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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
最終章 嫁ごはん レシピ00 カキフライとマグロのヅケ丼
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魅惑のカキフライと女神解放

「なんだ、お前らまた来たのか?」

 

 二徹は2人の女神と称する美少女と一緒に、スパニアの貴族の屋敷へと来ている。屋敷は古ぼけていて、ところどころ傷んでいるところも多く、内戦が終わったばかりのスパニアの状況が垣間見えた。

 

 ジュローデル伯爵は60歳を超える老人。家督は長男に託して、今は隠居生活を静かに送っている。そのせいか、つっけんどんなものの言い草であるが、2人の美少女の来訪を楽しみにしていたような感じを二徹は受けていた。

 

 なぜなら、玄関まで出迎えたばかりか、自ら3人を案内して客間まで通したからだ。二徹が肩に担いでいる木箱を興味津々に見ている。

 

 この箱にはスパニア特産の牡蠣が殻ごと入っている。今朝、水揚げされたばかりの新鮮な牡蠣だ。それが氷に埋められて鮮度を保っている。


「わしが満足する牡蠣料理を作れたら、妻の形見の時計を譲るという約束だったが、果たして満足いくものを作れるのやら……。今日は助っ人を連れてきたようだが」


 そう言ってジュローデル伯爵は二徹を見る。白く長い眉毛がぴくりと動き、細い目を精一杯開けている。それは今日の料理に期待しているようであり、この老人は内心、かまって欲しいだけなのかなと二徹は思った。


(となると……時間はかかっても最終的には時計を譲ってくれるのかもしれない)


 そう思わんでもなかったが、ウブロたちが言うには早くしないと封印された女神は時計と同化してしまい、助けることができなくなってしまうとのこと。本日のチャレンジでこの老人を納得させるしかない。


「こちらはニテツ・オーガストさんです。ウェステリア王国の王宮料理アカデミーの料理人さんです」

「先のマスウード条約の会議で各国の代表団をもてなす料理を作っていた方ですよ」


 ウブロとルクルトがそう説明するから、若干、ハードルが上がってしまったが、この老貴族の好奇心は十分にあげることに成功したようだ。


「ほう……では、今日はウェステリアの最高の料理が期待できるな」

「いえ、僕は手伝いをしていただけですから……」


 そう二徹は答えた。これは本当のことで、毎日の晩餐会、立食パーティの料理は、ほぼレイジを中心とした料理人たちで行っており、二徹はたまに料理のアドバイスをしたに過ぎない。この国に来ての二徹の主な仕事はニコールの世話かもしれない。


「で、究極の牡蠣料理を作るということだが」

「はい。今日はカキフライを食べてもらおうと思います」

「カ……カキフライだと!」


 老伯爵は完全に嫌そうな顔をした。その料理は既にウブロたちが試しており、あまり美味しくなかったから当然である。


「カキフライは上手に作るとたまらなく美味しいですよ」

「たかが、油で揚げただけだろう?」

「まあ、楽しみにしていてください……。ウブロ、ルクルト、手伝ってもらおうかな」


 そう言うと二徹は台所を借りるとさっそくカキフライ作りに取り掛かった。まずは牡蠣の身を取り出す。氷で冷やされた牡蠣は新鮮そのもの。


 身は大きくてプリプリ。かなりいい状態である。ちなみにスーパーで売っている牡蠣は、生食用と加熱用があるが、その違いは鮮度ではない。生食用は沖合の清浄な海域で採れた牡蠣を紫外線殺菌されたもの。


 加熱用は栄養たっぷりの海域で育ち、滅菌は滅菌海水で洗浄しただけのものだ。加熱するからこの程度の殺菌でよしとする。それゆえ、牡蠣本来の味が保たれ、生食用よりはるかに味が濃い。カキフライなら、加熱用を使うべきだ。


 今回は殻ごと買ってきた牡蠣だが、ものとしては加熱用。味ならスパニアの栄養たっぷりの海で育ったものだから、かなり期待できる。


「まずは牡蠣をよく洗うんだ。ここが重要だよ」

「それはウブロたちもよく洗ったよ。ね、姉さん」

「それは常識ですよね?」


 2人の自称女神たちはそう主張した。真水で丁寧に洗ったようだ。


「うん。だけど、プロは普通には洗わないよ。牡蠣の苦味やえぐみを取るには工夫がいるんだよ」

「工夫?」

「うん。大根おろしで洗ったり、塩で洗ったりするんだけど、今日は塩洗いをするよ」


 そういって二徹はザルに上げた牡蠣に塩を振った。そして揺するだけ。それだけで、牡蠣の汚れやぬめりがごっそりと取れる。ザルの下に溜まった汚れを見てウブロとルクルトは驚いた。


