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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
最終章 嫁ごはん レシピ00 カキフライとマグロのヅケ丼
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カテル・ブロの戦い 巻き戻し

「ここは……」

 二徹は部屋の中に立っている。だんだんと記憶が戻ってくる。この部屋はギーズ公国の都市ダイエルン。ウェステリア大陸派遣軍の司令部がある建物だ。その一角にあるニコール・オーガスト准将の部屋だ。


「ニテツ、準備はできたか」


 突然、部屋の扉が開いた。軍服姿のニコールである。


「ニコちゃん!」


 二徹は思わずニコールを抱きしめた。あまりの嬉しさにおんおんと泣いてしまった。そんな二徹を見て驚いて目がまん丸になってしまっている。


「ニテツ、どうしたのだ。何か悪いものでも食べたのか?」

「いや……もう一度、君に会えて神様に感謝しているんだ」

「変な奴だな……でも、そんなニテツも好き……」

「僕もだよ……僕は絶対に君を守るからね」


 そうしてギュッとニコールを再び抱きしめた。その強引さにちょっと驚くが、なすがままになるニコールであった。



 カテル・ブロへ向かうニコール連隊3000名の中に二徹は紛れ込んでいる。当初はニコールについて行くと申し出たが、却下されてしまった。これはニコールが戦死するという運命がまだ修正されていないことを示す。


 それで二徹はこっそりとついていく事にしたのだ。ニコール連隊の兵士とは、普段から親しくしていたし、副官のシャルロット大尉の協力もあって小隊の兵士として紛れ込むことができたのだ。


(運命を変えるのは人との絆です……あなたがこれまで築いていきた絆を武器にして、悲しい運命を変えて元に戻してください……)


(私たちができるのはここまでです。ここからはあなた次第です。未来を司る私にはターニングポイントが分かります。それは3つ)


 ルクルトは消える間にそう二徹に教えてくれた。3つのうちの1つはカテル・ブロの攻防戦。これはニコールが実際に戦死した出来事であるので、最も修正が難しい。敵の大軍と対峙して生き残るという困難なミッションであった。


(どうすればよいのかは、私たちでもわかりません。ですが、人は運命を変える力があると私は思っています)


 3人の女神はそう言い残し、二徹の元から消えていった。彼女らが与えてくれたこのチャンスを逃すわけにはいかない。


 二徹は悲しみに暮れながらも、ニコールが戦死してしまった理由を自分なりに分析していた。そこにはいくつかの分岐点があると推測できた。シャルロット大尉や生き残った兵士から聞いた話を総合すると見えてくるものがある。


(まずは、カテル・ブロの指揮権の時間……ニコちゃんができるだけ長く指揮権を発揮できるようにしないといけない)


(あと敵の行動。最初は消極的だった敵が攻勢に転じることになった原因……敵の総大将のフィードル1世の到着。これをなんとかできないか……)


 二徹は一般人である。軍隊でできることは限られているが、未来の結末を知っていることは強みである。だが、女神たちは言っていた。一度、進行した運命は変えようとするとそれを阻む事象が発生するものだと。


(それをひっくるめても、絶対にニコちゃんを守る……)


 やがてニコール連隊はカテル・ブロへ到着した。ここを守る第3師団の主力は出撃中でわずかな守備兵しかいなかった。


 到着すると二徹はすぐに行動を起こした。火を起こしてある料理を作るのだ。


「フリューゲル少将、ニコール准将、お待ちしていました」


 戦いに敗れ、このカテル・ブロへ逃げ帰ってきた第3師団長のフリューゲル少将をそうニコールは出迎えた。


「ああ、よく来てくれた。命令は聞いている。ここで敵を防げとあるが……」

「はい。2日間持ちこたえろとの命令です」

「……簡単に言ってくれるものだ。我が軍は敵の追撃を受けてやっとここへたどり着いた。まだ、前線では3千もの兵が戦っている」


 フリューゲル少将の第3師団は当初1万2千の兵力を擁していた。ところが不用意に進出し、フランドル第2軍団を率いるネム将軍の2万と遭遇。激しい戦いの末、敗走したのだ。分散した各隊が抵抗しているので、まだフランドル軍はここへは来ていないが、それも時間の問題であろう。


 これは想定外の出来事である。このカテル・ブロは無傷の第3師団とニコールの連隊で守備することであったからだ。第3師団が半分以下になったことは、作戦の支障となる。


「急ぎ、防御陣地を作ります。敵の主力は北西方面にいますね」

「ああ、間違いがない」

「それとこの状況をダイエルンの総司令部へ報告してよいでしょうか?」

「それは無用だ。既にこちらから報告している」


 ニコールの進言を間髪入れずに否定したフリューゲル少将。その態度にニコールは違和感をもったが、ここでの上官は彼である。その命令に従わないわけにはいかない。


「……カテル・ブロの守備陣地の構築は私にお任せ願いますでしょうか?」


 ニコールはそうフリューゲル少将に聞いてみた。この守備隊の総指揮官は彼であり、ニコールはその与力に過ぎない。だが、疲れきったフリューゲル少将とその部下はその余力がない。


