狐族の定食屋
3/26 二徹の会話文修正しました。
「とりあえず、この壺を預けてから飯でも食べようか」
「はい、二徹様」
もうすぐ昼だ。買出しついでに昼ご飯を食べるのも二徹にとっては料理修行の一つだ。新しい工夫、新しい料理。そんな未知の味を教えてくれる。そのために行きつけの店だけでなく、美味しいと評判の店には必ず行くことにしている。4つの壺を乗ってきた馬車に積み込むと二徹はメイを連れて、昼ごはんを食べに行くことにした。
「最近、美味しいと評判の料理屋があるんだ」
これは毎日、町歩きをして知った情報だ。最近、『天狐屋』という名前の飯屋ができて、かなり美味しいらしい。店主は狐族。狐族は犬族と仲間であるが、容姿の違いは一目瞭然。耳が狐耳なのだ。そして、その小さな定食屋は今日も客でいっぱいであった。中はテーブルが7つほど。外に5テーブルほど出してあるが、どれもいっぱい。仕方ないので20分ほど待った。庶民の定食屋であるから、客の回転も速い。また、料理の提供も早い。注文すると10分経たずに次々と料理が運ばれてくる。
「相席でいいですか?」
テーブルが空くと二徹は、そう店員の女の子に声をかけられた。目の大きな可愛らしい娘だ。年の頃は14,5歳というところか。耳からすると狐族である。
「ああ、いいよ。よろしくお願いします」
そう二徹は同じテーブルの客に声をかけた。その客はまだ若い。見た目は17,8歳の少年と言っていい体。服装からすると近郊の農家をしているように思えた。だが、年上の二徹が声をかけたのに返事がない。料理を目の前にぼーっとしている。どうやら、声をかけられたことにも気がつかなかったようだ。
「変な人ですね」
小声でメイが相席の客を評価する。確かに右手にスプーンをもったまま、じーっと固まっているようである。
「まあ、人それぞれ、事情があるんだろ。嫌なことでもあったんじゃないかな」
別に相席の客と仲良くなるわけもなく、二徹とメイの目的はこの評判の店のランチを味わうことなのだ。
「お嬢さん、今日のランチはなんだい?」
二徹はくるくると手際よく注文を取り、料理を素早く運んでいる女の子に尋ねる。エプロンの胸のところにネームプレートが付いている。
『ナディア』
そう書いてあった。
「今日は2つあるよ。Aランチはパンムス・クリュレ。Bランチはレドラソースのピコッタ。どちらも銅貨30ディラム」
「ふ~ん」
二徹は他の客のテーブルを見る。みんなランチを食べている。トマトソースのパスタはいわゆるナポリタンである。かなり美味しそうだ。量も多い。あれで30ディトラム(日本円で300円相当)なら売れるはずだ。もう一つの『パンムス・クリュレ』というのは、名前からは判断できない。クリュレというのは『クリーム煮』という意味だが『パンムス』というのが分からない。ただ、他の客が食べているのを見ると、ホワイトソースに絡めたもちっとした食感の食べ物らしいことは分かる。
「僕はAランチにするよ。メイはどうする?」
「ボ、ボクはレドラソースの方にします」
「そうだな。そうすれば、2つとも味が確かめられる。ナディアさん、AとBランチ1つずつね」
「はいよ! お父さん、オーダー。ランチAB1つずつ入りました」
「オーライ!」
娘の注文の声に威勢の良い返事が厨房から聞こえる。作っている人の声の勢いだけで、その店の味の善し悪しはある程度判断できるものだ。
「はい、お待たせしました!」
10分弱で2つの料理がテーブルに運ばれる。手際の良さと湯気を立てている料理の熱さが比例している。
「いい匂いですね」
メイの前に置かれたトマトソースのパスタ。見た目はバリバリのナポリタン。ハムにピーマン、マッシュルーム、玉ねぎが見える。材料には特に変わったものはない。だが、一口食べたメイが思わず『美味しい……』とつぶやいてしまったほど、オーソドックスで美味しいのである。
「う~ん。これは茹でたてをすぐ出してきたこともあるけど、まず茹で方がうまいね。ちょっと長めに茹でて、そのあと1分くらい油をまぶして放置している」
「二徹様、それをするとどういいのですか?」
「そうすると余熱でピコッタが蒸されてもちもちした食感になるんだよ。それにニューズを削った粉をフライパンの中で混ぜているね。これでコクが深まるんだよ。茹でるのに6分。1分蒸して、3分で野菜と一緒に炒め、レドラソースとからめる。アツアツだからこれは美味しいよ」
そうメイの皿からフォークに絡ませて口に運んだ二徹は評した。このレベルの味なら十分、下町で繁盛店になれるだろう。
「二徹様の皿の方は、なんだかもちもちした塊がありますが」
「うう~ん。これは……。ニョッキだな」
「ニョッキ?」
「ああ、いや、この世界ではこれをパンムスって言うんだよね。メイ、一つ食べてみるといいよ」
二徹はスプーンでクリームソースごとすくうと、メイの口元へ持っていく。
「え、二徹様、ボクのようなものにそんな……」
「いいから食べてよ。この食感はたまらないよ」
ゴクリとつばを飲み込んだ後、メイは思い切って口を開ける。そこへ熱々のニョッキを放り込む。
「ううう……。弾力感があって、濃厚で……これも美味しいです。でも、これはなんですか? とても不思議な食感です」
「これはね……。そうだな。メイ、将来、料理人になりたいなら当ててみて」
そう二徹に言われて、メイはもぐもぐと噛み始めた。少しだけ首をひねったが、元々、才能のあるメイだ。よく味わえば元の材料がなんであるか見つけることは不可能ではない。
「タルロ……ですか?」
「正解」
タルロ……じゃがいもである。ニョッキはじゃがいもを潰して作る料理なのだ。
「まずはタルロを8等分に切ってから5分ほど水にさらす。その後に茹でる。串が突き刺さるようになったら、ゆで汁を捨てて強火で水分を飛ばす」
二徹はそう作り方を説明する。実際に見たわけではないが、正体さえ分かれば作り方は簡単だ。
「その後、フォークで潰す。そして卵にニュウズ、ミ・フラウを少しずつ入れて塊にする。それを2センチくらいの平たい円にして真ん中を凹ませる」
「その後、茹でるんですね」
「そうだね。メイ、よくできました」
「はい」
「だが、レシピが分かっても作るのは簡単じゃない。ここの親父さんはかなりいい腕の持ち主だね」
「それはわかります。他の料理と並行してこれだけのことを短時間でやるのですから、さすがプロだなと思います」
「この店の味が分かったことと、メイが勉強できただけで大収穫だよ」
二徹はそう満足そうに料理を口に運ぶ。これだけ美味しい料理が出てくるのなら、今度、妻のニコールと一緒に来てもいいかなと考えていた。ニコールは貴族出身だが庶民の店でも美味しければ、厭わず食事を楽しむ。