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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第8話 嫁ごはん レシピ8 ゆで卵ともったり給食カレー
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妹のお土産と戦闘開始

「はい、お土産ですわ。お兄様にはギーズ産のクレオン(チョコレート)の詰め合わせ」

 

 クレオンとはチョコレート。ギーズ公国は昔から貿易が盛んで、カカオ豆(カカ)の集積地でもあった。それで様々なチョコレートの製造法が発達しており、高級なお土産として有名であった。


「ありがとう、リーゼル。これはヘーゼル社製のクレオンじゃないか。よく手に入ったね」

「パーシー家はヘーゼル社の大株主ですの。お兄様のためならお安い御用ですわ」


 そう言うとリーゼルは、家令のジョセフ、ラオやナミまでお土産を渡す。この家の主、ニコールにはないのかと二徹は心配になったが、それは杞憂であった。


「はい、これはニコールさんに」


 ポンと手渡した箱。かなり豪華な包装である。最後まで待たされたから、ニコールは少しだけ感動した。


「あ、ありがとう……リーゼ、私にまであるのか?」

「当たり前ですわ。このオーガスト家の当主はニコールさんですわ。いつもお兄様がお世話になっていますのに、お土産がないなんて失礼なことをリーゼはしないですわ」


 ニコールは包み紙を開ける。そして箱を開けた。そして凍りついた。このプレゼントは、とても二徹に見せられない。二徹もニコールの表情から察した。この会話には介入しない方がよいと判断する二徹。ニコールの切り返しに期待するしかない。


(こ、これは……やっぱり、嫌がらせじゃないか!)


 中に入っていたのはフランドル王国製の下着。それも超超セクシーなものが五枚。絹でできた高級品だが、デザインがかなりヤバイ。こんなのいくらなんでも身につけられない。そんなニコールをニヤニヤと見ているリーゼル。ニコールの性格を熟知したお土産である。まさに嫌がらせである。


「こ、これを私にか……」


「ニコールさんはちょっと、いや、かなり勇ましいですよね。どうせ、そういう女性らしいものを一枚もお持ちでないと思いまして用意しましたわ」


「……わ、私だってそれなりに持っているぞ」

「そうですか。昔のニコールさんなら、ほとんど男の子みたいでしたから。少しは色気がないとお兄様が気の毒だと思ったのです。あら、これはお節介だったようで。そうお持ちなんですか。顔に似合わず、お兄様を誘惑なさっているのですか。イヤラシイですわね。ホーホホホ……」


「くっ……」

 

 言い返せず、今一度、箱の中身を確かめるニコール。スケスケで穴が空いているものもある。こんなのを履いて二徹の前に行くなんて考えただけで、首から徐々に赤く変化する顔。しまいには湯気が出てきそうな勢いである。


 そんなニコールの動揺を楽しんで見ているリーゼル。どうやら、最初の戦いは妹に軍配が上がったようだ。


「し、しかし、リーゼはこんなものを着けているのか?」

「あら大陸ではこれが普通ですわ。ウェステリアは田舎ですわね」


 田舎と聞いて、カチンと頭に来たニコール。国を愛する忠実な軍人であるニコールは、ウェステリア王国のことを馬鹿にされると許せない性分なのである。そこでリーゼルに対抗して、右手の甲を左の頬につけてわざとらしい笑いを加える。2回目のドッグファイトを敢行する。


「ホーホホ。ウェステリアが田舎? リーゼ、ウェステリアも発展しているぞ。ギーズの田舎に比べれば、ここの方がはるかに都会。ここへいる間にいろいろと案内してやろう」


「ニコールさんは軍隊勤めでお忙しいのでは?」

「大丈夫だ。可愛い妹のために、時間を調整しよう」

「あら、そんなこと心配なさらなくても、リーゼは、お兄様に案内していただきますわ」

 

 ドッグファイトに乗ってこないリーゼル。リーゼルの知らないファッショナブルな店をこれでもかと紹介して、ウェステリア王国の偉大さを見せつけるつもりだったニコールは、はぐらかされた格好だ。リーゼルはニコールいじめをやめて、本題へと話を移したのだ。


「それよりもお兄様。リーゼがこの国に来た目的はただ一つ」


 そう言うとリーゼルはソファに座る二徹の膝に乗った。そして二徹の顔を両手でそっと挟む。赤く燃えるような瞳が二徹を見つめる。


「私の目的はサヴォイ伯爵家の再興ですわ。お兄様はオーガスト家の婿養子なんかになってしまったようですけど、本来はサヴォイの家を復興させるべきだと思います」


 5年前。このウェステリア王国は国王の跡目争いで内乱となっていた。跡目争いは、崩御した国王の弟コンラッド公と国王の孫にあたるエドモンド王子との間で行われた。長らく病気で伏せていた国王は、摂政をしていたコンラッド公よりもエドモンド王子を指名したのだ。


 エドモンド王子は放浪王子と呼ばれ、大陸各地やウェステリアを若い頃から旅しており、行政府、議会に後ろ盾がなかった。また、当初、王子は国王の地位は望まなかったとされる。


 だが、エドモンド王子の存在を疎ましく思ったコンラッド公が暗殺を敢行し、ついに王子は立ち上がったという。遺言を守ろうという少数の貴族と大多数の摂政派との戦いは3年続いた。劣勢であった王子派であったが、コンラッド公の焦りと失政、王子の戦略の素晴らしさに徐々に形勢は逆転したのであった。


