レンコンの力
3/30 いろいろとツッコミどころが満載なので、とことどころ改稿しました。
三日後。二徹はメイを連れて沼へとやって来た。沼の泥は掘り返されて山と積まれ、木箱に入った泥だらけのレンコンも積まれていた。そして仰向けに倒れている男が一人。イーサンである。
「イーサン、やったじゃないか!」
二徹は疲労で倒れて眠りこけているイーサンの体を揺り動かした。メイは両手を腰に当てて、イーサンの戦果に感動しているようであった。
「二徹様、ボクは見くびっていたのかもしれません」
「メイ、男はね、愛する女性のためなら、なんだってできるんだよ。彼はたぶん、この三日間、不眠不休で収穫をしたようだ」
「びっくりしました……」
「う……もう、掘れない……。アンヌ……僕はやり遂げたよ……うっ!」
やっと目を開けたイーサン。まだ頭がぼーっとしているようだ。キョロキョロと視線を動かし、自分の状況と二徹とメイを確認する。
「やったじゃないか、イーサン。まさか、3日で全て収穫するとは思わなかったよ」
「二徹さんに言われたとおり、やりましたよ。自分でもよくできたと思います」
イーサンの顔は泥だらけ。そして鍬を握り続けた両手はマメだらけで痛々しい。だが、そんな悲惨な状況でも、やり遂げた気持ちの方が大きいようだ。そしてイーサンは満足そうな表情をしていながらも、作業中に何度も頭に浮かんだ疑問を二徹にぶつけた。
「二徹さんを信じて、レンコンを収穫しましたが、この野菜が売れるとは思えません。これ美味しいのですか?」
「まあ、論より証拠かな。今すぐ調理してあげるよ」
二徹は早速、メイを助手にレンコンを使った料理を作る。馬車に調理道具と食材を乗せてもってきたのだ。まずは、レンコンの定番のはさみ揚げである。2センチ幅に切った採れたてのレンコン2枚に、豚のひき肉で仕込んできた肉ダネをはさむ。それを香り豊かなごま油で揚げる。さらにからしを塗って衣を付けて揚げる辛子蓮根まで作った。そしてレンコンを刻んで作ったレンコン団子のスープ。いい匂いが沼地に広がっていく。まだ眠そうだったイーサンもこの匂いに目が覚めたようであった。
「さあ、食べてご覧よ」
「こんな穴の空いた野菜なんて見たこともありません」
はさみ揚げを口に運ぶイーサン。ひと噛みすると肉汁が口いっぱいに溢れ出す。思わず、両手を握り締めてしまう。
「う、うまい!」
「二徹様、これは新しい食感です。もっちり、ほこほこ……。タルロでも代用できるかもしれませんが、タルロじゃもっと粘っこい感じがするし、レンコンの方が肉ダネとの相性がいいですね」
メイも初めて食べる味に感動している。イーサンはよほどお腹が減っていたのか、黙々と2つ3つと口に放り込んで食べている。さらにその勢いで辛子蓮根に手を伸ばした。
「うーっ!」
鼻をぶん殴られたような衝撃を受け、思わず目を閉じるイーサン。あまりの辛さにイーサンの目から涙がにじみ出る。鼻もつまんで悶えている。
「か、辛い……これは、食べ物じゃ……な……。う? うう? いや、辛さがだんだん引いていくと何だか、もう一つ食べたくなってしまう……」
イーサンは、口の中の辛子蓮根をゴクンと飲み込むともうひと切れに手を伸ばす。また、ひと噛みして目を閉じる。涙がこぼれる。だが、この感覚の虜になっている。
「ひーっ……辛い、鼻が死ぬ……だけど……美味い……病みつきになるよ」
「そうだろう。この味を知ってしまうと、つい2つ目、3つ目と食べたくなってしまうのさ。次にこれを食べてごらん」
二徹が差し出したのは水に浸かったレンコン。ツーンと酸っぱい匂いが鼻につく。メイもイーサンも興味津々である。昨晩、二徹が作って保存していたものなのだ
「これはスイですね」
「酢レンコン……だよ」
メイが口に放り込むとコリコリとした食感に襲われる。さらに締めはレンコン団子のスープ。二人共、無我夢中で食べまくる。
