合格と前途多難?
「この学校を選んだ志望理由を聞きます……」
メイやジャン、アーチたちが席に座ると面接官は最初にそう聞いた。アーチーはブルーバード校の素晴らしさをよどみなく話す。いつも口先だけでおべんちゃらを言っているアーチーには造作もないことである。
その他の子供も自分が学ぶ理由を話した。それは将来への希望を叶えるためであったり、両親の期待であったりした。
「ボクは……」
メイは話した。これまでの自分の境遇。そして、勉強することへの思い。その真剣な語りは試験官の心を打った。
「分かりました……今まで苦労したのですね」
涙を流しながら、最後の受験生であるジャンを見た。
「では、あなたは?」
ジャンの番である。メイの感動的な答えの次は辛い。何を言っても感動には届かない。
「お……俺は……いや……私は……」
慣れないジャンは緊張気味で語り始めた。
「学校ではいつも一人だった……それは世の中にすねていたから……素直じゃなかったから……。俺は……いや、私は鍛冶屋になりたいから、鍛冶には学校の勉強は役立たないって思っていたから……」
「そ、そう……鍛冶屋さんになるなら、中等学校で勉強する必要はないわね」
試験官はそう口に出したがそれは表面上のこと。ジャンの話す言葉に引き込まれる。
「でも、友達ができたのです。そいつは俺に勉強の大切さを教えてくれました」
ジャンは素直に話した。先ほど食べたすり流しが喉を通って、滑らかに言葉を紡ぎ出す。もう自分を飾らず、普段の言葉遣いに戻った。
「そいつは俺と一緒に勉強をしてくれて、美味しい料理も作ってくれたんです……俺は頑張れと言ってくれるそいつのためにも勉強を続けたい。勉強を続けて立派な大人になりたいと思っています。そいつが褒めてくれるようなそんな大人に……」
「……そ、そう……いい友達がいるんですね」
「ジャンくんは、そのお友達が好きなんですね」
「は、はい!」
面接試験は終わった。
メイもジャンも精一杯やった。後は運を天に任せるだ。
*
1週間たった。
いよいよ、合格発表の日。
合格者は学校の掲示板に貼り出される。
「ええっと……ボクの受験番号は……あった!」
メイは自分の番号を見つけた。ライラもナンナも見事に合格したようだ。メイと一緒に手を合わせて大喜びする。
「ジャンの奴は?」
「ないガンス……落ちたガンス」
「ええええ!」
ジャンの番号は145。だが、合格者に145はない。メイはがっかりした。面接試験ではいい感じであったから、これは学力試験の点数が足りなかったのであろう。
「いいや、あそこを見てごらん」
そうメイたちに指差したのは二徹。メイを連れて一緒に見に来ていたのだ。そこは補欠合格者の番号があった。
「あ……145……あった!」
ジャンは補欠合格だったのだ。
補欠合格。合格者の中から辞退者が出れば繰り上がり合格となる。そして、その繰り上がり合格は必然的にやって来た。
「そ、そんなお父様~ブルーバード校への入学を許さないだなんて!」
ローレンは父親の決定にうなだれた。お金持ちのローレンの父親は、中等学校からは名門の私立に行かせることを決定したのだ。
「ダメだよ、ローレン。受験するのは許した。だが、入学するかどうかは別の問題だ。受験はあくまでも実力だめしだよ。そもそも、公立に行くメリットがない。お前は聖ブリタリオへ行くのだ」
事業で成功したローレンの父親としては、今後の人脈作りを考えて娘を名門私立に行かせることは必然であった。
「そ、そんなああああっ~ジャン様~っ」
ローレンが合格を辞退したので2人の子分も辞退する。繰り上がってジャンに合格通知が届いたのは3日後であった。
「メイちゃん、合格おめでとう」
「メイ、よくがんばった」
「ありがとうございます。ニコール様、ニテツ様」
メイはそう言ってぺこりと頭を下げた。学校へ行き始めて1年に満たないメイが合格できたのも奇跡的だ。最後の追い込みは二徹のサポートもあったが、これも日々努力した結果。合格はメイ自身の実力で掴み取った結果であった。
「それにしてもメイちゃん、あの男の子も合格したんだよね」
ニコールはそう言ってメイに確かめた。昼にジャンがお礼に来たことを執事のジョセフから聞いていたので、これは確認の意味で聞いたのである。
「はい。ジャンもよく頑張ったと思います」
メイはそう言ってにっこりと笑った。
「それと……」
ニコールはバッチリと片目を閉じた。
「あの料理の効果はあったようでよかった……」
「はい。ニコール様。男子って本当に単純ですね」
「そうだろ……ニテツの奴もそうだったからな」
「ニテツ様がですか?」
メイは首をかしげた。例え、子供の頃でも二徹はジャンとは違い、賢くて大人のような余裕のあるとばかり思っていたからだ。
でも、メイは思い出す。ニコールが不器用なりに何か料理を作ると、たとえ、それがむちゃくちゃ不味くても涙を流して喜ぶことを。愛の前にはどんな障害も無意味なのだ。
(あれ……ということは……)
ジャンはメイの作ったレンコンのすり流しを食べて、面接に向かった。落ち着いて勇気が湧いたようであった。その前のけんちんうどんをライラやナンナにも食べさせたことを知ったジャンの落ち込みようは……。
(え……まさか……ジャンの言っていた励ましてくれた友達って……)
ジャンが面接でしゃべっていた料理を作って励ましてくれた友人の話。面接では緊張してスルーしてしまったけど、どう考えても自分ことだ。
(あ、あれって……ボクのことだったの!)
(ということは…ジャンって……)
「はい」「はい」「はい」「はい」「はい」
ジャンの返事がこだまする。
「ボクのことが好きなの!」
ようやく分かってしまったメイ。
ジャンとメイの胸中複雑な中等学校生活が始まる。




