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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第7話 嫁ごはん レシピ7 湯豆腐とこんにゃくスイーツ
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公開お見合い4 アリンガム家の朝食

 10分の休憩の後に、2次審査を合格した5名の発表が行われる。ここまでの審査が終わって、応援することしかできないニコールは落ち着かない様子だ。まるで学芸会で我が子の出番を心配そうに見守る母親のようである。そんなニコールの横顔を(可愛いなあ……)と思いながら、優しく見つめる二徹。


「アンは大丈夫だろうか?」

「ニコちゃんは心配性だね」

「妹のように思っているのだ。アンにはがんばって欲しい」

「審査員に見る目があれば、きっとアンは選ばれるよ」


 10分の間に観客たちは色々と予想している。一番人気は子爵令嬢ビアンカ。容姿端麗、知性、品の良さ。そして特技で披露した詩の朗読。非の打ちどころがない。二徹が聞く限り、観客の予想の中にアンの名前はない。地味でぷに子のアンが、5人の中に残るはずがないというのが大半の予想なのであろう。


「それでは決勝戦に進む5名を発表します」


 アレクシアが他の審査員と相談して決めた名前を発表する。


「まず1番目の合格者。ビアンカ・オージュロー」

「おーっ」


 どよめく観客。大半が1位だと思っていたのでこれは予想が当たったことへの反応だろう。次は貿易会社の令嬢、外交官の令嬢と容姿や特技で目立った女性が選ばれる。さらに4番目の名前は一般観客を興奮させた。


 下町小町と評判の花屋のランの名前が呼ばれたのだ。彼女が選ばれたことは、アリンガム家が後継者の嫁選びを家柄で決めていないことを示していた。あくまでも能力、人柄重視であることの証明だ。


そして最後の5人目。


「アン・フォスター」

「えええっ!」


 みんな驚いた。最後の合格者が、20人の中では一番地味で目立たない、ちょっとぽっちゃりなアンだったからだ。


「決勝戦はアリンガム家の食卓に出す朝食を作ってもらいます。味見用に1人前を作ること」


 そうアレクシアは決勝戦のお題目を説明した。条件は大きく3つ。

(1)材料は今から30分以内に市場で調達すること。

(2)調理時間は60分。

(3)調理はこの会場に作られた調理台で行うこと。


 そして、助手を一人だけ付けることができるが、今、ここで指名しないといけないこと。


(なるほどね。ただ作るだけじゃない。材料の見極め、アイデア、そして作る過程も審査するというわけだ。となると、助手の選び方も大事だな……)


 そう二徹はアレクシアの出した条件を分析する。単純に美味しい朝食を作れば合格というわけでもなさそうだ。この朝食対決は、アリンガム家の嫁選びが目的であるということを忘れてはならない。


「二徹、アンに力を貸してやってくれ」


 そうニコールが頼む気持ちも分からなくはないと二徹は思った。二徹が助手となって手伝えば、きっと美味しい朝食はできる。しかし、それではアレクシアが要求する合格ラインには届かないだろう。


「う~ん。僕が助手を務めるのはあまりよくないと思うんだよ。この勝負はあくまでも、アン自身の力を示すことが大事だと思う。それにアンには、この1ヶ月間で専業主婦の極意を教えてあるしね。助手なら、メイがいいんじゃないかな」


「なるほど……。この試験は単に美味しい朝食を作るだけじゃないんだな」


 ニコールは二徹の意図を汲み取った。確かにアレクシアは『アリンガム家』の朝食と言った。助手を1人付けると言うのも妙だ。きっと付けられた条件全てが、アリンガム家の嫁としての力量を問うことにつながるに違いない。二徹が手伝えば、美味しいものができるだろうが、それでは嫁選びにはならないだろう。


「メイ、すまないがアンのサポートをお願いするよ」

 

 そう二徹は一緒に付いてきたメイに頼んだ。この1ヶ月、一緒に仕事をしてきたメイもアンを応援する気持ちは強い。二徹のお願いに大きく頷いた。


「はい、二徹様。ボクが精一杯努めます」

「うん。頼むよ。でも、あくまでもアンのサポートだからね」


 二徹はメイを自分の代わりにアンの助手にした。課題の朝食作りは、この1ヶ月間アンに教えてきた。この課題にもアンは自信をもって取り組むはずだ。アンはメイを伴って、市場へと買い出しに行った。


 30分後。

 

