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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第4話 嫁ごはん レシピ4 サルサバーガーとツナサンドウィッチ
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狂乱淑女の突撃

 やがて、王女の馬車が到着する。厨房車もあと10分ほどで到着しそうだ。ニコールが先行して馬を走らせ、オズボーンのところにやって来る。不思議なことに、ニコールの兵は王女の馬車から離れていく。この平原の周りはオズボーンの近衛兵で固めているから問題ないのだが、おかしな行動だ。しかも、ニコールの兵は銃に銃剣を装着しており、戦闘態勢なのだ。


「ニコール、どういうことだ。今にも戦争をおっぱじめそうな準備をしているじゃないか。これだから、女は臆病と言われるんだ。それに何だ、あの大げさな厨房車の団体は? 王女殿下はここで大宴会でも開くつもりか?」

「どうやら、別の意味での大宴会になりそうだ。起きて欲しくはなかったが」


「何を言っているニコール。それにいいのか、お前の兵士が近くにいなくて? それに王女殿下とご友人はなぜ馬車から降りない?」

「予定通りだ。オズボーン、あなたの小隊は当初の命令通りの布陣をしているな。今から各分隊に戦闘体制を取るように命令しろ」


「は? 何を言っているニコール?」

「戦闘開始のようだ。どうやら、悪い予感が当たってしまった」

「戦闘開始だと?」


「厨房車が王女殿下の馬車に近づいたら、一斉射撃用意できるようにするんだ。激戦になるぞ。私の予想よりも敵戦力は多い」 


 オズボーンはニコールの話していることが十分理解できなかったが、既にニコール小隊の兵士は馬から降りて銃を手にしている。命令があれば、すぐさま構えて一斉射撃をするだろう。自分も早くしないと出遅れると判断した。


「ミゲル少尉、俺の隊にも攻撃準備を命令だ」

「はっ」


 オズボーンは副官ミゲルにそう命令する。これにより、平原を取り囲むように配置しているオズボーン小隊は厨房車に対していつでも攻撃できる準備を整えた。やがて3台の大きな厨房車が到着した。ニコールは少し離れた高台から、平原の中心に停まった厨房車を見ている。その近くに王女の馬車も停まっている。厨房車から、料理人や下働きの人間が降りてテーブルや椅子を並べ、簡易テントを張って王女たちをもてなす段取りだろう。白い料理人服を着た人間が数人降りてくるはずだ。


「別におかしな様子はなさそうだ。それにあれは俺の分隊の検問を通っているはずだ」

「近衛隊の1分隊が、宮廷庁所属の厨房車を詳しく調べられるはずはないだろう。ニセの許可証でも突きつけられれば、あなたの分隊は通すしかなくなる。もし、強行してもそこで殺されるだろうが」


「なんだと! ではあれは……」

「敵は厨房車とそこに潜むテロリストだ。おそらくはゼーレ・カッツエの主力戦闘部隊。オズボーン中尉、あなたにここで打ち明けたいことがある。この作戦の真実を」


 ニコールはそっとオズボーンの耳元で囁いた。みるみるオズボーンの顔が驚きと怒りに支配される。だが、その表情も次の瞬間に変わらざるを得なかった。今、ニコールが伝えたことが現実に起きているのだ。


「オズボーン隊長、厨房車から人が……」


 厨房車の食料庫から飛び出したのは料理人ではない。銃を持った人間が複数飛び出した。一斉に構えると銃撃を始める。王女の乗った馬車に数発命中する。威嚇のつもりだろう。周囲の近衛兵にも銃弾を浴びせる。ニコールの馬が興奮して後ろ足立ちした。


「オズボーン、攻撃命令を」

「お前、それを知っていて!」


「いや、知らぬ。だが、予想はしていた。よって、この作戦自体をフェイクにしていたことは成功だったのだ。そして今のこの状況は反乱分子をここで殲滅するチャンスだ」


「くっ……そういうことか。やってやろうじゃないか!」


 ニコールにそう言われてオズボーンも冷静になった。王女は馬車に乗っていない。どこにいるかは不明だが、ニコールのことだから安全なところにいるのだろう。今は眼前の敵を短時間で殲滅することに専念するべきだろう。


