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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第6話 嫁ごはん レシピ6 タイのお造りとアツアツご飯
39/254

鯛の刺身

12/23 大幅に書き直しました。

「二徹、そろそろお腹が空いたのだが、お昼には何を食べるのだ?」


 二徹から少し早い誕生日プレゼントをもらったニコール。とてもゴキゲンな様子で二徹に尋ねる。

 二徹は、そんなニコールをエスコートして町の中を歩いている。包丁を買ってもらったメイもウキウキとスキップしている。知らない人が見れば、子供を連れた若夫婦に見えなくもない。


「今日のお昼ご飯は、ちょっと変わったものを食べてもらおうと思っているんだ」


 二徹の自信満々の言葉に、ニコールとメイのお腹がくう~っと思わず鳴ってしまった。もう昼食時間の真っ只中。町の飲食店も込み合っている。


「変わったものか。ニテツのことだから、何が出てくるかとてもワクワクする」 

「楽しみです、ニテツ様」


 腰に差してあったサーベルは、御者のラオに預けて、もうニコールは日本刀を代わりに装備している。

 町中でこんな物騒なものを所持していてよいのだろうかと二徹は思ったが、ニコールの可憐さと日本刀の珍しさも手伝って、周りの人間はあまり気にしていない様子だ。


 もし、ここが日本だったら、銃砲刀剣類所持等取締法違反で現行犯逮捕であろう。もちろん、ここウェステリアでも、一般庶民があからさまに武器を所持して歩くのは禁止されている。


 ただ、ある程度は許される緩さはある。但し、ニコールの場合は、軍人であるので武器の所持は合法である。軍人は勤務中でも勤務外でも許されているのだ。


 今、二徹、ニコール、メイの3人は、いつも二徹が通っている市場へ来ている。二徹は先ほど、ミルルの魚屋で新鮮なタイ(ドリム)を仕入れた。


 タイは、ドリムと呼ばれており、色々な料理の材料としてもてはやされている魚だ。二徹はそれが入った木箱を抱えて、馴染みの定食屋にニコールとメイを連れて来たのだ。


「今日は包丁の性能もいいので、刺身を食べてもらおうと思うんだ」

「サシミ? なんだそれは?」


 ニコールが不思議がるのも無理はない。この世界に『刺身』という料理はない。魚を生で食べるという風習がないのだ。


 二徹は生まれ変わる前は和食の料理人を目指していた。和食はいつかは作ってみたいと思っていたが、ここは醤油もない世界だから今まで封印をしていたのだ。


 だが、醤油作りを始めて、まもなくできる目処があるのと、東方からアレンビー船長が少量だが醤油を持ち帰ってくれたこともあって、いよいよ、和食を解禁しようと思い立ったのだ。


 今、ここに和食の偉大さを証明するのだと二徹は意気込む。


「さあ、行くよ!」


 きゅっとタオルを頭に巻いて、ゼペットじいさんに研いでもらった刺身包丁を手にする。


 定食屋の厨房を借りた二徹はタイの調理に取り掛かる。まずはうろこを落とす。尾から頭に向かってウロコ取りを使って剥がしていく。


 小さなガラス片のようにパチパチと小さな音を立てて飛び散り、剥がれていくうろこ。ヒレの辺りのうろこまで丁寧に取っていく。


 次にエラブタ包丁を入れ、エラを切り取る。さらに口下とエラ附近を切り離す。


 次は3枚下ろしである。タイの顎から肛門まで一直線に包丁を入れる。なんの抵抗もなく綺麗に裂かれていくお腹。内臓とエラ、背骨部分の血合いも取る。


 二徹はここまでを流れるような作業で行うと、きれいな水でさっと洗ってタオルで水分を丁寧に取り除いた。


「二徹様、タオルで水分を取るのは何か理由があるのですか?」


 いつもの耳をピクピクさせて好奇心いっぱいの様子でメイが尋ねる。メイの観察力には二徹も驚かされる。普通は二徹の包丁さばきに目を奪われて、こういう細かいところは見過ごされるものだ。


「水分は魚の鮮度を落とすから、洗ってからは厳禁なんだよ」

「そうなのですか……」


 これは本当だ。素人だと水分がついていた方が瑞々しいなんて思って、こういう作業を省略するが、こういう小さなことが料理の味を左右するのだ。


 二徹はまな板に改めてタイを置く。頭は左側で腹が手前に来る。そして頭の付け根部分に包丁を斜めに差し込む。そして、胸ビレ、腹びれを落とす。裏返して反対側も同様に落とす。そして唯一つながった背骨部分を包丁の刃の根元部分を当てて一気に切り落とした。


 ここから3枚下ろしの作業だ。頭を右にして腹に包丁を入れてスス……っと滑らせる。腹が切れたら今度は頭を左にして背骨側から身を剥がしていく。骨にあてながら切らないと美味しい身が骨にいっぱい残ってしまうことになる。