「うあっ……こんなに汚れていたなんて……ルクルト姉さん、前回、作った時を考えるとびっくりです」

「私たちはなんというものを食べさせてしまったのでしょう」


「君たちも真水で丁寧に洗ったと思うけど、それだけじゃ十分じゃない。それに塩のおかげで余分な水分が牡蠣の身から抜けて味が濃くなるんだよ」


「なるほど……さすがニテツさん、ウブロはびっくりです」

「何事もプロの技というものがあるのですね」

 

 二徹は塩の効果で牡蠣の汚れを取り去ると、流水で丁寧にひだの部分を洗う。但し、ここは手早くだ。あまり時間をかけると牡蠣の旨みまで水に溶け出してしまう。


「洗ったら、水分を布巾で取る。そこの布巾の上に並べて」


 二徹はそう言って、二人の女神に指示する。現代ならキッチンペーパーの出番だが、この世界ではそんな便利なものはない。よって吸水性のよい布で代用する。


「次は衣を付ける。衣は強力粉デ・フラウがいいね」


 衣にする小麦粉は薄力粉でもよいが、二徹は牡蠣を2つ合わせて揚げる方法を取っている。カキフライは大きい方が食べごたえがあるから、大きい身を使うがそれを交互に2つ合わせるのだ。これは食べごたえがある。


 2つ重ねるためには強力なグルテンがある強力粉がいいし、粉がサラサラで衣が薄くつくのがよいのだ。


「卵液は白身のコシをしっかり切っておくこと。ここもポイントだね。そうしないとパン粉(ブレドこ)がうまくつかないんだ」


 今回のパン粉(ブレドこ)は生パン粉を使ったが、これは食感の変化に関わってくる。生パン粉を使うとサクサクした食感。乾燥したパン粉だとカリッと上がる。さらに乾燥パン粉を細かくしたものを使うとクリスピーな感じになる。


「今日は大ぶりのカキだから、中身はジューシー。だから、外側はサクサクの方がうまいと思うんだ」


 その話を聞いた2人の女神は思わず、口の中にたまった唾液を飲み込んだ。想像するだけで美味しそうだ。それに想像どころか、3分後には絵としてその美味しい食感が脳にインプットされることになる。


「揚げる温度は175度。これで2分。残り20秒はもう少し高温の油で揚げるんだ」


 そう言うと、二徹は菜箸を入れて温度を確かめる。温度計はないが箸にまとわりつく気泡の様子で温度が分かるのだ。


「よし」


 二徹はカキを鍋に入れる。細かい泡がジュワッとカキを包み込む。鍋に入れる量は加減が必要だ。たくさん入れすぎると油の温度が下がって、ベチャベチャになってしまうからだ。


 やがて音がジュワッからバシバシと変わる。ここでカキをひっくり返す。これはまんべんなく温度を行き渡らせるためである。


「わっ……だいぶ色づいてきましたね。ルクルト姉さん」

「そうだわね。音も変わってきた」


 ルクルトはバシバシという音からピチピチという乾いた音になったことに気づいた。ここから仕上げに入る。


「もう少し温度が高い油の鍋に移すよ」


 二徹は素早く隣の高音の油鍋に移す。カキはバチバチという音を立てて、香ばしさを増していく。これで20秒。後は油から上げて余熱で火を通すのだ。


「これで完成だよ」


 もう見ただけで美味しいというカキフライの出来上がりだ。これにレモンを添えて伯爵へ出す。



「うっ……なんだ、これは……これがカキフライか!」


 ダイニングテーブルで料理を待っていたジュローデル伯爵は一目見て、もうテンションが高くなった。同じカキフライを以前見たが、見た目でこうも違うのかと感心したようだ。


「まずは、レモン(モレン)を絞って、その果汁でどうぞ」

「こ、これか……」


 滴り落ちる果汁。それは揚げたての衣に落ちると、ジュワッと染み込んでいく。


「う……これはたまらん」


 もうその光景だけで味覚が活性化する。ジュローデル伯爵は熱々のカキフライをフォークで突き刺した。ナイフで切ろうと最初は考えたが、パンパンに揚げられた衣内に濃厚なカキエキスがあることを察知したのだ。


