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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
最終章 嫁ごはん レシピ00 カキフライとマグロのヅケ丼
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マグロのヅケ丼

「待たせたな、二徹。これが稲月とうげつ特製のマグロのヅケ丼だ」

 

 そう言って店の親父が出してくれたのは、丼に盛られた4種のマグロ。それはテラテラとまるで赤い宝石のように輝いた。


「ワオ……コレハ、宝石箱ミタイデス……」

「ニコールさん、味も宝石のように輝いているよ」


 そう二徹はニコールに食べることを促した。ニコールは迷わず箸を取る。持ち方も正しく、どうやら箸を使うことができるようだ。日本食をいろんなところで食べたことがあるというのはどうやら本当のようだ。


 そんなイギリス人でありながら、日本食通のニコールも驚いた。宝石のようにテラテラと輝くマグロの赤身の切り身を口に入れると、溶けていくのだ。ただ溶けるだけではない。生醤油の旨みが口にじんわりと広がる。


「ウウウ……コレハ……美味シイトイウ言葉ガ陳腐ナクライ……魂マデガ震エマス」


「ヅケはマグロを醤油に漬け込んだものなんだ。昔は今のような冷凍技術がなかったからね。マグロは鮮度が落ちやすい魚だから、生では食べられなかったんだよ。でも、昔の人は知恵があったんだね。醤油に漬けることで、鮮度を持たせるだけでなく、味を何倍にも高めることに成功したんだ」


「ナルホド……コレハ、ソノ伝統ヲ何倍ニモ高メタヨウデスネ……コノピンク色ノハ、赤身デハナク、中トロデスネ」


 ニコールは中トロを口に含む。これは淡雪のように消える。舌に残るのはマグロの旨味と脂。体に染み込む美味しさは赤身とは別物だ。


「これは丼だからね、ご飯も一緒に食べるといいよ。ヅケ丼は酢飯で作ることもあるけど、これは普通の白飯。こっちの方が合うと思うよ」

「フム……ソノ意見ニ私ハ、賛成デスネ……」


 ご飯を一緒にかき込むニコール。白ご飯も大好きなようだ。


「次ハ赤イケド、表面ニ火ガ通シテアルヨウデスネ。モウ一種ハピンク色デス」

「これは湯引きしたものだよ。赤いのはサクごと湯引きして、生醤油に漬けたもの。ピンクのは切り身を湯引きしたものだよ」

「湯引キ?」

「おやっさん、ちょっと僕に湯引きを作らせてもらっていいですか?」

「二徹なら許す。腕はにぶっちゃいないだろうな」


 店の親父さんは二徹を板場へと招き入れた。ここで二徹は修行をしていたことがある。この親父さんには腕が認められているのだ。


 二徹はまな板にマグロのサクを乗せた。まな板を斜めにすると、熱したお湯をサクにさっとかけた。そして裏返してもう一度さっとかける。そして濡れ布巾で粗熱を取る。


「早く冷やさないと、マグロに余分な熱が加わってしまうからね。でも、氷水で冷やすと水がマグロの中へ入って味を悪くしてしまうんだ」


 次は切り身にも同じことを行う。切り身は熱が芯まで入るから色が変わる。これも濡れ布巾で粗熱を取ると2つとも冷蔵庫で冷やす。


「冷えたら生醤油のたれに漬けて完成だよ」

「スゴイデス……ボイルウォーターヲ使ッテ、ツナニ火ヲ通ストハ。マサニ日本ノ繊細ナ技術ノタマモノデス……」


 ニコールは一気に完食した。あまりの美味しさに食べ終わった後にぼーっとしてしまっている。そんなニコールを見て二徹は思いだした。涙がポロポロと流れていく。それを不思議そうに見つめるニコール。


「不思議デス……ナゼ……ニテツハ涙ヲ流スノデスカ?」

「ニコールさんが美味しそうに食べるとうれしいんだよ。とても幸せな気分になるんだ」

「……ナンダカ……私モ胸ガキュンットナッテシマイマス」


 二徹はそっとニコールの口元に右手を伸ばした。実は口元にご飯が一粒くっついていたのだ。こんなところもウェステリアで夫婦として一緒に暮らしていたニコールと同じだ。


「ニコールさん、まだお腹は大丈夫?」

「モウ少シクライナラ……食ベラレマス」

「じゃあ、このヅケを使って、一貫だけマグロのお寿司を握るよ」

「ニテツ、オ寿司……握レルノデスカ?」

「うん」

 

