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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第1話 嫁ごはん レシピ1 鯖とアサリのトマト煮&カチョエペペ添え
5/254

近衛隊士官の嫁

9/17 全面改稿しました。

「ニコール隊長、ジョシュア中隊長がお呼びです」


 ウェステリア王国近衛連隊本部の小隊長室に報告に来る副官。肩までで切り揃えられた茶色の髪が揺れる。近衛隊の士官である白い軍服の胸元は少し膨らみ、長いまつげとともにその人物が女性であることを示していた。顔はまだあどけない。


 まだ少女と呼んでも失礼ではないだろう。名前はシャルロット・オードラン、階級は准尉。士官学校を出たばかりの18歳。この隊の副官に任命されて半年しか経っていなかった。

 

 ドアを開けた先には、白い近衛隊女性士官の制服に身を包んだ人物が机で書類の確認をしていた。副官と同じ内勤の時に着用するタイトなスカート姿である。


 足にはぴったりとフィットする白いストッキングを着けているので、現代日本なら可愛らしいナースと見間違えるかもしれない。ウェーブのかかった金髪の長い髪は美しく、憂いを帯びた表情と共に副官にその魅惑の瞳を向けた。

 

 彼女の名前はニコール・オーガスト中尉。21歳のうら若き女隊長だ。年齢よりも2,3歳は、若く見える。


 ニコール中尉はこの年齢で、兵士50名を従える小隊長なのである。スラリとしたボディは日々の鍛錬で鍛えられているものの、女性らしい体つきである。それを示すかのように胸元は窮屈なくらい膨らんでいた。彼女を見た人間10人全員が、ためらいなく美少女と断定する容姿である。


「シャルロット、兵士の様子はどうか?」


 書類をトントンとまとめて、鋭い目つきでニコールはそうシャルロットに視線を移した。ニコールは誰もが思う美人であったが、二つ欠点があり、その一つは普段の表情。


 目つきが悪く、いつも怒っているように見えてしまうこと。顔が美形だけに、この表情に迫力があるのだ。

 

 そして女性とは思えない言葉遣い。軍隊にいるから仕方ないとはいえ、他にも女性士官や兵士はいる。彼女らは女性らしい言葉遣いを捨ててはいないが、ニコールは完全に男言葉である。


「一応、隊で決めた訓練を実施していますが、カロン軍曹の分隊は面倒だと言って手を抜いている感ありありです」


 敬礼をしてシャルロットはそう報告をした。目つきの悪いニコールの目が、さらにキュッと三角につり上がった。慌てて背筋を伸ばすシャルロット。


「で、それを見てお前はどうしたのだ?」

「え……特に何も……」

「馬鹿か、お前は!」

「は、え?」

「お前はこの小隊の副官で准尉だろう!」

「はい。そうです」


 シャルロットは姿勢を正して、萎縮した心に叱咤して胸を張る。


「ならば、その場で気合をいれんか!」

「でも……」

「でもじゃない!」

「カロン軍曹は歴戦の勇士ですよ。若い頃は外人部隊で戦争も経験した猛者ですよ。あのおじさん怖いんですよ~」


 シャルロットの返答も分からなくはない。この小柄な副官が大男の鬼軍曹を力でどうにかできるわけがない。カロン軍曹は叩き上げの軍人だ。平和なこのウェステリア王国では貴重な戦場を経験している。


 身長は2m近くあり、胸板の厚さといい、頬に刻まれた傷といい、恐ろしげな風貌である。そんな男が王宮の警護を任務とする近衛隊に配属というのもおかしな話であるが、これも軍上層部の命令だから仕方がない。


「怖いからとかじゃないだろう。後で、私がしめておく」

「しめるって、隊長。よくあの熊みたいなおじさんに強く言えますね」

「上官だから当然だ」

「それでも尊敬します」


 シャルロットは、右手を伸ばして額にちょんと指先をあてて敬礼をする。士官学校を出たばかりの彼女。自分がこの職場で目指す先輩がニコールなのだ。


そして、次の行動を予測して、すぐさま、机の上の書類を集める。


「中隊長殿がお呼びだったな。シャルロット一緒に来い」

「は、はい。中尉!」


 シャルロットは、手に持った書類を両手で胸に押し当てて、部屋を出る上官の後ろを付いていく。彼女は小柄なので、長身のニコールに付いていくには、どうしても早足になる。


 ニコールが所属する近衛連隊第1中隊の本部は、それほど離れていない。王宮の外郭エリアにある近衛連隊本部内の建物内にある。


 トントン……。


 分厚い樫の木のドアを叩く。中から入室を許可する声が聞こえる。シャルロットは部屋の外で待つ。ニコールだけが部屋に入ると、椅子に腰掛けた中隊長のジョシュア中佐がいた。


