王女様の買い食い
「シャル、あれはなんですか?」
「はい、でん……じゃなかった……お嬢様。あれは屋台です。一般庶民はああいうところで食事をするのです」
藁を積んだ馬車で都入りしたシャルロット准尉。彼女は農夫役のカロン軍曹を父親役にして農夫の娘に化けていた。ペルージャ姫と友人のミッシェル伯爵令嬢も庶民の娘に化けていた。彼女たちは、合流した時に馬車の中で着替え、シャルロットたちの荷馬車とすれ違った時に藁の山の中に潜り込んだのだ。フカフカで日向の匂いがする藁の中で気持ちよくうたた寝をしているうちに都入りし、今は念願の下町探索をしている。
今はどう見ても下町の裕福な家の娘とその使用人の3人組にしか見えない。ペルージャ姫もミッシェル姫も頭をフードで覆い、上品な顔立ちを隠している。貴族出身のシャルロット准尉もあまり下町のことは詳しくなかったが、それでも王女よりは知っている。案内役をニコールに命じられて、少し事前に下見をしていたこともあって、なんとか質問に答えていた。3人娘から離れて、カロン軍曹と3人の兵士が変装して護衛をしている。
「さて、皆さん、今日は大陸から珍しい食べ物を持ってまいりました。ハンバーガーというものです」
そう屋台で大声を上げて人々を引きつけている青年。二徹である。隣には犬族の少女が手伝っている。鉄板の上でジューシーなハンバーグが肉汁をまとわりつかせて、チリチリと焼けていく。焼き目が食欲をそそる絵になっている。
「そこのお兄さん、どうです? 1つ銅貨で40ディトラム」
「シャル、あれは何ですの?」
王女がそのおいしそうな匂いに釘付けになる。肉が焼ける香ばしさに鼻がヒクヒクしている。朝から何も食べていないのでお腹も減っている。
「私も食べてみたいですわ。シャル、ペルちゃんと私にあれを買ってくださいな」
ミッシェル姫も興味津々の表情である。
「はあ……。私もあの食べ物は初めて見ます。美味しそうですね」
シャルロットは人をかき分けて前へと進む。人々が青年の料理する姿をじっと見ている。青年は鉄板でひき肉を平らにしたものを焼いている。そこからとても香ばしく食欲のそそる匂いがしてくる。
(作っている男の人、イケメン……)
手際よく肉を焼く二徹の手元に見とれ、シャルロットはそんなことを考えていた。二徹を見るのは初めてだ。もちろん、彼が上官の夫とは知らない。
「そこの美しいお嬢さん、いかがです?」
二徹はそう前に出てきたシャルロットに声をかけた。実はハンバーガーを作り始めて、物珍しさに人は集まってきたが、みんな初めて目にする食べ物で注文する勇気がないようだ。みんな、どんな味か興味津々ではあるが買うまでには至っていない。試食をさせようかと二徹は思ったが、それより効果的な方法を思いついたのだ。
「わ、わたし? 美しい? そ、そんな……」
二徹にそう言われて赤面するシャルロット。お世辞じゃなくても可愛い女の子だ。さらに、その後ろから人ごみをかき分けてきた女の子二人はさらに美少女だ。よく見ると高貴な顔立ちをしている。
「お嬢さん方もどうです?」
「これは何ですか?」
「ハンバーガーというものです。注文して下されば、すぐお作りしますけど」
金髪をフードで隠した少女にそう二徹は答える。即答でその少女は注文する。
「3つください」
「毎度、ありい~」
二徹は注文を受けて、バンズを半分に切る。それを鉄板の上で切り口を焼く。焼いていたパテを裏返し、十分に火を通す。さらに鉄板の上に卵を割り入れた。目玉焼きにするのだ。
「メイ、サルサソースを出して」
「はい、二徹様」
