衝撃! ニコちゃんカレー
夜はカレーにします。
カレーライスの発祥の地はインドのように思われているが、インドにはカレーライスという料理はない。その謂れはインドに渡ったヨーロッパ人が食べたインド料理である。
彼らはスパイスの効いたソースをご飯にかける料理が気に入り、国に持ち帰って家庭料理に取り入れたのだ。それが日本のカレーライスの起源だという。
そういう料理の総称をインドでは『カリ』と言ったから、巡り巡って日本で、それが『カレーライス』となったという説。
インドの『カリ』はスープのようにしゃばしゃばだったが、日本で小麦粉を混ぜたルウでドロドロのもったりとしたものに変わり、日本人の口に合うものへと進化した。これは粘りのある日本の米との相性によるものであろう。
日本でカレーライスが定着したのは、洋風の食事に憧れる時代にちょっとしたご馳走として紹介されたこともあるが、海軍が食事に採用したことが大きい。徴兵制で集められた兵士が除隊後に、カレーライスを家庭でも食べたいというニーズが発生したからだ。
そしてカレー粉を調合して作るなどという手間暇かけずにカレーライスを作れるようにと、日本人が発明したのが「カレールウ」。まさに大発明だと二徹は思う。家庭に浸透できたのも『ルウ』があったから。
これを入れるだけで、ねっとりとした食感の日本で生まれたカレーライスができるのだ。まさに『母の味』、『彼女の味』、『妻の味』、そして『学校の味』である。
「二徹様、言われたとおり持ってきました」
屋敷に使いを出して、メイに持ってきてもらったのは、そのカレールウ。昨日にリーゼルからもらったカレー粉を使って、二徹が試作したものだ。カレーライスを気軽に作るならこのルウが決め手となる。
「二徹、私も手伝うぞ。何しろ、我、近衛小隊の戦場飯だからな。隊長として第一線に立たねばならぬ」
ドレス姿のニコールがそう申し出る。だが、美しいドレス姿のニコールに、大鍋でカレーライスを作るなんて作業はやらせられない。一瞬、この姿で背丈ほどあるしゃもじを持たせたニコールを想像したが、あまりにもギャップ萌え過ぎるので、二徹は頭を振って忘れることにした。
「いいよ、ニコちゃん。僕と、メイでやるから。綺麗なドレスが汚れてしまうよ」
「そんなことは気にしない!」
そう言うとニコールは、惜しげもなくビリビリとドレスの裾を破る。膝上まで破って動きやすくする。さらに袖を引きちぎり、肩を出す。コルセットの紐を切って外す。さらに髪の毛をまとめたリボンをほどいて髪を下ろすと、ポニーテールに縛り直した。
貴婦人からみずみずしい若妻ルックになる。思い切った行動に唖然とする二徹。だが、そのニコールの姿の艶やかさに『萌えええ』となってしまう。
「ニ、ニコちゃん!」
「ずるいですわ、ニコールさん!」
リーゼルも真似してドレスを破り捨てる。リーゼルとしては、料理音痴のニコールが手伝うことで、兄の足を彼女が引っ張ることを懸念したのだろう。こちらもリーゼル狙いの男どもが、『萌ええ……』と目がハートになる。
結局、カレーライス作りは二徹、メイ、ニコール、リーゼルの4名で行うことになった。
「わかったよ。みんなで協力しよう。作るのは『もったり給食カレー』だよ」
「もったり給食カレー? なんだそれは?」
「お兄様、変な名前の料理ですわね」
リーゼルはそう言ったが、この世界にも『給食』という言葉はある。それはウェステリア王宮内の役人が食べる昼ご飯のことを指す。王宮料理アカデミーが毎日、王宮内で仕事をする人たちに決まったメニューを作って出すのだ。1食が銅貨20ディトラム(約200円)で食べられるので、重宝しているのだ。
