サバイバル飯レポート
二徹たちが島にたどり着いて3日目の朝。1隻の船が救出にやって来た。それは衛兵警備隊の船で、二徹たちの船が行方不明になり、すぐに捜索隊が編成されてやってきたでのであった。
あの海に突き落とされてしまった船長や助手は、半日ほど漂流していたが、運良く通りかかった船に救出されたそうだ。彼らの証言から無人島への捜索が開始され、2日目の天候が回復した後にやってきたのだ。
「ご無事で何よりです」
救出に来た衛兵警備隊の指揮官は、そう述べて簡単な事情聴衆をした後に、二徹たちにこれからどうするかを尋ねた。
「決まっている。まだバカンスは終わっていない。2週間はグリーンコーラルに滞在する予定だったのだ。これから島に行って余暇を楽しむ」
ニコールの答えに二徹も頷いた。ただ、船が沈んで荷物もお金も全て失ってしまった。仕方がないのでニコールが沿岸のウェステリア軍駐屯地に手紙を書いてお金を貸してもらうことにした。
手紙を衛兵警備隊に託すと、当初の予定通り、グリーンコーラル島へと送ってもらった。
島に到着すると、その美しさに思わず目を見張った。
あの無人島も悪くはなかったが、やはり高級リゾート地の島は違う。よく整備された砂浜は真っ白で細かい粒の白い砂で踏みしめると心地よく、パラソル付きの寝椅子は快適。よく冷えて美味しいトロピカルなジュースに、フルーツが用意されて食べたい時に食べ、飲みたい時に飲むという天国のような生活を送れる。
まさに南国リゾートである。二徹もニコールもエリザベスもこの快適な休暇を楽しんだ。海岸から離れたコテージが寝室。朝起きると朝食。午前中はコテージ前のプールで過ごし、お昼のバーベキューを楽しむと、午後は海岸で過ごす。そんな生活を1週間ほど過ごした。
「ふう~癒されるううう……」
いつものように海岸で寝そべるニコール。太陽の強烈な日差しもパラソルの陰で遮られ、水着で覆われていないニコールの白い肌を傷つけることはない。
「ニコちゃん、よく日焼け止めオイルを塗っておかないと、日焼けしてしまうからね」
そう言って、二徹は寝そべったニコールの背中にオイルを塗る。ニコールの白い肌は、不用意に日焼けをすると真っ赤になってしまい、小麦色になることがない。だから、日焼けからの防御はとても大切なのだ。
「上手に焼けば、褐色の肌になってエキゾチックになるかもしれないぞ。ニテツ、私が褐色の肌になったら、どう思う?」
クスクス笑いながら、うつ伏せでそんなことを言ってくるニコール。この島へ来てほぼ一日中、二徹とべったり過ごしているから、ニコールの機嫌は最高にいい。周りも目のやり場に困るラブラブぶりなのだ。
「そうだね……。褐色のギャル系奥さんも活発な感じでいいけど……僕は色白のニコちゃんがいいな。ニコちゃんは高貴でおしとやかなイメージの方が合っているよ」
「ううう……ニテツ、それは私におしとやかにしろと言っているのか?」
「違うよ。見た目はおしとやかなのに、行動が活発なニコちゃんのギャップがたまらないんだよ」
「バ、バカなことを……」
「それに……」
ペタペタ、スベスベとニコールのガラス細工のようなツルツルの肌にオイルを塗っていく二徹の手は止まらない。
「昼のクールなニコちゃんもいいけど、夜の可愛いニコちゃんのギャップもいいな」
「なっ……」
「昨日の夜は特別に可愛かったし……」
「うううう……ニテツ……それはここで……いっちゃダメだ……」
両手で顔を覆うニコール。どうやら、昨晩のことを思い出して頭が沸騰したようだ。
そんなイチャコラをしている夫婦をよそに、エリザベスは島に遊びに来ている客の子供たちと遊んでいる。同じ年くらいの子供が何人もいて、すぐに友達になったようだ。
白い砂をスコップで掘って、一緒に何かを作っている。バケツに海水を汲んで砂を濡らし、固めてから山にして削っていく。
どうやら作っているのはお城らしい。ワイワイと喋りながら、楽しそうに作っている。お城という目標に向かって、子供たちが創意工夫をする姿というのは微笑ましい。そんな姿を遠くで眺めている二徹とニコール。
「都へ帰ったらエリザベスは学校へ入れよう。あの子には同世代の友達が必要だ」
「そうだね」
エリザベスの育った領地の村は田舎だったので、エリザベスの年齢から行ける学校はなかった。人口も少なく、同世代の子供は少なかったので、子供同士で遊ぶという体験は少なかったようだ。
