裏の顔
幕間にしては長いビアンカ様編。本日の夜投稿で完結?ほぼ外伝やん。伏線回収ですからご容赦を。
城に戻ったビアンカは、さる吉が無傷であったと聞いて安堵した。賢いビアンカは途中から、さる吉の態度に疑問を感じてはいたが、彼が演技するなら合わせようと少し大げさに振舞ってしまったことを後悔していた。
もちろん、帰ってから主人を心配させた罪で、ケリを一発お見舞いしている。
(全く、さる吉は弱いくせに準備だけは抜かりがないのですから……。まさか、強靭な鎖帷子を着込んでいるなんて……)
(でも、弱い男があのタイミングで私をかばえるのでしょうか……むむむ……)
ここでようやくビアンカはさる吉が只者ではないことに気づいた。知らなかったとはいえ、自分はもしかしたら、とんでもない人物を下僕にしていたのかもしれないと思ったのだ。
(考えてみれば、これまでもさる吉の行動は怪しかったですわ。あのムカデのような刺青も不気味ですし……まあ、それとなく情報を集めておきましょう。まあ、さる吉の正体がなんであれ、さる吉はさる吉なのですから)
さすが大人物というか、お気楽というか、将来の王妃を自称するビアンカは、そんなことでは悩まない。そして、お茶を飲んでくつろいでいたビアンカの元に来客がやって来た。先ほど別れたエルンスト少年である。
「あら、何か忘れものでしょうか?」
ビアンカはわざと話をそらした。エルンストがここへやって来た理由がなんとなく分かったからだ。
「ビアンカ……その……あの銃撃を受けた時のことだが……」
「ああ、あれですか。エルンスト様もまだお子様。亡くなったお母様のことが忘れられないのです。気になさることはありませんわ」
「バ、馬鹿なことを言うな……お子様とはなんだ。余は子どもではない!」
「あら、そうなんですか?」
エルンスト少年は、銃撃された時に昔の記憶がフラッシュバックしてしまったことについて、口止めしに来たのだろうとビアンカは考えた。
彼は3年前の12歳の時に母親を暗殺で亡くしている。母親はエルンストを銃撃から守って亡くなったと聞いていたからだ。
「ち、違うのだ……。余は母を失ったことはもう乗り越えている。だが、あんな言葉を口にしたのは今まで一度もない」
「そうですか……。よかったですね。私はママのおっぱいが忘れられないマザコン坊やだったのかと思いました」
「お、おっぱいだと!」
「はい。私のおっぱいとお母様のおっぱい、どちらがよかったですか?」
「ば、馬鹿なことを聞くなビアンカ!」
「失礼、私のこれも結構なものなので、エルンスト様のお母様に対抗できると思ったもので……」
とぼけるビアンカにエルンストは顔を真っ赤にしていたが、3秒後にはククク……と笑った。自分の触れられたくない醜態を軽く受け流すビアンカの態度に好感を覚えたようだ。
「余があのようなことを口走ったのは、どうやら君が原因のようだ」
「私がですか?」
「その……君の胸は……ちょうど、母上みたいに大きくて柔らかかったので……あのパフパフで焦っただけで……な、何を言っているのだ、余は!」
「エルンスト様は、最初にお会いした時はエロガキだと思いましたが、やっぱり、本質はお変わりありませんわね。まあ、仕方がありません。世の殿方は私のセクシーボディに釘付けですから、経験値0のエルンスト様には刺激が強すぎたのかもしれません」
「ば、バカにするな、ビアンカ!」
「バカになんかしていませんわ。男の子はみんな通る道ですから……」
「お、お、女の体なんかに興味はない」
「あら、そうなんですか。エルンスト様くらいの年の男の子は女の子の体に興味津々と聞きますが?」
「一体、誰から聞いたのだ。みんながみんなそういうのではない。余は……余はビアンカに興味があるだけなのだ!」
そこまで言ってエルンスト少年はまた顔が真っ赤になってしまった。(あらあら……)ビアンカはまるでお姉さんになったかのような気分になってきた。ダメな弟を見守る気分だ。
「ビアンカ、君は王妃になるのが夢だと聞いたが?」
「はい。私は王妃になるべくして生まれたと思っております」
「……いつもながら、大した自信だな。で、聞くがそれはやはり、ウェステリア王妃か?」
「さあ……それが一番近い道だったのですが……」
そこまで口に出してビアンカは口をつぐんだ。ウェステリア王妃になるという夢はなんとなく遠くなった気がしたのだ。それは自分が副大使として、このスパニアへ派遣になったことを冷静に考えると確信に近いものへと変わりつつあった。
(私が思うに……ウェステリア国王陛下は……)
ビアンカの沈黙にエルンスト少年は視線を左斜め上に移し、それでも適度にチラチラとビアンカを見て話を続ける。
「確かにウェステリア王はビアンカより年上だし、できる男だし、会ったことはないが、なかなかの美丈夫だと聞く。だが、余だってあと5年もすれば……」
「はあ?」
「なんでもない。何でもないが、明日の条約締結。余は立派に職務を果たす。そして、このスパニアを平和にするつもりだ」
「それは頑張ってください。私も明日でお役目は終わり。責任を果たすことができて、嬉しいですわ」
「そ、そうか……」
エルンストはそう言葉を濁した。なんだか微妙な空気が流れていく。エルンストは小さく首を振るとそっとビアンカに近づいた。
「それではおやすみなさい」
ビアンカの手を取ると身をかがめ、儀礼的に接吻をして退出していった。
「さる吉、そこにいるのでしょう?」
エルンストが退出するとビアンカはカーテンの影に声をかけた。実は話している最中に窓からこっそり侵入した二千足の死神の姿を見ていたのだ。
「ハ……ヨク気ヅイタナ……」
「気づきます。護衛の位置が分からないでVIPは務まりませんわ」
「アノ色ガキ……ドウヤラ、オ嬢ニ惚レタヨウデ……」
「さる吉、失礼ですよ。あの子は明日にこのスパニア王国の王になるのです。私のような外国人の下級貴族令嬢は近寄れない方になるのです」
「ソウイウモノカ……」
「そういうものです。それはともかく、あなたもいろいろと隠していることがあるのでしょうけど、我がウェステリア王にせよ、あなたにせよ、男ってどうして裏の顔があるのでしょうね!」
「ウ……裏ノ顔デスト……」
「これだから、男は信用が置けないのです。まあ、いいでしょう。私の役に立つならそれも許容しましょう。馬鹿な男を操縦するのも一興ですから」
(オ嬢……マサカ……我ノ正体ニ気ヅイテイルノカ……イヤ、ソレハナイ。ソウダトシタラ、我ハ即効デクビノハズダガ……)
首をかしげる二千足の死神。天然なのか、そのキャラ付け自身も戦略的演技なのか、暗殺のプロである死神にも分からない。ビアンカの胸の内を読むことは難しいのである。




