レイジ、暴走モード突入!
本日2回目の投稿です。
「ククク……。さすがは伝統や定評のある戦場飯の数々。しかし、所詮は素人料理。我ら王宮料理アカデミーの洗練された料理とは比べ物にならないよ」
レイジの表情には余裕がある。工夫を凝らした各部隊の戦場飯を見ても、負ける気はこれっぽっちもないようだ。それは根拠のない強がりではなく、確かな自信に裏付けされている確固としたものであることは、自信にあふれる他の者への指示の様子からうかがわれた。
「まずはお湯を沸かせ!」
レイジが命じたのは大きな鍋2つにお湯を沸かせること。1つで50人前はありそうな鍋である。一つはたっぷりと水を張り、もう一つは少ない量である。
「よし、その間にベジの下準備だ」
レイジは仲間と共に、キャベツを大き目の一口大に切る。これはかなり豪快である。そしてベーコン。これは塩漬けにしたブル肉を燻製にしたものだ。ベーコンは保存食として考案されたものであるから、肉製品なのに日持ちがするのだ。常温で1週間。冷やして保存すれば20日ほどは持つ。戦場で食べられる貴重なタンパク質である。
レイジたちはベーコンを1.3ク・ノラン(0.7センチ)程の幅に刻んでいく。だが、材料はどうやらそれだけのようだ。手の込んだ料理を信条とする王宮料理アカデミーにしては、シンプルな料理だ。
「あのレイジって人、自信たっぷりに、勝ったらリーゼやニコールさんとダンスをしたいなんて言っていましたけれど、あれじゃ海軍さんのスープにも勝てないんじゃないかと思いますわ」
「いいや、リーゼ。僕はそうは思わないよ」
二徹はそう自分たちの作業をしながら、レイジたちの料理を分析する。確かに食材は今のところ2種類だが、それは戦場で作ることを考えれば適切な選択だ。キャベツにベーコンと手に入りやすく、戦場に運びやすい材料を選択していることもポイントが高い。
(問題はどうやって彼がスープを取るかだ……)
二徹はレイジたちの作る料理がなんであるか見抜いていた。それは大きな鍋にパスタを投入することで確実となった。レイジが作るのは『キャベツとベーコンのスープパスタ』であろう。
戦場でも簡単にでき、さらにこじゃれた感じで選択としては間違っていない。だが、問題はスープである。味を決めるスープ作りには時間がかかる。戦場で鶏がらからスープのストックを取るなんて暇はない。敵がいつ攻撃してくるか分からない戦場では、スピードも大事なのだ。
「ピコッタは少し固めに茹であげろ!」
レイジは命令しながら、唐辛子の刻んだものをオリーブオイルで炒める。唐辛子の鮮烈な香りとオリーブオイルの香りが食欲を刺激する。そこへベーコンを投入する。ジューっという音が香りとの2重奏となる。見ている観客たちも、レイジの手際よい作業に見とれている。
「この前は僕が勝ったけど、レイジは侮れないね。あの手際の良さは大した腕だよ。あれで王宮料理アカデミーの見習い生とは、王宮料理アカデミーはすごいところだよ」
二徹はそう感心してレイジの作業を見守っている。どうやら口先だけの男ではないようだ。今回の二徹との勝負に全力をかけてきているようだ。その勝利の褒美は、ニコール(愛妻)とリーゼル(妹)とのダンス。
ダンスくらいさせてやろうかと思わんでもないが、やっぱり、そこは夫や兄の立場として、簡単には譲れない。
「お兄様、大丈夫ですの? リーゼ、あの人と踊るのはちょっと遠慮したいですわ!」
「はーははっ。二徹、今回は俺の勝ちだ。ゴージャスに、デリシャスに、スーパーに、ゴールデンに俺が勝つ!」
フライパンを振って意味のわからないことを叫んでいるレイジ。彼は料理をする時には、自分の世界に入ってしまうようだ。そして、何やら固形のキューブ状のものを鍋に入れた。いい香りがしてくる。
(あれは……なるほど。やはり、この勝負はレイジとの勝負になりそうだ)
二徹はこの戦場飯勝負の鍵になることを理解している。そしてレイジも同じようだ。彼の作るのは、野性味あふれるスープパスタ。あのキューブ状のものがこの勝負の鍵になると二徹は感じた。
*
「待っていてください。このレイジ、圧倒的な差でこの勝負に勝ち抜き、見事にダンスのお相手の権利を得てご覧にいれます!」
スパンとフライパンを振ると空中に舞い上がるベーコン。そして、体全体をリズミカルに動かすレイジ。その叫びは止まらない。
「リーゼルちゃん、ニコール様~っ。このレイジ、今、勝利への階段を駆け上がります!」
レイジの暴走に王宮料理アカデミーの仲間も唖然とするが、レイジの叫びは止まらない。「ウオーウオー」と叫びながら、料理に没頭するレイジ。
レイジ……暴走モード突入。
*
そんなレイジを見て、ガタガタと体を震わせるリーゼル。あんな奴とダンスすると考えるだけで、体が拒否反応を示しているようだ。分からんでもないと二徹は思った。
「お、お兄様、なんだか気色悪いですわ。リーゼはあの方とダンスなんてしたくありません」
「うん。大丈夫だよ。大切な妹や妻にレイジの相手はさせないよ」
「お兄様がそう言ってくださるなら、リーゼは安心しますけど……。ニコールさん、先程から一体、何をなさっているの?」
リーゼルは先程から、手首のストレッチを入念に行い、今は左右の手をスナップを効かせて振っているニコールに問いかける。空気を切り裂く音がビュンビュンと聞こえる。
「リーゼも殴る準備をしておくといいぞ」
「殴る?」
「ああ。私の二徹の勝利は確定だ。そうなるとレイジの望み通りに、頬をひっぱたいてやらねばならない。男の頬を叩くのも淑女の嗜み……ククク」
「ニコールさん……怖い……」
「ニコちゃん、ちょっとは手加減してあげてよ」
どうやら嫁の辞書には自分の夫の敗北という文字はないようだ。この期待に応えるしかない。二徹の方も準備は着実に進めている。今は玉ねぎ、にんじん、じゃがいもを刻む作業をしている。
急遽、戦場飯対決に参加することになったので、よく考える暇もなかったが、戦場飯と聞いて、すぐに思いついた料理がある。それはちょうど、昨晩に仕込みをした材料が使えることもあって、渡りに船ということでもあった。
二徹が作ろうと思った料理。それは……。
『カレーライス』である。




