義父の胃袋をつかむ
「フフフ……ふ~ん……。エヘヘヘ……」
執務室でにやけているシャルロットをイライラして見ているニコール。昨日の大食い大会で、目出度く兄のニコラスがシャルロットに思いを告げ、どうやらうまくいってしまったことが、シャルロットのゴキゲンな態度とニコールのイライラの原因である。
「あれ、何だか、大佐、機嫌が悪そうですね~」
シャルロットがニヤニヤしながら、そうニコールに話しかける。彼女の名誉のために言っておくが、悪気は全くない。なぜ、ニコールがそんな態度なのか推し量ることができないわけである。
「き、機嫌が悪いように見えるか?」
「はい、わたしにはそう見えます」
「ううう……シャルロット、お前、昨日は宿舎に帰っていないとのことだが……」
「ああ……バレてましたか。昨日はお兄さんとお食事して、つい門限に間に合わなくなってしまったのですよ」
事も無げにそんなことをしゃべってしまうシャルロット。それを聞いて、ますます、顔が強張るニコール。
「そ、それで……まさか、兄上と一緒に過ごしたのか?」
「はい。お兄さんが帰したくないなんて言うから、昨日はクラーブルホテルのスイートルームに泊まったんですよ。すごいです。わたし、あんな部屋でお泊りしたのは初めてです」
(初めて……初めて、初めて、初めて~)
ニコールの頭の中で『初めて』の単語が錯綜する。
(あ、あのバカ兄貴め~。初めて告った日にホテルに誘うだと~。シャルロットはきっと初めてだったに違いない。あのバカ兄、何たるハレンチ、何たる好色漢、何たる不倫理。将来の伯爵たる威厳がないではないか!)
ニコールの頭の中に、兄とシャルロットが一緒のベッドに入って、言葉に表すことを躊躇する行為をしていたことを想像する。確かにニコールは最後には、不本意にも兄とシャルロットをくっつける手助けをした。だが、こんなに急激に二人の仲が進むとは予想外であった。
(あの馬鹿兄上~。もう、うまくいったら、盛りのついた犬みたいに……いやらしいったらありゃしない……しかし、このままでは……兄上とシャルロットはすぐにでも結婚……)
「ぐわあああああっ~」
「ど、どうしたのですか、ニコール大佐?」
頭を抱えて呻くニコールを不思議そうに見つめるシャルロット。
「どうしたも、こうしたもない。自分の兄が不埒なことをしていると想像しただけで、私は不愉快になるのだ。あのバカ兄貴、ちゃんと責任とるのだろうな」
「はあ?」
シャルロットはニコールの発言が理解できない。昨晩は確かに一緒に過ごしたのであるが、別にやましいことはしていない。食事をしてお酒を飲んで、疲れたのでベッドで寝ただけだ。
「大佐、何か誤解していらっしゃるみたいですが、お兄さんとは人に言えないようなことはしていないですよ」
「な、何を言っている。好きあった男と女がひと晩過ごして、何もなかったなんてあるわけがないだろが!」
「ありませんよ……まあ……ちょっとだけ……というか……キスっぽいことくらいはしたような……」
「あああっ……聞きたくない!」
自分の兄のそういう話はマジ聞きたくないと思うのは、妹なら普通だろう。実際は眠ってしまったシャルロットの額にお休みのキスをしただけなのだが。
「では、大佐、ちょっとこれは困った話なのですが……」
シャルロットは急に話題を変えた。実は昨晩、ニコラスに告白されて一応、付き合うことになったのであるが、付き合うイコール結婚を前提ということ。この点に関しては、シャルロットも危惧することがあった。
その危惧とはシャルロットの父親であるアドニス大佐のことだ。アドニス大佐は娘のシャルロットが大好きでまだ手放す気はないようで、ニコラスと付き合うということに絶対に反対すると思われるからだ。
これは娘が伯爵夫人になるというとても魅力な状況であってもおそらく変わらないだろうと思われる。ニコラスが貴族院議員の将来有望な青年で、性格も穏やかで優しい、他には代え難い人物であってもだ。
「そ、それは困ったな……」
兄の事とはいえ、シャルロットは自分の大切な部下である。部下の幸せを願わない上司はいない。オーガスト家の方でもニコールの母親は、騎士階級で身分に差があるシャルロットを嫁にすることは反対だろうが、ニコラスが押せば認めざるを得ないだろう。
