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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第20話 嫁ごはん レシピ20 ふわふわ卵の親子丼とハムカツコッペ
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お兄さんの挑戦

「ふん、ウェステリア貴族院議員に次期伯爵だと……。それで俺の可愛いシャルロットを嫁にもらってくれてありがたいと思えってか。けっ、そんなケチなことでこのアドニス・オードランが喜ぶと思ったか!」

 

 駐屯地からファルスの都へやって来たシャルロットの父親は、案内されたニコールの屋敷に怒り気味で乗り込んできた。

 

シャルロットから急に結婚したい相手がいるという手紙をもらって、慌てて駆けつけてきたのだ。


シャルロットの父親は、クアプールに駐屯する陸軍第23師団の大隊長、勇猛で有名なアドニス大佐である。シャルロットと組んで猫仮面1号となって、ウェステリア各地の大食い大会へ出場するというおちゃめな面があるが、未だに娘離れができない困ったオヤジなのだ。


 これまでもシャルロットに申し込まれたお見合い話を潰してきたこの父親は、基本的に今回の人が羨む結婚話を潰す気で来ていた。


 無論、これは父親として娘の幸せを願ってのことである。娘を生涯結婚させないというわけではなく、絶対に娘に幸せになって欲しいという思いからきている。よって、その願いを適えるべく、これまで婿候補には難題を課してきた。


 それは自分を感動させる料理を振舞うこと。それができないようでは、娘のシャルロットのことを幸せにできないと言って、これまでの縁談を事前に潰してきたのだ。


 これまではシャルロットも自分の意思に反してのお見合い話であったので、父親の不当介入に対しては我関せずであったが、今回は相思相愛の相手である。シャルロットとしては、結婚相手のニコラスにはこの関門を突破して欲しいと切に願っていた。


 だが、オヤジはそんな愛娘の思いなどまったく意に介していない。要するに未だに娘離れができていないのだ。当然ながら、ニコラスがどんなに将来有望でも、認める気はさらさらない。


「アドニス大佐、遠いところをお呼びして申し訳なかったです」

「これは、これは、ニコール大佐。いつも、娘がお世話になっております」


 そうアドニス大佐はニコールに挨拶する。軍人の中でも武闘派の彼は、先頭に立って戦闘に身を投じ、武勲を立ててきたニコールを尊敬していた。


 例え、女であっても戦闘で活躍すれば認める潔さがあった。だから、自分の娘も軍隊に入れ、ニコールの下で働かせているのだ。


「聞けば、ニコール大佐殿。娘の相手はあなたの兄と聞く」

「はい。申し訳ありません。我が愚兄のニコラス・オーガストがご息女を見初めまして」


 一応、ニコールはそう表向きの説明をした。まさか、ニコラスが猫仮面の大ファンで、追っかけをしていたとか、シャルロットが酔っ払ってニコラスにゲロを吐いたとかは、父親の前では話せないだろう。


「いくらあなた様の兄でも、わしの目に適わなかったら、この縁談。父親として認めるわけにはいかぬ。例え、相手が国王陛下であっても、わしは認めないと断言しよう」


 全く頑固な親父である。この親父に自分の兄がどう立ち向かうか、妹としてはちょっとワクワクしてきてしまった。


「……アドニス大佐。きっと、兄は大佐のおメガネに適うかと思います」


 ニコールはそう自信を持って答えた。この点においては、揺るぎない自信がある、なぜなら、兄をサポートしているのが自分の夫の二徹だからだ。


「聞けば、大佐の心を打つ料理を婿候補に作らせていると伺っております」


「そうだ。それはわしが婿に求める条件だ。娘にうまい飯を食わせてやれない男など、信用に置けない。いかにやんごとない身分の男であれ、裸一貫になっても娘を飢えさせない気概が欲しいのだ」


「その点については、私も理解できます」

「ニコール大佐のご主人は、その点においてはわしの理想だがな。大佐の兄殿がそれに匹敵するかどうかは、今日、判断しよう」


 そう言ってアドニスは椅子に座る。やがて、シャルロットとニコラスが姿を現す。アドニス大佐は、シャルロットを見て満面の笑みを浮かべた。


「ああ……シャルロット、わしの宝よ」

「お父様、よくいらっしゃいました」


 抱き合う父娘。それを見ているニコラス。少し緊張気味である。


「お、お義父さん……本日はよく来ていただきました」


 アドニス大佐は、シャルロットの体を離すと冷たい目でニコラスを足の先から頭のてっぺんまで見る。


「現地点でわしは君にお義父さんと言われる筋合いはないのだがな」

「お父様……お兄さんにそういうことを言わないでください」


 シャルロットはそう父親をたしなめる。どうやら、シャルロット、自分の未来の婚約者たるニコールの兄ニコラスを『お兄さん』と呼ぶらしい。


(なんだかなあ……)

