公開お見合い6 決着!和朝食
いよいよ、最後の嫁候補アンの朝食の番である。
「最後はあなたね。あなたは何か不思議なものを作っていたようですけど……」
「はいズラ。ワチョウショクというものズラ」
「ワチョウショク?」
「お世話になっている家のご主人様に教えてもらって、作れるようになったズラ」
「ふむ……」
アレクシアはテーブルに置かれた一人分の朝食と作ったアン、助手の犬族の少女を見る。アンもテキパキとこの少女に指示して、この朝食を作り上げた。今日の公開お見合いでは、ここまでギリギリで勝ち抜いてきたアン。
性格は良さそうではあるが、どちらかというとのろまな印象で、この勝負は勝てないだろうと思っていたアレクシアにとっては、アンのここまでの姿は予想外の善戦であった。もちろん、それはアンを引き立てるメイの絶妙なサポートのおかげでもあったのだが、アレクシアの目にはアンの実力のように映った。
「しかし、これは珍妙な料理ですわね」
並べられたのは茶碗に盛られた白ご飯、味噌汁におかず。おかずは2皿用意されている。ウェステリアでは見たことのないものだ。
「母さん、これははるか東の世界で食べられているという朝食ですよ」
そうオルトンが母親に教える。そして、母親に感づかれないようにアンに向かって軽くウィンクした。アンはそれに気づいて赤面する。どうやら、オルトンはアンのことを覚えていてくれたようだ。
「東方の珍しい料理ね……」
アレクシアはまず、白ご飯を食べる。そして味噌汁。
「もちもちして美味しいですわね。噛むと甘味もある。それにこのスープ。これはビンズの旨みですわね。なかなか味わい深い。具はヒズルね。海の香りもする」
「なかなかいけますな……」
「コムンは単にスチームした感じではないですわね」
アレクシアはそうアンに尋ねた。パンが主食のこの世界でも米は食べる。パエリアのように具材と一緒に炊いたものや蒸したスチームライスが主なものであるが。
「はいズラ。これは水から炊いたズラ」
「お米を炊いた?」
「そうズラ。最初に、水に浸して給水させるのがポイントズラ。そして火加減」
実際に火加減は、完璧なまでにメイが調整したので、コメが立つ香り高い白ご飯となっている。
「この卵焼きも変わった焼き方をしているわね。これはどうやって焼いたの?」
アンの出した卵焼きは『だし巻き玉子』である。出汁を投入した卵液を幾度もフライパンに入れて巻き上げたものだ。二徹に教えてもらい、1ヶ月で見た目もきれいに焼けるようになったのだ。
「だし巻き玉子というズラ」
(こんなもの美味しいのかしら……)
疑問に思ったアレクシアだったが、卵を口に運ぶ。じわっと広がる出汁の甘味が口いっぱいに広がる。ふわふわの食感と噛むたびににじみ出る汁。
(なんという官能的な味……)
審査員2人は声も出ない。アレクシアもオルトンも目を閉じて、体中に広がる不思議な感覚に酔いしれる。
「さらにこれを食べるズラ」
アンが出したのは湯掻いた春菊を刻み、豆腐と和えた白和え。しっとりとした口当たりがたまらない。体から毒素が排出されるような気になる清々しさである。アレクシアは思わず唸る。
「うう……このクリームのような食感。舌にまとわりつく……そして、ガーランの辛味、峻烈な香り……季節を感じる爽快感……こんなもの今まで食べたことがないわ……」
そして、審査員にとどめに出したのは、四角い柔らかそうな謎の物体。それが串に刺してある。軽く炙ったようで香ばしい。さらに上に茶色のねっとりしたソースのようなものが乗っている。
「なんですか、これは?」
「ナマフというものズラ……。デ・フラウから作るものズラ」
生麩とは、小麦を練ってデンプンを取り除いたもの。作り方は簡単だが、根気のいる作業である。水で練った小麦粉を水でもみ洗いしてデンプンを溶かし出すのだ。何回も何回も水を替えると残ったのは薄茶色の塊。これが生麩である。これを茹でたり、焼いたりするといろんな料理に応用できる。
二徹が異世界に転生する前のこと。料理修行の旅で京都に出かけた時に、生麩の魅力に取りつかれたことがある。もちもちした食感がたまらない食材である。本日、アンが出したものは、二徹がアンへの食生活改善のために教えたレシピの一つである。
生麩の田楽焼き。
新鮮な生麩をさっと炭火で炙って味噌だれをつけて食べる。もう朝から思わず微笑んでしまう食べ物である。
「うっ……表面は香ばしく、バリパリ……ですが噛むと……なんてもちもちなの!」
「不思議な食感で、しかも美味しいですな」
アレクシアも審査員もひと串食べて、衝撃を受けた。そして思わず2つ目を手に取る。表面が軽く焼いてあり、それが僅かに香ばしくパリパリするが、すぐにもちもちの食感が口の中に不思議な快感が広がる。
生麩自体には味がない。味を決めるのは混ぜ込んだ食材と上に塗った味噌。味噌自体もアレクシアたちは食べたことがなかったから、初めての味に酔いしれている。
「2つ目を食べて気づきましたが、最初のはうす茶色、2つ目は緑色でした。3つ目は黄色ですね」
「1つ目は普通の生麩ズラ。2つ目はヨギを刻んで入れたズラ。3つ目はコーンを粉にして入れたズラ」
「ヨギ? よく農道に生えている野草ですわね。あれは食べられるの?」
「アクを丁寧に取って茹でれば食べられるズラ。香りと爽快な味が魅力ズラ」
アレクシアはアンの顔を見た。今日、この公開お見合いにやってきた候補者の中では、お世辞にも美人とは言えない。まだ余分な肉がついているから、それを絞ればそこそこ可愛いとは思うが、どちらかといえば地味だ。ビアンカと比べれば勝負にならない。
(だけど……この子には伸び代がある。私がみっちり1年間。アリンガム家の嫁として鍛え上げれば、私を超えるアリンガム家の嫁に……なるはず……)
アレクシアはアンの顔を見る。愛嬌のある顔に見えなくはない。今は子豚ちゃんであるが。
(本当に……なれるのかしら? この子が?)
ふとアレクシアは遠くの視界に調理台を見た。アンの調理台である。きれいに片付けられたそれは輝いていた。そして、ビアンカや他の参加者の調理台とアンの調理台を交互に比べた。どれもきれいに片付けられている。だが、アンの調理台は磨き上げられて、さらに水滴が一つも付いていないのだ。
(なんという細やかさ……調理器具もきれいにしてある。心遣いがある……う……確か、あの名前)
アレクシアはつい最近、公衆トイレで見た光景を思い出した。
(アン・フォスター……聞いたことがある名前だと思ったわ。この子だったのね)
アレクシアは深く頷いた。
(アリンガム家の嫁候補は決まりね……)