「ミゲル、各分隊に伝えろ。敵を包囲、殲滅せよとな。ニコールの隊に負けるな。アルティ准尉、至急、入口と出口の分隊に連絡。援軍に来いとな」

「は、はい」


「しかし、隊長、敵の手中に王女殿下の馬車が……」

「あれには殿下は乗っていない。それどころか……」


 ドカーン……。凄まじい爆発音が平原全体に響いた。王女の乗った馬車が爆発したのだ。ニコールの作戦である。巻き込まれた厨房車の中には十分な量の銃や弾丸が貯蓄されていたが、それも吹き飛び、30人以上のテロリストも爆発に巻き込まれる。元々数ではテロリストたちの方がニコールたちを上回っていた。ニコール小隊が40。オズボーン小隊は30。テロリストの部隊は約100人である。武器弾薬庫代わりの厨房車が3台。銃の弾薬数でもこの平原の近衛隊を上回るが、今の爆発で形勢は逆転した。大混乱する敵戦力を徐々に削いでいく。


「今がチャンスだ! ニコール小隊、騎乗せよ。敵の中心部へ突撃する」

「おお!」


 銃による攻撃で威圧し、敵の攻撃も途切れた。この世界の銃は強力な武器であったが連射が効かない。肉薄されれば槍や剣による攻撃に対処できない。10人の槍騎兵と抜刀した10人の騎兵を従えるニコール。その姿はまさに戦の女神(バルキリー)


「殲滅せよ!」


 ニコール自ら先頭に立ち、混乱する敵陣に突撃する。小隊の兵士も美しい女隊長の勇猛さに勇気がわきでる。


「なんて奴だ……。あれが女か!?」


 オズボーン中尉は、ニコール小隊が次々と敵を蹂躙していく様子を唖然として見る。もはや勝負の行方は決定した。さらに後方から砂煙が上がっている。双眼鏡で確認すると、味方の竜騎兵連隊が旗をなびかせて近づいて来るのが見えた。おそらく、ニコールがこのタイミングで駆けつけられるように手配していたのであろう。もし、ここで2個小隊が苦戦しても、あの竜騎兵連隊の援軍で圧勝である。


「ニコール中尉、すごいですね。あの方、本当に伯爵令嬢ですか?」


 オズボーンの傍らに騎乗する副官のアルティ准尉。彼にとっては初陣である。いや、近衛隊にいるオズボーンも実戦は初めてだ。それはニコールも同じはずである。


「まさに狂乱淑女レディ・バーサーカーだな。ちくしょうめ! ニコールの隊ばかりに手柄を立てさせるな! 敵のリーダーは生け捕りにするのだ」


 オズボーンはそう大声で命令した。圧倒的な戦況にオズボーン小隊の兵士も士気が上がっている。これでは竜騎兵連隊が到着する前に決着がつくだろう。


 激しい戦闘は20分ほどで終了した。ニコールとオズボーンの指揮は的確であった。両者とも最前線で戦い、自ら抜刀し、敵兵を斬り、主要な指揮官を捕縛した。敵兵は100人近くいたが80人が戦死。20人が降伏した。こちらはニコール隊、オズボーン隊で合わせて15人の兵士が負傷しただけであった。戦死者0である。まさに圧勝であった。


「隊長、敵は全て倒しました。周辺を探索していますが、他に潜んでいる気配なし」


 そう副官のアルティ准尉が報告する。入口と出口に配置してあった分隊も合流し、残党の調査に移っている。援軍に来た竜騎兵連隊も無事到着し、事後処理にあたっている。


「ニコール、これはどういうことだ。ちゃんと説明しろよ」


 オズボーンは、馬上から部下の仕事ぶりを見守りながら、隣のニコールにそう尋ねる。ニコールは先程まで敵の真っ只中で戦っていたのに、何もなかったかのような感じだ。軍服には返り血一つついていない。あれだけ敵兵を切り捨てたのに実に落ち着いた表情だ。


(こいつ、鬼か……)


 オズボーンはニコールとは、士官学校時代から一緒であったので、その戦闘力が尋常でないことを知ってはいた。だが、それは武道とか訓練上だけのことであり、実際の戦場での命のやり取りでは通じないと高を括っていた。しかし、その認識は改めないといけない。


