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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第7話 嫁ごはん レシピ7 湯豆腐とこんにゃくスイーツ
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公開お見合い5 企みの失敗と令嬢の朝食

 やがて5人の花嫁候補が朝食を作り終えた。テーブルにその料理が並べられる。どれも美味しそうな湯気を立て、食欲をそそる匂いを放っている。出来立てほやほやの5種類の朝食である。


「できましたわね。それでは、この審査には花婿候補のオルトンにも入ってもらいます」

 

 アレクシアはそう息子のオルトンを最終審査に加えることを宣言した。もちろん、加えたからといって、当人のオルトンだけの意見で決まるというわけではない。あくまでもアリンガム家にふさわしい嫁選びという趣旨は変わらない。


「まずは、あなた。この朝食の売りはなんですか?」


 最初にアレクシアが指名したのは、貿易会社の令嬢。テーブルには美味しそうなスープ。パン、各種野菜のサラダ、卵焼き、ソーセージ、果物などが所狭しと並んでいる。


「はい、アレクシア様。わたくし、栄養バランスを考えて、いろんな料理を並べましたの。大金持ちのアリンガム家ですから、これくらいは最低限必要かと……」

「そうですか……」


 答えに少しがっかりしたのか、声のトーンが低くなったアレクシア。それでも気を取り直して、アレクシアはスプーンを取り、スープを一口すすった。その表情はさらに渋い顔へと変化した。


「このスープ、塩加減もダメですね。ですが、それ以前に残念ながらあなたは失格です」


 そう冷たく言い放つアレクシア。他の審査員の幹部2人も頷く。オルトンは目を閉じている。


「塩加減? そんな、わたくしはちゃんと計っていれましたのに」


 ここまで来て失格なんて納得できない令嬢。だが、慌ててスープの味を確かめると塩加減がキツイことに気がついた。


「し、塩辛い! こ、こんなはずは……」

 

 このスープだけは使用人のシェフにやらせず、最初から令嬢が作ったのだ。プロのシェフに言われた通りのレシピで忠実に作ったはずだ。だが、ここまで一度も味見をしなかったのは料理に慣れていない令嬢らしい失態であった。無論、秤に細工されて通常の2倍の塩を入れてしまったことには気づいていない。


「味はともかく、私は1人前と言いました。こんな大量に作っては食べきれずに余ります。それは捨てることになります。アリンガム家ではそのような無駄なことは厳禁です」


「そ、そんな……私は豪華にしたかっただけで……」

「それにこの量を短時間で作ることは不可能。あなたはほとんど、プロの料理人にやらせていましたわよね」

「そ、それは……使用人をうまく使うのも女将として重要では……」

「うまく使うことと、任せっきりということは違いますわよ」


 冷たく切り捨てるアレクシア。容赦がない。次の外交官の令嬢も同じ理由で切り捨てる。彼女はシェフにウェステリア王国の古来の伝統料理を再現させたが、自分で作れないようなものは朝食にはふさわしくないと一刀両断されてしまった。この決勝戦の意義を理解していないのだから当然の結果であった。


「さあ、次はあなたね……」


 今度は花屋のラン。近所のおばさんを助手にして作った庶民の定番朝食パンとベイクビーンズである。ベイクビーンズとは大豆を煮てケチャップで味を付けたものである。素朴だが栄養満点の料理だ。アレクシアはスプーンでベイクビーンズをすくうと一口食べた。目を閉じて味わっている。


トムンビンズ(ベイクビーンズ)は家庭によって味付けが変わるウェステリア人のソウルフードの一つ。この料理は単純なようで時間がかかる料理です。少なくてもビンズ(大豆)は一晩、水に浸けておく必要がありますが、これはどうしましたか?」


 そうランに尋ねる。30分以内に市場で材料を調達して作らなければいけないルールだから、仕込みから行うのが難しい料理なのだ。ランは恥ずかしそうに答える。


「はい、奥様。これは私が毎日食べているものです。だから、仕込みは毎日家でしています。材料は私の家から取ってきました」

「なるほど。レドラ(トマト)ソースも手作りで、あなたの人柄(・・・・・・)をアピールしようとした素朴で温かい料理ですわ。いいでしょう、料理の実力は令嬢たちと違い、実践に裏付けられたものはありそうですね。料理には及第点をあげましょう。但し、アリンガム家では、取引相手のお客様にも朝食をお出しすることがあります。それを考えるとこのメニューは貧弱過ぎます。材料費に制限はなかったのですから、もっと華やかに工夫された朝食を創造するべきでしたわ。そういう点においては、あなたは自分の殻を破っていませんわね」


「そ、そんな! わたしは庶民の味をアピールしたかっただけで……」


(このババア……見抜いてやがる。このラン様の本質を?)