「これはすごいですね。同じ野菜なのに食感がホコホコだったり、もちもちだったり、コリコリ、シャキシャキにもなるなんて!」
「調理法によって変わるんだよ」
「調理法ですか?」
「そう。切り方と熱の加え方にポイントがあるのさ」
「切り方ですか? それだけで食感が変わるなんて」
感心しているメイの傍らで、イーサンは先程から試食のスピードが止まらない。あの泥だらけの野菜がこんなに美味しいとは思わなかったのであろう。
「これがレンコンの醍醐味さ。この穴の空いた形状も特徴で、レンコンにしかできない料理もたくさんあるんだ」
「なるほど、レンコンの美味しさは分かりました。でも、これは馴染みのない野菜です。これが売れるとは思えません」
試食を終えたイーサン。思わずたくさん食べてしまったが彼の心配は最もである。どんなに美味しい野菜でも、買ってくれる人がいなければ高く売れない。レンコンの知名度はほぼないのだ。これは売るためには、とても大きなハンディキャップである。
「そこはセールスするしかないよ。でも僕には、大口で買ってくれるところに心当たりがあるんだ」
初めは気の毒な若者を助けてやろうと動きだした二徹。沼の話を聞いて、もしかしたらと思い、実際に沼にレンコンの葉が枯れているのを見た時に、自分が請け負ったもう一つのミッションを達成することにもつながることに気がついたのであった。
「これを持って港へ行くよ。準備をするんだ」
「え? 今からですか?」
「商売はスピード命だよ。レンコンの鮮度が落ちたら大変だ」
二徹はレンコンの木箱を、商業港へ持ってくるようにイーサンに依頼した。そこで、イーサンとアレンビー船長を会わせて商談するのだ。
*
「で、航海中のザワークラウト地獄から逃れられるというのが、この野菜か?」
「アレンビー船長。その通りです。これで次の航海の食事は楽しくなりますよ」
「変わった形の野菜だな。これがベジの代わりになるのか?」
「はい。これはレンコンと言います。東方の国々で食べられている珍しい野菜で、それら国々ではルタンコとも呼ばれているそうです。つい先日、ここにいるイーサンの父親が栽培に成功していて手に入ったんです」
「ほう、このウェステリアでは手に入らないのか?」
「ほぼないでしょうね」
アレンビー船長は木箱にはいった泥付きの塊に目をやった。イモ類に似ているが、変わっているのが、塊がそれぞれ繋がっていること。持つと見た目よりも軽いこと。東方の国でも恐らく、山間地でしか栽培されていない野菜だろう。船乗りのアレンビーが知らない食材のようで首をかしげている。
「で、これはどう食べるんだ?」
「いろいろと料理法がありまして、試食用に持ってきました」
二徹は持ってきたレンコン料理を出す。船の調理室を借りて作ったできたてほやほやの料理の数々である。最初は定番のはさみ揚げ。次に酢レンコン。すりおろしてスープに入れたすり流しに鶏肉と一緒に煮たものもある。はさみ揚げを一つ摘んで、口に放り込み、ぱりっと音をさせたアレンビー。飛び出す肉汁に恍惚な表情を浮かべた。
「うむ。これは力がわいてくる。肉体労働が中心の船員にも好評だろう。それにレンコンとやらの食感がシャキシャキで旨い」
「これは切り方で食感が変わるのです。輪切りにすると繊維が残っていてシャキシャキになります。この煮物みたいに乱切りすると繊維がほぐれてホクホクに。スープに入れたレンコンの団子は、逆にもちもちになります」
「う~ん。このスープに入っているレンコン団子は、噛むともちもちとシャキシャキの食感があるな。これはうまいぞ」
「どうです? この野菜をレシピと一緒に買ってくれるというのは?」
