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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 メイちゃん中等学校へ行く ~温かけんちんうどんとすり流し汁
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面接試験

 入学試験の時がやって来た。

 

 受験者は定員の3倍。例年と同じくらいの倍率。いくつも受験して公立のブルーバード校を滑り止めにする生徒も多いので、実質の倍率は2倍というところだ。

 

 それでも初等学校で底辺の成績だったジャンにとっては、合格するのは至難の業である。ところが、この1ヶ月の猛特訓とジャンの持って生まれた地頭の良さ。そして、何よりも受験に特化した二徹のアドバイスがよかった。


「うおっ……これはすげえ……二徹さん、ドンピシャじゃん」


 試験の1時間目。算数において二徹が予想した問題が出て、ジャンは勢いに乗った。算数の出来は9割方できたと実感。これをきっかけにして、次のウェステリア語、化学、地理、歴史と試験は進み、最後のフランドル語まで一気に突き抜けた。


 あまりの調子良さに鼻歌まで出て試験官にうるさいと注意されるくらい余裕であった。午前中の試験が終わって、ジャンは同じ学校の試験を受けているメイやライラ、ナンナたちのところへ行く。


「おい、お前ら調子はどうだい?」


 なんだか上から目線のジャン。テストが順調すぎて、調子に乗っているのがありありと分かってしまう。


「ボクたちも順調だよ。手応えアリっていま話していたところなんだ。ジャン、その分だと調子良さそうだけど……」


 メイは若干、心配そうにそう返答した。メイはライラとナンナとここまでの答え合わせをして、3人ともかなり合格を期待できる数字を取れそうだと話していたところだ。これは二徹の用意してくれた予想問題集のおかげでもあった。


 何しろ、ほとんど同じという問題が全体の7割も出ており、それに類似した問題を合わせると9割は練習してきたことと同じであったから、確実に合格圏内へ行けそうであった。


 この点において、二徹は予備校のカリスマ講師の才能まであったと言える。これについては、きちんと過去問を分析し、傾向をつかんだ上で基礎基本を押さえた指導の成果である。不得意教科は確実に取りこぼさないよう点数をキープし、得意教科で点数を稼ぐ作戦なのだ。

 

 入試というのは資格試験ではない。資格試験は到達目標点数に達しなければダメだが、入試試験は違う。選抜試験だ。定員内に達すれば点数は問題ない。


「だけど、ニテツさんが言っていたけど、合計点数が6教科で440点が合格ラインだって。ジャンは何点予想なのよ?」


 そうライラが聞いた。みんなで答え合わせをすれば、おおよその点数予想はできる。二徹が予想した440点を超えていれば安全圏というわけだ。


「ライラは510点、ナンナは480点。で、ボクは485点という予想だけど。ジャンは何点なの?」


 ジャンはメイたちと答え合わせをする。合計は430点。学校のビリけつからこの数字は相当なものだ。だが、僅かに数字は足りない。無論、440点は少し安全圏と見ての数字だから、ジャンも合格に滑り込むかもしれない。


「安全圏じゃないけど、よく頑張ったね」


 メイはジャンの点数を聞いてちょっとほっとしたようだ。1ヶ月前のジャンからは考えられない点数である。正直、よくやったと見直している。


「畜生……もっと取れたと思っていたのに!」


 本気で悔しがるジャン。だが、1ヶ月で死ぬほど頑張ったとしても、そうそう甘くはない。


「となると、最後の面接試験だよね。これが一番心配だよ……」


 面接試験でいい結果を出せば、10点、20点の加点は期待できる。しかし、面接試験はジャンが最も苦手なジャンルだ。普段から態度の悪いジャンが、付け焼刃の面接試験で高得点が取れるはずがない。


「ふん。男はここぞという時にやるものさ」


 ジャンはそう言って鼻をこすった。だが、それは強がり。ジャンの癖を見抜いているメイは心配になった。ジャンは動揺すると鼻をこする癖があるのだ。


「ジャン、とにかく面接試験は大人しくやってね。これ以上、点数を落とさないでね」


 面接試験は加点だけでない。態度が悪ければ減点もありえるから、メイはそう注意したのだ。


「ふん、うるさい、お節介女。そんなことは、お前に言われなくても分かっているさ」


 メイはため息をついたが、ここはジャンに任せるしかない。メイは話題を変える。


「それにしても、みんなよく頑張ったよね」

「メイちゃんのおかげでガンス」

「メイちゃんのあの夜食のおかげだよ。とても美味しかったから……」

「おい、それはあの『けんちんうどん』のことか?」


 ジャンは衝撃を受けた。あの夜食の『けんちんうどん』は、メイがジャンだけに作ってくれた料理のはずだった。


「そうだよ」

「え?」

「ライラやナンナも受験仲間だからね。ボクが作って届けてあげたんだよ」


(ぐああああああっ~)

(メイの奴、俺だけに作ってくれたんじゃないのか~っ)


