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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第20話 嫁ごはん レシピ20 ふわふわ卵の親子丼とハムカツコッペ
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ニコールの兄

体調崩してしばらく入院していました。更新できず、すみませんでした。

体重5キロ激落ち。体力最低……でも、頑張ります。異世界嫁ごはん、応援よろしくお願いします。


 二徹とニコールの住む屋敷に馬車が止まった。中から出てきたのは20代後半と思わしき青年紳士。ベルベット生地のコートにヴェスト、帽子という出で立ち。襟にはウェステリア王国貴族院議員の印であるフクロウをデザインした金のバッジが輝いている。


「兄上、よくいらっしゃいました……」


 馬車から降りた青年を出迎えたのは、ニコールと二徹。ニコールが『兄上』と呼んだ青年は、ニコールの兄、ニコラス・オーガスト。今年、29歳になる。彼は貴族院議員の若手組のリーダーで、将来、ウェステリアの政治を背負って立つと言われる将来嘱望されている男である。

 

 長い髪は後ろで束ねて、黒いリボンで縛っているが、さすが兄妹らしく同じ輝きをもつ金髪。端正な顔立ちも男版ニコールと言っていいほど似ている。


「ニコール、相変わらずの活躍ぶりだな。兄として鼻が高いよ」


 そう言って満面の笑みを浮かべたニコラス。先日のクエール事変でのニコールの活躍ぶりは議会でも評判で、この兄は勇敢な末妹の武勇譚に気恥ずかしくもあったが、それよりも妹の出世が何よりも嬉しかったのだ。


「兄上こそ、貴族院議員の青年部の筆頭になったと聞きましたが」

「ああ、そんなものは年齢を重ねれば自動的になるものだ。お前に比べれば、大したことはない。父上も大喜びであったぞ……」


 休暇を終えてこのファルスの都へと帰ってきたが、まだニコールの昇進のお披露目は行われていない。2階級特進の大佐への昇進は内定。所属部隊はまだ知らされていない。


「母上は?」


 ニコールはそう茶目っ気たっぷりに兄に聞いてみた。両親と暮らしている兄に母親の近況を確認してみたのだ。ニコールの母親は、二徹との結婚は未だに内心では反対している。爵位を失った一般人の二徹との結婚にメリットはないことが理由だが、一番の理由はそのためにニコールが軍人として働かなくてはいけなくなったと思っているのだ。


 これは明らかな認識違いというものである。恐らく、二徹が没落せず、サヴォイ伯爵だったとしても、ニコールは伯爵夫人として主婦業に努めるはずがなく、同じように軍隊で活躍していたことは間違いない。二徹もそれには賛成する。

 

 要は大貴族に娘を嫁がせられなかったことが面白くないだけであるが、ニコールの父のオーガスト伯爵やこの兄の説得で渋々であるが、ニコールと二徹のことを表向きは認めているという状況だ。


「母上はお前が敵陣に突撃して怪我をしたと聞いて、最初は失神なさったぞ。母上も頑固だが、お前のことを心配しておいでなのだ。軍で活躍することは喜ばしいが、あまり危険なことはしないでくれ……まあ、これは兄としての心配もあるのだがね」


「兄上……」

「とは言っても、軍に入って危険な仕事をするなとは矛盾するがな……」

「そうですよ、兄上。貴族が安全な後方で下級貴族や平民の部下に危険な命令を下しているようでは、軍は強くなりません。今度、大陸派遣軍の司令官になるレオンハルト閣下などは、身を常に最前線に置き、兵士と寝食を共にしています。兵士の信頼は絶大なのです。英雄というものはこうあるべきだと教えられましたよ……」


 応接室に兄を通し、以前仕えていた上官であるレオンハルトのことをそう誉めるニコール。レオンハルトはクエール事変の手柄で大将に昇格。晴れて大陸派遣軍の司令官として、現在、スパニアへと渡っている。


 ニコールは彼のもとで働いたのは1年に過ぎないが、様々なことを学ぶことができ、それは全て自分の糧になっていると思っている。


「はい、兄さん、紅茶です」

「おっ、ニテツ君……相変わらず、いいタイミングでいいお茶を出すなあ……」

 

 ニテツが選別し、最もいいと思った茶葉を使ってじっくりと抽出した紅茶はルビーのような色あいで、よい香りを放っている。ニコラスはそれを鼻で楽しみ、そして一口飲んで息をゆっくりとはいた。


「うん、うまい。」

「これはドイン産の最高級茶葉を使いました。お茶請けにどうぞ、これを……」


 そう言って出したのはドライフルーツのパウンドケーキ。お菓子作りはあまり得意でない二徹であるが、これは得意のお菓子である。よく作ってニコールとのお茶の時に出すオーガスト家の定番である。


 レーズンは香り高いラム酒に漬けられ、手作りのドレンチェリーは色も鮮やか。刻んだクルミが香ばしい。パウンドケーキというのは、小麦粉、バター、砂糖、卵を1ポンドずつ使うことから名付けられたものだが、このウェステリアでは『ベルーケイク』と呼ばれている定番スイーツである。バターケーキという単純な意味だ。


「相変わらず、君はいい仕事をしているな」

「いえ……このくらいはしないとニコちゃんに申し訳ないですから……」


 妻を訪ねてきた義兄をもてなすのも、家を預かる専業主夫の仕事である。美味しいお茶とお菓子のもてなしで、いつも幸せに暮らしていますというメッセージを発信することができる。


「で、兄上……今日、いらっしゃった訳はなんでしょう?」


 単刀直入にそう聞くニコール(いもうと)。貴族院議員で多忙な兄がわざわざ世間話をしに、自分のところへ来たとは思っていない。たぶん、自分か二徹に用があってのことと推測したのだ。


