戦場飯の競演
この余興イベントは予想以上の盛り上がりを見せた。それはこの夜のパーティー会場に、軍人とその関係者が多かったこともあるが、参加していたたくさんの女性たちが、『戦場飯』というジャンルに興味をもったことも大きかった。
「戦場飯ですって?」
「どんなものでしょう?」
「ちょっと怖いけど……食べてみたいですわね」
みんな未知の料理にワクワクしている。今回、この余興に参加したチームは全部で5チーム。それぞれが、思い思いに材料をテーブルから運び、調理スペースで豪快に調理していくさまは壮観である。
さらに参加した部隊がそれぞれ、伝統の戦場飯を50人分も作るというのも滅多に見ることができないことだ。そして、参加した部隊の意気込みや熱気が伝わり、見ている者を魅了した。
「さあ、俺たち、砲兵隊の破壊力を見せつけてやろうぜ!」
「おう、大尉、やっちゃいましょう!」
「砲兵隊伝統の戦場飯、ご令嬢方に食わせてやりましょう!」
まずは第2砲兵隊の戦場飯。彼らは専用の釜を用意していた。実際に部隊が戦場へ持ち込み、使っているという見慣れない釜だ。これが彼らの戦場飯作りの重要な道具である。それは密閉して回転させながら、熱を加える仕組みになっている。
「さあ、ここへ入れていくぞ!」
そこへ入れたのはなんと米。第2砲兵隊の伝統飯は米であった。その米をザラザラと謎の釜へ入れる。ほとんどの人間はそんな道具を見たことがない。
(あれはポン菓子じゃないのか?)
二徹は自分の作業をしながらも、この懐かしい作業を見ている。昔、お祭りで見たことにある光景だ。釜を火で温め、ぐるぐる回して圧力をかけていく。そして、砲兵隊の将校が取り出したのは鋼鉄製のハンマー。それで釜の蓋を叩く。急激に圧力を開放するのだ。
「きゃっ!」
「うおっ!」
耳をつんざく凄まじい音が中庭に響く。令嬢たちは驚いてその場に座り込み、悲鳴を上げる。中には驚いて、そのまま気を失うご令嬢もいた。
「お、お兄様!」
「おっ!」
二徹はある程度予想していたから、驚きはしなかったがリーゼルは音が鳴った瞬間に二徹に抱きついた。ニコールもちょっとだけ驚きの声を上げたようだ。二徹がふと気が付くと後ろのシャツをちょっと摘まれているのに気がついた。振り返るとニコールである。
びっくりして思わず、二徹のシャツを掴んでしまったらしい。二徹に振り返られて、慌てて目線を反らすニコール。
「どうしたの? ニコちゃん」
「な……何でもない!」
ちょっと顔が赤い。なんだか可愛い……。そんな一瞬のときめきを壊すように、妹のリーゼルが砲兵隊の連中が釜から取り出した白いものを指差す。
「お兄様、あれは何ですの?」
「うん……米を圧力で爆裂させて作る釜なんだけど、なんて言うんだろうねえ」
まさかポン菓子とかドン菓子とは言うまいとは思ったが、第2砲兵隊では『バフ』と呼んでいるらしい。砂糖をまぶしてシリアルみたいになる。元の量の10倍くらいに膨らむのだ。まさかの、ポン菓子ベースの料理のようだ。
「問題はあれをどう料理にするのかな?」
二徹もこの料理は想像がつかない。それでも第2砲兵隊の様子を見ていると、別鍋で何種類かの野菜を煮込んでいる。中華おこげみたいにアンをかけるのだろうか。なかなか興味深い料理である。
「ふん、あのような爆発音になぞ、ビビリはせぬ。俺たちは海で心身を鍛えた猛者だ。伝統のウェステリア海軍の戦場飯を見せてやるぞ!」
そう叫ぶのはウェステリア艦隊旗艦『デンプシー3世』のミルトン艦長。そしてそれに従う4人の若き士官たち。乗船するフリゲート艦で作っている戦場飯を披露するという。彼らが作るのは、海軍伝統のスープ。