都へ帰れば、貴族の師弟が通う幼年学校がある。そういったところへ通わせれば、友達もすぐにできるだろう。
「おや?」
二徹がそうつぶやいたのは、せっかくできかかった砂の城を足で踏み潰した子供がいたからだ。その子はエリザベスよりも少し年長な女の子。エリザベスたちと同様に水着を身につけているものの、大きなつばのある帽子を被り、水着のゴージャスさからいって、貴族の出身だろうという感じの子供である。
「こんな砂の城なんて無駄よ」
片足で踏みつけ、腕組みをした女の子はそう言ってエリザベスたちを睨みつけた。
「何をするんだよ」
「せっかく作ったのに悲しいのじゃ」
エリザベスたちはそう抗議をするが、その高慢な態度の女の子は、全く聞き入れない。腕を組み、背の低い小さな年少の子供たちに向かって上から見下ろす。
「こんなおこちゃまな遊びはおやめなさい。今からこのわたしと一緒に女王様ごっこをするのよ」
「女王様ごっこ?」
「それはどんな遊びなのじゃ?」
小さな子供だと少し年齢が上の子供からの未知の提案に興味を惹かれやすい。そしてそういう提案でグイグイと引っ張っていく子供がリーダーとなるのだ。
「まず役割を決めるわ。この私、アイリスが女王様よ。あなたたちは家来をやりなさい」
アイリスと名乗った女の子は、そう自信満々にエリザベスたちに宣言する。そして女王様ごっこのルールを説明する。要は今からアイリス扮する女王様の命令にひたすら従うという、アイリスのひどくわがままなゲームなのだ。
「え、嫌だよ。そんなことやりたくないよ」
エリザベスと遊んでいた子供のうち、犬族の男の子がそう反抗した。だが、アイリスはすごい形相でにらみつける。その勢いに押されて男の子は黙った。
「私は栄えあるウェステリア王国の大貴族、ハルシュタット公爵のお姫様ですわ。そして9歳。あなたがたは何歳?」
「ぼ、僕は7歳」
「わたし、8歳」
「リズは6歳なのじゃ」
「ホーホホホ。みんな年下じゃない。年下は年上の命令を聞くものですわ」
そう言われると何だか、そうしなくてはいけないみたいに思ってしまい、うなだれるエリザベスたち。なし崩しに女王様ごっこ遊びが始まった。
「ニテツ、あの女の子、随分と意地悪そうだな。エリザベスは大丈夫かな……」
ニコールは遠くから成り行きを見ていて、そう心配そうに二徹に言った。二徹は微笑んで首を軽く横に振る。
「ニコちゃんは心配性だね。大丈夫だよ。危ないことをしない限りは、子供たちに任せておこうよ。大人が干渉してあれはダメ、これはダメって言うのはよくないよ。多少、嫌なことをされても自分で解決することを学ばないと大人になった時に困るからね」
「そうだな」
子供は遊びの中でいろんな体験をする。それはよい体験もあれば、嫌な体験もある。嫌な体験も大事だ。なぜなら、それを乗り越えることで心が強くなる。ところが過保護に育てて、友達同士の関係にまで親が介入すると嫌なことに対しての免疫が育たたなくなる。
そうなると悲惨だ。ある程度の年齢になって、うまく友達との関係性が作れないからトラブルになる。いわゆる『いじめの問題』だ。関係性の作れない子供はいじめの加害者にも被害者にもなるのだ。そして子ども同士が未熟だから、自分たちでは解決ができず、親が再び介入してドロドロとなる。そうなると真からの和解などできなくなる。
言うなれば、小さな時のお砂遊びでスコップを取ったの取らないので、喧嘩をする時から社会性を学んでいるのだ。そういう時には大人が温かく見守り、怪我をするような喧嘩にならない限りは自分たちで解決するように仕向けるのがベストである。
そんな思いで二徹とニコールは、エリザベスを見守っている。
「あなたは猫族の子ね。あなたは私の侍女の役を与えるわ」
エリザベスは女王様に仕える侍女の役をもらったようだ。男の子は女王様を守る騎士の役。もうひとりの女の子は料理人の役を与えられた。女王様遊びは単純である。アイリスが動くところへ一緒に移動し、アイリスのわがままを聞くというものである。
海岸沿いをお散歩していて、カニが出てくるとそれを女王様を襲うモンスターだと認定して、騎士役の男の子が棒で叩いて退治する。貝殻を拾わせ、それを宝石に見立てて献上させる。実に子どもらしい想像力で遊びが展開される。