「ああ、任せる。北西方面から撤退してくる部隊の救援も頼む」

「分かりました。師団本部を村の東方地区に置きます。一時的に指揮権を私が預かります」


「頼む。今から5時間。午後6時まで全軍の指揮権をニコール准将に与える。それまでの間、第3師団の全将兵は休息とする」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 ニコールとフリューゲル少将の会話に割って入ったのは二徹である。これにはニコールも驚いた。


「な、なんでお前がここにいる?」

「私は王宮料理アカデミーのE級厨士をしています」

「王宮料理アカデミーだと?」


 フリューゲル少将は突然割って入ってきた人物が王宮料理アカデミーの人間だと聞いて面食らった。ニコールの反応を見ても彼女の差金ではなさそうだと思い、つい気を良くした。その表情を見て機を逃さず、二徹は畳みかける。


「国王陛下の命令で大陸派遣軍に参りましたが、この度、レオンハルト閣下の命令でフリューゲル少将閣下におもてなしの料理を出して労うように言われたのです」


「な、なんと……レオンハルト閣下からか」

「はい。レオンハルト閣下はフリューゲル少将閣下のことを気にかけておいででしたので」


 嘘である。フリューゲル少将の人なりを考えた上でのでまかせである。彼ならレオンハルトの名前を使えば、乗ってくると踏んだが、それは成功したようだ。


「さあ、皆さん、どうぞ、お召し上がりください」


 ポンポンと手を叩くと、皿と深鍋が運び込まれた。


「こ、これは……」

「カレーです。戦場飯のコンペで伝説を作った料理です」


 昔、各部隊が競って独自の戦場飯を競ったパーティがあった。そこで優勝したのが二徹が作ったこのカレーである。二徹特製のカレールーは、王宮料理アカデミーで生産され、内地の軍では食べられて評判を得始めていた。その噂を聞いたことがある第3師団の幹部たちは、初めて見るカレーに色めき立つ。


「どうぞ、今回は量が少ないので、皆様だけになりますが」

「おおおおおっ……」

「これがカレーか……」

「噂には聞いていたが、これは美味い!」


 カレーが配られると、フリューゲル少将を始め、第3師団の幹部たちはたまらずカレーを口に運んだ。疲れた体に刺激的な辛さが心地よく、またいろんな素材からにじみ出た自然な甘さが食べたあとに残る。みんな無我夢中で食べる。


「皆様、お疲れのようなので食べたあとはゆっくりと休まれては。あとはニコール准将に任せておけばよいでしょう。本番は明日ですから。フリューゲル閣下のご武運をお祈りしています」


「うむ。そうだな。ニコール准将。先ほどの命令は一部修正する。指揮権を本日0時まで君に委譲する。我々は休む。後を頼む」

 

 そうフリューゲル少将は先ほどの命令を一部修正した。それを聞いたニコールは、ここまで呆気に取られていたが、二徹に目配せをした。その目は(よくやった)と言っていた。



「指揮権を0時まで与えられたことはラッキーだった。ニテツ、よくやったが、私は少し怒っている」

「ニコちゃん、君の言いつけを守らなかったことは謝るけど、これは僕の意思なんだ。だから、君が何を言おうとも僕は行動するよ」

「何を言っているのか少し分からないが……仕方がない。だが、絶対に危険なことはするなよ」


「もちろんだよ。ところで、すぐにレオンハルト大将にこの状況を伝えた方がいいと思うのだけど……」

「フリューゲル閣下は必要ないと言っていたが……」

「今の指揮権はニコちゃんにあるんだよ。最善を尽くすのは司令官代理の役目じゃない?」

「そうだな……。すぐに報告をしよう。フリューゲル閣下に気づかれないようにな」


 そう言うとニコールはすぐに手紙をしたためた。兵士を呼んですぐにダイエルンへ向かうように伝える。


「あとニコちゃん、近くに味方の軍はいないの?」


 そう二徹は聞いてみた。一番近いのはダイエルンのウェステリア軍だが、今回は各国の軍も出撃している。


「うむ。司令部の話ではザハラ港にスパニア軍が到着するという予定だと聞いた。ザハラ港はここから近い。だが、到着はまだだと聞いたぞ」

「スパニア軍?」


 そう1ヶ月の停戦協定を終えたスパニアは、すぐに軍隊を派遣してきたのだ。その数は僅かではあるが、この戦いにはありがたい援軍だ。


「わかったよ、ニコちゃん」


 二徹はなんだか運命的なものを感じた。陣地に設営作業を指揮するニコールを置いて、二徹はそっとカテル・ブロを離れた。ザハラ港に向かうのだ。




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