「そもそも、サヴォイ家は常に国王陛下の傍らにあり、政治の中心に居続けた名門中の名門ですわ。内乱のおかげで没落したとはいえ、家門の格はニコールさんの家よりもはるかに上なのです」


「リーゼル、もうやめなさい。サヴォイの家は滅びたんだ。これからは自分たちがどう生きるかだよ。僕はサヴォイ家の復興なんてしたいと思わない」


 そう二徹はきっぱりと拒否した。信じられないという表情のリーゼル。やり場のない怒りがふつふつと湧いてくる。そして、その鉾先はニコールへと向かう。


「お兄様がそんなに腑抜けになったのは、ニコールさんのせいですわ。かわいそうなお兄様。男としての野心を奪われ、専業主夫などと女々しいことをなさっておいでなのに、それに気がついていらっしゃらない」


「女々しい? リーゼ、それは違うぞ、専業主夫とは立派な仕事だ。二徹はいつも美味しいご飯を私に作ってくれるんだ」


 怒ったのはニコール。大好きな二徹が馬鹿にされて我慢がならないのだ。だが、それはリーゼルの思うツボであった。


「はあ~。あなたはお兄様の嫁としての自覚はないのですか。ご飯を作るのが嫁であって、お兄様に食事を作らせているのなら、嫁じゃないじゃない」

「だから、私が外で働いて二徹が家を守る。そういう夫婦もあるんだ。そしてどんな役割でも、夫婦は対等なんだ」

「ほう、夫婦は対等ね。いいでしょう。今はお兄様がご飯を作っているけど、いざという時は、ニコールさんも家事をするんですわよね。さて、勇ましい軍人さんがお兄様に何をしてあげるのでしょうか?」


「私は嫁として、二徹にいろいろと尽くしているぞ……あれとか、これとか……」

(ニコちゃん、あれとか、これとか……説明してないぞ。それに誤解されるよ、その言い方!)

 

 二徹の心の中のツッコミまで把握しているようなリーゼルの次の一手。先ほどは戦いをはぐらかしたドッグファイトの再開だ。


「ふふふ……。それではニコールさん。お兄様の嫁として、お兄様にお弁当なんて作るのも朝飯前ですわよね。リーゼは明日、お兄様とお墓参りに行きます。そこに持っていくお弁当をニコールさんに作ってもらいましょう」


「お安い御用だ!」


「いやいや、ニコちゃん、引き受けちゃダメだよ。リーゼ、リーゼも失礼だよ。ニコちゃんはリーゼのお姉さんなんだ。そんな試すようなことを妹として要求してはダメだよ」


 二徹が援軍を出す。このままでは嫁が撃墜されてしまう。これもリーゼルは読んでいた。対お兄様防御体制を取る。すなわち、目に涙をいっぱいためるのだ。


「そ、そんな……お兄様は妹よりもお嫁さんの味方をするんですか……。グスグス……ううう……リーゼは遠くからお兄様に逢いたくて来たのに……こんな仕打ちを受けるなんて……」


 こうなると二徹もニコールもお手上げである。このわがままな妹は、わずか9歳で両親を失い、見知らぬ土地で知らない人と暮らさなければならなかった。


 それを思うと二徹は不憫でつい許してしまう。それはニコールも同じで、自分に意地悪するのは唯一の肉親である兄を独占したいためのものだと考えれば、大目に見る気持ちの方が強いのだ。


「大丈夫だ。明日は私も仕事は休みだが、友人と会う約束がある。一緒には行けないが、姉として、可愛い妹のリーゼのためにお弁当を作ってあげよう。愛情たっぷりのウェステリア式のランチボックスだ」


「ニ、ニコちゃん……」


 一抹の不安に囚われる二徹。なんでも完璧にこなすニコールだが、食事作りだけは超が付くほどの苦手なのだ。


(それなのにウェステリア式ランチボックスだなんて、自らハードルを上げて……。あ! もしかしたら、僕かメイの力を借りるつもりじゃ……)


 二徹が考えることは当然、リーゼルにも考えつく。すぐさま、次の一手が繰り出される。


「言っておきますけど、ニコールさん。お兄様やメイドの力を借りるなどということは、もちろん、ありませんわよね。近衛隊の隊長さんを務めていらっしゃる方が、お昼ご飯を一人で調理できないようなことはないと思いますけど。それでは戦場で困りますわよね。オーホホホッ……」


 ニコールの表情が(ギクッ)という効果音がして変わった。青い顔で目が泳いでいる。どうやら、こっそり、二徹かメイに手伝ってもらおうと思っていたようだ。


(ニコちゃん、大風呂敷広げちゃったよね。これまずいよね!)


 二徹の心配を横にして、たらたらと冷や汗をかきながら、ニコールは作り笑顔で答える。


「そ、そんなことするわけがないだろう。軍人たるもの、戦場でご飯が作れないと死に直結する。リーゼ、明日は近衛隊仕込みの戦場飯ランチを作ってやろう」


「それは楽しみですわ……」


(ああ~またハードルを上げて……いや、微妙に下げた?)


 最初は『愛情たっぷりのウェステリア式ランチボックス』と言ったけど、2回目は『近衛隊仕込みの戦場飯ランチ』とすり替えた。ニコールなりに考えがあるのだろう。


 二徹の膝にすりすりと頬をこすりつけて甘えるリーゼルに見えないように、親指を立てたニコール。何か知らないが、ここは有能な近衛隊の小隊長のお手並みを拝見しようと二徹は考えたのであった。


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