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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第20話 嫁ごはん レシピ20 ふわふわ卵の親子丼とハムカツコッペ
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ハムカツサンドの壁

「ここまではウォーミングアップ。ここから重いの、行きますよ!」


 二徹がそう言って出したのは『肉系』。太いソーセージにマスタードとケチャップをたっぷりかけたもの。そして分厚いブル()肉を黒胡椒ソルズでソテーしたもの。そして照り焼きソースに浸したハンバーグ、牛丼の具を豪快にはさんだもの。ササミのチーズ焼き、厚切りステーキを鉄板でレアに焼き、それをカットしたもの。ブル肉の生姜焼き、大きな肉団子を3つ挟んだもの。こんがり炭火焼き鳥に蒸し鳥のチリソースがけだ。


 食欲をそそるボリューミーな具材の連続に、さすがの大食いファイターたちのスピードが鈍る。肉は時間が経つとずっしりとお腹に来て、食べる意欲を刈り取る。最初の5人の大食いファイターのうち、ここで2人が脱落した。もう2人も目が死んで口に運ぶのがスローモーションのようになっている。


「あれ、なんだか、猫仮面2号の様子がおかしいぞ?」


 観客がざわめき始めた。いつも前半は淡々と食べていき、他の大食いファイターたちにぴったりとくっつき、そのペースを最後まで崩さずに食べ尽くす戦闘スタイルの猫仮面2号が変なのだ。


「どうしたんだ、猫仮面2号は……この程度で手が止まっているとは……」

「いつもとは様子が違うぞ……」


 会場がざわつく。それは猫仮面2号の頭の中の様子と同じであった。


(ど、どうしたのわたし……この程度で……なんだか……急に……胸が苦しくなってしまって……」


 シャルロットは自分の体の異変に驚いていた。これまでいろんな大食いチャレンジをしてきて、こんな前半で苦戦するなどというのは初めての経験であった。


(体の具合が悪いのかな……いや……それはない。今朝も普通に朝食食べたし……)

(王子様も応援してくれているかもしれないし……がんばらないと……)

(王子……そうよ……こんな大食いする女の子を見て王子様はどう思うだろう?)


 実は食べながら王子様のことを考えていたシャルロット。その妄想はいろんなシュチュエーションを展開したが、ぐるぐる回ってまともな思考に収束したようだ。


 すなわち。イケメン王子様は大食い女子をどう思うかということである。最初は大食いの勇姿に王子様が応援してくれて、自分に惚れ直すなんて妄想したが、それが低確率であることを自覚したのだ。


(普通は……大食いなんて……引くでしょ……)


 ようやくたどり着いたまともな答えが、シャルロットの心に刺さった。小さな傷がどんどん広がり、精神状態が乱れた。もしかしたら、憧れの王子様が見ていて、自分の食べっぷりを見て呆れているかもしれないと思うと、もはや喉に食べ物が入っていかないのである。


 乙女症候群。


 恋する乙女は食べたくないのだ。食べると急に胸が苦しくなる。それは食べ物を受け付けなくする信号が脳から知らないうちに発信され、胃袋をきゅっと縮めてしまう感覚にとらわれる。


「う~っ……この肉団子が……入らないよ~」


 巨大な肉団子がミートソースに絡まって、どんどんと3つ入ったコッペに苦戦している。このままでは遅れが出てしまう。


 シャルロットはこのコッペパンの大食い大会のことをニコールから聞いて、軽い気持ちで参加を決めたのだが、そのときは王子様のことは頭になかった。だが、会場に来てみると王子様のことが思い出されてしまったのだ。


(も、もしかしたら……あの王子様がこの大食いパフォーマンスをみていらっしゃるのではないかしら?)


 そんなことを思ってしまうと、隣に座った犬仮面は適当にあしらって、シャルロットはキョロキョロと挙動不審になる。酔っ払っていたので、全く顔は覚えていないが、観客の中にイケメンな男性がいるとそれが王子様じゃないかと思ったり、どこかで自分を見ていないかと思ったりしてしまうのだ。


 まあ、その思いはあながち間違っていない。隣に座ったニコールのお兄様が熱い視線で見つめていれば、シャルロットの胸のドキドキが誘発されても仕方がない。前半戦でダウンしてベンチに下がった犬仮面の熱い思いは、休んでいるベンチからもまだ放たれている。


「ど、どうしたんだ、猫仮面2号ちゃんは……いつもの2号ちゃんじゃないぞ……」


 猫仮面2号ファンのニコラスのこと。その観察眼は確かである。いや、それは異常というべきであろう。苦しいお腹をさすりながらも、愛しい猫仮面2号を応援している。


「猫仮面2号ちゃんは、10秒辺り30回の咀嚼をして飲み込むペースが普通なのだ。それが今は10秒辺り7回に落ち込んでいる。これはおかしい……」


 隣に座るニコールも猫仮面2号の異変に気がつき、心配していたから、この兄のコメントに食いついた。よくよく考えたら、兄の言動がヤバイことに気がついたのだ。


「兄上……確かに様子は変ですが……そんなことまで知っているのですか、何だか、それはヤバイですよ」

「ヤバイだと……どういうことだニコール?」


「いえ、同じ女子としてそれはちょっとキモいと思っただけで……」

「キモいだと……猫仮面2号ちゃんの足のサイズは46ク・ノラン(約23cm)で、バストはCカップということを知っていることもか!」


「兄上、今のセリフで好感度がダダ下がりです」

「う~っ……しかし、心配だ……どこか体の具合が悪いのではないのか?」


 猫仮面2号の出遅れに、もう心配で仕方がないニコラスであった。そんなスポンサーの心配をよそに、コッペパン勝負は30個台に突入。今度はポテトサラダやシーザーサラダなどの野菜系。そして定番のピーナッツクリームやチョコクリーム、あんバターにいちごジャムなどのおやつ系へと続く。これは比較軽いので、生き残った大食いファイター3人もカロンも食べ進めていく。


