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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第4話 嫁ごはん レシピ4 サルサバーガーとツナサンドウィッチ
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ハンバーガー屋さんは無敵

「庶民の食べ物ってなんて刺激的なのでしょう」

「わたしも初めて食べましたわ」

 

 外の状況が分からない3人。馬車は予定どおり、王宮に向かっていると思っている。シャルロットもここまでくれば、任務成功だとほっとしていた。


 ハンバーガーなるものを食べた王女と伯爵令嬢は大満足な様子である。それにふかふかのパン。パンとは固くて香ばしいものと思っていたので、これは衝撃であった。ほのかに甘い生地は病みつきになる。


「シャル、あのブレド屋(パン屋)の名前はベッカ・ベーカリーでしたわよね」


 ペルージャ姫は迎えに来た馬車の中で、そう護衛のシャルロット准尉に確認した。シャルロット准尉はそうメモした手帳を開いて確認する。


「はい、そうです」

「あの店のブレド(パン)を王家御用達の店にします。城の食料調達部に話を通しておきなさい。毎日の朝食には、必ずあのブレドを出すようにって。きっとお兄様も喜びますわ」


 そうペルージャ姫は命じた。この命令のおかげで未亡人のベッカの店は繁盛することになる。王家御用達の肩書きは、一流の店のあかしである。噂を聞いた他の貴族からの注文も入り、忙しい毎日となる。結果的に二徹が教えたパンが、経営に困っていた小さな老舗を救うことになった。


「それにしても、あのハンバーガーとやらを作っていた青年。かっこよかったですわね」

 

 そうペルージャ姫は思い出すように両手を重ね、うっとりとした目で天井を見た。


「あ、殿下もそう思いました? 私もちょっといいなあと……」


 それはミッシェル伯爵令嬢も同感だったので話に食いつく。


「あの方、どことなく気品を感じましたわ。不思議な方でしたわね」

「あのような美味しいものを作れる殿方は、貴族社会にはおりませんわ。ねえ、シャルもそう思いますわよね」


 二人の会話を聞いていたシャルロット准尉。実は馬車に乗ってからも、二徹の威勢の良い呼び込みや、それと同時に調理している姿が目に焼き付いている。その姿を思い浮かべながら、シャルロット准尉はカーテンをちょっと上げて外の景色を見た。


「ねえ、シャル、聞いているのですか?」


 王女にそう言われて現実に引き戻されるシャルロット准尉。何かおかしいと感じた。だが、ここで王女を不安にさせてはいけない。


「あ、え、す、すみません。わたし、明日から昼食を買いに通おうかと……」


 話を取り繕うシャルロット。もう一度、王女たちにバレないようにカーテンをめくる。


(カロン軍曹たちがいない……まさか……)


 シャルロットは、スカートの上からそっと自分の太ももに触れる。いざという時のために隊長から渡された武器である。これを使うときはかなりのピンチだ。その時は、腕利きの兵士がみんな倒れ、シャルロットしか戦える人間がいない状況に違いないからだ。


「まあ、シャルったら、何を言っているの?」

「ペルちゃん、どうやらシャルは、あの男の人に一目惚れしてしまったようですよ」 

「あ、殿下、すみません。わ、わたしったら……つい緊張して……キャッ!」


 ガタン……。急に馬車が停止した。ペルージャ姫とミッシェル伯爵令嬢の腰が浮き、対面に座っていたシャルロット准尉に抱きついた。


「どうしたのですか?」

「急に止まったみたいですけど」

「殿下、ミッシェル様。絶対に馬車からは出ないでください」


 王女と伯爵令嬢に動かないように指示して、シャルロットは馬車の扉を開けた。馬の鼻息と足踏みして石畳とひづめのあたる乾いた音が響く。どうやら、馬車は誰かに止められたようだ。シャルロットはゆっくりと前方を見る。


「あ、あなたは、あのハンバーガー屋さん!」


 シャルロットは目を疑った。あのハンバーガーを売っていた若者が両手を広げて馬車を止めているのだ。その後ろには荷馬車が数台置いてあり道をふさいでいる。


(やはり……。カロン軍曹たちがいない!)


 そして、シャルロットは気づいた。馬車を操縦する御者が別人であることを。そしてこの御者は危機だと直感した。シャルロットはのんびりしている性格だが、これでも訓練されている軍人。ニコール隊長に叱られているが、ここぞという時にはできる子なのだ。


「あ、あなたは誰!」


 シャルロット准尉はスカートをたくし上げ、太ももに装着したフォルダーから短銃を抜いた。すぐさま御者に対して狙いを付ける。これは一発だけ撃てるピストルで、ニコール隊長から持たされたものだ。だが、銃を突きつけられた御者は動きを止めるどころか、ふらりと立ち上がる。まるで銃を恐れていない大胆な行動だ。


「動かないで! 動けば撃ちます!」


タン!


 足を鳴らし、弾ませるように御者の体が舞い上がる。そして空中で一回転するともうシャルロットの目の前。銃がゆっくりと地面に落ちる。そしてさらに2度目の強烈な蹴りがシャルロットを捉えようとする。


(そんな、うそ!)