(あの突撃命令のタイミングは俺でもわかった。だが、躊躇した俺とは違い、あの女、間髪入れずに自ら先頭に立って突っ込んでいきやがった。普通、いけるか? 初陣で? 頭のネジが足りないとしか思えない……)


 しかしオズボーンの口調には怒りはない。敵の大部隊を全滅させた手柄はニコールと同格であるし、敵のリーダーを捕らえたのはオズボーン小隊の兵士だ。手柄としては申し分ない。実はニコールはオズボーン中尉の体面を考えて敵リーダーを捕らえるのは、オズボーンに譲ったのだが、そんなところまで気を配っているとはオズボーンであっても気がついていない。ニコールはオズボーン中尉の問いに淡々と答える。


「元々の王女殿下のお望みは、都の市場を庶民の格好で歩きたいというものであった。この平原での昼食会は第2希望。当初は護衛のしづらい町中よりも、平原の方が安全だろうということで作戦を練ったのは、あなたと一緒だ」


「ああ。俺もその点は考慮した。町中の方が護衛は難しい。住人に化けて暴漢が王女殿下に近づく可能性もある」


「それで平原の案にするのは必然となる。だが、それこそ敵の思うツボだと考えたのだ。しかも、宮廷庁の厨房車の護衛を近衛隊が拒否されたことで、私は不審に思ったのだ」

「ふん。そんなこと、軍や役所の縦割り体質ならありえることだ」


「だが、厨房車の護衛はたった5名の傭兵による警備だと聞いて、私はおかしいと思ったのだ。それで急遽、作戦を変更したのだ。この平原の方を罠にして、敵をおびき寄せる。本命の殿下は安全に都入りをされ、下町探索も安全にできるというわけだ」

「作戦の全容は分かった。だが、奴らも馬鹿ではない。お前の隊の動向も王女の動向も探っていたはず。どうやって、王女殿下と伯爵令嬢を移動させたのだ?」


「途中で荷馬車とすれ違った時に、藁束の中へお二人を隠した。馬車には代わりに爆発物を乗せた」

「なるほど……悪人だなニコール。これは中隊長も知っていたのか?」

「ああ。中隊長は知っていた」


「元の作戦の詳細は、近衛連隊長、警備隊長、宮廷庁の役人の数人が知っていたのみ。王女殿下の外出はもう少し知った人間もいたであろうが、どうやら反国王派ゼーレ・カッツエは宮殿の奥深くに、情報網をもっているようだ」

「そういうことになるな……」


 オズボーンは、これは深刻な事態だと思った。反国王派は一掃されて弱体化したはずなのに、まだ宮廷のどこかに支持している勢力がいるということになる。


「お前の案が採用されたわけが分かったよ。俺は王女殿下の安全だけを考えていたが、お前は反乱分子の殲滅まで考えていたということだ」


「まあ、空振りになる可能性もあったがな」

「いずれにしても俺も手柄を立てることができた。俺まで騙していたことは腹立たしいが、俺がお前でも直前までは教えない」


 ニコールはちょっと顔をこわばらせた後に、少しだけ微笑んだ。無理に表情を作ったわけだが、その意外と可愛らしい笑顔にオズボーンも納得するしかない。先程まで鬼のような戦いぶりにそぐわぬ態度だ。


「おかしいと思ったんだ。お前の副官がカゼで休みとか、分隊長もそうだとか。部下の体調管理がなっていないと思っていたのだが、王女殿下の護衛に付けたな」

「ご明察」

「憎たらしい女だ。今頃、王女殿下たちはお楽しみというわけか」


「いや。まだ、王女殿下の無事が確認されたわけではない。目端の利く相手なら、町にもテロリストを配置している可能性もある」

「だが、お前のことだ。ちゃんと手は打ってあるのだろう」


 ニコールは軽く頷いたが、その表情は厳しい。作戦が成功して一方的に勝てたものの、敵の攻撃が思ったよりも大規模で、激しいものであったからだ。町で楽しんでいる王女たちが安全である保障はまだない。

(シャルロット、カロン軍曹。ペルージャ王女をちゃんと守ってくれ……)

 倒した敵兵や捕えたリーダーの引渡し。証拠品の確保などはオズボーン小隊と間もなくやってくる竜騎兵に任せて、ニコールは自分の小隊を都へ向かわせる。


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