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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第1話 嫁ごはん レシピ1 鯖とアサリのトマト煮&カチョエペペ添え
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可愛い姉さん女房との夕食

9/17 全面改稿 パスタの作り方を丁寧にしました。単なるチーズパスタをカチョエペペに変更。

カチェぺぺ……イタリアのローマ、定番のパスタだそうです。

「旦那様、奥様がお戻りになりました」

 

 家令のジョセフがそう二徹に告げる。2階の窓から見ると白い馬(アテナ)に乗ったニコールが、庭師兼馬番のラオに愛馬を預けて玄関に向かおうとしているところであった。


 オーガスト家の使用人は、家令のジョセフと庭番兼馬番、御者のラオ。そして、屋敷内の清掃や洗濯をするメイドのナミの3名である。

 

 ラオとナミは夫婦で犬族。この50代後半の老年の夫婦は住み込みで働いている。家令のジョセフは二徹の元の家、サヴォイ家に仕えていた男で、動乱の際にまだ少年だった二徹を守ってくれた恩人でもある。年齢は60に届くかという人間族の男である。


 屋敷はそれほど広くはないので、この程度の使用人で何とかなっているが、正直、あとメイドの一人くらいは必要かと二徹は思っている。


(まあ、料理は僕がやるし、やりきれない仕事は専業主夫として僕がやればいいんだけど……)


 ラオとナミ夫婦の休みの時は、妻のパンツを洗うことも厭わない二徹。専業主夫の鑑である。


「お帰りなさいませ、奥様」


 玄関でニコールから上着を預かるジョセフ。遅れて二徹も顔を出す。


「お帰りニコちゃん」

「あ、ああ……ただいま」


 いつものぶっきらぼうな物言いの妻である。そのまま、浴室に直行。熱い風呂に浸かってもらう。その間に家令のジョセフは軍服を収納し、着替えを用意する。二徹は食事ディナーの用意である。


「ん? 今日のご飯はなんだ?」


 風呂から上がったニコール。ジョセフに用意してもらった部屋着を着て、頭にタオルを巻いた状態でリビングにやってくる。


 貴族の令嬢にあるまじき姿だが、今は使用人もいないし、夫である二徹だけだ。かなりラフな格好でも問題はない。


 オーガスト家のリビングダイニングは食事をする空間兼、二徹がライブクッキングをする場所でもあった。調理台スペースが特注で作られているのだ。


 この世界の上流階級の屋敷は通常、キッチンは1階か地下にあり、コックが作って召使がダイニングへ運んでくるというのが普通であったが、オーガスト家では目の前で主である二徹が腕を振るうのだ。


 特注で作ったアイランド型のキッチンで、料理を作りながら楽しく妻とコミュニケーションができるのだ。


 料理の腕を振るうといっても、今は妻のニコールだけだから、夫婦水入らずの時間なのである。既にラオとナミ夫妻は仕事を終えて、敷地内の家に帰っているし、ジョセフも自分の部屋に帰っている。今頃、二徹の作った賄いを食べていることだろう。


さば(サビル)のいいのが入ったんだよ」

さば(サビル)のゴルスチか?」


 ちょっと、嫌そうな顔をするニコール。サビルのゴルスチとは、『鯖のごった煮』のこと。場末の食堂で食べられる大衆料理である。


 この国で鯖料理といったら、一般的にこれになる。大抵、材料の鯖の鮮度が悪いので生臭い。それを消すためにやたら香辛料で辛くしているが、正直、二徹も遠慮したい料理である。


「今までニコちゃんに、(サビル)の料理を出したことなかったかな?」


 二徹は結婚して3ヶ月しか経っていない新妻をニコールではなく、『ニコちゃん』と呼んでいる。ニコールは近衛小隊の隊長を勤めている勇猛な軍人であるが、二徹のこの『ちゃん』呼びを許している。


 小さい時から1つ年下の二徹(当時はルウイであるが)にそう呼ばれていたからというのが、表向きの理由である。真の理由は二徹にそう呼ばれて、なんとも嬉しそうな表情をちらりと見せているところから察しがつくだろう。