 最後は尻尾に向かって包丁を滑らせてプチッと通過させれば、2枚に下ろす。


 そして片側の身を落とせば、3枚下ろしの完成だ。ここから刺身にしていくのも工程がある。腹骨除去、柵取りに皮引きである。


 まずは、包丁でこそいで腹骨を切り取る。そして身の中央の血合いと小骨を取り、背身と腹身に分ける。4つの柵が完成だ。最後にまな板に包丁を這わせながら、皮を一気に引く。切り取った後にピンと伸びたあと、きゅるんと縮む皮が面白い。


 こうやって切り分けた柵から、刺身の切り方の基本『平切り』で切っていく。包丁の根元から先端にかけて、ゆっくりと引くように切るのだ。


 単純だが、その美しい動きに思わず、ニコールもメイも見とれてしまう。やがて、切られた身はきれいに皿に並べられていく。


「な、なんですか? その緑色の野菜は?」


 メイは野菜と称したが、これはワサビ。これを市場の観葉植物の店でこれを見つけた時には、二徹は思わず狂喜した。


 山の中の湧水で育つわさびは貴重な植物だ。和食には欠かせない調味料なのだ。


 但し、これは本わさびではなくて、ホースラディシュといわれる西洋わさびである。ちょっと残念だがないよりはマシだ。


「これはピラディ。またの名をわさびと言うんだ」

「わさびですか?」


 メイは不思議そうに尋ねる。この世界では『ピラディ』と呼ばれているが、食材として認知されていない。よって、二徹が食材としてこの『ピラディ』を『わさび』と命名しても問題ないであろう。


 もちろん、西洋わさびよりも日本産の本わさびの方が香りも味も鮮烈で数段美味しいのであるが、ここで贅沢は言えないだろう。


「これを鮫皮で下ろす」

「鮫皮ですか?」

「サメ……この辺りではシャクだっけ。でも、そいつの皮じゃないよ」


 よくわさびは鮫皮をおろし金代わりに使ってすりおろすというが、サメの皮を使っているわけではない。多くはエイの皮だ。


 表面にあるザラザラした突起は、エナメル質でできているから、人間の歯と同じなのである。ここにこすりつけると、柔らかい金属なら削り取ってしまう硬さなのだ。


「これでわさびをおろすんですか?」


「ああ。できるだけゆっくりとね。わさびの細胞を細かく砕くと香りが引き立って、辛味が増すんだよ」

 二徹の言っていることは本当だ。わさびを包丁で刻んだところで、独特の香りと辛味は生まれない。目の細かいおろし金か、この鮫皮ですり潰すことが必要なのだ。ちなみにエイの皮で作ったおろし器は、二徹が苦労して作ったものである。


 そんなこんなで、二徹は手際よく昼ごはんを作った。それはこの国の人間が初めて見る料理である。ニコールだけでなく、店にいた客も興味津々でその料理の登場を待った。


「お待たせ、ニコちゃん。タイ(ドリム)のお造りとアツアツご飯。どうぞ、召し上がれ」

「うっ……なんだこれは……白ご飯は分かる。二徹がよく作ってくれる奴だな」


 二徹がテーブルに置いたのは、炊きたての白ご飯と刺身。そして味噌汁。味噌はアレンビー船長が東方の島国より持ってきたものである。味噌汁の具はヒズル(ワカメ)である。


 ご飯は料理の付け合せでこれまで出したことがあるから、ニコールには定番の一品である。


「これはどうやって食べるのだ?」


 並べられた料理を見て、ニコールは不思議そうに二徹に尋ねた。ご飯以外は、彼女が初めて見る料理なのだ。


「そうだね。まずは、そっちのスープを飲んでもらうよ。これは味噌汁と言って、大豆を発酵させた調味料で作ったスープなんだ。具はワカメ(ヒズル)。このスープは、ちゃんと干した魚で出汁を取ったんだ」

