老将たちの採点
「それでは最初に第2砲兵連隊の料理について、我々が試食し、評価を出すことにする」
3人の審判が1観点25点満点で評価をする。観点ごとに点数をボードに書いて示すのだ。そして、このポイントに観客の試食後のポイントを足すことで決まる。
観客は単純に美味しいか、まずいかで判断するから、専門家の意見とは違うことになるが、それはパーティーの余興である。戦場飯には、単純に美味いことも要求される。
「うむ。野菜と肉の旨みが凝縮されたソースというか『あん』がうまい」
「サクサクのバフにかけるという発想はいい」
「塩味というのはシンプルでいいが、一味足りない気がする。バフが淡白だけにさみしい感じがするのじゃ」
「それに……これは時間が経つと……。うむ。それでは皆さん、採点をお願いします」
バルボア公爵、ウィリアム上級大将、ラルフォード提督が採点ボードに数字を書き込む。それは戦場飯を食べてきた老将の経験からの判断だ。
【第2砲兵連隊】野菜と肉たっぷりあんかけバフ
バルボア公爵
材料 20
調理のしやすさ 8
美味しさ 10
質 10
計48点
ウィリアム上級大将
材料 21
調理のしやすさ 5
美味しさ 12
質 8
計46点
ラルフォード提督
材料 20
調理のしやすさ 10
美味しさ 8
質 10
計48点
観客のポイント……12ポイント
「おおお!」
観客たちの反応はあらかじめ予想されたものであった。実に適切な判断であり、誰もが納得できる数字であった。
「うむ。合計は154点だな。ウィリアム上級大将、コメントを……」
鼻の下に白い立派なヒゲを生やした老人は、そのヒゲを撫でながら、こうコメントをした。
「材料は米と野菜、少しの肉。手に入りやすい材料で戦場飯として優れている。しかし……あの音はダメだ。敵に位置を知られるし、砲撃と勘違いをする。あれを緊迫した戦場でやるわけにはいかんだろう」
「ほほほ……そうですな。実に砲兵部隊らしい料理だが、あの音は問題じゃな。だが、この料理の致命的な問題はそれではないのじゃ」
ラルフォード提督は海で鍛えたどら声でそう指摘した。皿には時間が経過した砲兵隊の料理がある。それは作った時よりも見た目が変わっていた。スプーンですくうとふにゃふにゃで気味が悪いものに変化している。
(やっぱりね。そこがこの料理の致命的な欠陥……)
これは二徹も砲兵隊がこの料理を作り始めた時から予想したことであった。油で揚げたものならともかく、ポン菓子ではすぐに野菜と肉のあんの水分を吸って、ポン菓子の香ばしさが失われる。さらにぐにゃぐにゃになって食感も悪くなる。この料理はあんをかけてせいぜい5分までが美味しいだけで、それ以上になると美味しくなくなる。
「戦場ではできたてを食べる機会があるとは限らない。短時間で美味しさがなくなるのは残念だな。これは『あん』などかけず、そのままポリポリと食べるのがいい。料理をすることで素材の味を壊してしまっている」
バルボア公爵はそう総評した。これは誰もが納得がいく判断。観客にも反対の声はない。
「うあああっ!」
「第2砲兵隊の伝統料理が一刀両断に……」
がっくりと肩を落とす第2砲兵隊の士官たち。だが、時間が経ったものを食べてみると、バルボア公爵たちの指摘したとおりであるから納得するしかない。
「最初は美味しかったけど、冷めるとねえ……」
「グニュグニュで気持ち悪い感じがねえ……」
「汁を吸ってしまうと感じが変わりますわ……」
観客もこの料理の弱点には気づいているようだ。それでも面白いと投票してくれた人が12人いたことは救われる。
「次はウェステリア海軍のスープを採点しよう」
3人の審判役の老将は、ウェステリア海軍伝統のスープを飲む。目を閉じると海の味が口いっぱいに広がる。野性味あふれる海の味だ。特に海軍出身のラルフォード提督は満足げに頷いた。
「一口飲んで海軍の戦場飯だと分かる味だ」
「焼き石で熱したのもアイデアとしてはいい。海で冷えた体をポカポカと温めてくれる。これはさすが伝統の戦場飯とは思う……だが……」
「伝統の味……長年、食べてきたが今日のデンプシースープはその中でも最高の味じゃ。だが、他と戦場飯と食べ比べると、欠点も見えてくるのが残念じゃ」
バルボア公爵は次の採点結果を告げる。
【ウェステリア海軍】デンプシースープ
バルボア公爵
材料 18
調理のしやすさ 20
美味しさ 15
質 15
計68点
ウィリアム上級大将
材料 20
調理のしやすさ 18
美味しさ 10
質 15
計63点
ラルフォード提督
材料 22
調理のしやすさ 20