「ない。二徹の作る料理は毎日、違うからな」

「ふふん。それちょっと、プレッシャー……」


 そう言いつつ、二徹はフライパンを熱する。熱源は炭。強火、弱火は炭からの距離を調節して再現している。この辺は現代と条件が違うので調理が難しい。


「まずは(サビル)の水気を取る」


 ペーパーで抑えて水気を吸い取る。そして、包丁で皮目に切込を入れる。包丁はとある鍛冶屋に特注で作ってもらった二徹専用のものである。


「なぜ、魚の皮に切れ目を入れるんだ?」


 いつものように二徹の料理の様子を見てつぶやくニコール。このまま、ソテーするなら別に切らなくても……と思ったようだ。


「それはだね」


 ジャーっとフライパンから香ばしい匂いが立つ。香油をフライパンに垂らしたのだ。香油と書いたがオリーブ油に似た油で、この世界では料理によく使う油である。


 二徹は鯖を並べて焼き始める。まずは皮を下にする。強火で焼くからすぐに皮に火が通る。


「切れ込みを入れると皮が縮まないんだよ」


 フライ返しでひっくり返すと、綺麗な焼き目が目に飛び込んできた。


「ほら、ニコちゃん。見た目も美しいでしょ!」

「はう~」


 美味しそうな匂いとビジュアルにニコールの表情から硬さがなくなっていく。職業軍人の顔から、徐々に可愛い妻の顔になっていくのだ。


「空いたところにニンニク(ジズル)の刻んだのを炒める……」


 ジズルとはニンニクのことである。火にかけると独特の香りが広がる。滋養強壮によく、そして食べ物の臭みを消す。


「焼けたところで、アサリ(ミル)を加えて……(ソル)胡椒(黒ソルズ)

あさり(ミル)も入れるのか!」

「そして、刻んだトマト(レドラ)と香草で作ったソースを投入する」

(ゴクリ……)


 ニコールは料理する二徹の手元から目を離さない。お腹も減っているせいもあるが、二徹の料理する姿にうっとりしているようにも見える。


サビルの方はこのまま、3,4分煮込んで……。次にパスタ(ピコッタ)の方を作るよ」


ニ徹が料理の添え物として作ろうと思ったのは『カチョエペペ』。ローマ伝統のパスタ料理である。これは手間がかからず、料理の添え物には丁度良いのだ。


「フライパンに粗挽きした胡椒(黒ソルズ)を入れて、軽く炒める。香りが出てきたら、弱火にしてパスタ(ピコッタ)のゆで汁を投入。この香りを閉じ込める」


 ジューっと音を立てて、フライパンの中でゆで汁が跳ねる。そして水分がどんどん蒸発していく。


「水分が引いたら、ここへオリーブオイル(リジン油)を入れて、香りを閉じ込め、再びゆで汁を入れる。ここへあらかじめ茹でたパスタ(ピコッタ)を入れて、チーズ(ニュウズ)を上から散らす」


 ウェステリア語では、チーズのことをニュウズと呼ぶ。牛乳を発酵させて作るこの食材は、この世界でも様々なものが作られており、今、投入したのはいわゆるパルミジャーノである。


 注意しないといけないことは、チーズを上手く散らさないと固まってしまうのだ。失敗すると舌触りが悪くなる。


「はい、できました。今夜のメニュー。(サビル)アサリ(ミル)トマト(レドラ)煮込み&カチョエペペ(ニュウズピコッタ)添え」


 カチョエペペとは、イタリア首都ローマの伝統的なパスタのことである。カチョとはイタリア語でチーズ。ペぺはコショウの意味。チーズとコショウで作るシンプルなパスタだから、付け合せにはもってこいの料理である。


「う、ううう……」(ゴクリ……)


 小さく喉を鳴らすニコール。ペコペコだったお腹が、もっと減ってしまった感覚にとらわれたようだ。

 

 それを見て二徹は優しく頷く。


「は、早く……食べたい」


 妻の形のよい唇が微かにそう動くのがわかった。それを見て、二徹は手早く皿に盛り付ける。そして、流れるように皿をニコールのテーブルに置く。


「ニコちゃん、どうぞ」


 ニコールは待っていましたとばかりに、フォークとナイフでまずは鯖を小さく切る。


 あらかじめ骨を取っているのでサクッと切れる。切る感触だけでも快感なのか、小さく腕がピクピクと痙攣している。プルプル震えるナイフで突き刺す。


「はむ!」


 形のよい口に放り込む。トマト(レドラ)の酸味とホクホクした(サビル)の身。そしてアサリ(ミル)の出汁が体中に染みわたる。


「はううううううっ……。美味過ぎるううううっ~」


 思わず背筋が伸びてプルプルと痙攣してしまうニコール。味覚の快感が全身を蹂躙していく。スプーンで赤いソースをぺろりと舐めるニコール。ついでに形の良い唇についたソースを舌で舐めとる。


 その舌の動きが艶かしい。二徹はそんな愛妻に笑顔を向ける。それを見て妻のニコールは我に返る。


「う、こほん……。なかなか美味しいなこれ……」


 少し顔を赤らめ、そうニコールはいつもの無表情になろうと努力している。だが、そんな努力は無駄だと仕掛けた二徹の方がよく分かっている。第2弾の攻撃を仕掛ける。


「ニコちゃん、パスタ(ピコッタ)もどう?」

パスタ(ピコッタ)……。味付けが違うようだな」


 ニコールの視線は、鯖のトマト煮に添えられた細長いものに一瞬向けられたが、慌てて二徹の方へと方向を変えた。料理に見入ってしまうと自分が変わってしまう衝動に耐えられないと思ったようだ。


