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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第4話 嫁ごはん レシピ4 サルサバーガーとツナサンドウィッチ
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ベッカ・ベーカリー

 ベッカの店は二徹がお気に入りの町の小さなパン屋(ブレド屋)である。いつも焼きたてで美味しいので、オーガスト家ではここのパンを購入している。店主のベッカは、30前半の人間族の女性で未亡人。パン職人だった夫を亡くし、小さな子供を二人育てながらも、夫から受け継いだパン屋を切り盛りしていた。二徹はメイを連れてこのパン屋の扉を開けた。

 

 朝早くから仕込みをして、次々と焼きたてパンを釜から出しているベッカは、店に入ってきた二徹を見て作業を中断した。額から流れる汗をタオルで抑える。


「いらっしゃい、二徹さん!」

「おはようございます、ベッカさん」

「おや、今日は随分と可愛らしい子と一緒ですね」

 

 ベッカは二徹の後ろからひょっこりと顔を出したメイに気づいた。メイはぺこりと頭を下げた。パンの焼ける香ばしい匂いが小さな店いっぱいに広がっている。店はパンを作る職人のベッカと助手、店で販売する店員の計3名の従業員で回しているのだ。二徹は初対面のメイをベッカに紹介する。


「うちで雇ったメイドのメイです。僕の助手も兼ねているので、今日のイベントを手伝ってもらおうと思って連れてきたんです」

「メイです。初めまして」

「へえ、犬族の娘さん? まだ小さいのに大変ね。今日はありがとう」


 ベッカは肩で切り揃えられたショートの髪を三角巾で覆い、割烹着姿の笑顔を二徹たちに見せた。未亡人といってもまだ若く、この元気な笑顔に惹かれて店にやってくる常連客も多い。


「メイ、こちらはこの店のオーナーのベッカさんだ。ベッカさんは、これでもブレド(パン)作りの名人でね。亡きご主人からブレドの作り方を学んで、とても美味しいブレド(パン)を作る腕のよい職人なんだ」

「あらあ、二徹さん、褒めるの上手ね」

「いえ、事実ですから」


 正直、ベッカのパンは美味しい。少なくともこの都の5本の指に入る味だと二徹は思っている。まず、使っている小麦が厳選されている。北方から取り寄せている『豊穣』という品種の小麦ミ・フラウだ。大粒で甘味と麦特有の香りが強い小麦だ。ごく少量しか栽培されていないので、なかなか手に入らない。ベッカがこの小麦を使えるのは、粉を卸している小麦問屋が、ベッカのなくなった夫の父親の代からの関係だからということだ。

 

 また、パン作りの工程も教えられた通りに真面目にやっているので、老舗の味を守り続けている。だが、パンはこの世界の主食だけにパン屋も多い。ベッカが夫から引き継いだパン屋は街の中心にあるものの、店舗が小さく、最近になって次々とできたパン屋との競争で売上げが落ちていた。


 ベッカのパン屋はいい小麦を使っているので、どうしても値段が高くなる。ライバル店は安い小麦で、人を雇って大量に作り、薄利多売で勝負をしてきているからだ。このままでは、ベッカのパン屋は潰れてしまう。美味しいパン屋が潰れてしまうのはもったいないと、二徹が売上げが伸びる方法をアドバイスしたのだ。


「それで、ベッカさん、準備はできてます?」

「ええ。二徹さんの言われた通りにしましたけど、これで本当に売れるのでしょうか?」

「まあ、僕に任せてよ。このブレド(パン)を作るように助言したのは僕だからね」


 そう言って二徹は店の棚に並べられた丸いバンズに目をやった。この世界によくあるパンのように見えるが、食感から味が全く異なるパンである。二徹はベッカの焼いたパンをバスケットに入れるようにメイに指示した。


「二徹様、このブレド(パン)、すごく軟らかいです」


 メイがトングで並べられた一つを挟んだ。トングに力をいれるとめり込んで潰れる。トングを緩めると形状が元に戻る。軟らかくて弾力を備えているのだ。


 この世界のパンは、ハードパンが主流だ。ハードパン、いわゆるバゲットやカンパーニュといったパンは小麦粉とイースト、水だけで作るパンだ。パリパリした食感を出すには、ゆっくりと発酵させ、高温で一気に焼き上げる。もちろん、他にもいろんなポイントはあるが、小麦本来の味が分かるパンである。主食としていろんなおかずと合わせるには、ちょうどよいのである。

 

 これに対してソフトパンと呼ばれる『食パン』は、小麦の他に砂糖や牛乳、バターが入っている。発酵も高温で行うために食感がふわふわになる。二徹はかつて各地を旅していた時に、とある小さなパン屋でレシピを教えてもらったことがあった。この異世界でもトーストが食べたくなった二徹は、行きつけのベッカの店に作ってもらったのだ。


 作ってもらったのは『食パン』に『バンズ』。食感がふわふわで美味しい。ところが、売れ行きの方は二徹が思ったようにはいかず、今のところ、お客は微増にとどまっていた。食べてもらえばやみつきになるのだが、やはり習慣というものは覆せない。食事に合うパンかというと、やわらかくてほのかに甘いパンは今ひとつこの世界の住人には受け入れられなかったのだ。


「こういうブレド(パン)は、まずは食材として使うしかないです。まだおやつとして食べる習慣がないですからね」


 そういうと二徹はベッカから、箱に入った材料を受け取る。それは牛肉のミンチをこねて作ったハンバーグである。この世界にもひき肉を使った料理はある。主に肉団子にして、スープに入れたり、油で揚げてからソースをからめたりして食べる。だが、不思議と二徹が指定したような丸い形に薄く伸ばしたものはない。


「二徹様、一体、何を作るんですか?」

「ふふん……。ハンバーガーだよ」

「ハ、ハンバーガー?」


 この世界で初めて作るものである。よって、命名権は二徹のものだ。ベッカのパン屋(ブレド屋)の店先にテントを立てて、炭焼きコンロを設置する。ここでハンバーガーを作ってソフトパンを宣伝しようという作戦なのだ。一度食べれば病みつきになり、またベッカのパン屋で買うしかなくなる。売上げが伸びれば、ベッカのパン屋も潰れないであろう。


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