「さすが、我が妹。よくわかったな……」

「分かるも何も、忙しい兄上がわざわざ、私のところに遊びに来るとは思えませんから……。それに来た理由もおおよそわかっていますから」


 そうニコールはこの8歳も年上の兄を見透かしたように問いただした。バレているのかと、ニコラスは目を閉じて両手を軽く上げた。参ったという意思表示である。


「実は自分の婚約解消についてなんだ……」

「やっぱり!」

 

 ニコラスが最近、婚約を解消したことは姉からの手紙で知らされていた。相手の子爵令嬢とは1年前に婚約したが、どうも兄は気に入らなかったみたいで、破局となったようだ。オーガスト伯爵家の長男であるから、縁談はひきりなしにあるのだが、この兄は18歳の頃から、婚約、婚約破棄を繰り返し、いまだ29歳で独身の地位を保っているのだ。


 これはこの世界の貴族社会では珍しいことであった。貴族のほとんどはお見合いでの結婚。そのほとんどは政略結婚であり、目的は家を存続なのである。ただ、婚約破棄は珍しいことではなく、形だけの婚約であるなら双方が気に入らないなら、さっさと破棄して次に行くということはよくある話であった。それでも、婚約をしては破棄して結局、30手前まで独身というのは珍しい部類になる。


 現に兄に婚約破棄されたこれまでの4人の令嬢は、さっさと次の相手と結婚し、もう人妻になっている。


「何が気に入らなかったのですか。兄の相手はレオパール子爵令嬢だったかと思いますが。評判の美人と聞いてましたけど」

「ああ……会ったけど、確かに美人だった。でも、違うんだよなあ……というか、打算的なのがどうもね」


「向こうは伯爵夫人になりたいから、それは仕方ないでしょう。貴族の娘はおおよそ、そういうものです。平民や下級貴族は違うのでしょうが……」

「……そうなんだけどねえ……だが、レオパール子爵令嬢なんか、婚約破棄した途端に、次の相手とすぐに婚約したからな。あの割り切りにはついていけん……それに比べて……ああ、いや、ここからが本題なのだが……」


 ニコールは両腕を組んで右腕の人差し指と中指をパタパタと左腕に打ち付けた。兄が愚痴をこぼしに来ただけとは思えない、嫌な予感がしたのだ。二徹もここまで話を聞いて、この義兄の話しぶりに違和感を覚えていた。


(この人、もしかしたら気になる女ができたんじゃ……)


 内心、そんなことを思っていた二徹であったが、ニコールも妹の勘という奴でそれを察知していた。


(兄上はどうやら、気になる女性ができたらしい……しかも、堅物の兄上がこうも遠まわしに話を進めようとしているところが気になる……)


 考えられるのは平民の娘を好きになったか、もっと言えば、風俗業の女性に惚れたとこかそういうことではないかとニコールは予想した。恋愛ごとにはあまり長けていないと思われる兄が、その点に長けている女性に騙されていることも十分に考えられる。


 ニコールと二徹はお互いに目を合わせて、そして小さく頷いた。口火を切るのはもちろん、妹のニコール。ここは妹としてはっきりさせておきたい。もちろん、兄の気持ちを大切することを念頭においた助言だ。


「兄上、その本題って、兄上が結婚したい相手についてでしょうか?」


 驚いたような表情をするニコラス。どうやらしっかりものの妹にガッチリと本題に迫られて計画が狂ったようだ。


「いや、なに、ちょっと気になる娘がいてな……」

「気になる娘ですか?」


「ああ……その娘のことを考えると胸のあたりが苦しくなるのだ。これは今までの婚約者にはなかった感情なのだ……」


 貴族院議員のホープが頭を抱えて、そして悶えている。その愛しの娘の姿でも思い浮かべているのだろう。


「うむ。兄上、それは実に喜ばしいことです。なあ、ニテツ」

「はい、僕もそう思います。そういう感情は大切にしないといけませんが、問題は結婚までいけるかどうかです」


 二徹はズバリそう切り出した。貴族の結婚は難しい。これはお互いに愛し合っていたニコールとでさえ、困難な壁であった。家同士の格とか、財産の有無等、貴族社会では本人の気持ちよりも優先されることは多くあるのだ。


「兄上、兄上の心を虜にした娘は誰です?」

「ああ、いや、それは……その……」


 言葉を濁すニコラス。これだけで、彼の相手が困難を伴うものであることを彼自身が自覚している証拠でもある。


「平民の娘ですか……まさか、飲み屋の娘とか……も、もっと言うなら……その、あの、ぎ……妓楼の女とか?」


 よく妓楼なんて言葉を知っていたなと二徹は感心していたが、そこは突っ込まないことにした。もちろん、二徹は足を踏み入れたことはないが、どういう場所かは男なら知っている。伯爵令嬢のニコールは軍隊勤めだから、部下の兵士がそういうところへ行くことを知っているから、そこから得た情報だろう。


「ば、バカを言うな、兄をなんだと思っている!」


 妹の勘違いに少し怒るニコラスだったが、その時、ポロリと手帳が落ちて、そこから1枚の写真が飛び出た。裏面には直筆で『僕の女神ちゃん』などと書かれている。


 それを素早く手に取ったのはニコール。慌てるニコラス。二徹は素早く、ニコールに体を寄せて写真を見た。そこにはニコールの兄が恋焦がれる恋人が写っているはずである。


「な!」

「うっ!」


 二人は衝撃を受けた。


「な、なんですと~」


 奇っ怪な叫び声を上げたニコール。それも仕方のないこと。写真に写っていたのは2人がよく知っている人物。正確に言うと正体を知っている人物であったからだ。


「兄上、これは……猫仮面2号じゃないですか!」


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