デンプシースープとイモムシ
うー。スランプ。1週間書けず。
で、やっと投稿できました。ふう……。
だが、二徹たちは運が少しだけ悪かった。朝方は少し晴れ間が出ていた天気であったが、どんどんと悪くなり、昼頃には雨が降り出し風も出てきた。海も荒れているので今日中に捜索隊がここへ来る可能性は低くなった。
よって2日目は、慌てて火を絶やさないための薪やら、寝るときの干し草を調達する作業に忙殺されてしまった。
やっと落ち着いた時にはもう午後の夕方近くになってしまっていた。その頃には雨も激しく降り始めており、3人は寝床の岩陰にこもるしかなくなってしまった。
岩陰は朝からの作業で雨がしのげるように入口を枝で覆い、風や雨の侵入を防ぐように工夫し、火についても雨がかからないように枝や葉で屋根を作ったので消えずに燃えている。薪になる枯れ枝もたくさん拾ってきたので、今晩一晩だけはもちそうだ。
「ニテツ、体がベタベタするのだ。この雨をシャワー替わりに体を洗ってきてよいか?」
ニコールも二徹もエリザベスも昨日から水着で海に入って1日を過ごしてきたから、海水でベタベタして気持ちが悪い。このスコールは自然のシャワー替わりになる。
「じゃあ、僕は夜ご飯の準備をするから、ニコちゃんはエリザベスと一緒に浴びてくるといいよ。浴びた後は水を拭って、火のそばで体を乾かしてね」
二徹に許可されて、ニコールとエリザベスは外に出る。雨は激しくなっており、まさにシャワー。水着できゃっきゃと水浴びをする。二徹はその間に夕食作りである。
「まずは罠で捕まえたエビとカニを使った具沢のスープ」
麻袋にカレイのアラをいれて沈めておいたら、エビが12匹、小さなカニが4匹入っていたのだ。これに岩の浅瀬に取り残されていた小魚や小さな貝を捕まえたので、これを使って温かいスープを作ることにしたのだ。
スープを作るには鍋が必要だが、あいにく鍋はない。海岸沿いを歩いていて砂に埋まった花瓶を見つけたので、これを利用する。
「まずは材料の下処理……」
小魚は内蔵を出して背びれ、胸ビレをカット。ウロコを剥がして身に切れ目を入れる。エビは背わたを取る。よい出汁が出るので、殻つきのまま。カニは小さいから甲羅を割ってそのまま投入。貝類は殻ごとよく洗っておく。取ってから海水に付けておいたから砂出しも十分である。
花瓶に真水を入れて具材を入れる。問題は味付け。調味料は一切ないから、海水を足すことで塩味を加える。
「ふう~気持ちよかったぞ」
「ものすごい雨なのじゃ……」
自然のシャワーを浴びて帰ってきたニコールとエリザベス。すぐに干してあった二徹のシャツをタオル代わりにして体を拭く。そして火のそばへ。体が冷えてしまうと大変なことになる。
「う~っ……温かい」
ニコールもエリザベスも水着だけだから、火にあたって体を乾かす。
「ちょっと、待っててね。温かいスープを作るから」
「その花瓶で煮るのか?」
「花瓶をそのまま火にかけると割れてしまうかもしれないからね。こういうやり方で煮ることにするよ」
花瓶は火のそばに置いているとはいえ、直接火にかけると耐熱性に乏しい花瓶は割れてしまうことが考えられた。かと言って、火を通さないでは生臭くて食べられたものではない。
そこで二徹が考えた方法。石を火にくべて熱し、それを花瓶に入れるのだ。熱せられた石はスープに入れられると一気に熱を発散し、スープを煮立たせる。
「あ、これは見たことがある。ウェステリア海軍のデンプシースープだな」
昔、戦場飯対決で海軍士官が作った荒っぽい海の男の料理である。ブクブクと沸騰し、魚やエビ、カニが煮え、それとともにその身からエキスがスープに溶け出す。調味料は塩味だけだが、海鮮から出た出汁が絡み合い、複雑な味に変化する。特にカニと出汁がうまくマッチして、狭い岩陰になんとも言えないいい匂いが立ち込めていった。