「わらわは疲れた。あそこの樹の下で休むぞ。ついて参れ」
芝居がかったセリフを口にして、そうアイリスは海岸沿いの木陰に座る。そして騎士役の男の子には、飲み物をもってこさせた。料理人の女の子には料理を作るように命令する。エリザベスには大きな葉を使って扇がせて涼しくなるように命じる。
「はい、女王様、お飲み物です」
そう言ってコップにジュースを入れて戻ってきた男の子はアイリスに渡す。
「ご苦労様です」
それを優雅に手に取り、一口飲むアイリス。ジュースは朝食に出たザクロのジュースだったようだ。それはアイリスの苦手な味。嫌な顔をしてコップを逆さにした。ジュースが地面にこぼれ、砂地に赤いシミを作った。
「まずいわね。女王様にこのようなまずいジュースを持ってくるとは、あなた騎士失格ですわ!」
「お許しを女王陛下」
せっかく持ってきたのに怒られた男の子だが、今は演技しなければとそんな言葉を出す。そこへ料理を作るように言われた女の子が葉っぱに作った泥団子をのせて差し出した。花も飾って実に可愛い見立て料理である。
だが、ジュースの件で機嫌が悪くなったアイリスはそれを足で蹴る。せっかく作った泥団子が割れてクズくずになる。
「このようなのは料理じゃないわ。ちゃんとしたものを作りなさい」
「では、これでどうでしょう」
先ほど、ジュースを持ってきた男の子はついでにお菓子も持ってきたので、葉っぱにクッキーやチョコレートのお菓子を並べて差し出した。これは実に美味しそうである。しかし、わがまま嬢様はこれも足で蹴る。
「こんなものは食べ飽きたわ。もっと珍しい食べ物を持ってきなさい!」
「そ、そんなこと言われたって……」
「無理だよ……」
男の子と女の子は困惑する。その様子を葉っぱで扇ぎながら見ていたエリザベス。よいアイデアが閃いた。
「女王様、珍しい食べ物じゃな?」
「そうよ。このアイリス様が今まで食べたことがない美味しいものよ」
「それを持ってきたら、絶対食べるのじゃな?」
「もちろんよ。女王の名に誓うわ!」
そう宣言したアイリス。エリザベスは少し時間をくれと言って、男の子を連れて林の中へと入っていた。
30分ほど経った。
「遅いわね……」
樹の下で待っていたアイリスであったが、厨房から走ってくるエリザベスと男の子を見て気を取り直した。どうやら、何か食べ物をもってきたようだ。
「お待たせしましたのじゃ、女王様」
そう言ってエリザベスは小さなフライパンを差し出す。それは何か細くてコロコロした物体である。バターで炒めたようで、焦げた良い香りがする。
「これは何ですか?」
「林で捕まえて軽く焼いたのじゃ。甘くて美味しいのじゃ」
「……何だか、食べてはいけないビジュアルですわね……」
匂いは確かに美味しそうなのだが、見た目は不気味なのでアイリスは躊躇した。だから、女王様の特権を発動する。
「こんなものは食べられないわ。そう、そうだわ。毒見を命じます!」
「え、さっき、女王様の名にかけてとか言ってたよな」
男の子がそう反発するが、アイリスはきっぱりと言い放つ。
「あなたたちが食べられないものを持ってきて、私に食べさせようとするのでしょう。そんな手には乗らないわ」
アイリスは自分を試そうとしているのだと思い込んだ。それで食べられないようなものを調理したに違いないと断定したのだ。だが、その目論見は外れる。エリザベスはその不気味な物体を手でつまむと美味しそうに食べたのだ。
それだけではない。男の子も躊躇なく摘んで食べた。そして浮かべた表情がなんとも幸せそうなもの。この不気味な物体が美味しいことは間違いがない。
「私も食べていい?」
料理人役の女の子もたまらず食べた。
「ううう~っ。甘くて美味しい!」
「そうじゃろ。これはニテツさんに教えてもらった食べ物なのじゃ。無人島でこれを捕まえてたくさん食べたのじゃ」
わいわいと盛り上がる子どもたち。それに疎外感を覚えるアイリス。女王様役をしているから、ここは主導権を握らないといけないと本能的に思ったようだ。
「わ、分かりました。食べましょう。庶民の献上品を食するのも上に立つものの義務ですから」
アイリスは勇気を出してそれをつまんだ。そしてゆっくりと口へと運ぶ。そして、それを歯で少しだけ噛もうとした瞬間。恐ろしいものを見てしまった。料理人役の女の子にせがまれて、食材となった物体をエリザベスがポケットから取り出したのだ。それは白く太ったモスグラブ。蛾の幼虫である。
