愛妻弁当(2)と鏡の前のニコールさん
投稿が遅れてしまいました。すみません……。
ブルーベリーの実も普通にいれてあるだけでなかった。何やら、透明の液がかけてある。恐らく、砂糖水を少したらしたのだろう。このきめ細かい配慮。酸っぱいブルーベリーにほのかな甘さはよく合うはずだ。
「う……!」
「かあ~。ニコールさん、お約束だわ!」
塩辛い。明らかに砂糖と塩を間違えた。こういう間違いをすることは、普通ありえないのだが、途中で味見をしないことは意外とよくあるのだ。だが、愛妻のこういうやらかしは、夫にとってはある意味『萌え』である。もうなんでもオーケー状態の二徹。
「いやいや、よく食べるとソル水のおかげでブルベルの実が本来持つ甘味を感じる。まさに素材を生かす工夫だ」
正直、塩辛さが先に来て、そのあとのブルベリーの酸っぱさと僅かに感じる甘味。3つの味のバラバラ感は否めないが、そうやって信じて食べてみると美味しいような気がしてくる。
兄の主張に首をかしげる妹。致命的な失敗のはずだが、そうやってもっともらしく兄に主張されると、ニコールがわざと狙ってやったようにも思えてくる。
(いやいや、絶対にあのガサツ女はソルとタウを間違えただけですわ)
「お兄様、ニコールさんには、なんでも褒めるんですね。では、このブレドケーキは?」
パンケーキケーキ。小麦に砂糖、牛乳で作られたものだ。型にはめて直径8センチ(4ク・ノラン)ほどの大きさに焼かれている。焼き色はともかく、生地が異様に黄色い。材料に別の何かを入れたに違いない。そしてそれは匂いで分かる。
(これはカレーの匂いだな。ニコちゃん、カレー粉を入れた?)
カレー粉があるとは、二徹も思わなかった。いくつかの香辛料を組み合わせて作るそれは、材料の香辛料はあるから調合すればできないことはなかった。しかし、あまりに面倒だったし、さすがの二徹もカレー粉作りの知識はなかった。
「これは『カリ』ね。リーゼのお土産の中にあった奴ですわ」
それは『カリ』と呼ばれ、南にある大国から手に入れた香辛料をブレンドしたものであった。物資の集結地であるギーズ公国には、世界各地の珍しいものが集まるが、この『カリ』はその一つらしい。これがリーゼルがお土産としてもってきた中にあったらしく、ニコールが知ってか、知らないでか、それを混ぜたらしい。カレー味のパンケーキ。
「ブレドケーキは甘いのが定番ですわ。こんな味のものは食べたことがありません。きっと、あの人のことですから適当に生地に混ぜたに違いないわ。本当にガサツな女ですこと。お兄様、こんなガサツな女はお兄様のお嫁さんにはふさわしくありませんわ!」
「いや、リーゼ。ちゃんと全部食べてよ。ブレドケーキの部分だけだと、確かに美味しくないけど、この挟んである甘いジャムと一緒に食べると美味しいよ」
確かにニコールの作ったパンケーキ。二徹が作っておいた甘いイチゴのジャムとチョコレートのスプレッドが塗ってある。これが予想外にカレー味と合う。合うと思っているのは二徹だけかもしれないが、もう二徹の感激はたまらない。
「お兄様……味覚の鋭いお兄様が毒されてますわよ。こんなのが美味しいなんて。リーゼには思えませんわ」
「リーゼ。料理はね。それを作ってくれた人の思いも調味料なんだよ。僕はニコちゃんが早起きをして作ってくれた料理、世界で一番だと思うよ」
「ううう……。では、リーゼがもしお弁当を作ったらどうなの?」
「それもきっと美味しいね。リーゼは僕の可愛い妹だからね」
きゅう~っと顔が赤くなるリーゼ。
「そういうことでしたら、認めますわ、この欠陥弁当。でも、リーゼのは愛情に加えて、技術でお兄様を感動させますから。ニコールさんには負けません!」
「はいはい、じゃあ、可愛い妹の腕に期待しようかな」
そう言ってリーゼルの頭を撫でなでする。妹の機嫌を取るイコール、嫁を守ることにつながる絶妙の行動であった。
*
(う~ん……)
二徹とリーゼルを送り出したニコール。今日は昔の友人と会う約束があるのだが、まだ時間はある。寝室で鏡の前に立って思案していた。
(確かにリーゼが言っていたように、私には色気が足りないか?)
