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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第20話 嫁ごはん レシピ20 ふわふわ卵の親子丼とハムカツコッペ
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勝負の親子丼

「ふん……なんだ、拍子抜けだな。どんな手の込んだご馳走かと思えば、仕込みがしてあったとはいえ、調理に15分もかかっていないではないか。しかも、見たところ、卵と鶏肉のみ。こんなものがうまいわけがない……」

「お父様、食べてみてくださいよ。お兄さんがお父様のために作ったものですよ」


 一目見て不満を口にしたアドニスであったが、愛娘に言われて渋々と口に運んだ。口に入れた瞬間、不満がにじみ出た顔が一瞬で吹き飛んだ。


「ぐあああああああっ……なんだ、なんだ、これは!」


 スプーンでグイグイとかき込む。彼は猫仮面1号でもある。大食い戦士にこの料理はあまりにもクリティカルであった。


「卵白は少し弾力があり、黄身は半熟状態。それがふわふわ、トロトロ……。鶏肉との絡みが絶妙。それにどんどんと口に放り込まねばならなくなるこの体に染み込む味……これは……!?」


 アドニス大佐が我に気がつくと丼は空になっていた。


 ニコラスはすぐに2杯目を差し出す。


「うむ……これは卵の煮方もポイントだが、一番はこの味だな。なにやら、スープで煮たようだが、それはどうやって作ったのだ……」


 2杯目を食べつつ、アドニス大佐はそうニコラスに聞く。ニコラスは答えた。もちろん、二徹から聞いたことの受け売りだ。


「これはこの昆布というものとカツオブシという魚を干して加工したものから出る出汁スープです。作り方は……」


 ニコラスは細かく説明する。二徹が用意した出汁昆布の白い粉をさっと洗い流し、水につけて16時間氷温庫に入れる。時間は昆布の状態で違ってくるので、味見をしながら加減する。このベースが全ての味を決めるから最も重要な作業なのだ。


「十分、味を引き出したところでこれを温めます。沸騰する前にかつお節を削ったものを沈めます。そしてアクを取る……。15秒ほどでかつお節を引き上げるのです」


「たった15秒でいいのか?」


 驚くアドニス大佐。良い味を得るためなら、普通はじっくり煮出すものだ。


「長く煮ると苦くなるそうです。こうやって作った出汁をベースにしてこの料理は作られています。どうですか、3杯目……いきますか?」


 いつの間にか2杯目も空になっているのを見て、そうニコラスは進めたが、アドニス大佐は首を振った。大粒の涙がポロポロと出ている。


「ど、どうしました?」

「うううう……わしは……うっ……悔しいのだ」


「悔しい?」

「この料理の名前を聞こう……」


 アドニス大佐はそうニコラスに聞いた。この勝負は単なる味勝負ではない。心をいかに動かすかという単純ではない結果を求められている。今の大佐の様子を見れば、その条件もクリアしそうだ。


「親子丼というそうですよ」

「おやこ……丼……そうか。鶏肉に卵……まさに親子丼だ。それを上手に合わせているのが出汁というわけか……」

「はい。僕は目立たたないけれど、こういう出汁の役割を果たしたいのです」

「……なるほど。わしら親子をうまく表現した料理だ……」


 そこまで言ってアドニスは咳払いを一つした。もう結果は出ていたようだ。ニコラスは改めてアドニスに向かって頭を下げた。


「お嬢さんを僕にください」


 アドニスは立ち上がり、ニコラスの手を取った。


「婿殿……頭を上げてくだされ。今までの非礼をお詫びする。こちらこそ、娘をよろしくお願いします」

「お義父さん!」

「婿殿!」


 がっしりと抱き合う2人。


「もうすっかり仲良しさんですね」

「ああ……私はこうなることは予想していたが……」


 ニコラスとアドニス大佐の様子を見ていた、ニコールとシャルロット。シャルロットはニヤニヤしており、ニコールは複雑な心境だ。


「これでわたしとお兄さんの結婚はほぼ決まりということですよね」

「……そういうことになるな……シャルロット」


「ということは……よく考えたら、わたし、ニコール大佐のお姉さんになるのですよね」


 ちょっとだけ、意地悪そうな顔になったシャルロット。ニヤニヤしてニコールに視線を向けた。


「大佐、プライベートでは、わたしのことシャルロット姉さんと呼んでくださっていいですよ。それともシャル姉さん、いや、単に姉さんでも……ああ、大佐だったら姉上と呼ばれてもいいかなあ……。どうです、大佐、今、姉上って呼ぶ練習をしてください」


(ああ~っ。やっぱり、そうなるよなあ……)

「うううう……あ、あ……」

「はい、大佐、もう少しですよ」

「あ、あ、あ……」

「大丈夫ですよ、怖くありませんからね」

「うううう……姉上(小)」

「え? 聞こえませんでした」

「だから、姉上!」


「な、なんというか、これまでは尊敬する上司に対する忠誠心から、守って上げたいと思いましたが、今はそれに加えて可愛い妹を守る姉の心境になりました。大佐、これからもよろしくお願いします」


「よ、よろしく……」


 ニコールはそう答えた。シャルロットはニコニコしながら、兄のニコラスの元へ歩いていく。よく考えれば、シャルロットは自立した慎ましい女性だ。兄のニコラスとは相性も抜群にいいように思える。


 あとは伯爵夫人として、シャルロットがどう成長するかである。姑になるニコールの母親はこの天然大食らい娘にどう教育を施すか、そんなことを考えたら何だか楽しくなってきてしまった。


 古いしきたりに固まったオーガスト伯爵家も大きく変わる予感がしたのであった。


 ちなみに後に伯爵夫人となったシャルロットは、ニコラスとの間にポロポロと子供を産み、7人もの子宝に恵まれることになる。子供たちはウェステリア王国の重鎮や経済界で活躍するようになり、オーガスト家に繁栄をもたらすことになる。





 翌日、ニコールに辞令が下された。


「スパニア和平交渉団の護衛隊指揮官に任ず」


 そういう命令であった。長く内戦が続いた大陸のスパニア王国の完全和平に向けた条約締結をウェステリア王国が仲裁に入ることになった。その使節団を護衛する大隊の指揮官への任命である。


 そして二徹にも王宮料理アカデミーより、要請があった。その使節団に随行する料理番の助っ人をして欲しいというものであった。


 料理番を指揮するのは、王宮料理アカデミーのレイジ・ブルーノであった。


幕間をはさんで、いよいよ最終章突入です。

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