 だが、ニコールの形のよい鼻が微かにヒクヒクと動いている。パスタから出る香りに徐々に防御力が失われていくのが分かる。そしてついには、耐え切れず二徹を見る目が(もう我慢ができない……)と言っているかのように潤んできた。


「召しませ、奥さん」


 二徹の笑みに反応して、ニコールの美しい目が再び皿の料理に注がれる。そして、おもむろにフォークで絡め取る。ちなみにこの世界の食べる道具はフォーク、ナイフ、スプーンが主である。貴族は銀製のものを使い、庶民は鉄製か木製である。


 ニコールはフォークでパスタを絡め取ると、潔く開けた口にゆっくりと入れる。舌にその味覚が触れる。ピクピク……。ちょっとだけ顔が引き締まり、そのあとにへら~っと美形の顔が崩れた。二徹の視線を感じて、慌てて顔を引き締めるニコール。


「コ、コホン……」

「どう味の方は?」

「美味しい……。(サビル)トマト(レドラ)味に対して、こっちはチーズ(ニュウズ)胡椒(黒ソルズ)だけでシンプルな味だけど、それだから、口直しにもなって、お互いの味を高めていくよう」

「うん。ニコちゃんはグルメだね。そこまで分かってくれて嬉しいよ」


 二徹も食べる。妻の隣の席である。これはいつの間にか、2人の間で決まったこと。ニコールはそっと二徹の体に頭を傾ける。


「私は幸せだ……。こんなに料理の上手な旦那様がいて」

「ニコちゃん、お酒は飲んでないよね。酔っているの?」

「ううん……飲んでないけど、二徹の料理に私はいつも酔ってしまう……」

「嬉しいこと言ってくれるね。作りがいがあるよ」


 そう言うと二徹はニコールの頭を撫でなでする。うっとりとするニコール。1歳年上はニコールの方であるが、いつも甘えさせるのは二徹の方だ。


「はい、どんどん食べてね」


 二徹に促されて、無我夢中で食べ進めるニコール。あっという間に皿が空になる。


「はい、お粗末さまでした」

「美味しかった……」

「おや、ニコちゃん……」


 二徹は美しい妻の口元がトマトの赤いソースが付いているのに気がついた。そっと、ナプキンで拭いてあげる。ピンクの唇がプルンと飛び出た。ニコールの頬がポッと桜色に染まる。


「あ、ありがと……」

「ニコちゃんは小隊長なのに、可愛いところあるよね」


 桜色から、かあ~っと顔が赤くなるニコール。


「に、二徹ったら、生意気だ。私の方が1つ年上のお姉さんなんだ。年上に向かって可愛いなんて……」

 頬を膨らませ、まるでリスのような顔になるニコール。それを愛おしげに見る二徹。すかさず、いつもの二徹の正論をぶつける。


「だって、可愛いものは可愛いからね。年上とか関係ないよ」

「ず、ずるい……」


 日中はいつも気を張って仕事をしている。ウェステリア王国では女性士官も珍しくはないが、やはり軍隊は男の職場。そこで働く女性はそれなりに気を遣って働いている。


 ましてや、ニコールは50人の兵を指揮する小隊長だ。兵士の大半は男である。軍歴の長い下士官に指導することもある。帰り際にそんな軍曹をビシッと指導してきたばかりである。

 

 だから、いつも強い口調で毅然としていなくてはいけない。その仮面を二徹の料理がいつも引き剥がす。二徹の料理を食べるとニコールは、本当の可愛い自分に戻れるのだ。


「私、二徹の料理の工夫を一つ見つけた……」


 食事のあと、ソファで二徹の膝に頭を乗せたニコールはそう呟いた。ウェステリア語の本を読んでいた二徹は、視線を外して妻の顔をまじまじと見る。


「今日の料理の工夫?」

「そう……」

「まあ、それなりにあるけど。ニコちゃんが見つけたのは何?」

「今日は煮込み料理だな。だったら、最初からトマト(レドラ)のソースで煮ればいいのに、二徹は最初に(サビル)を焼いた」

「ああ。そこに気がついたの?」

「新鮮な(サビル)だけど、やっぱり魚。そのまま、煮るとどうしても生臭味が残る。最初にソテーすれば、生臭さは抜けて代わりに香ばしさが加わる、よく考えていると思う」

「どうも……」

「ねえ……」

「なに?」

「生臭くないか、試す?」


 ん~っと目を閉じたニコール。どうやらキスの要求である。


(やれやれ……。この可愛いのが僕の妻なんだよな)


 伊達二徹、今は二徹・オーガスト。今日も美しい妻との幸せな夜が過ぎていく。


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