 こういう時は一気に口に放り込む。そして噛む。溢れ出すカキのスープ。


「ぐおおおおおおおおっ~」


 恍惚となる老伯爵。


「な、なんたる味……これはスパニアの海……海そのものだ……な、なんという美味さだ。揚げたての香ばしさにカキの風味、そして濃厚なスープ。大ぶりのカキが2つ重なり、食べごたえも十分。そして油のくどさもレモン(モレン)の汁でさっぱりと……」


「伯爵様、これもお試しください」


 二徹は小皿を取り出した。それはタルタルソース。卵とマヨネーズと香菜で作った二徹特製ニテツスペシャルである。


「うあああああっ……このソースはなんだ。まろやかでコクがあって、それでいてカキの美味さを包み込む……た、たまらん……」


 もう老伯爵は無我夢中で食べる。満足どころではない。もはや、あまりの美味しさに狂喜してしまったようだ。


 そして全てを食べ終わったとき、老伯爵はしばらく放心状態となり、やがてゆっくりとナプキンで口を拭うと二徹と2人の少女に向き直った。


「うまかった……」

「やったあ……」

「これでブライトリング姉さんも……」


 両手をつないで喜ぶ女神。この2人、自分たちの祖母の形見がこの時計でそれを譲り受けたいと老伯爵に話していたのだ。伯爵は頷き、約束通り、妻の形見という時計を2人に渡した。それは銀でできた懐中時計であった。


「私の妻はカキ料理が好きだった。しかし、病気で死んでしまった。こんな美味しいカキフライが食べられず、あの世で後悔しているだろう」


 昔を懐かしむようにジュローデル伯爵の目は遠くを見る目になる。だが、そこに悲しみはない。妻に代わって少しでも長生きするという決意が現れていた。


「二徹くんと言ったな」

「はい」


「うちの料理人にこの料理のレシピを教えてくれないか。これからわしが死ぬまで、妻の命日には、このカキフライを食べようと思うのだ」


「それは光栄です」


 二徹はこの老伯爵と夫人が結婚以来、愛し合って長い人生を生きてきたのだと思うと心がジーンとなった。自分も妻のニコールとそんな人生を歩みたいと強く思ったのであった。


「さあ、ブライトリング姉さん……呪縛から解放されるのです」

「ウブロは大神様より、お許しが出たと伝えます。ブライトリング姉さん……お疲れ様でした」

 

 2人の女神が銀時計に祈ると、やがて時計は光輝き、中から光に包まれた少女が形作られた。やがて光が収まると髪の長い2人によく似た女性が姿を現した。

 

ルクルトが白いマントを着せて抱き抱える。ウブロは涙を流している。


 二徹は改めて、この2人が時の女神であると実感した。一番下の妹がウブロ。現在を司る神。2番目がルクルト。未来を司る神。


 そして、今回、時計に幽閉されていた長女が過去を司る神ブライトリングである。長く封じられたこの長女は、ぐったりとしていたがやがて目をゆっくりと開けた。


「こ、ここは……」

「封じられた時計が存在した世界です。ブライトリング姉さま……」

「ウブロはずっとブライトリング姉さまと会いたかったです」

「ルクルト……ウブロ……私は許されたのですね……」

「はい、姉さま」


 2人は解放の条件をこの姉に伝えた。それは自分たちがうっかりと付与してしまった時間操作能力を受け継ぐ人間を、無数にあるパラレルワールドから探し出し、それを回収すること。そしてその世界にあるブライトリングを封印したアイテムを探しだすことである。


「そんな難しいことをよく成し遂げました……二人とも感謝します」

「姉さま……私たちの代わりに罰を受けてくださり、ありがとうございました。姉さまの苦労に比べれば、ウブロの苦労なんて……ううう……」


 一番下の妹ウブロはそう言うと、愛しの姉の胸の中で泣き始めた。そんなウブロの髪を撫でながら、過去を司る神ブライトリングは、二徹に顔を向けた。


「ニテツさん……この度はありがとうございました。この借りはちゃんとお返しします」

「お返しなんて……」


 二徹はブライトリング救出のためにもっていたチート能力を失ってしまったが、それはどうでも良いことであった。これからは超人的な働きはできなくなったが、人間の力だけでやっていくだけである。


「あなたにはこれから……いえ……未来を占うことは禁じ手です。しかし、これから起こる出来事は、過去の出来事に連なる、起きてはいけないことなのです。そのために過去を司る私の力は役立つでしょう。ニテツ様……その時には私たち3姉妹は助けとなりましょう」


 そう言うと3人の女神は光と共に消えていった。


 あとに残ったのは二徹だけとなった。



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