それは50年前に起きた『タイガフォルガー海戦』で勝利した時に、旗艦デンプシーで作られたという。
名前を『デンプシースープ』と言う。
その作り方は変わっている。なんと海水をベースに干した魚や貝をブチ込むのだ。さすがに海水では塩分が濃いので真水と1:2の割合で混ぜて薄めているが、ここへたっぷりの海産物を入れていく。
「あれは潮汁みたいなものかな?」
二徹はそう見立てた。潮汁とは貝とか魚を具にし、塩で味を付けた日本伝統のお吸い物のこと。海で何日も航海をする海軍にとっては、周りの海から現地調達して作る伝統料理だ。現地調達も軍隊では重要な任務。魚介類を現地調達できる海軍ならではの料理だ。
さらに彼らの工夫はそれだけではない。船の中では火の扱いが難しい。揺れる船内で煮込み料理などは火災の原因にもなり、危険なのだ。
「それじゃ、一気に温めるぞ!」
「ラジャー!」
コンロの鉄板の上で山と積まれた石。それはガンガンに熱せられている。水をかければ一瞬で蒸発する程の熱を帯びている。
「うりゃ!」
「熱っつつ……」
海軍の士官たちは、その石を火バサミで挟んで鍋に放り込んでいく。ウェステリア海軍の戦場飯の特徴は、石を熱してそれをスープに入った鍋に入れる調理法なのだ。石の余熱であっという間にスープに火が通る。まさに海の男らしい豪快なスープである。
豪快といえば、第3竜騎兵連隊は作るものが巨大で見るものを圧倒する。それは巨大なオムレツなのである。
竜騎兵隊の将校たちは手際よく卵を割ってバケツへと入れていく。その数、なんと100個。とんでもない数である。それをバケツに割入れ、撹拌する。量が多いだけに大変な作業だ。
(あんなに大きいと味付けも大変だが、どうやら、シンプルな味付けでいくみたいだ)
二徹はそう様子を見て思った。味付けは至って単純。基本ベースは、塩、コショウで味付けをしたシンプルなもの。それを直径5mもある大きなフライパンに流し込む。
十分に熱され、油がひかれた巨大なフライパンの上をじゅわじゅわと音を立てて卵が流れていく。それはやがてかたまり、ぷくぷくとあちらこちらが膨れてくる。
そして、片面焼いている途中でたっぷりのチーズを入れた。それが熱で溶かされ、それこそ、とろーりと粘りが出て卵に溶け込んでいく。視覚と嗅覚に訴えるその光景は、もうたまらないと見るものを魅了する。
「いい匂いだね、ニコちゃん」
「うむ。あのフライパンの巨大さがいい」
本当に大きなフライパンだ。ニコールも目をまん丸にして驚く大きさだ。あんなものを戦場へ持っていくこと自体、邪魔だろというツッコミは置いておいて、普段は馬車の弾除けとして側面に取り付けてある盾代わりなのである。
この巨大さなら、1つで25人前。2つあるから50人前の巨大オムレツを容易に焼けるのだ。これは見ているだけで壮観である。その作業を見ているニコール、リーゼル、二徹もその巨大オムレツのド迫力に圧倒されてしまう。
「しかし驚きだな……何という大きさだ……」
「お兄様、すごいですわね」
「ああ。どうやってひっくり返すかわからないけど、確かにうまそうだ」
但し、巨大になったぶん、火の通し方が難しい。うまくやらないと中が生になる。だが、第3竜騎兵の将校たちは、身長程もある巨大な木製のフライ返しを使い、よいしょ、よいしょと掛け声も高らかにオムレツをひっくり返す。
これはチームワークがよくないと無理だ。そういった意味では、同じ部隊で意気投合している者同士でしかできない作業である。寝食を共にし、命をかけた者同士のチームワーク料理と言っていい。
「さあ、第3竜騎兵連隊の伝統戦場飯、『ドラゴンオムレット』だ!」
そのあまりの大きさに、伝説の巨竜の卵で作ったと宣伝された巨大オムレツの完成である。




