二千足の死神死す!?
「おい、チャンスだ。エルンストが護衛もなしで町にいるなんて、信じられない」
内戦が終わったとはいえ、スパニアにはまだ武装勢力に属する人間はたくさんいる。治安維持の点では、まだしっかりと安全が守られていない。
特にスパニアの次期指導者のエルンストは、弱体化した反体制派からすると、消したい人間のナンバー1であった。
さらにウェステリア王国の副大使であるビアンカは、条約締結に向けて争うフランドル陣営からすると、厄介な人物であった。公の場では発言しないビアンカであるが、彼女が会議後のパーティで立ち回り、ウェステリア陣営の有利なように根回ししていることは、誰もが知ることであった。ビアンカの功績は目立たないが、たいへん大きなものであったのだ。
よって、この2人の命を狙う人間は少なくない。だが、さすがに大掛かりな暗殺計画を立てるのは不可能であった。護衛任務を引き受けたニコールが1000名の兵士をうまく使い、完璧な防御体制を取っていたからだ。
暗殺を試みるとしたら、油断に乗じて単独犯での決行となる。そして、このスパニアには蛇の穴という暗殺者の養成機関があり、金さえ積めば、暗殺を受け負う手練がたくさんいた。
今も多額のお金で雇われた2名の暗殺者が、屋台に並ぶ客に紛れ込んでいた。見た目も一般市民に溶け込んでいる。一人はナイフの使い手であり、一人は2丁銃の使い手であった。
(あれは……)
最初に異変に気がついたのは二徹であった。一般人の中にどす黒い気配を直感したのだ。たくさんの人の中に少し怪しい人物を発見する。その人物はマントを羽織り、右手がそのマントに隠されて出ていないのだ。
二徹は周りの兵士に目配せをして、警戒をするよう合図を送ったが、それと同時にその暗殺者はエルンスト少年とビアンカめがけて走り出した。
(まずい!)
間に合わないと思った二徹は、久しぶりに能力を開放した。時間を止める能力である。そして加速してそのナイフ男をぶっ飛ばした。
時が動き出した時には、大きなナイフを持った男が逆立ちをした格好で気絶している。すぐさま、護衛の兵士が取り押さえる。
「ニテツさん!」
ビアンカが叫び声を上げた。二徹が振り返る。至近距離でビアンカとエルンスト少年に向かって両手に持った銃を撃ち放つ男が目に入った。
(しまった、もう一人いたのか!)
エルンスト少年をかばうように覆いかぶさるビアンカ。そこへ放たれた2つの弾丸。
(間に合わない!)
再び時間操作をしようとした二徹であったが、その試みは失敗した。弾は2発とも間に合わず、着弾してしまったのだ。二徹の加速付きのパンチは、銃を打った男をぶっ飛ばしたが、攻撃は防げなかった。
(ママ……ママ怖いよ~。死にたくない……死にたくないよ……)
(大丈夫よ、エルンスト……ママが守ってあげる……)
(でも、それじゃ、ママが、ママが死んじゃうよ……)
(ママはね……あなたが生きてくれるなら、命は惜しくはないわ……)
(ママ……ママ……)
「ママ……死んじゃダメ……」
エルンスト少年は目を開けた。目の前にはビアンカの豊かな胸。ぐいぐいと押し付けられて息ができない。
(うっ……苦しい)
「大丈夫……大丈夫だよ」
ビアンカにギュッとされて、エルンスト少年は落ち着いた。一時的にパニックになり、昔の体験がフラッシュバックしたことを自覚したのであった。
(ビアンカに聞かれた……?)
(いや、余をかばって、ビアンカが……撃たれた……ママみたいに)
「ビアンカ、ビアンカ、大丈夫か……」
「あ……はい……エルンスト様……痛くはありません」
ビアンカは覆いかぶさった少年から体を離した。背中を弾丸が貫いてもおかしくはない状況であった。だが、自分にはあたっていない。ゆっくりと振り返った時、信じられない光景を見た。
「さ、さる吉……どうして……あなたが……」
ビアンカとエルンスト少年を守るように両手を広げて立っている小男がいる。二千足の死神であった。ビアンカの命令で今日の護衛任務から外された死神であったが、心配で一般人に紛れ込んで密かに見守っていたのだ。
ばたりと後ろ向きに倒れる二千足の死神。ビアンカは泣きながら、二千足の死神を抱き起こした。
「さる吉、死んではなりません……これは命令です。主君を残して死ぬなんて、不忠です。絶対に許しません!」
ビアンカの悲痛な叫びに周りの人々もうなだれる。いつの間にか、人々や護衛の兵士が周りを囲んでいる。誰もが主君を守った勇敢な護衛の死を悼んでいる。
「オ……嬢……心配シナイデクレ……」
二千足の死神はそう苦しい息の中で必死にそう答えた。銃弾の着弾の衝撃で声がうまく出せないのだ。
「ダメです~。さる吉、死んではダメ~」
「ダカラ……死ンデハイナイ……」
二千足の死神はプロの暗殺者だ。近接戦闘はもとより、銃を使った遠距離戦闘もこなす。当然、銃に対する防御もぬかりはなかった。体に幾重にも巻きつけた鎖が銃弾を受け止めたのだ。幸い、撃った銃は旧式で威力は弱く、弾丸は柔らかい鉛玉だったので鎖でできた防護服が貫通を許さなかった。
しかし、その衝撃は少なからずのダメージを体に与えた。よって、不覚にも後ろへ倒れてしまった。ショックで声がうまく出ず、まるで死んでしまうかのような誤解を与えることにもなってしまった。
あえて書こう。二千足の死神は無傷であった。無傷であったが、ビアンカの様子と周りのすすり泣きによって、死神は窮地に追い込まれた。
(オイオイ……コノ状況デハ……ナントモナイト言エナイデハナイカ……)
それは二千足の死神にも恥ずかしいことであったが、勘違いしたビアンカも恥ずかしい思いをする。主君にそんな思いをさせるわけにはいかない。
(シ……仕方ガナイ……)
二千足の死神が取った行動。気絶したフリ……。
プロの暗殺者が情けない演技をする羽目になった。
あ~死ぬわけがないか……。どこまでもコメディ役者にならねばならない運命。ある意味、贖罪か?