世間一般で言う『お色気』というものがどういうものかは、ニコールには分からない。ただ、女性のそういうものが、男にはとても嬉しいものだということは知っている。
(二徹もやっぱり、色っぽい女の方がいいのだろうか?)
ふとテーブルに置いてあったリーゼルからのお土産の入った箱が目に入った。それをもう一度開けてみるニコール。ちょっと大人な……いや、かなり大人な下着セットである。
黒いの、白くて透けてるの、赤いの……上と下のセット。黒いのはガーターベルトに編み編みのストッキングまである。
(こ、こんなの履いたら……私も少しは色気が出るのか?)
二徹の作った料理に心を奪われたり、お酒を飲んだりすると素直なニコールに戻り、それがとてつもない色気につながるのだが、それを全く自覚していないニコール。リーゼルに指摘されて、自分は色気がない朴念仁女だと思い込んでいる。
「ちょっとだけ……着けてみるか…いや、今だけだ。こんなの着けた姿は、二徹には絶対見せられない……」
幸いにも、今は二徹は外に出かけている。間違っても見られない。ニコールは特に過激な黒い下着を着けてみることにした。
「うむ……確かにギーズ公国産のものは着け心地は悪くない。いい生地を使っている」
絹でできたそれは、肌触りがよくて気持ちがいい。それに軽くていい。キュッと体が締め付けられて、プロポーションもよくなったような気がする。
「こ、こうか?」
全身が映る鏡の前に立つニコール。ちょっと右手を後頭部に当てて、左手は腰に当て、半身になってポーズを取ってみた。悪くない。
「これはどうだ?」
今度は両手を膝に当てて、ちょっと屈んでみる。胸の谷間が強調されて可愛らしい感じになる。ちょっと上目遣いをしてみる。
「うむ。意外と私もいいかもしれない」
今度は後ろ向きになって、右手を額に当てて、体をひねってみる。後ろ姿もいい。今度は前を向いて足を交差気味にしてみる。長い脚がガーターストッキングとうまくマッチして、セクシーさを強調している。
「うおおお……これはいいかも……二徹、喜んでくれるかな?」
「あの……奥様……ニコール様……」
不意に後ろから話しかけられて体を硬直させたニコール。恐る恐る振り返ると、そこにはメイド服姿のメイがいた。
「あの……何度かお呼びしたのですが……ニコール様の返事がなかったもので……。もう出かけないとお約束の時間に間に合わないかと……」
かあ~っと赤くなるニコール。メイに見られてしまった。
「み、見たな?」
「は、はい……今、目の前にいらっしゃいますから……」
「ううう……忘れてくれ、メイ!」
慌ててベッドのシーツを引き剥がし、それに包まるニコール。恥ずかしさで穴に入りたい気持ちである。
「ニコール様。恥ずかしがる必要はないと思います。とても素敵だと思います」
そうメイはニコールに声をかけた。これは本心である。目に飛び込んできたニコールの姿は、女性として目指したいなと思えるものであった。
「そ、そうか……?」
「きっと二徹様も喜ぶと思います」
正直、まだ子供のメイには、その姿に男が喜ぶ理由はまだ理解できていない。ただ、自分が見てはいけないものを見てしまい、それでダメージを受けてしまった主人に対するフォローになればという思いからである。だが、それはニコールにとっては、とても救われる一言であった。
「そうか、二徹が喜んでくれるか?」
「はい、間違いありません」
ニコールはメイの言葉に、いそいそと立ち上がり、外出のために着替え始める。早くしないと約束の時間に遅れてしまう。
(そうか、二徹が喜ぶのか……それなら、今晩、身に着けてみようかな?)
ニコールは、そんなことを考えていた。もし、それが実行されたら、本日のニコちゃん弁当で萌え死にそうだった二徹のこと。心臓が止まってしまうに違いないのだが、彼女はその最終兵器に気づいていない。