「うむ……あっさり系の野菜で生き返った。そして甘いおやつ系は脳を休めて、満腹神経を緩和させる。これなら50個いけそうだ。ベッカ殿、50個完食どころか、このカロン、この勝負、優勝するかもしれませんぞ!」


 カロンは猫仮面2号や他の参加者が明らかに脱落していくのを見て、つい夢を見てしまった。だが、コッペパン勝負もいよいよ40個越え。ここからの10個がキツイ。ここまで食べ進めてきた挑戦者たちもさすがにスピードが落ちてきた。


 そしてここからが試練である。最後の10個には揚げ物系のコッペパンが並ぶ。ここまできて、最後に重いものを持ってきた。


 まずは揚げたてのコロッケパン。次はエビカツパン。ロースカツパンと続く。噛むとザクザクとクリスピーな食感が味わえ、そのあとに熱々の中身が口いっぱいに広がる。ロースカツなんかは、肉汁が怒涛のごとく蹂躙していく。そして、それは腹ペコなときは、たまらない誘惑となるが、腹がパンパンな挑戦者たちには、それは地獄でしかない。


「うぷ……もうダメだ……ギブ……」

「無理~っ……」

「うっ……ここまで……だ……」


 2人の一般挑戦者がこのロースカツサンドで倒れた。残り7個。次のメンチカツサンドに挑戦するのはカロンのみ。シャルロット扮する猫仮面2号は、あんバターをもちゃもちゃと食べているので30個台にとどまっている。


「ぐっ……さすがにこれはキツイ……だが、ここまで来たからには食い尽くす……」


 残り4つ。ゴールは見えてきた。しかも現在、カロンが暫定1位。5人参加していた大食いファイター5人のうち、4人はリタイア。残り一人は追いすがっているが、メンチカツサンドで停滞している。


(猫仮面2号も遅れている……だが……)


 カロンの目的は50個を時間以内に食べること。その時間もあと5分となった。残りは6個。カロンは死に物狂いで食べる。鳥のからあげサンド、フィッシュフライサンド、ハッシュドポテトサンド、揚げソーセージサンド……残り3個となった。


「はい。カロンさん、残り3個。揚げ物はこれが最後ですよ」


 そう言ってカロンの皿にトングでコッペパンを置いたのはベッカ。カロンはそれを見る。


それは『厚切りハムカツサンド』であった。


「ベッカさん、そのハムカツ……予定よりも厚いですよ」


 二徹は驚いた。本日提供する予定のメニューは、事前にベッカと相談していたが、この揚げ物最後の特性ハムカツは、今出されているものの半分の厚さであった。それでも十分厚いのであるが、ベッカが出したのは倍である。


 しかし、倍とはいっても十分に火が通り、見た目も美味しそうである。これは見たものを驚かせるインパクトもあり、観客もこの大きな壁に最後の盛り上がりを見せた。


「ベ……ベッカ殿……これは……」

「カロンさん、私と結婚したいのでしたら、これくらいの試練は乗り越えてください」


 にっこりと微笑むベッカ。カロンの頭から血がさっと下がって行くのが分かった。でも、それはベッカの意地悪ではない。他の人には見られないようにこっそりと片目を閉じたのだ。


(期待しているわ……カロンさん)


 そういう目だ。もはや、胃袋は限界点に達しているカロン。これ以上食べると、犬仮面のように口にほおばったまま、醜態を晒してしまうかもしれない。だが、引き下がれない。


 これはベッカがカロンに与えた厳しい試練だ。


「ここで50個食い尽くし、大会を成功させる。そうすればベッカ殿の店はますます繁盛する。おとこは死んでも目的は達成するものなのだ!」


 カロンは特厚ハムカツサンドにかぶりつく。いや、がぶりついた!


 パリパリの衣をまとった特厚のハムは、歯で押しつぶすとかなりの抵抗感をもって跳ね返そうとする。それは肉の抵抗。中の柔らかい肉と汁を守ろうとする防御壁。負けじと噛む。たまらず肉の防御壁はちぎれていく。そしてちぎれた箇所から、ジューシーな肉汁が口に放たれる。その肉汁はハムとして熟成されたもの。肉とは違った深みが体を痺れさせる。これは見ているものを狂喜させる。


 観客たちはカロンの恍惚となる表情にもうお腹が鳴って仕方がない。満腹のカロンでさえ、一口目で食欲が蘇った感覚にとらわれる美味しさである。


「これはいける!」


 そう思ったカロンは二口目にいく。だが、ここで全身にすさまじい重力がかかり、地面に体が押し付けられるような感覚にとらわれる。


(重い……これは重い……)


 48個目のハムカツサンドはとてつもなく美味い。だが、ここまで食べてきたファイターにはとてつもなく重いモンスターであった。


 2口目が飲み込めない。そして時間はどんどん経っていく。60分以内に食べきれないと失格となるのだ。


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