 テクテクとアレクシアはランに近づいた。そしてランにしか聞こえない小声でそれに答えた。アレクシアはランの行動については、おおよそ、知っていたのだ。


 このアリンガム家の嫁選び。昔から意地悪や妨害工作は多くあった。アレクシア自身もそんな妨害に負けずに勝ち上がった過去があったから、ランの悪事は全てお見通しである。


 知っていたのにここまで合格させたのは、そういう汚いやり方でものし上がろうとするたくましさに期待したのと、妨害にめげず、それを乗り越えてくる他の嫁候補の奮起を見たかったことによる。だが、ラン自身の実力はアレクシアの期待には届いていなかった。


「あなたのその野心は買います。ですが、妨害ばかりで自分磨きを怠った方は、我がアリンガムの嫁にはふさわしくありませんことよ。それにこれ以上は騒がない方があなたのためではなくて?」


「自分磨きを怠った……?」

 

 思えば、ライバルを蹴落とすことばかりに集中して、自分の実力を高めることをしなかったことに気がついたラン。遅まきながら、自分の重大なミスに気がついた。そして、計算高い彼女は、アレクシアに見抜かれた以上、騒いでも自分が損するだけだと理解した。アリンガム家はダメでも、玉の輿はどこにでもある。


「あ~っ」

「ダメか~」


 見ていた何も知らない観客たちがため息を漏らす。彼らが推す下町のアイドルは及第点をもらったが、高得点ではないことに落胆したのだ。だが、そんな彼女に健闘を称える拍手を送る。落第した2人の令嬢に比べればよい成績だという評価である。拍手が心に刺さるランであったが、いつもの営業スマイルでそれに応える。


「さて、それでは次はあなたね」


 アレクシアと審査員、オルトンたちは、ビアンカのテーブルに進む。ここまで1位通過。嫁候補の大本命である。容姿、気品、家柄等、ここまでは非の打ち所がない令嬢である。ビアンカは自信満々な様子で豊満な胸をグイっと突き出した。今回も1位抜けでこの勝負に勝つつもりなのだ。

 

 アレクシアはビアンカの作った朝食を見る。ワンプレートに綺麗に盛られた朝食。突然指名した怪しげな男を助手にして、これだけのものを作っただけで合格ラインは突破しているとアレクシアは思っていた。


「メニューは典型的なウェステリアの朝食。奇をてらわないオーソドックスなもの。目玉焼きにムギュ・タルロ(ハッシュドポテト)、焼いたヴルスト(ソーセージ)バービン(ベーコン)レドラ(トマト)。よくこの短時間に作りましたわね」


「手際よくやれば、このくらいはできますわ。ちょっと使えない助手でしたけど、かえって私のマネジメント力をアピールできたかと思います、お母様」


「ツカエナイジョシュダト……コノコムスメ、ワレヲナンダト……」


 助手の役割を終えた謎の男。ブツブツと文句を言い、今は複雑な表情で成り行きを見ている。

 

 さりげなくアレクシアをお母様と呼んだビアンカ。もう勝ったも同然の態度である。その態度に少しだけ表情を険しくしたアレクシア。


 だが、味見をするとその表情も和らいだ。美味しいのである。ビアンカは子爵令嬢で、このような料理を作る経験はないはずだが、作っている様子は手馴れたもので、しかも、観客からランダムに選んだはずの助手に的確な指示を与えてこの朝食を作り上げた。これは見事である。審査員の幹部たちもオルトンも朝食の出来栄えについては文句をつけられない。


「さすがはここまでトップで勝ち抜いてきたビアンカさん。この朝食作りでもあなたの能力は十分発揮できたようですね」


 そうアレクシアは褒めた。合格である。それもアレクシアや審査員の反応を見るとかなりの好印象。もう決まったという空気が流れ出している。


「ありがとうございますわ、お母様!」


 そう言って恭しくお辞儀をするビアンカ。そんな彼女を複雑な表情で見つめるアレクシア。ここまでの成績では圧倒的にこの娘の勝ちである。


(何か、引っかっかるのよね……この娘。どこか、アリンガム家の嫁にふさわしくないような気がする。それがなんなのかは分からないけど……)


 複雑な思いをもちながら、アレクシアは最後に残った嫁候補の料理の前へ進む。


 最後の嫁候補。

 アン・フォスター。

 ぷに子で平気のへー子。


 何かやってくれそうな期待感がふつふつと湧いてくる。


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