ニコラスの場合は、爵位はあるから嫁の身分はあまり影響がない。騎士階級であるなら、許容範囲でもあるからだ。それよりも、嫁を貰わないで家が絶えてしまう方が怖い。
「それで父を説得するために、ニテツさんの知恵を借りたいと思っているのです」
「ニテツの知恵?」
意外なシャルロットの申し出にニコールは首をかしげた。この話の流れから、なぜ、自分の夫が関係するのであろうか。ここはバカ兄が土下座でもなんでもして、アドニス大佐に承諾してもらうしかないだろう。
「そうなんです。前もわたしに結婚を申し込んだ人がいまして……その人はわたしも知らない人だったのですが、父が交際を認める条件として、自分を納得させる料理を持って来いと言ったことがあるのです」
「納得する料理?」
アドニス大佐が納得する料理など簡単だ。大食いの彼のこと。大量に美味しいものを並べれば満足するのではないかとニコールは思ったのであるが、それはどうやら違っていたらしい。
「お前の料理には心がない。そんな男に大切な娘はやれない」
そう言い放ったそうである。シャルロットとしても、知らない男の求婚など受けたくなかったから、父のこの判断は歓迎したのであるが、お眼鏡に適う料理を出せば、嫁にやるということでもあるのだ。
「なるほど……。そういうことなら、ニテツは役に立つだろうなあ」
ニコールはそう確信をもって答えた。自分の愛する夫なら料理に関する困難は軽くクリアしてしまうことをこの有能な女軍人は知っている。
*
「はあ……それでニコラス義兄さん。僕に知恵を貸せと……」
ニコラスは二徹のところへ来て、シャルロットがニコールに語ったことを説明していた。彼は貴族院議員の地位を利用して、シャルロットの父、アドニス大佐についても情報を仕入れていた。この点においては、ニコールばりに有能な義兄なのだ。
「アドニス大佐は、これまでシャルの縁談を21回も断ったが、その中で自分を納得させるだけの料理作りを命じた回数が8回もあるのだ」
もうシャルロットを愛称のシャルで呼ぶニコラス。告白して間もないのに、親密になるのが早い。これはニコラスの中ではもう付き合い期間が1年を超えているから。
ニコラスは初めて猫仮面2号を見てから妄想3倍速で時を過ごしているつもりなのだ。だから、明日にでも結婚を申し込んで、結婚式の招待状の準備にかかりかねない勢いなのだ。
「なるほど……。娘を嫁に欲しければ、おいしい料理を作れということですか?」
「そうだ。だが、ただ美味しいだけではいけないのだ」
(ふむ……)
これは二徹も思うこと。最初は最愛の娘を嫁に出したくないから、無理難題を吹っかけていると思っていた。しかし、ニコラスがまとめたアドニス大佐に関する報告を読むと、単なる嫌がらせでもなさそうだと感じたのだ。
「アドニス殿は猫仮面1号として、シャルと一緒に大食いバトルをすることが唯一の楽しみらしい。ここは私も混じって大食いに参加するとかして、お父さんに気に入られるべきだろうか?」
「はあ……」
二徹もニコールばりのため息をついた。
(たぶん、それをしたら、絶対に嫁にやらないと言われるだろう……)
あのコッペパン大食い大会の醜態を再現したら、間違いなくアドニス大佐の好感度は最低まで下がるだろう。それではとても結婚の許可はもらえない。それではこの義兄がかわいそうだと二徹は思った。
「ニコラス義兄さん。僕に考えがあります。アドニス大佐の側になって考えると、この問題については、正解が自ずと見えてきますよ」
「正解だと?」
「はい、間違いなく正解の方法を僕は考えることができます。でも、実際に作るのはニコラス義兄さんですよ」
「おお……やはり、君は妹の旦那に相応しい。僕はうれしいよ」
「義兄さんには、ニコちゃんの件でお世話になっていますからね。ここで恩返しをします。それにシャルロット中尉もニコちゃんに尽くしてもらっていますからね。彼女のためにも頑張りますよ」
二徹はそう言ってある料理を出すことを決めた。それはこのウェステリアでは、珍しい料理であった。




