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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第20話 嫁ごはん レシピ20 ふわふわ卵の親子丼とハムカツコッペ
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将来の義姉?

「ふふふ~ん……ふ~ん」

 

執務室でゴキゲンな様子のシャルロット。その鼻歌を聞いて頭を抱えているのはニコールである。ニコールは昨日、兄より猫仮面2号ちゃんと結婚したいと相談されてしまったのだ。

 

現在のニコールは大佐に昇進。所属部隊はまだ決まっていない。今は仮に近衛大隊付けの員数外大佐という地位にある。実のところ、あまりに昇進スピードが早くて陸軍も所属させる部隊に困っているのだ。

 

国内の部隊では大佐という高い位であり、職務でいけば大隊長ポストを与えることが必要である。それは通常は40代を過ぎたベテラン軍人が担う仕事である。まだ、20そこそこの小娘であるニコールにその地位を与えたくないというのが、陸軍上層部にはある。

 

だからといって、戦場となる大陸派遣軍に所属させるとまたもや手柄を立てて、ついには20代で将軍の地位を与えなくてはならなくなる。それで仕方なく、ポストがあくまで『保留』という形にしているのだ。


 ポストが空き次第、任用することになっているとはいえ、員数外大佐の地位は暇だ。今はクエール事変の記録をまとめるという仕事があるが、それは全て事務仕事である。有能なニコールはそれもすぐに終わってしまったので、今は戦史の資料を読み漁っているのだ。ちなみに部下の兵士は、副官のシャルロットとカロン准尉ら3名の護衛だけである。


 ちなみにシャルロットも中尉に昇進した。中尉なら小隊の隊長を務められるが、ここは軍の上層部も冒険はしなかった。経験が浅いということでニコール付き副官継続という決定を下した。


 これはシャルロットも望んでいたことで、これに関してはニコールも上層部はよい人事をしたと評価している。


「シャルロット……なんだかご機嫌だな?」

「大佐、それはご機嫌になりますよ~。ファルスの都に帰ってきたから、毎日、新作スイーツが食べられます。これは戦場では体験できない幸せですよ。それに今の仕事は大好きですよ」

「仕事が大好きと言っても、お前がやるのは私の書いた原稿の推敲だけじゃないか」

「だから楽なんです。もうやることなくてお昼寝してしまいそうです」

「馬鹿者、寝るでない。勤務中はしっかり仕事をしろ」

「でも大佐、暇なときに体を休めて英気を養うのも優れた軍人ですよ~」


 そう言ってシャルロットは椅子から立ち上がり、両腕を思いっきり伸ばして背伸びした。そして部屋にあったソファにダイビングする。ところが、ぽんと跳ねてそのまま床へ。


「きゃあっ!」


 ドサッと地面にうつ伏せのまま激突した。受身も取れなかったようで顔面直撃である。


「痛たたたた……」


 シャルロットの端正な顔がひどいことに。鼻を打って鼻血が2筋伝っていく。


「おい、大丈夫か。そんな風に怪我をする軍人はお前だけだぞ」


 そう言ってニコールはトイレットペーパーを差し出す。それで鼻血を拭って、終いには2つの穴に丸めて突っ込んだ。


(はああああああっ……)


 心の中でため息をつくニコール。確かにシャルロットは優秀なところもある。そして勇敢なところも。そうでなければ自分の副官は務まらないと思っている。


(だけど……だけど……)


「どうしたんですか、ニコール大佐。今日はお顔の色が優れませんよ。まさか、ニテツさんとケンカしたとかですか~?」

「ケンカなんかしてない!」


 そこだけは断言する。都へ戻ってきてからもニテツとはラブラブなのだ。


「ふっふふのふ~」


 鼻に紙が詰まっていても鼻歌を歌うシャルロットの姿を見て、ニコールは再び頭を抱えた。


(こ、これが……私の……義姉ねえさんだと……。うそだああああっ~)


「あれ大佐、頭が痛いのですか? それじゃ、頭痛に効く薬を持ってきますよ」

「いや、大丈夫だ、シャルロット。それよりもお前に聞きたいことがある」


 ニコールは冷静に考えた。次期オーガスト伯爵家の当主になるとはいえ、兄も強引にシャルロットを嫁にできるわけではない。シャルロットの家は下級貴族ではあるが、ちゃんとした家であり、父親は陸軍の軍人。父親の意思というものがあるだろうし、シャルロット自身も好きでもない相手と結婚するような子ではない。


「なんですか、大佐?」

「うむ……なんだ、その……シャルロット、お前の好きな男のタイプはどんなだ?」

「あれ、大佐、勤務中に恋ばなとは珍しいですね」

「いや、ちょっと思っただけだ。ないなら別にいい……」


「う~ん……知り合いの中ならやっぱりニテツさんでしょうか。大佐のご主人は私のお婿さんにはぴったりです」


 持っていた資料を机にパタンと打ち付けてニコールはきっぱりと言った。


「それはダメだ。ニテツは私のものだ」

「大佐、別に取っちゃうなんて言ってませんよ。そうですねえ……。優しくて、イケメンで料理ができる人……あとは……」


 ニコールは頭の中で兄との整合性を図る。


(兄上は優しい。何しろ、男は兄だけで残りの3人は妹だからな。昔から兄上は女性には優しい。それにイケメンと言われればそうだろう……料理の腕はどうだか分からないが)