「うげえええええっ!」
噛もうとしたのを中断して、アイリスは気取った女王様の演技を捨てた。こんがりと焼けた幼虫のソテーも捨てる。
「もったいないな、女王様」
「こんなに美味しいのに……」
「女王様なら食べる勇気はあるのじゃ」
そう言ってパクパク食べている3人に恐怖を覚えるアイリス。完全にランク付けが下がった。
「こんな弱っちいのは女王様じゃないぜ」
「もうアイリスちゃんは女王様じゃないよ。女王様ごっこはやーめた!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
慌てて止めたが、男の子と女の子はそう言ってスタスタとアイリスを置いて言ってしまった。それを制止できないアイリス。思わぬ年下の反抗にどうして良いかわからず、涙がポロポロと流れてくる。
「そ、そんな待ってよ……」
そんなアイリスは、トントンと肩を叩かれて振り返った。振り返りざまに口に突っ込まれた。よくソテーされたモスグラブである。
「うぐぐぐ……」
「好き嫌いはせずに食べてみるのじゃ。これは本当に美味しいのじゃ」
「……あら?」
思わず噛んでしまったが、そのひと噛みで口の中に流れた味は上等なクリーム。それはねっとりと甘くてクリーミー。それは都でしか食べられない上等なお菓子に匹敵するものである。
「お、美味しいわね……」
「美味しいのじゃ。好き嫌いは良くないのじゃ……。他にも美味しい虫はいっぱいあるといいう話じゃ」
「……虫って美味しいのね……知らなかったわ」
「そうなのじゃ。見た目は変でも美味しいものはいっぱいあるのじゃ」
そう言ってモスグラブにかぶりつく猫姫エリザベス。そのたくましさに思わずアイリスは、この年下の女の子に手を差し出した。
「わたしは都のエリーゼ初等学校に通っているの。あなたの名前は?」
「エリザベスじゃ」
「エリザベスはどこに住んでいるの?」
「これからファルスへ住むことになると聞いているのじゃ」
「じゃ、じゃあ……貴族なら私の学校へ来る可能性はあるわね。いいでしょう。あなた、年少組だけど私のお友達にしてあげる」
「うむ。そうなればよろしくなのじゃ」
虫食に目覚めてしまった小さな令嬢二人。
この二人。将来、社交界でデビューする美しき貴族令嬢になるのだが、虫食会なるサロンを開くことになる。そこにでは珍しい食材を食べることに興味のある人々を集めて、その料理法を研究し、試食会を催す会なのだ。
*
「虫食か……」
エリザベスから話を聞いたニコールは、無人島で見たあのイモムシのソテーを思い出してプルプルと体を震わせた。困ったことにエリザベスは、虫に対する恐怖心がなくて、いろんな虫を捕まえてくる。ニコールはどちらかというと苦手なのだ。
「でも、よかったじゃない。そのアイリスという子と友達になれて」
「うむ。エリーゼ初等学校はエリザベスを入学させようと思っていたところだったからな。友達ができたのは喜ばしいが……」
エリーゼ初等学校はウェステリアの貴族が子供を通わせている名門校の一つである。ニコールの屋敷からも近く、人間族だけではなく、わずかにいる猫族、犬族の貴族の子供も通っている。そういった意味では、猫族のエリザベスを通わせるにはちょうどよいだろう。
「ちょうど王宮料理アカデミーのエバンズさんから、執筆を頼まれていてね」
そう二徹はニコールに打ち明けた。エバンスは友人のレイジの父親で、ウェステリアで最高の地位にいる料理人。食の研究の最高峰である王宮料理アカデミーの総料理長なのだ。
彼から軍隊のサバイバル飯のレポートを頼まれていたのだ。いつも珍しい料理で周りを驚かせる二徹の腕を見込んでの依頼だ。
「も、もしや~」
ニコールの顔が引きつる。二徹が何をテーマにレポートを書くか分かったからだ。二徹がレポートを書けば、ウェステリア軍のサバイバル飯になってしまう可能性がある。
「うん。昆虫食をテーマに……」
「いやああああっ……やめてくれ、そんなことしたら……」
昼の間のアイリスの状況がニコールに降りかかってしまうかもしれない。
「でも、虫は戦場でも手に入るし、高タンパク、高カロリーで美味しいし……」
「む……無理~っ」
ベッドで枕を抱えて叫ぶ妻の姿にテーマを変えようと思った二徹であった。