サルサソースは、玉ねぎのみじん切りを水にさらし、そこへトマト、セロリ、セロリの葉をみじん切りにする。それにレモン汁と塩とコショウで味付けして出来上がりである。実に簡単だ。
「ほい。それでは完成させるぞ」
二徹はフライ返しでよく焼かれたパテを鉄板から取る。レタスをしいたバンズにパテを乗せ、そこへチーズと目玉焼き、トマトのスライスを重ねる。それを紙の袋に入れるとサルサソースをスプーンでかける。
「さあ、出来上がり。サルサバーガーの完成だよ」
3つ作ってシャルロット、ペルージャ、ミッシェルに手渡す。ずっしりと重い。それは肉汁がたっぷり詰まった肉の爆弾である。手からアツアツな感触がさらに食欲を刺激する。
「こ、これはどうやって食せばいいのですか?」
ペルージャ姫はそう二徹に尋ねる。食べようにもフォークもナイフもない。二徹は笑顔でこう答えた。
「そのまま、かぶりついてください」
「か、かぶりつくですって!」
「そ、そんなはしたない……」
ペルージャ姫もミッシェル伯爵令嬢もそんな野蛮な食べ方はとんでもないという表情になった。だが、本心はちょっとやってみたいという衝動がある。禁じられていることをあえて行う。一線を越える時のなんともいえない背徳感。これはある意味、快感である。そんな心境の二人に二徹は、悪魔のごとく誘惑をする。
「でも、お嬢さん。出来立てにかぶりつくのはたまらないですよ。口の中に美味しさが広がってたまらない快感ですよ」
「うっ……」
ゴクリとつばを思わず飲み込んだペルージャ姫。二徹に言われるとかぶりつきたい誘惑が高まってくる。
(そんな、わたくしは一国の王女。今は庶民に化けているけれど、品位をもって……ああ、いい匂い。こんな食べ物、今まで見たことない)
「ペルちゃん!」
「殿下……じゃなかった、お嬢様!」
目と目を合わせる王女と伯爵令嬢と護衛の女士官。
「もうたまらない~」
思わずかぶりついたペルージャ姫。噛んだ途端に肉汁が口いっぱいに広がる。その油の快感。染み渡る旨み。そして、くどさを消し去る酸味のあるサルサソース。
「美味しい~っ」
思わず、口に入れたまま叫んでしまったペルージャ姫。それを合図にミッシェル姫もシャルロットもかぶりついた。思わず目を閉じてしまう快感が口に広がる。
「こんなの初めて。お肉の香ばしさ、ソースの鮮烈さ、野菜のパリパリ感、レドラのジューシーさ」
「目玉焼きも甘いですわ~」
「このソースが素晴らしいです。モレン汁をベースに、セルロの癖のある味がアクセントになってとても美味しいです」
「ブレドですわ。この食べ物、このブレドがポイントですわ!」
ペルージャ姫が指でバンズをつまむ。それを口に入れる。
「軟らかい。こんなブレドは食べたことはないです」
「これはこの店の新商品なんです。このハンバーガーを作るのにもって来いのブレドですよ。
他にも四角いものを薄切りにしたものもあって、焼いてベルーをつけて食べると格別ですよ」
そう二徹が説明する。元々、二徹が教えた食パンとバンズが売れるために仕掛けたデモンストレーションだ。この機会を逃さないように宣伝する。
「お姉さん、サルサソースの味に飽きたら、このレドラのソース(ケチャップ)とマスドをつけると味が変わりますよ」
そうメイがケチャップとマスタードを勧める。それをつけると味が変化してさらに美味しさが増すのだ。
「何これ!」
「美味しい~っ」
「おい、兄ちゃん、俺にも一つくれ!」
「わたしも一つ」
「こっちは3つだ!」
口を赤や黄色にして無我夢中で食べる美少女たちの姿に感化されて、見ていた客が一斉に注文をする。嬉しい悲鳴である。おかげで用意した50食分を売り切ってしまうことができた。デモンストレーションとしては大成功だ。