 ニテツは親父さんの許可をもらうと、ニコールのために寿司を握った。マグロのヅケを使った握りだ。寿司を握る姿は優雅で、そして握られた寿司は宝石のように輝いている。その姿にうっとりとしてしまうニコール。そしてその寿司を口に運ぶ。


「……好キ……コノ握リ寿司ハ、今マデ食ベタ中デ一番デス……ワタシ……胸ガ先程カラ、キュンキュント痛イノデス」

「大丈夫?」


「ハウウウウウウッ……好キ……オ寿司モ好キダケド、アナタヲ好キニナッチャッウカモ……デス」


 この後、二徹はニコールと話を弾ませた。ニコールはイギリス空軍の女性士官で、中国から日本を経由してアメリカ、ニューヨークへ向かう途中だと言う。


「アラ、ニテツモ同ジ飛行機デスカ?」


 二徹も同じくニューヨークへ向かうと聞くと、ニコールはますます笑顔になった。同じくニューヨークへ向かうはずだった部下のシャルロットが中国に残ることになり、隣の席が空いているという。航空会社にリクエストして、隣になるようにしてもらい、一緒にニューヨークへ行くことで話はまとまった。


(ニテツさん、どうやらフラグの1本は折ったみたいだとウブロは申し上げるですよ)


 そう心の中に現在の女神ウブロが二徹に話してきた。第1関門はどうやら、こちらの世界のニコールと出会い、仲良くなることだったらしい。


「ウブロ……この世界にはあと1本フラグがあると言ったよね」

(はい……あと1本あります。しかし、それが何かはわかりません)


「僕はわかるよ。記憶が断片的にあるんだ。これから乗る飛行機はテロリストによって爆破される。ということは、その飛行機に乗らなければいいんじゃない?」


 二徹の発案にウブロは残念そうに否定した。ニコールは絶対に乗るというし、飛行機が爆破されれば、死ななくていい人も大勢死ぬ、それは因果律を狂わせ、結局のところ、二徹とニコールの命を奪うことにつながるというのだ。


「じゃあ、テロリストと対峙しろということなの?」


(そういうことになります。事象としては爆破事件が起こるのが正しいのです。事件が発生した後に、それを阻止することが重要です)


 そうウブロは説明した。警察に言って、この飛行機に乗るテロリストを逮捕してもダメだという。


「だったら、爆破犯が行動を開始したと同時にそれを阻止する。それしかないね」

(はい、それしかないとウブロは確信します)


 これはかなり危険なことだ。間に合わなければ、自分もニコールも死ぬことになる。この世界での死は、ウェステリアでの死につながる。ニコールは戦死し、自分もその後を追って死ぬ運命になる。


(だけど、僕には記憶がある。テロリストの顔、そしてどこで犯行を起こすか)


 犯人は2人組の男だ。髭面の褐色の肌。乗客を見れば間違いなく、断定できる。


 ニコールと一緒に搭乗手続きをしながら、二徹は同じ飛行機の便に乗る客を観察する。あの日本人の新婚夫婦もいる。撃たれて死んでしまうキャビンアテンダントも入口で笑って挨拶をしてくれた。


 そしてテロリストの2人組。二徹とニコールが座る席の2つ前に座っている。ちなみに二徹が座るはずであった席はその列と並行した場所。3列シートの窓側が空席となっている。


 アメリカへのフライトは長時間に及ぶ。機内食を食べ、映画を見て、ニコールととりとめのない話をする。ニューヨークでデートする約束をしたところで、ニコールは毛布をかぶって寝てしまった。


 二徹は心が高ぶって眠ることができない。テロリストの犯行はニューヨーク到着の50分前。この飛行機を乗っ取り、昔のようにどこかに体当たりするつもりなのだ。


(おや?)


