公開お見合い2 アンの決断
(この絨毯、なんだか高価そうズラ……)
アンは1ヶ月の間、二徹から様々なことを学んだ。特に料理。オーガスト家の料理は二徹が作るが、料理の盛りつけの美しさもさることながら、器もすごくいいものを使っている。ある時、料理に使っている皿をアンは不注意で割ってしまった。とても高価そうな皿であったので、アンは恐縮してしまったが二徹は事も無げにこう告げた。
「アン。確かにこの皿は高価なものだけど、使わずに飾っておくだけじゃ、この皿は報われないよ。ちゃんと使って初めてこの高価な皿も真価を発揮するんだよ。ただ、不注意で壊してはダメだよ。壊れるものだから、仕方ないけど、丁寧に扱う。そういう心はいつももっていよう。これは値段が高い、安いとかの問題ではなく、心がけの問題だよ。これからは気をつけてね」
後でアンはメイに尋ねたら、壊した皿は金貨で20ディトラムもするものだったらしい。
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「正解がわかったズラ……」
アンは小さく呟いた。二徹の教えを思い出したのだ。アンは履いていた靴を脱いだ。そして、毛長の絨毯に初めて裸足を乗せる。そして躊躇なく歩き、真ん中で止まるとスカートをちょっと上げて礼をした。
「うん、あれでいい」
二徹は軽く頷いた。アンは貴族のお嬢さんだが、アリンガム家の嫁になるということをよく理解していると思った。二徹の予想通り、合格の札が3本上がる。50人の候補者のうち、30人がここで不合格になった。
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「あれだけ残っていたのに、最近の若い女は目利きができないわね」
そう言いながらもアレクシアは、この結果には満足している様子であった。どんな試験でもそれを乗り越える人間はいる。かつて25年前に自分が突破してきた道である。
「母さん、今回の試験は意地が悪いですよ」
オルトンは母親のアレクシアをたしなめる。観衆の前で歩くだけでも緊張するのに、すぐさま合否判定が出るのだ。緊張のあまりに歩いている床まで気を配れないのが普通だ。
「意地が悪いとかではありません。アリンガム家の嫁になるには最低限知っておかねばいけないことです。それにどうです。あなたの言う意地の悪い試験に合格した娘が、20人もいるではありませんか」
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歩き方の試験で合格した20人がステージに並ぶ。アンもそこに交じっていた。アレクシアは合格者20名に尋ねる。
「あなた方は自分がどうして合格したのか説明できますか? そこのあなた」
当てられた女性はしどろもどろに答える。
「なにか高級そうな絨毯だったので、ハイヒールで乗って傷つけてはいけないと思ったからです」
「……そう、まあ、気が付かないよりはマシでしょう。そこのあなた、何か?」
アレクシアは手を挙げている一人の女性に気が付いた。なかなか賢そうな顔立ちの女性。すらりとした肢体はみずみずしく、透き通るようなストレートのくすんだ金髪が上品なかなりの美人である。
「あ、あれはビアンカだ。先ほど、よく似ているなとは思ったが間違いない。姉さまの知り合いのビアンカ。オージュロー子爵家の令嬢だ」
ニコールは進み出た女性を見てそう呟いた。どうやらニコールの知り合いのようだ。ビアンカはニコールの姉の友達で、たまにオーガスト本家にもやってくる令嬢らしい。
「アンにとっては、かなりの強敵のようだね」
アンと比べると美貌の点で何倍も上回っている。そして積極性と品の良さ。20人の中でも群を抜いて輝いている。
「う~ん……強敵というべきか……。私の知っているビアンカはもっとこう、したたかなというか、現実的というか……」
「ふ~ん、実は腹黒系か。見た目は明るくて温和なので、性格がそんなだなんて思えないけどね」
もしそうなら、女とは恐ろしい生き物である。でも、二徹はニコールのことは全て知っている。それこそ、彼女の身と心の隅々まで知っている。職場では凛々しい女隊長だけど、家では自分に甘える可愛い嫁。ニコールだって二面性はあるのだ。だから、ビアンカが腹黒くてもそれが悪いわけじゃない。
ステージの上でアレクシアに答えようとしているビアンカ。ニコールの言うしたたかな性格は微塵も感じさせず、ステージ上の候補者の中では一際輝く存在感を放っている。
「あの絨毯は大変貴重なカルモール山羊の毛皮。おそらく、敷いてあった広さの絨毯で金貨1000枚は下らないと思います。そんなところにハイヒールで上がるなんて、絨毯に傷がついてしまいます」
ビアンカはそう自信たっぷりに答えた。その答えに満足そうに頷くアレクシア。
「あなた、お名前は確か……」
「ビアンカ、ビアンカ・オージュローですわ」
「さすがはオージュロー子爵家のご令嬢ですわ。よく目が肥えていらっしゃいます。ですが、乗らないことは合格基準に達しても満点ではありません。そうね、そこのちょっとふくよかなあなた、あなたは靴を脱いで絨毯に乗りましたわね」
アレクシアはアンに質問する。アン以外の候補者はみんな高級品の絨毯に乗らなかった。
アンは靴を脱いで上がったのだ。
「は、はい。あたしは絨毯がそんなに高級なものだとは思わんかったズラ。でも、床に敷かれている絨毯に乗らないのはおかしいと思ったズラ」
「……正解です。どんなに高級な絨毯でも床に敷かれていれば乗るべきです。例え、高価なものであっても。ですが、ちゃんとした気遣いできるかが品格を表すものです。あなたは、目利きはできなかったみたいですが、気遣いはできていました」
アレクシアはそうアンを褒めた。思わず嬉しそうな顔をするアン。だが、アレクシアはすぐにその笑顔にくぎを刺す。
「但し、あなた、あなたの言葉はかなり訛っていますね。アリンガムの嫁になるなら、美しいキングウェステリシュ(ウェステリア語)を話さないといけませんことよ!」
「は、はいズラ」
「ズラはいりません」
「は、はう~っ」
びしっと言い放つアレクシア。叱られて気落ちするアン。そんなアンを無視して、アレクシアは合格した20名に次の課題を告げた。