  考えてみればそんなわけがない。メイは友達思いのいい子なのだ。

  そしていい子は時には残酷になる。


「どうしたの、ジャン。急に元気なくなっちゃったけど?」


 明らかに表情から先ほどの勢いが消えてしまったジャン。メイはジャンの変化に気付く。弱気なジャンは何だか可愛いと思ってしまったメイだったが、ジャンはすぐに調子に乗るので励ますことはやめておいた。少なくとも普通に面接を乗り切れれば、ジャンの点数でも合格点に到達しているかもしれない。ここは冒険しないことが大事だと感じたのだ。


「じゃあ、私たちは面接の時間だから……」


 面接は午後から5人ひと組で行う。時間は20分程度。主に初等学校で頑張ったことや、志望動機などを聞かれる。面接時間が早いライラとナンナは、そう言って面接会場の待機場所へと向かった。


 面接試験。


 それは良くも悪くも人間性が出る。これは付け焼刃ではクリアできない大きな壁だ。特に12歳の子供では、普段の考え方、思いがそのままが出る。ましてや、心の動揺はそのままマイナスとなって出てしまう。ちなみに偶然ながら、メイはジャンと同じ組。


「ジャン、どうして中等学校に入りたいのか、ジャンの思いをしっかり伝えるしかないよ」

「ああ……」


 生返事のジャン。


「はははっ……何だ、面接前にしょぼい顔だな」

 

 メイとジャンにそう話しかけてきたのは、アーチーである。あの犬族の男の子だ。アーチーもこのブルーバード校を受験したのだ。


「ジャン、君の受験番号は145だろ。僕は146……どうやら、君と僕の面接グループは同じみたいだけど……それじゃ、面接の加点は無理だね。学力試験で合格ラインに届いていればいいのだけどね」


「はん……それはお前にも言えるけどね」

「ふんふん、ちょっとだけ闘志が戻ってきたみたいだね。でも、面接試験は闘志じゃ突破できないよ。それより、メイちゃん、一緒の学校に行けるなんて僕はうれしいなあ。合格したらよろしくね」


 そう言ってアーチーはメイの手を取る。さすが女子の扱いには慣れているアーチー。呆気に取られているメイの虚をついて手を握る。 


「は、はあ……」

(おい……メイ、そんな奴に手を握られるなよ。まさかお前、アーチーの奴に気があるんじゃ……)


 ますます弱気になるジャン。キザったらしく、手を上げながら去っていくアーチーを見送るだけのジャン。


「何だか、アーチー君は余裕だね。それに比べて、ジャンはビビっちゃって……。いつものジャンらしくないぞ」


「う……うるさい……」


 面接の時間は近づく。待ち時間を大気部屋でメイと過ごすジャン。時間が近づくにつれてジャンの足が震えている。


(こりゃダメだなあ……いざという時にビビっているようじゃ……)


 メイはカバンを取り出した。そこに入っていたのは水筒。金属製の水筒である。昼の時間に二徹から受け取ったものだ。


「ジャン……」

「ジャン……ジャンってば!」

「あ、ああ……メイか……」


 メイは水筒の蓋を取る。湯気が立つ。


「これを食べてよ」

「た、食べる?」


 鼻先に突き出されてジャンは思わず匂いを嗅いだ。とてもいい匂い。癒されるような慈愛のある匂い。ジャンはフラフラと水筒を手に取り、そして一口飲んだ。


「う、うめえ……あったまる……」

「落ち着くでしょ」

「このトロトロした汁は……」

「レンコンのすり流しだよ」

「レンコンのすり流し?」


 レンコン。以前、二徹が助けたレンコン農家のイーサンから譲ってもらった取れたてのレンコンで作った料理である。昆布と鰹節で取った出汁にレンコンをすりおろした汁。生姜がアクセントとなり、ぴりっとした食感が嬉しい。


 トロトロとした食感が心地よく、そして温まる。削り節のよい出汁とすり潰したレンコン。慈愛に満ちたその味はジャンの心を落ち着かせる。


「ジャン、落ち着いた?」

「メ、メイ……」


(いやいや、これはメイの昼ご飯の残りだし……どうせ、ライラやナンナにも食べさせたに違いない……こいつはそういう奴なんだ。誰にでも優しいんだ……)


 ジャンは騙されまいと首を振った。メイは天然でこういうことをする女の子なのだ。本人には全く悪気はないのだが。


「落ち着いた?」

「ああ……ありがとよ……少しは落ち着いた」


 ジャンはそう言って水筒を返した。それを受け取るメイ。犬耳がピクピクと動く。


(や、やべえ……かわええ……)

(いやいや、今はそんなことは忘れろ。今は試験に集中するんだ……)


「さあ、ジャン、面接が始まるよ」

「ああ……」

「ジャン、ボク初めて作った特製のレンコンのすり流しを食べたんだから、がんばろうね」

「え……初めてって?」


「昨日、ニテツ様から教わって初めて作ったんだよ。それを温めてもらって届けてもらったんだ。どこかの弱気な男の子のためにね」


「メ、メイ……」


 メイはこのすり流しをジャンのためだけに作ったのだ。落とされた気持ちで沈んでいたジャンの心に青空が見え始める。雲の切れ目から、天使の翼をもったメイがたくさん舞い降りる。手にはホカホカの『けんちんうどん』や『レンコンのすり流し』をもって。


 むくむくとジャンに闘志が沸いてくる。



続きは今日中にアップします。

メイちゃんの外伝は次回で終了。

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