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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
最終章 嫁ごはん レシピ00 カキフライとマグロのヅケ丼
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ワーテル会戦 後編

 戦いが始まって5時間が経過した。太陽はずいぶんと西へ傾いている。あと3時間すれば日没になる。ここへ来てフランドル軍はギーズ公国軍を撃破し、ウェステリア本軍の左翼に攻撃をし始めていた。


(我が軍が優勢だ……サマセット邸はまだ落ちていないが、全面的に押している……)


 フィードル1世は決断に迫られていた。ここで強力な一撃を加えれば、ウェステリア軍も崩壊する。その強力な一手をどうするか。


「ここはトドメを刺しにいく。最大の予備軍、親衛隊を突撃させる」

「お待ちください、陛下」


 フィードル1世の言葉にネム将軍が異を唱えた。彼は2日前のカテル・ブロの戦いでいいところがなかった。よって、この戦いで手柄を立てないと降格処分もありうるということで、自分のことを優先にした。


「親衛隊は最後の切り札。あのレオンハルトがそれに対する策を練っているに違いがありません。それに未だにサマセット邸は陥落せず、そこからの砲撃で親衛隊も敵と接する前に被害は大きいでしょう。ここは我が軍の騎兵の威力で圧倒しましょう。騎兵なら砲撃を避けて一気に通過できます」


 ネム将軍の作戦は、全騎兵軍団を集結して一気に敵本陣を潰してしまおうという作戦だ。騎兵戦は既にフランドル軍が勝利を収めており、この怒涛の突撃を止められるものはいない。


「うむ……」


 フィードル1世は迷った。優勢とは言え、ウェステリア軍もしぶとい。もし、ここで最後の切り札を投入して潰せなかった場合、決め手に欠く。それに騎兵戦では圧倒的に優勢であった。フランドル騎兵の攻撃力で事は足りるかもしれない。


「いいだろう。ネム将軍よ。貴下に全騎兵隊を預ける。これをもって敵の本軍を壊滅せしめよ」

「はっ!」


 フランドル軍の騎兵が集結する様子は、ウェステリア軍も察知した。これは恐怖である。誰もが青くなり、何も考えられなくなる。だが、レオンハルトは冷静であった。これは彼の想定内であったからだ。


「心配するな。すぐに全軍を1000ノラン後退。丘の下へ布陣する。陣形は方陣だ」

「方陣……ですか……」


 命令された部下もそれが何を意味するのか分からず、すぐに伝令を走らせて全軍に広がった。ウェステリア軍はゆっくりと後退する。これを知ったフィードル1世は勝利を確信した。退却する敵に騎兵での追撃。理想的な殲滅パターンである。


「ネム将軍よ、その手で勝利を決定づけよ!」


 フランドル軍の騎兵が突撃を開始する。それは幾重もの波のようになって丘を駆け上がり、丘下へ退却中のウェステリア軍の後方を襲うはずであった。


 だが、フランドル騎兵が見たのはそこにいくつもの方陣が築かれていたこと。騎兵はその陣を崩せず、周りを虚しく走るしかなかった。そこを方陣からの銃撃を受けて次々と落馬していく。


 それでも勇気ある騎兵は方陣へ突入。その崩れに便乗してさらに突撃することで、いくつかの方陣は崩されていく。泥沼の白兵戦となるが、騎兵の威力は完全に削がれてしまった。その報を聞いたフィードル1世は地面を踏みつけ、自分の判断ミスを悔しがった。




「な、なんだと……。見間違いではないのか!」 


 さらに悪い情報が飛び込んできた。ワーテル平原の北に新たに軍が現れたのだ。その数は2万人。

その報を聞いたフィードル1世は青ざめた。北に現れた1軍は先頭に2匹のムカデが絡んだ旗を掲げた見慣れない軍であった。間違いなく、敵である。



「ホーホホホッホ……。真打はここで現れますことよ」


 白馬に乗った女性がいる。まるで狩り遊びに来たかのような風体である。大きなつばのある帽子を戦場の風で飛ばされないようにピンクのリボンで顎に結んでいる。そして白いドレスのスカートがひらひらと舞い、そこだけがお花畑のように見える。