 と複雑なニコールとニコラスであった。


「正式に紹介します。こちらがニコラス・オーガストさんです。ニコール大佐のお兄さんなんです。貴族院議員をされていて、将来のオーガスト伯爵様です」


「ふん。シャルロット、そんなことは既に聞いている。今日はこの男がお前にふさわしいかこの目で確かめに来たのだ」


「お父様ったら……」

「僕は頑張ります。お父さんを納得させる料理を作ったら、お嬢さんを僕のお嫁さんに貰いますから」


「ふん。やれるものならやってみろ。言っておくが、この試練を超えたものはただ一人もいないからな。このアドニス、料理の味にはうるさいのだ。ただうまいだけでは、わしの心は微動だにしない」


 シャルロットの父。アドニスはそう宣言した。


 彼の条件は、涙が出るくらい感動する料理を自ら作って提供すること。


 これができない場合は、シャルロットを嫁にはやらないというのだ。


「わしとて、娘を嫁にやりたくないわけではない。その証拠にわしが来るまでに十分な準備時間を与えた。これでわしを満足させられなかったら、言い訳はできないだろう。つまり、2度目のチャンスはないと思うことだ」


「ふふふ……分かっていますよ、アドニス・オードラン大佐。今日からあなたを堂々とお義父さんと呼ばせてもらいますから」


「うぬぬぬ……」

「お兄さん、素敵です」

「シャルロット、心配しないで僕の活躍を見ていてくれ」

「お兄さん、かっこよすぎ!」


 勝手に盛り上がっているニコラスとシャルロット。その二人の様子を見て、苦々しく思っているアドニス。ますます、絶対シャルロットを嫁に出さないと心を固く閉ざす。


 一方、ニコールは頭を抱えている。兄とシャルロットのラブラブな様子に(もう勝手にやってくれ……)と思っている。きっと、この二人。今日の勝負に負けても絶対にくっつくと思えるくらい仲良し過ぎる。


それは自分と二徹との関係と似たものがあり、どんな困難も乗り切ってしまう力をひしひしと感じてしまうからだ。その証拠に兄は自分の夫の二徹にアドバイスを受けている。この勝負の行方もだいたい想像できる。


(しかし、兄上とニテツは一体、何を作るのであろうか……)


 ニコールは兄がさっそく調理にかかったのを見て、その料理がどんなものか興味をもった。ニテツは助手として手伝っている。既にニテツが準備を進めており、鍋で炊いているのはコムンだった。


(ということは……丼物か?)


 ニコールはこれまでニテツに作ってもらったいろんな丼を思い出した。今日作るのは、そのどれかか、それとも新しい丼物だろう。


「まずは、鶏肉を香ばしく焼く……」


 ニコラスは皮付きのバドの胸肉を焼く。焼くといっても、皮に焼き目が付くように炙るのだ。焼き目がついてパリパリになり少し縮んだ皮と身を分けると、細かく包丁で刻んだ。


(兄上……意外と包丁さばきがうまいじゃないか……)


 料理がからっきしダメな妹と比べて、この兄の手さばきは長い経験に裏付けされたものがあった。無論、それは素人レベルであったが、貴族の長男に生まれた人間がここまでやるのは珍しい。二徹などは例外中の例外であったが、この兄も料理の魅力に惑わされた男の一人なのであろう。


「次に鍋に丼用の出汁を入れて、温め、刻んだ鶏肉を入れる……」


 やがて、肉が白くなり、出汁が染みていく。そこへまずよく溶いた卵白を投入した。


「ニコラス義兄さん、ここからが勝負ですよ」


 そう声をかけたのは助手の二徹。自分が任されているご飯の出来上がりを気にしつつ、そうニコラスに確認する。


「分かっているよ、義弟おとうとよ。タイミングを逸したら、ゴワゴワ、もそもそになる。君と何十回も練習をしたのだ。失敗は絶対にない!」


 卵白が固まった瞬間、ニコラスは黄身と全卵2個を投入した。木杓子で黄身を潰して混ぜ合わせる。半熟状態で鍋を火から離した。


「ニテツくん、準備はいいか?」

「できてます!」


 二徹はご飯を炊いている鍋の蓋を開ける。湯気がモワッと広がり、中には白いご飯がピキピキと音を立てて立っていく。それを湯で温めた丼にざっくりと移す。


「よし、ここへこれをかける」


 ニコラスは自分が煮て作ったものを白飯の上にかける。それをアドニス大佐に差し出した。


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