 もうダメだとシャルロット准尉が目を閉じた時、ありえないことが起こった。


「うっ……」


 怪しげな御者は、10ノラン(メートル)ほど吹き飛んで建物の硬い壁に激しく叩きつけられた。御者はそのまま気を失ったのか、動かなくなった。そして、いつの間にかあのハンバーガー屋の青年はシャルロットを抱き抱えている。呆気に取られて固まっているシャルロットに優しく微笑みかける青年。二徹である。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」

「は、はい……」

「ここは危ない。あなたが馬車を操縦して逃げるんだ。できるね……」


 二徹はそうシャルロットに言い含めた。一撃で敵をぶっ飛ばしたものの、まだ危険な空気を感じていたのだ。馬車のVIPが誰なのか、おおよそ察しはついたが、敢えて詮索はしない。ピンチを脱したことを理解したシャルロット准尉は、今はこの青年の言うとおりにするべきだと思った。


「わ、分かりました。助けてくださって感謝します……」

「シャル、どうしたのですか?」


 しびれを切らして馬車のドアを開けた王女を慌てて制するシャルロット。今の光景を王女に見せるわけにはいかない。慌てて馬車に乗り、手綱を取った。王宮まで走る。今はそれだけだ。


「やれやれ……」


 ハンバーガー屋の前で美少女を襲おうとした男たちを見て、二徹はこの美少女たちが只者ではないと感じていた。護衛が付いているところを見るとかなりのVIPだ。嫁のニコールの最近の態度から、かなりのVIPの護衛任務を引き受けているらしいことは何となくわかった。目の前の美少女たちがそれと関係するかどうかは分からないが、悪い奴らに狙われていることは間違いない。


 それでハンバーガーの屋台を少しだけメイに任せて、美少女たちの後をそっとつけてみると、馬車が襲われ、護衛の体格のよい兵士たちは一瞬で倒されてしまった。美少女たちが乗った馬車が奪われてしまったのだ。


(これはまずいぞ!)


 二徹は急いで先回りをする。町の中心部のことは毎日歩いているから知り尽くしている。近道をすれば馬車の行く手を遮ることができる。また、荷馬車で道を塞いでしまうくらいの機転は効く。


 馬車を操っていた男は暗殺者。それも手練のヤバイ奴だ。国を二分した国王の後継者争いに巻き込まれ、死地を何度もかいくぐった二徹だからそこまで分かった。馬車から出てきた護衛の女士官がピストルを構えたが、そんなものはこのヤバイ奴には通じない。たちまち、銃は無効化され、強烈な足蹴りを受けてしまいそうであった。


「させるか! 時間よ停滞(ディレイ)せよ!」


 暗殺者の足蹴りが止まる。正確には数ミリ単位で動いている。二徹はその脚をひょいとどける。そして、暗殺者の顔面、腹、胸に向かって数十発のパンチを繰り出す。そして、足蹴りを避けようと体のバランスを崩した可愛い准尉さんを抱き抱える。そうしないとこのお嬢さんは確実に転倒して怪我をしてしまうだろう。ここで時間が元に戻る。二徹のもつチート能力だ。


 暗殺者は壁に叩きつけられ、信じられないという表情のまま気を失った。いくらヤバイ奴でも時間を止められ、更に二徹の高速パンチを全身に浴びては耐えられない。だが、油断はできない。新手がいるかもしれないのだ。二徹のこの時間停止能力は無敵のようだが、制約もある。


 同じ空間。およそ直径15m以内で発動させると、同じエリアでは連続でこの能力を使えないのだ。時間を早められた空間は、解除されたところから時間の進み方が周りよりも少しだけ早くなり、24時間後に同じになるのだ。空間の時間軸が周りと同じにならないと再び能力が発動しないのだ。


 二徹は馬車に早く移動するように命ずると、先ほどの暗殺者が倒れていた場所に視線を向けた。驚いたことに気絶したはずの男が消えている。


(もう気がついたのか……なんという耐久力だ。だが、肋骨も数本折れているはず。馬車を追撃する力はないはずだ)

 

 町を警護する警備兵が駆けつけてくる。暗殺者は彼らに拘束されないように逃げたに違いない。それは二徹も同じだ。警備兵に職務質問される面倒は避けたい。


「失敗しただと……。お前らしくないな」

「面目ナイ……。ワタシモ、ワケガワカラナイ」


 レオンハルトは自分の前に跪いて作戦の失敗を報告する男を見る。抑揚のないしわがれた声が不気味である。それほど大男でなく、見た目は普通の体格だ。だが、レオンハルトはアーネルト侯爵夫人から借りたこの男の実力は知っている。裏稼業では「二千足の死神」と揶揄される恐ろしい暗殺者アサシンなのだ。その男がまさか、撃退されるとは想像していなかった。どんな手練の兵士が例え10人いても、この男には敵わないと言われる戦闘力を誇るのだ。


「二千足の死神より強い男がいるとは……。一体、どんな男だ?」


 作戦の失敗は痛いが、これが本戦ではない。馬鹿な老人どもの判断で、貴重な兵力をエッフェル平原で失っている。自分はせいぜい、2名の下っ端構成員を捕らえられたに過ぎない。そして、その捕らえられた構成員は始末したから足がつくこともない。自分の勘が当たったとはいえ、戦力を集中できなかったことが敗因でもあった。それは自分のせいではない。


(あの時代遅れの骨董品どものせいだ。まんまと女隊長の作戦に騙されやがって)


「ハンバーガー屋……」


 目の前の暗殺者はそうつぶいやいた。手薄な護衛しかいない状態で、王女の拉致ができなかった男が不思議な言葉をつぶやいた。


「ハンバーガー? なんだそれは?」

「肉ヲパンザデハサンダモノ……ウマソウダッタ……」

「そんな食べ物屋の男にお前はやられたのか?」

「……」

「無敵のハンバーガー屋か……面白い」


 レオンハルトはその男に興味をもった。


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