美味しさ 23
質 18
計83点
観客のポイント……20ポイント
「うむ。これは結構、票が割れましたな。提督はお気に召したようで」
「あたりまえじゃ。デンプシースープは伝統の味。美味しいとしかいいようがないのじゃ。しかし、先程も触れたとおり、他の戦場飯と食べ比べるとこのスープには欠点があることは疑いのない事実じゃ。それは残念だが致命的なものじゃな」
ラルフォード提督は一介の兵士の時から食していた味だ。思い入れがある。だから、点数がどうしても甘くなる。ただ、伝統料理だけに一定の味の水準は達成している。
しかし、贔屓目に見ても欠点は隠せない。これは3人の老将が共通して思うことであった。少しコメントに躊躇うラルフォード提督に代わって、ウィリアム上級大将がコメントをする。
「このスープの欠点は、味の洗練さという点で完成度が低いということ。魚介類のスープは丁寧にアクを取らないと味にエグみが出る。焼き石で煮るのはアイデアだが、急激に熱するので海鮮物からの味が十分に引き出せていない」
ウィリアム上級大将は味について言及した。豪快な料理だけにどうしても味の洗練さについては、軽視される傾向がある。手間もかからず、戦場飯として完成しているがそれがこのスープの欠点もあった。
アクを取って雑味を取るなり、塩味だけの味付けに改良を加えるなりの工夫ができた。しかし、50年もの伝統料理だけに改良をしようとすることを拒み、進化する機会を失ったのである。
「そうですわね。味も塩味だから魚介類のいいスープも生かされるはずなのに……」
「どこか雑な味がすると思ったら、そういうことか!」
「焼き石の工夫はいいと思ったのだけどねえ……」
「二徹様、二徹様だったら、あのスープを改良しておいしくできるとボクは思いますけど、どうでしょう?」
そうメイが二徹に聞いてきた。デンプシースープの試食をしたメイは既に、このスープの改良を思いついているようだ。
「メイ、君だったらどうする?」
「ボクなら醤油と酒で味付けをします」
「なるほどね。しょっつる鍋風にするのもいいね」
しょっつる鍋は塩スープで食べる魚介類鍋だが、醤油を加えるとさらに美味しくなる。二徹だったら、自家製の味噌を溶かし込もうと思った。それだけ、このデンプシースープは改良の余地がある料理なのである。
観客もこの採点結果に、なるほどと納得する。観客のポイントが20ポイントにとどまったのも、この点が影響したに違いない。
「それでは、3つ目の採点と行こう」
バルボア公爵は続ける。3つ目は第3竜騎兵連隊の料理である。
【第3竜騎兵連隊】ドラゴンオムレット
バルボア公爵
材料 20
調理のしやすさ 15
美味しさ 20
質 6
計61点
ウィリアム上級大将
材料 18
調理のしやすさ 15
美味しさ 23
質 10
計66点
ラルフォード提督
材料 18
調理のしやすさ 20
美味しさ 20
質 5
計63点
観客ポイント……38
「オムレツは特に変わった料理ではない。だが、これだけ巨大だと実に壮観である」
これはバルボア公爵だけではなく、ここにいる全員の見解。みんな一度は食べてみたくなる味だ。だが、皿に小分けすると真実が見えてくる。
「うむ。食べてみると普通のオムレツだな。そうなると、オムレツとしての出来が気になるところ……。卵は日持ちのする重要なタンパク源。栄養も申し分ない。運搬には気を遣うが、専用のトレーで運べばそうそう割れるものでもない。大きいので調理の仕方はチームワークがいるが、作り方は簡単だ。だが……」
ウィリアム上級大将のダメだしは続く。この料理は副菜としてはいいが、戦場飯のメイン料理としては失格だと言うのだ。
「激しい戦闘を終えて一息つくときに、兵士が欲するものは炭水化物だ。エネルギーの元となるものの補給。ピコッタやコムンが食いたいものだ。それなのに、オムレツでは力が入らぬ」
「ウィリアム殿に賛同じゃ。食べたあとに物足りない。兵士の腹を満たす基準には達していないといえる」
ラルフォード提督の一刀両断。バルボア公爵も頷く。作っている時から派手で、注目を浴びていただけに、観客もこの評価は辛いと思うものもいたが、確かにふあふあ、とろとろのオムレツは、戦い後の兵士の食事には物足りないかも知れない。しかし、合計200点超えは健闘したと言える。
ここまでで、暫定1位は海軍のデンプシースープ234点。2位は第3竜騎兵連隊のドラゴンオムレツの228点。最下位は第2砲兵連隊のあんかけバフで154点である。
いよいよ、本命のレイジと二徹の戦場飯の番である。