 この貴婦人は優雅な白馬に乗り、遠めがねで戦況を見ている。まるで観劇しているような余裕である。


 周りの兵士はそんな貴婦人を誇らしげに見つめている。そして全員の目がハートになっている。この過酷な戦場に舞い降りた勝利の女神様を崇めているのだ。


その貴婦人のそばには小柄な男が控えている。


「ビアンカ様……ドウシマスカ……」

「ふふふ……決まっているじゃない。さあ、兵士の皆さん、スパニア軍の強さを教えて差し上げる時がきました。これまで内戦でひどい目にあった意趣返しをするのは今ですわ」


「おーっ!」

「ビアンカ様、最高~」

「我が王妃様」

「王妃様~」


 内戦が終結したばかりで、訓練も装備も十分でないスパニア軍ではあったが、勇気と希望に満ち溢れていた。この過酷な戦場の陣頭に立ち、自分たちを叱咤激励する貴婦人なんかスパニアには今までいなかった。そして兵士一人一人に話しかけ、温かい言葉をかけるのを怠らなかったビアンカは、この2万人のスパニア兵の憧れであり、カリスマである。


 若きスパニア王エルンストは、この年上の婚約者のカリスマ性に期待し、フランドル王国を倒すために兵を送ってきたのだ。総司令官はビアンカ・オージュロー子爵令嬢。未来のスパニア王妃だ。


 無論、軍隊のことはさっぱりわからないビアンカには、スパニア随一の将軍たちが付き従っているから、戦闘指揮は問題がない。将軍たちもビアンカには骨抜きになっており、我が王后陛下のために全員、ここで戦死してもよいと思うくらい戦意が膨れ上がっていた。


 ビアンカは配下の将軍に攻撃開始命令をする。この戦意旺盛なスパニア軍2万の来援はフランドル有利を一挙に覆した。


「な、なんということだ。なぜ、スパニア軍がここに来るのだ。奴らには3万の軍を向かわせたはずだ。なぜ、無傷なのだ!」


 フィードル1世は激怒する。ザハラ港に到着したスパニア軍の足止めをしていたのだが、スパニア軍はその追撃軍の目を逃れてここへとやって来たのだ。そこに二千足の死神こと、イグナシオの案内があったことは知られていない。


 フィードル1世は戦の天才と言われた王。激怒しつつも、すぐに冷静になり命令を下した。すぐに引っかき集めた寄せ集め部隊でスパニア軍の行く手を阻む。時間稼ぎだ。その間にウェステリア軍にトドメを刺すことを考えた。短時間で撃破して返す刀でスパニア軍を斬ればいい。


「親衛隊を突撃させる。これで全ての予備隊を投入することになる。ここが正念場だ」


 勇ましいラッパが鳴り響く。無敵のフランドル親衛隊が隊列を組み、連隊旗と共に前進していく。その中にはあの青い三連星、大食らいのバーナード、ボーダー、マスティフの3人の姿がある。あの大食い対決でウェステリアへ行って以来、ウェステリア王国のことは好きになっていた。


「ウェステリア人とは戦いたくない。だが、これは戦争だ。終われば、またあのウェステリア料理を食べに行こうではないか」


「そうだ、またあの猫仮面と対決するのだ」

「生き残って、今度こそ、胃袋でも勝利してやるのだ!」


 3人の犬族のオヤジ達は銃を背負い、前進していく。この親衛隊の突撃はウェステリア軍を震撼させる。大陸で行われたここ20年の戦いにおいて、フィードル1世の親衛隊は常に勝利をしてきた絶対的な部隊なのだ。


 その絶対的な部隊の前進を見て、レオンハルトは死を覚悟した。まだ、重要拠点であるサマセット邸は落ちていない。ニコール連隊が濁流の中を耐え抜く杭のように踏ん張っている。スパニア軍も到着している。しかし、決定的なものがないと本陣が支えられないところまで追い込まれていたのだ。ここでセント・フィーリア軍が来援しなければ全てが崩れる。


(ああ、神よ……今、ここにセント・フィーリアの光をもたらせたまえ……」


 神に祈ったことのないレオンハルトではあったが、思わず口にしてしまったのであった。


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