 ずっと起きて2人組のテロリストの動向を観察していた二徹は、あることに気づいた。それは健闘も虚しく、爆弾が爆発してみんな死んでしまった過去の出来事と重なる。


 やがて、飛行機は運命の場所へ到達する。機長のアナウンスを聞いて2人組が動き出したのだ。すぐに二徹はニコールを起こす。これは2人組の不審な行動に気がついた日本人の新婚カップルよりも早かった。


「キサマラ……何ヲシテイル!?」


 二徹に教えられ、すぐさま行動に移ったニコールは、プラスチック銃を持つ男の腕を押さえ込んだ。これによって、この銃で撃たれて死ぬキャビンアテンダントは死ぬ運命から逃れることができた。


「コイツラ、爆弾ヲモッテイル!」


 銃を持った男を押さえつけたニコールに呼応し、勇敢な乗客たちも行動を起こした。トランクに爆弾を隠した男を取り押さえる。これで完全に制圧できたと誰もが思った。


(違う……爆弾を持っている奴はそうだけど……起爆装置を持っているのは……)


 ニコールと勇気ある乗客たちが取り押さえた2人組のテロリストの他に、もうひとりいたのだ。その男が起爆装置を作動させようとした瞬間、二徹は鋭い手刀で後頭部位を打撃して、気を失わせた。


 この男は2組より3列後方に座っていたのだ。二徹は騒動が起きた時に、すぐに後方へ視線を移し、騒ぎに紛れて逃げてきたように装い、その男の席より後ろへ移動したのだ。そうとは知らない男は、企みが失敗に終わることを知り、起爆装置を爆破させようと行動に移したのだ。


「ニテツ……後ロニモ仲間ガイタコト……ヨク気ガツキマシタ」


 テロリストを制圧したニコールは、間一髪で大惨事になるところを防いだ二徹をそう褒めた。あの騒ぎの中で冷静に周りに気を配れるのはすごいことだ。


「いや、ちょっと気になっていたんだ」


 2組の男については、記憶があった。女神たちに時間操作能力を与えられて、止めようとした前回はできなかった。それは起爆装置をもった人間が別にいたからだ。


 空港での観察によって、そのカラクリがわかった。テロリストは3人組。一人は別行動をしていたのだ。用心深く他人を装っていたが、搭乗間際のトイレの入口で一瞬だけ言葉を交わした場面を二徹は目撃したのだ。


(この違和感……)


 違和感を分析し、想像を働かせるとある結論に達した。テロリストは3人で一人は別行動を取ることで、緊急事態の時に対処するという作戦だったのだ。


 その目論見は二徹の機転で潰すことができた。旅客機のハイジャックは失敗し、到着したニューヨークでニコールと二徹はヒーローになった。


「ウブロは、ニテツさんが見事に運命を変えたと報告します。この世界の2本のフラグは修正され、分岐点はひとつに修正されました。これが本来の時間の流れなのです」


 二徹はいつの間にか体がふわりと空中に浮かび、テレビの取材を受けている自分とニコールの姿を見ていることに気がついた。


「これは……」

「あなたの魂が分離したのですとウブロは答えます。あちらの二徹さんは、あのイギリス空軍士官のニコールさんと運命的な出会いをして生きていくことになります」


 ウブロの話とともに目の前の光景の時間が進んでいく。ニューヨークでデートする二徹とニコール。ロンドンでの再会。プロポーズ。東京で結婚式。ニコールをお姫様抱っこしたこちらの世界の嬉しそうな自分を見て、二徹の目からはまた涙が流れていく。


(ニコちゃん……)

「これで時間軸の大幅な修正は終わりましたとウブロは伝えます」

「……ということは、ニコちゃんは死なない運命になったということ?」


「……それは違います。大元の宿命は変えることができました。しかし、人の運命は様々なことが複雑に絡み合い、その結果として構成されるのです……」


 いつの間にか二徹はあの村はずれの教会に戻ってきたことに気づいた。冷たくなったニコールの手を握っている。言葉の主は未来を司るルクルト。その後ろには過去を司る女神ブライトリングが立っている。


「ニテツさん、このニコールさんが戦死してしまう宿命は、この世界で修正するしかありません。大元の宿命が修正されたのですから、それは可能となりましたがこの運命を変えるには3つのフラグがあります。それを一つ一つ修正するのです」


「ルクルトさん、修正するにもニコちゃんはこの通り、目を覚まさない。ここからどうしろというのですか?」


 運命を変えようにもニコールが戦死した今はどうしようもない。絶望に打ちしがれる二徹の肩にそっと手を置いたのは、ブライトリング。


「ここで私の能力を使います。この世界の時間軸を少し戻します。少しだけですから、大きな変化は起きないはずです。あとはあなたの行動しだいです」


 ブライトリングが祈ると、二徹は目の前の光景がどんどん過去に戻っていくかのように感じた。フラッシュバックで過去の場面が写真のように目に浮かぶのだ。これはブライトリングの能力である、時間の巻き戻しである。


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