「なるほど、これはうまい野菜だ。だが、わしが求めているのはザワークラフトに代わる料理だ。二徹、お前は前に俺に話したよな。壊血病とやらは『びたみんしい』という栄養が不足して起こると。そしてその『びたみんしい』は熱に弱いから、料理で熱するとダメになるとお前は説明したじゃないか」
「さすが船長。よく覚えていましたね」
「当たり前だ。俺にはたくさんの船員の命を預かるという重大な責任があるのだ」
二徹は深く頷いた。だからこそ、アレンビー船長は収穫した大量のレンコンを買ってくれるのだと。
「このレンコンにはそのビタミンCがたくさん入っています。そして、レンコンの場合、熱からビタミンCを守ってくれる性質があるので、料理をしても壊れないのです」
「な、なんと!」
「土に埋めて保存すれば、かなりの長期間保存できます。これを使ったスープや煮込みなんて航海中に食べられるとなると、船員の士気も上がるでしょう。それにビタミンCだけではありません。他の成分のおかげで腹痛にも効きますし、病気から体を守ってくれる性質もあるんです」
「満点、文句なしだ。もちもちだったり、ほこほこだったり、シャキシャキだったりといろんな食感が楽しめて飽きない。これはいい。次の航海のために買い取ろう。目の前の箱全てを引き取る」
「さすが、船長さんだ」
二徹はアレンビー船長と握手する。ことの成り行きを見ていたイーサンも訳が分からないまま、握手をした。取引成立だ。
「イーサン、売れたぞ。とりあえず、代金は金貨で50ディトラム」
「ご、ごじゅう……本当ですか!」
「ああ。これは貴重な野菜だし、船員の命を守るのならこれくらい出すよ。とりあえず、木箱で50箱を出航までに出荷すること」
「ご、50箱も!」
「もちろん、これだけじゃない。残ったレンコンを町の料理屋にも売り込みにいくんだ」
「売り込みに?」
「そうだよ。断られてもめげないで売り込むんだ。アンヌさんとの結婚のために」
「……二徹さん、本当に感謝しています。ありがとうございました」
「感謝はあとでいいよ。まずは取引先を確保すること。これも楽な仕事じゃないけど、あの広い沼から丁寧に収穫したんだ。君ならやれるはずだ」
「はい! 頑張ります。アンヌのためにも!」
「アレンビー船長から受け取った50ディトラムを払って、レンコン栽培のことを丁寧に話して納得してもらえれば、きっと結婚の許しをもらえるよ。あと、感謝は君の親父さんにするべきかな。親父さん、君のためにあの沼でレンコンを育ててくれていたんだ。将来、君がレンコン農家として暮らしていけるようにね」
「オヤジ……」
イーサンの目に涙が溢れた。そして、これからは自信をもって生きていこうと、イーサンは心の中で誓ったのであった。
週末までにイーサンは町中の料理屋にレンコンを売り込んだ。最初はどこもこの珍しい野菜を使おうとはしなかった。それでもイーサンは、二徹から教えてもらった美味しい食べ方を粘り強く説明し、試食をしてもらうなどして、必死に売り込んだ。ついには、扱ってもいいという料理屋を数件、見つけることができたのだ。そこからの口コミで広がり、レンコンを売る得意先をイーサンは確保することになる。
約束の週末。イーサンは二徹に言われたように50ディトラムを持参金として、アンヌの父親に支払った。そしてレンコン農家としてやっていけることを自信をもって説明した。経済的な要件さえ問題なければ、娘の好きな男に嫁がせるのは父親としても反対できない。それに父親はイーサンのことを小さい頃から知っており、少々、頼りないところはあるが、それは優しさ故であり、娘のアンヌのことを大切にしてくれるだろうという点では信頼していた。イーサンの兄のカルロは、アンヌとの結婚がだめになり落胆したが、弟の変貌ぶりに諦めることにしたという。
やがてアンヌと結婚したイーサンは沼のほとりに新しい家を建て、レンコン農家として幸せな生活を送ることになったそうだ。