 そして、もうひとり先客がいた。長髪の背の高い男性である。同じ小隊長であるオズボーン中尉である。彼はニコールとは士官学校が同じで、いつも競い合う仲であった。士官学校時代から、何かとニコールに張り合う男でニコールはちょっと苦手であった。


「ジョシュア中佐、お呼びと伺い、参上しました。第1小隊のニコールです」

「うむ。よく来た」


 ニコールは小隊長の証である羽根付きの帽子を脇にはさみ、靴音をリズムよく立てて、中隊長が座る場所へと進んだ。


 ジョシュア中佐は32歳。近衛隊の第1中隊を指揮する男だ。貴族出身ではあるが、よく鍛えられた体はそれを感じさせない。


 分厚い胸板、太い首。軍服からでも分かる盛り上がった肩の筋肉。短く刈り込まれた銀髪と精悍な顔立ちで、かなりエネルギッシュな男だと見る者に思わせる容姿だ。


 社交界のパーティで出会った小柄な女性を妻として、もう子供が5人もいるらしい。余談ではあるが。


「先日、作戦案を出してもらった、王女殿下の護衛任務の件だ」


 1週間後に王女ペルージャ姫の友人がこの都を訪問する。友人は有力貴族の姫君である。通常は王族であるペルージャ姫がわざわざ出向くことはないのであるが、どうしても都の外まで出迎えがしたいとのこと。


 そのために近衛隊の出動となった。任務を受けたジョシュア中佐は、この護衛計画を自分の配下の小隊長に作成させたのであった。


「6個小隊のうち、ニコールと私が呼ばれたということは、どちらかの案を採用と考えてよろしいのでしょうか」


 そうオズボーンがちらりとニコールを横目で見た。ニコールが身長82ク・ノラン(約164センチ)でオズボーンが90ク・ノラン(180センチ)程であるから、見下ろす格好になる。


「うむ。出動するのは2個小隊だ。優秀な案を出した両名の隊にやってもらうのがよいと思う。王女殿下のプライベートに対する護衛であるが、重要任務だ。殿下には万に一つの危険もあってはならない」

「はっ。私もそう思っております」


 間髪入れずに応えるオズボーン。ニコールはずっと沈黙したままだ。


(いつもながら、一言多い男だ……)


 たぶん、中隊長もそう思っているだろうなとニコールは考えていた。中隊長の目に少しうんざりしたような光を感じる。


「本件はニコール中尉の作戦を是とする。オズボーン中尉は副隊長として、ニコール中尉の指揮に入るように」

「は?」

「以上だ」

「ちょ、ちょっと、待ってください!」

「なんだ?」

「私の作戦案のどこがニコール……ニコール中尉に劣っていたのでしょうか!」

「うむ……」


 ジョシュア中佐はオズボーンとニコールを交互に見る。そして、こう答えた。


「両名の作戦案、いずれも完璧な案であった。王女殿下の安全も守られよう」

「それでは……」

「オズボーン中尉。わざわざ、王女殿下が旧友に会いに出向く。そこのところに配慮があったかどうかだ。その点において、ニコール中尉の作戦は君に優っていた。後は彼女から作戦の詳細を聞いて判断せよ、以上だ」


「中隊長殿!」

「ニコール中尉、退出します」


 ニコールはそう短く答えると中隊長に向かって敬礼をする。そのまま、機械仕掛けのような回れ右をしてドアまで歩く。


「おい、待てよ! あ、失礼しました」


 オズボーンも慌てて敬礼をして退出する。そして、既に部屋を出て副官を従え、自分の執務室へ向かおうとしているニコールの後を追う。


「ニコール!」

「なんだ、オズボーン中尉」


 振り返りもせずにニコールは応える。ウェーブのかかった金髪が歩くたびになびく。


「お前の作戦案、俺のものとどこが違うんだよ。どうせ、父親の力を借りたか、得意の色仕掛けかなんかだろうが……うっ!」


 振り返ったニコールは、正確にオズボーンの軍服の首元を掴んで、グイと上へ突き上げる。オズボーンよりも背が低いから持ち上げられはしないが、手の甲で抑え付けているので、十分にオズボーンの動きを止めることができた。


「お前の作戦案との違いは、明日の会議で説明してやる。色仕掛けや家の力とか言っているうちは、お前にはチャンスが回ってこないぞ!」


 そう言うとニコールはオズボーンの軍服から手を離した。美しいけれども、射すくめるような鋭い瞳に口をパクパクさせるだけだったオズボーン。再び、踵を返して歩いていく美しい女性士官の後ろ姿を見送るしかなかった。


「シャルロット、明日の会議の準備は任せる」

「はい。隊長はこのあとどうしますか?」

「サボっている奴の尻を蹴り飛ばして家に帰る。お前も早く帰れよ」

「は、はい!」


 シャルロット准尉はその場で敬礼をする。人を見た目で判断してはいけないことを改めて理解したようだ。


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