華麗なる突撃
「よし、そこまで!」
戦場飯コンペの制限時間60分が経った。参加した5チームは見事に時間内に作り終えた。いよいよ、審査開始である。
審査方法は、まず、パーティーに集まった観客による試食による評価。50人前の量を少しずつ試食して、一番美味しいと思った料理に投票するのだ。今日のバルボア公爵のパーティーに集まった観客はおよそ500人。一人1ポイント持っているから、500ポイントが5つの料理に割り振られるのだ。
このポイントに加えて、主催者のバルボア公爵。ウェステリア陸軍のウィリアム上級大将。ウェステリア海軍のラルフォード提督が特別審査員となる。この3名がそれぞれの戦場飯を専門家の目で審査し、4つの項目について25点満点。合計100点で評価する。
つまり、この戦場飯コンペは、観客の人気と専門家の合計ポイントで争われるのだ。
「うおっ……。このウェステリア海軍のスープ、あっさりして美味しいわね」
「いやいや、竜騎兵連隊のオムレットは、食感ふあふあで戦場飯の概念を打ち砕くインパクトだ」
「いやいや、インパクトなら砲兵連隊のあんかけご飯。サクサクのバフにトロトロの野菜と肉のあんがいい……」
各隊の戦場飯の反応はいい。二徹も食べてみたがどれも結構美味しい。特にポン菓子に野菜と肉を煮込み、片栗粉でとろみをつけたものは、中華おこげみたいで面白いと思った。
(だが、この料理は致命的な欠陥がある……)
そう二徹は予想していた。たぶん、時間が経てばそれは露見するだろう。また、海軍のスープや竜騎兵連隊の巨大オムレツも工夫された戦場飯ではあるが、それぞれ欠点を内包していると二徹は思っていた。
さて、二徹が作った戦場飯の反応はどうであろう。
物珍しさに人は結構集まっている。しかし、なかなか食べようという人が出てこない。無理もないであろう。ちょっと見たことがない、茶色の謎のソースがかかったご飯を食べる勇気がないのだ。それでも美味しそうな匂いで人は引きつけられている。
「どうぞ、試食してください」
「美味しいですよ……どうぞ!」
メイとリーゼルが一生懸命に呼び込みをするが、誰も先陣を切る様子がない。食べてみたい気持ちと、なんだか不安な気持ちが交錯している。その様子を見ていたニコールは、集まっている人々の前に進み出た。
「仕方がない。初めて食べる物には勇気がいるものだ。不肖、この私、近衛連隊第1中隊第1小隊長ニコール・オーガスト中尉が先陣を務める」
「おおおっ!」
どよめく観衆。ドレスを破った艶やかな美女が、この美味しそうで得体のしれないものとガチで勝負するというのだ。みんなの目がニコールに集中する。他の戦場飯のところにいた人々もニコールに視線を送る。
(ニ、ニコちゃん……!?)
ニコールは、ゆっくりとドレスの胸の谷間に挟んでいたスプーン(紙に包まれていたがそれを開いて)を右手に掲げた。
(ニ……ニコちゃん、スプーンはそんなところに入れてはいけない!)
ガス灯の明かりに銀のスプーンの輝きがキラキラと光る。それはまさに勝利の光。
「いざ、突撃!」
メイに特別に大盛りによそってもらったカレーライス。ニコールはカレーライスをひとすくいした。そして、形の良い口をあんぐりと開ける。
人々はその姿を凝視する。みんな口に中にじわりとつばがにじみ出る。匂いの魅力に加えて、美味しそうに食べる美女の姿が魅力となって、脳内を侵食する。
「ん……んんん……」
噛むたびに味の魔力に侵食され、恍惚な表情へとみるみると変わっていくニコール。周りの人間は、ニコールの様子に思わず息を飲んだ。やがて目を開けたニコール。もう獲物を狙う女豹のような目つき。皿に残ったカレーライスに総攻撃を加える。
「こ、これは……総突撃だ! はぐ……はぐ……うま……うま…う~ん……これはたまらん……」
見事なニコールの突撃ぶり。人々の心はカレーの前に屈服する。あるのは、目の前のカレーを食い尽くしたいという衝動のみ。
「こ、これはたまらない!」
「こっちにくれ!」
「私にも!」
もはや、観客に迷いはなくなった。見ていた人々が、試食の皿に一斉に飛びついたのだ。大混乱になる二徹たちのカレーコーナー。メイとリーゼルが休みなく、試食用のカレーの小皿にカレーライスを盛る。
「ニコちゃん、突撃ご苦労様……」
「あ……もう終わりか……もっと食べたい……けど……無理か……」
試食だから小さな皿に盛っただけである。3,4口でなくなる分量では満足できないであろう。ある意味、生殺し状態である。
「ニコちゃん、口元……」
「あ、ありがとう……」
二徹はそっとナフキンでニコールの口元を拭いてあげた。突撃の後のケアは二徹の役目だ。
「ニコちゃんのおかげで、スタートダッシュに成功したよ」
「そ、そうか……」
どの戦場飯も人気だが、明らかに勢いがあるのは、レイジのスープパスタと二徹のもったりカレーライス。これは食べたあとの反応が他を圧倒していた。人々は試食して、思わず本音で語ってしまう。
「うほっ! すごいベジがシャキシャキ、そしてバーコンのコクがたまらない」
「ピコッタの茹で加減が絶妙だ。もちもちの食感とスープの自然な味がうまくマッチしている」
「スープがいい。こんな短時間でよくこれだけの味が出せる。さすがは王宮料理アカデミー。何か作り方に秘密があるに違いない」
「いやいや、この茶色のどろっとしたのがかかっているカレーライスというやつ。いろんな味が融合している」
「ねっとり、まろやか、そして甘味……なんだか体がとろける~」
「スプーンが止まらないよ、この味はクセになる……」
観客たちは口々にカレーライスを賞賛する。コメントしながらも試食が止まらない。戦場飯がこれだけうまいとは思わなかったようだ。そして、観客たちは、自分が一番美味しいと思った戦場飯に投票する。
第2砲兵連隊は赤色のボール。ウェステリア海軍は青色。第3竜騎兵連隊なら緑色。王宮料理アカデミーなら黒色で、近衛小隊なら白色のボールを入れるのだ。観客たちは迷いながらも、箱の中にボールを入れていく。
「よろしい。観客のみなさんの投票は終えたようだ。それでは、特別審査員の審査をしていく。我々は次の点でそれぞれが100点満点の持ち点で評価をする」
そうバルボア公爵が採点法を細かく説明する。評価は4観点。1つ目は材料の現地調達が容易かという点。戦争で食料の補給がしやすい材料とか、現地で調達しやすいかという点である。
第2は調理のしやすさ。戦場飯は戦闘中に陣地の中で作ることが要求される。時間もそんなにあるわけではない。炊事当番の兵士が手軽に作れるかが問題となる。
第3は美味しさである。戦場飯としてやはり美味しくなくてはいけない。過酷な戦場で味わう料理が美味しければ士気が上がる。
第4は戦場飯としての質である。栄養面、精神面での配慮がなされているかどうか。戦闘で体力を消耗している兵士たちの食欲を増進し、そのエネルギーを補給するという点がある。例え、美味しくても戦うための料理でなければ、戦場飯として優れているとは言えないからだ。
この4つのポイントを考え、絶対評価で加点するのだ。
 