 材料をそろえた5人の花嫁候補たちが、朝食作りを行う。貿易会社の令嬢と外交官の令嬢は、家で雇っているシェフを助手にしている。


 ここまで一番手のビアンカは、驚いたことに見ていた観客から一人を選んだ。選んだのは黒マントをつけた怪しい風体の男。目をつむって指さしたらこの男になったらしい。花屋のランは近所の料理上手のおばちゃんが助っ人に加わっていた。


「あなた花屋で働いているそうね」


 作業をしながら、ビアンカは後ろの調理台のランに話しかけた。花屋の看板娘ランは、栗毛の長い髪を2つに縛った大きな目の愛くるしい顔をビアンカに向けた。そして、作ったような笑顔を浮かべてこう答えた。


「は、はい……お嬢様」


 ビアンカは、そんな作り笑いを打ち砕くような鋭い目で睨みつけた。それにたじろぐ花屋のラン。


「あなたが何をしようと勝手ですが、私の邪魔をするなら潰しますわよ……」

「な、何を仰っているのか……」


 オドオドした態度を見せるラン。貴族の令嬢に思わぬことを言われて混乱しているというより、助手のおばさんや周りに聞かれたくないという空気が流れている。


「ふふん。あなたがこれまで、しびれ薬をお茶に入れて歌手のお嬢さんの邪魔をしたり、ヴァイオリンの弦に傷をつけたりしたことは分かっています。今も貿易会社のお嬢さんの秤に細工をしましたわね。そして私の調味料にも砂を入れようとしていた……」


「ご、ご冗談を……そんな大それたことをするはずが……」


「この程度の妨害を気がつかない人は、アリンガム家の嫁にはふさわしくないから、あなたに邪魔されて潰される人には同情しませんが、私には通用しませんことよ。あなたもアリンガム家の嫁の座を狙うのなら、正々堂々と戦うべきだと思いますわ」


 ランは黙った。心の中を見透かされたようで少し恐怖を覚えたが、妙にビアンカという貴族令嬢に親近感も沸いた。


(ふん。貴族のお嬢様ごときに負けてたまるかよ。アリンガム家の財産は、このラン様のものだ。何を好んで今まで、町の連中に愛想笑いを浮かべて好感度を上げてきたんだと思う。全部、成り上がるためだ。ここまできたんだ。このチャンス、絶対掴んでみせる)


 ランは町で評判の看板娘だ。いつも微笑み、優しい接客態度に評判は上々。ラン目当てに毎日、花を買いに来る男が後を絶たない。だが、そんな男たちの求婚をのらりくらりと断り続けたのは、ランに目標があったからだ。


「女に生まれたからには、玉の輿! これっきゃない!」


 思わず本音が声となって出て、慌てて口を抑えた。手伝いのおばちゃんが驚いてランの顔を見たので、慌てて愛想笑いでかわした。危なく本性がバレるところであった。


(ああ、危ない危ない。あの金持ち女の計量器は細工したから大丈夫。外交官の方は材料を見る限り、趣旨を理解していないから問題外。あのぽっちゃり娘は最初から競争相手じゃないし。やはり、ビアンカの奴をどうやって引きずり落とすか……。畜生め、お高く止まりやがって!)


 心の中で悪態をつくラン。隙あらば、塩を一掴み、鍋の中にいれてやろうと思っていたが、ビアンカの選んだ助手の一般人の男が意外と隙を見せない。いや、近づけない何かを感じるので動けないのだ。


(こうなったら、このラン様の実力で勝ってやる! 貴族のお嬢様ごときに負けるかよ!)


 心の中で強く叫ぶランであった。


「あなた、ボヤボヤしないでこれを火にかけて。沸騰したら教えるのですわよ。私の指示以外のことはしないで!」


「ワ……ワカッタ……イワレタトオリニヤル……」

「変なしゃべり方ね。私のような美人と一緒にご飯が作れて光栄に思いなさい」

「……ウマイメシ……ツクル……アア……ハンバーガークイテ……」


 めくられた長袖のシャツからちらりと見える刺青。それはムカデを描いたものだが、全体像ははっきりしない。変な男だとビアンカは思ったが、適当に選んだので今更、後悔はしていない。口数は少ないがビアンカの命令には忠実なのだ。


 一方、ビアンカの言いつけでいそいそと作業している男をどこかで見たことあるような気がした二徹であった。


(あの男……まさか、あの二千足の死神……? いやいや、ありえない。一流の暗殺者が女の子の料理助手なんてするわけがない)


 二徹は軽く頭を振って、今はアンの調理を応援に集中することにした。


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死神さん、何してんのw
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