「やっぱり、ご飯をたくさん食べられる人!」

「たくさん?」


「そうです。やっぱり、男の人は大食いじゃないと。少食な人は病弱っぽくてなんか好みじゃないです」

「そ、そうか……」


 ニコールは心の中でガッツポーズをした。なぜなら、兄のニコラスは少食なのだ。別に病弱なわけではないが、男の割にはあまり食べない。妹の目から見ると食べ物にそれほど執着していないように思える。


(どうやら、兄上はシャルロットの好みからは外れているようだ。だが、まだ安心はできないぞ……)


 ニコールはその辺りのことを聞いてみる。シャルロットもまだ19歳とはいえ、世間一般的には女子なら結婚していてもおかしくない年齢だからだ。ウェステリア王国に限らず、この世界の人間は早婚なのである。


「シャルロットは結婚相手とかは決まっているのか?」

「結婚相手ですか?」

「お前も貴族の出身だろう。許嫁とか、親から勧められるとか、お見合いとかはないのか?」


「ああ、それですか。家は貴族といっても爵位のない騎士ナイトですからね。許嫁なんてありませんよ。それにお父様がわたしをまだ結婚させたくないみたいで、お見合い話を全部断っているとお母様が手紙に書いていました。お父様ったら、まだわたしと遊びたいみたいで……」


(遊ぶって、父娘で大食いツアーだろが)


 心の中でツッコミを入れたニコールであったが、シャルロットが完全フリーであることはよくわかった。軍隊でも愛くるしい容姿のシャルロットは人気で、同僚の将校たちから色々と誘われているようだが、完全天然対応でまともに取り合っていない。というか、ちょっとデートするとなぜか男はみんな去っていくらしい。


「わたし自身、まだ結婚とか全く意識ないですし。でも、大佐のような夫婦生活だったら、いいなあと思っています。ニコール大佐はわたしの目標ですから」


(シャルロット……なんていい子だ……)


 自分のことを崇拝しているこの部下については、ニコールも悪い気はしていない。副官として自分の身の回りの世話をしてくれるし、ドジなところはあるが基本的によく気がきくし、頭も良い。そうは感じさせないが優秀なのである。


(いい子だが、兄上とは絶対に合わないと思う。それにシャルロットもオーガスト伯爵夫人になったら、それで苦労しそうで可愛そうだ……)


 いくらなんでも、伯爵夫人になったら、あの大食いを披露するわけにはいかないだろう。好きなことができないのは精神衛生上、よろしくない。


「まあ、いいだろう」

「え、もう恋バナは終わりですか?」

「別の話だ。最近、都で猫仮面が現れないが、お前何か知ってるか?」


 ニコールは話題を変えてみた。これは兄から頼まれていたこと。結婚はともかく、兄は猫仮面……シャルロット扮する猫仮面2号の大ファンなのだ。


 無論、猫仮面2号がシャルロットであることは、ニコールと二徹は気づいているが、これは公然の秘密である。


 突然、猫仮面2号について聞かれたシャルロットは、急に焦り始めた。明らかに挙動不審な様子で答える。


「い、いやですわ~大佐。どうして猫仮面2号の動向をわたしが知っているのですか」

「お前、言葉がちょっとおかしいぞ」

「これは動揺して……いや、わたしも猫仮面2号については興味がないわけじゃなくて……ああ、これは一人のファンとしてですね……」


「……」

「ファンですよ。猫仮面ってファルスの都では有名人じゃないですか」


 これは本当だ。あの大食いファイターの青の三連星を撃破した伝説の2人組。猫仮面1号、2号は都では有名である。


 1号はあれ以来、ファルスの都では現れないが2号はたまに出没する。新たな大盛りメニューや大食い店が開店すると、猫仮面2号が現れてその初代制覇者に名前を連ねるからだ。


「その有名人の猫仮面2号だが、最近は姿を現していない。シャルロット、それについて何か知らないか?」


「ああ、それはクエール事変で忙しかった……じゃなくて単純に挑戦するメニューがないからです……と猫仮面は思っているんじゃないかと……」


 猫仮面2号の正体はシャルロットだとニコールは確信している。ドジなシャルロットの言動を見れば分かるし、シャルロットもニコールには薄々気づかれていることは感じている。だが、正直に白状はしていない。この件についてはうやむやになっているのだ。


 それでも今日のように隠しているのに隠しきれていないところが残念である。これでバレていないと思っているところが可愛いと言えば、可愛いのだが、一応、本人が告白しないのであれば、知らないフリをしてやるのが上官の配慮というものであろう。特に害があるわけではない。


「そうなると、新しいメニューが登場したら、猫仮面は現れるということか」

「そりゃそうでしょうね。お父様も……じゃない、猫仮面1号、2号はきっと新しい大食いメニューを求めていると思うのです」


 そう言ってシャルロットは胸を張った。どうやら、近々、猫仮面父娘がファルスの都に現れるのは確実なようだ。


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