としての実用化にはならないだろう。


「それにしても、我が息子だが、君には2連敗ということになる。だが、これをよい機会にして成長してくれるだろう。君には二重に感謝だ。まあ、変な性癖に目覚めるのは困るが」


 エバンスは幸せそうな顔で気を失っている、不肖の息子に目をやった。


(お父さん、早く、引き戻してやらないと危ない領域に行きつつありますよ、あなたの息子さん)


 このままじゃ、二徹に敗れるごとに、ニコールを崇拝して忠犬に成り下がってしまうだろう。哀れな(幸せな)青年に神のご加護を……である。


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― 新着の感想 ―
[一言] レイジが変態だけど良い奴ってのはわかるんだけどモヤモヤするんだよなぁぁぁぁ 寝取り寝取られ系が嫌いだからこういう他人の女に手を出そうとする奴が嫌いだな
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