無謀な挑戦
12/23 大幅改稿しました。
「ふん…。…何がこの国一番だ。こんな料理、俺ならもっとうまく作れる」
そう声を荒げた者がいる。茶色の縮れた髪をきざったらしく伸ばした若者だ。育ちのいい顔をしている。同じテーブルにいるのは友人たちだろう。
同じく育ちのいい顔立ち。身なりもいい。貴族の御曹司といった面々だが、こんな大衆食堂にいること自体が不思議だ。
「ただ魚を切っただけだろ。こんなふざけた料理を作った奴が、この国一番の料理人とは笑わせてくれる」
そうキザったらしい若者は立ち上がった。年齢は二徹と同じくらいだろうか。
「ただ魚を切っただけではないですけどね」
二徹は若者の態度をスルーすることにした。同じ年でも二徹の方が大人の対応である。若者はニコールの姿を見て、ちょっとずる賢く、唇の端をちょっと上げた笑みを浮かべた。
「それじゃ、俺が完膚なきまでに料理の腕の差を見せてやろうじゃないか。魚を切っただけの料理だけど、俺ならもっとうまくできる。腕の差を思い知らせてやる」
「僕と勝負するということですか? えっと、名前は……?」
二徹はそう優しく聞いてみた。刺身のことを馬鹿にしたのに、それを使って勝負するというのだ。周りは若者の風貌を見て、とても二徹には勝てないだろうという空気を作った。
みんな二徹のプロ顔負けの料理の腕を知っているのだ。だが、若者は動じない。
「俺の名前はレイジ・ブルーノ。王宮料理アカデミー総料理長、エバンズ・ブルーノの息子にして、アカデミー生だ」
勝ち誇ったように若者は答えた。王宮料理アカデミーとは、王宮で料理を作る部署。特に外国の来賓や祝いの席の料理を担当するところだ。
このウェステリア王国の食の最高峰と言っていい。そして、その元締めであるエバンス・ブルーノは国始まって以来の天才料理人と言われる名シェフである。
この若者はその息子だという。さらに、王宮料理アカデミー生は簡単にはなれない。料理人としての資質と才能がないとアカデミーには入れないのだ。アカデミー生は最下層の見習いの身分であるが、それでも食のエリートなのだ。
「アカデミー生だと……」
「マジかよ……」
「なんでこんなところにいるんだよ」
周辺から疑問の声が上がる。そんな声を聞こえないふりして、レイジと名乗る青年は、条件を付ける。
「どうだ、魚は今と同じタイで勝負だ」
「勝負ですか……。失礼ですが刺身を作ったことはあるのですか?」
「そんな料理作ったこともない。というより、これが料理と呼べるものか」
「……まあ、初めて見た人はそういう感想をもつかもしれませんね」
「ふん。そんなものは料理とは言えん。切っただけじゃないか。タイは切り身を軽く焼き上げ、手の込んだソースに絡めて食べるのが一番だが、その刺身とやらで勝負してやろう」
「それ本気で言っているの?」
いくら温厚な二徹でも、ちょっと二徹は腹が立った。刺身には相当な技術が必要なのだ。一度も作ったことがない人間にどうこうできるものではない。
だが、レイジと名乗る男はさらに条件をつけていく。
「魚は目利きが大事だから、これはそれぞれ用意する。醤油とわさびとやらは、同じものを使わせてもらう」
「なるほど、純粋に料理の腕だけで勝負というわけですか?」
「本来、アカデミー生と素人じゃ勝負にならないが、どれだけ王宮の料理人がすごいかを庶民に知らせることも必要だからな」
「随分と上から目線だね」
「ふん。別にこれが普通さ」
鼻で二徹をせせら笑うレイジ。平民の素人料理人にお灸を据えるつもりなのであろう。さらにこの男は、ニコールのところへ跪くと片手を胸に当てた。
「お嬢さん、俺がこの男を完膚までに打ちのめします。そうしたら、俺とデートしてくれませんか?」
「はあ? お前は何を言っている?」
突然の展開に呆れるニコール。どうやら、この男。料理だけでなく、二徹が美しい女性を伴っていることにも納得がいかないようだ。
料理の腕の違いを明らかにして、ここの人間に尊敬されると同時に、この美女までいただこうという策略のようだ。
「ちょっと待てよ! ニコちゃんは僕の奥さんだ」
「奥さんだと? こんな可憐な美女が? 冗談も大概にしろよな。どうでしょう、美しいお嬢さん。あなたの宝石のような瞳に俺だけを映させたい」
レイジは全く信じていないようだ。どうやら、この男。どう見てもニコールに一目惚れをしてしまったようだ。
無理もない。ニコールは黙って座っていれば、ものすごく美人だ。おしとやかにも見える。
だが、戦闘力はマスター級。今もレイジを殴りたそうにしているのをかろうじて二徹が目で制止していた。そうでなかったら、ニコールはとっくにレイジをぶっ飛ばしていただろう。
「俺は信じないね。もし、仮に結婚していたとしても俺の方が将来有望。離婚して俺の嫁になればいい」
自分勝手な宣言をしている。さすがにニコールの腕が怒りでプルプルと震えている。愛する二徹のことを馬鹿にされ、自分に言い寄っている男。
ニコールはこういう奴が最も嫌いなのである。ニコールはレイジに鋭い視線を向けた。心臓を射すくめる矢のような鋭さである。
「いいだろう……。お前が勝てばデートしてやろう。だが、この勝負は100%私の夫の勝ちだ」
「おやおや、怒った顔も可愛いね、でも、俺は言わなかったかい? 俺は王宮の料理番、アカデミー所属だよ」
少し、ムッとしてレイジはニコールに言い返した。このお嬢さんは何もわかっちゃいないという表情だ。
このやりとりを見て、二徹はこの勝負を受けようと心に決めた。ここまで妻に信用されていては、夫として戦うしかない。
「では、私のニテツが勝ったら、お前の顔を平手打ちしてよいか?」
ニコールはそう条件を付けた。冗談ではない本気モードである。それを限りなく勘違いして受け取るレイジ。爽やかな笑顔で了承する。
「お嬢さん、この僕が万が一にも負けることはありませんよ。ああ、なんということだ。その気の強いところも俺にはどストライクだ」
(おいおい、ニコちゃんの平手打ち食らったら、お前、ストライクどころじゃない、デッドボールで再起不能になってしまうぞ!)
二徹はレイジの体をちょっとだけ心配したが、諦めてくれそうもないし、ニコールにちょっかいだされたことも腹がたったので、ここは彼には地獄を見てもらうことにする。
「勝負は受けるよ。いつやるの?」
二徹はそうレイジに尋ねた。レイジは二徹に向かって偉そうに返す。
「2時間後だ。それまでに俺はタイを準備する」
「場所はここでいい?」
「ああ。ここで構わない。ここの客たちを証人にしよう。お前、逃げるなよ」
そう言ってレイジは仲間と共に準備に戻った。材料であるタイの調達と自分の包丁を取りに行ったのだ。