「どうやって飲むのだ?」


 味噌汁はお椀に入っていて、スプーンもない。二徹が木を削って作った細長い棒が2本あるだけだ。せっかく、日本食を解禁するので箸で食べてもらおうと二徹は思ったのだ。 


 ちなみに料理では揚げ物を作るときに菜箸を使っている。これも二徹が作ったもの。メイは器用にこれを使って料理の盛りつけもできるようになっていた。


 不器用に箸をもったニコールの後ろから、二徹はそっと右手でその手を添えて正しい位置を教える。


「これは箸と言って、食べ物を口へ運ぶ道具だよ。遠く、東の島国の風習なんだ」

「前から思っていたが、二徹は異国の文化に詳しいな」


 ニコールは二徹に見習って箸を持つがどこかぎこちない。普段使わない筋肉を使うから、手の甲の筋肉が張って、プルプルしている。


「箸を右手で持って、お椀は左手で持つ。そして、口まで持っていき、一口すする」

「すする……」


 メイも二徹に言われて、ニコールと同じ動作をしている。唇がお椀に付く。お椀も木で作った特注品だ。


「はあ~っ。なんだか体に染み込む……不思議な感覚だ」

「お、おいしいです。塩味とコク、なんだかホッとする味です」


 どうやら、生粋のウェステリア人のニコールとメイは味噌汁が気に入ったようである。さらに二徹は次の料理を二人に勧める。


「そうしたら、次はタイ(ドリム)の刺身にわさびを少量乗せる。それをこの黒いソースが入った小皿に取って、いっきに口へ入れてごらん」


 ちなみに今回、二徹が小皿に用意したのは刺身醤油。煮切りみりんにカツオ節、昆布で取った出汁を加えた二徹オリジナルの刺身醤油である。


「こ、こうか……」

「わさびは少量でいいよ。たくさん付けると悲劇だ」


 ちょんとタイの切り身にわさびを乗せて、ニコールとメイは思い切って口へ運ぶ。このウェステリア王国では魚を生で食べる習慣はない。よって二人にとっては、生まれて初めての経験となる。


「あ、甘い……そして、うっ……うううう」


 少し顔をしかめたニコール。両手で鼻を覆う。どうやら、わさびが効いたらしい。少しぴりっとしたようで、少し涙目になっているのがたまらなく可愛い。


 メイはお子様だが、わさびの味には適性があるようで、目を閉じて刺身の味を確かめている。


 鼻を押さえていたニコール。ついでに二徹の差し出すハンカチでそっと目を抑えた。


(わさびは刺激が強すぎたかな?)


 そう二徹は危惧したが、どうやらニコールには杞憂であった。


「ツーンとくるけど、それが終わると魚の甘味が増す。不思議だ……、また食べたくなる」

「ニコちゃんに気に入ってもらって嬉しいよ。魚を生で食べるのは、ちょっと抵抗あるかなと思ったけど、大丈夫のようだね」

「うん。食べてみるとすごく美味しい。それにこのワサビがアクセントになっていていい」


「刺身にはわさびだからね。次は刺身を醤油につけて、ご飯の上でポンポンと余分な醤油を落とす。刺身は口に入れて次に熱々のご飯を口に入れる」


 二徹に言われた通りにポンポンとご飯に醤油を落とす。黒くシミになる白いご飯。それを口にかきこむニコールとメイ。沸き上がってくる歓喜、感動、白ご飯、万歳だ!


「うあっ……これはたまらない……美味しくて体が痺れてしまう……」

「二徹様、これはいいです。死んじゃうくらいの至福です」


 ニコールとメイがほっぺに手を当ててうっとりとしている。周りにいた客も何事かと集まってきた。みんなこの食堂の常連だ。二徹のことも知っている。


「二徹さん、俺たちにもその刺身、味見させてくれないのかい?」

「食べてみたいぜ」

「はい、そうくると思って、試食用に用意したよ。味噌汁も刺身も食べてよ」


 あらかじめ用意していた二徹は、大皿に盛った刺身と味噌汁を持ってくるように店のスタッフに目で合図する。厨房から大皿が出てくると客全員がわさびを付けてほおばった。


「うまい……この黒いソースがしょっぱくてよく合っている」

「生のタイ(ドリム)がこんなに美味しいとは……」


「しょっぱいだけじゃない。この黒いソース、旨みも凝縮しているし、何より、生の魚の生臭さも消している。消すどころか、味を何倍にも高めている」


 あまり見かけない吟遊詩人がそう感想をもらした。二徹はこの吟遊詩人は見たことがない。長身でフード付きマントを身に付けている。


 フードからニコールと同じ美しい金髪が見える。顔は下半分を首に巻いたスカーフで隠しているし、顔には大きな黒いガラスのメガネをしている。声の質からまだ若い男だと推測できた。


「全ての魚がこの醤油とわさびがあれば、生で食べられるのか?」


 そう吟遊詩人の青年は二徹に尋ねた。吟遊詩人は町から町へと放浪し、見たこと聞いたことを歌にして弾き語りをする。だから好奇心旺盛なのだ。


「全ての魚が生で食べられるわけではありません。生で食べられないものもありますし、食べても美味しくないものもあります。また、魚の鮮度が大事です。新鮮なものしか刺身にしてはダメですよ」


「さすが二徹だな。いつも変わった料理を提案してくれる」

「二徹はこの国一番の料理人さ。いつも我々が考えつかない料理を思いつく」


 周りの客たちが口々に二徹のことを褒めちぎる。ちょっとチートかなと二徹は思う。この知識は生まれ変わる前のものであり、さらに調理技術もそうなのだ。知識チートなのである。


「褒めてもなにも出ませんよ」

「奥さん、うらやましいですね。いつも旦那さまのおいしい料理を食べられて」


 常連客の奥さん連中もニコールのところへ集まってくる。

 

 いつも気さくに二徹がこの食堂で接しているから、ニコールが準伯爵の貴族だと誰も気がついていない。

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