もちろん、二徹の言う『給食』とは、日本の小中学校で提供されるもののことだ。学校給食で、カレーは人気メニューの一つだ。No.1と言ってもいいだろう。
ちなみに小中学生の好きな給食メニューは、『カレーライス』、『焼きそば』、『ソフトめんのミートスパゲティ』である。二徹は料亭のメニューとは違った美味しさが、給食にはあるのだと子供の頃から思っていた。
それは大量に作ることで得られる味。定期的に食べる親しみやすさ。そしてみんなと食べる楽しさが合わさったものである。それは戦場飯にも通じる要素だ。
「まあ、料理の美味しさは名前じゃ決まらないからね。じゃあ、みんなに手伝ってもらうよ。時間がないからね」
調理時間は60分である。テキパキやらないと50人前という大量な量を作ることはできない。
「ニコちゃんは野菜を切って。リーゼは野菜の皮むき、メイはご飯を炊いて」
二徹はそれぞれの能力にあった仕事を割り振る。きめ細やかな仕事ができるリーゼルは、皮をむく仕事は向いているが、ニコールだと手を切ってしまいそうだ。リーゼルや二徹が皮をむいた野菜を豪快に切ってもらう方が戦力になる。
「任せろ、二徹」
破いたドレスにエプロンを付けたちょっと色っぽいニコールが、包丁を振りかざすと、すごい勢いで切っていく、ズバズバとニンジンやじゃがいもが舞う。ニコールらしく、厚さもバラバラだが、そういうざっくりとした感じも給食カレーにはあった方がいい。
よく煮込んでしまえば、多少の火の通りの違いなど問題にならない。レストランの洗練された味より、不器用さ、素人感、親しみやすさ等のブレンドが味を違う意味で一層引き立てるはずだ。
「よし、じゃあ、まずはブル肉を炒める」
大鍋を熱してラードを投入。なじんだらブルの肉を炒める。そして、切った野菜を投入。炒めたところで水を投入する。ここから、グツグツと煮込むのだ。大量に作るからここからが時間がかかる。
「よし、野菜も肉もよく火が通ったようだね。メイ、例のものを……」
メイが持ってきた『ルウ』。昨晩、二徹がリーゼルのお土産の中にあったカレー粉を使って作ったものだ。チョコレートのように板状になっている。煮るのを中断して、それを割り入れる。溶けていくとやがてカレーの完成だ。
「お兄様、クレオンなんて入れるのですか?」
仕上げに二徹が入れようとしたものを見て、リーゼルは驚いた。なんとチョコレートを刻んで入れるのだ。これはコクを出すためとカレーの煮込み感を増すためのもの。カレーは一晩おいた方が美味しくなるのだが、それは様々な味が時間を置いて融合することで、美味しさがまとめるからだと思われる。チョコレートは味の融合を促進するのだ。
これは砂糖を溶かしたカラメルでも同じ効果が得られ、それを仕上げに入れる料理番組を二徹は見たことがあった。
「まだまだ……。ここへハニンとアピのすりおろしたのをさらに追加!」
どろりとしたカレーにさらに甘味を加える。りんごは甘味と酸味を入れることで、カレーの味に深みを加える。
「んんん……すごくいい匂いだ。なんだか、私はお腹が減ってきたぞ」
ぐう~っとお腹が鳴って赤くなるニコール。これはリーゼルもメイも同じで、目の前の茶色い液体から放たれる匂いで食欲が刺激されたのだ。
これはたまらない。
日本人じゃなくてもたまらない。
スプーンですくった茶色と白の衝撃を味わいたい。
どことなく懐かしい……味の快感。
「うん。完璧だよ。もったり給食カレー、別名、近衛隊名物、ニコちゃんカレーの出来上がりだよ」
メイが炊いた白いご飯にこのどろっとした茶色の液体をかける。
白い飯の山をドロドロと溶岩が流れるようにゆっくりと移動するカレー。なんとも言えない香りが脳を刺激する。
もういいから食わせろ。
 