「体が温まると、お腹もすいてきたな……」
「なんだか、美味しそうな匂いがするのじゃ……」
「うん……そろそろいいかもしれないね」
二徹はバブの木を利用して作ったお玉でスープをすくう。よそう器もバブの木を使ったものだ。
「さあ、召し上がれ……」
「熱つつ……」
「ふうふうするのじゃ……」
ブクブクと沸騰している海鮮スープを飲む2人。冷えた体は火で暖められているとはいえ、水着だけだからすぐに冷えてしまう。このアツアツスープを飲むと体の内部からもじんわりと熱が伝わる。
「うくくく……」
「う~っつ」
「どう? 調味料がないから塩味がメインだけど」
ニコールとエリザベスの顔に笑みが浮かぶ。
「美味しい」
「美味しいのじゃ!」
この島へ来て食べた食事は、ウニとカレイの蒸し焼きだけで、このスープまでは水以外、何も口にしていなかったから、これは体に染み込む美味しさである。
「エビの身がプリプリで噛むと濃厚なスープが溢れ出す」
「カニは固いけど、身をちゅうちゅう吸うと美味しいのじゃ」
無我夢中で具を食べるニコールとエリザベス。二徹も口にしてみる。
(う~ん……素朴な味だ。素材の味は生かせているけど、やっぱり醤油か味噌が欲しいな)
お腹が減っているから美味しく感じるが、料理が得意な専業主夫からすると、調味料があればもっと美味しくなるのにと残念な気持ちになる。
このスープだったら、自家製の味噌を入れて海鮮味噌汁にしたら、もっともっと美味しくなるだろう。また、具もナンプラーに付けたり、醤油に付けるともっと味が深まるだろう。それでもニコールもエリザベスも美味しいと言って食べてくれているから、二徹としては満足である。
「ふう~。もうお腹いっぱいだ……」
「眠くなってきたのじゃ……」
「もう寝たほうがいいよ。スープしかないから、またすぐにお腹が減ってしまうからね」
いつの間にか日が暮れて真っ暗になっている。雨も相変わらず激しくなり、気温も低下している。風よけがある岩陰とはいえ、暖かくして寝ないといけない。
「今日は特製のベッドを作っといたからね」
「特製のベッド?」
二徹にそう言われてニコールとエリザベスは、草でできたベッドを見たが、昨晩とあまり変わっていないので首をかしげた。今日は日が照っていなかったので、草の乾き具合は今一つで、昨晩ほど気持ち良くはないだろうと思っていた。
「わっ……温かい……これはどういうことだ?」
ニコールは驚いた。草の中に潜るとほんわかと暖かいのだ。まるで上等な羽根布団にくるまったかのような暖かさである。そしてその暖かさは地面から来る。
岩陰の床には痛くないように海岸から取ってきた砂が敷き詰められている。そしてその上に草が分厚く敷かれているのだが、そこから熱を感じるのだ。
「実は床の砂の中に秘密があるんだよ」
二徹はそう言って片目を閉じた。床全体がホットカーペットみたいに心地よい熱を発しているのだ。
「わ、わかったぞ……石だな、焼いた石を砂地に埋め込んだのだな?」
「ニコちゃん正解だよ」
ニコールたちが雨のシャワーを浴びている間に石を火にくべて温め、床に穴を掘ってそこに埋めたのだ。焼き石はじんわりと地面を温めるのだ。
この床に寝転がり、上から乾いた草を被れば温かいベッドの完成だ。あまりの心地よさにエリザベスは速攻で眠ってしまっている。
「ねえ……ニテツ……」
「なあに?」
「早く、隣に来て」
そう言ってニコールは草の中から顔を出した。二徹は火が消えないように薪を足し、食器を雨水で洗って干していた。
「ちょっと待ってね。片付けがあるから……」
「そんなの朝でいい。早く来て……私を温めるのだ」
「ニコちゃん、ベッドは焼き石で暖かいんじゃ?」
「さ・む・い……」
「え?」
「もう、ニテツが隣に来ないと暖かくならないの!」
そう言ってダダをこねるニコール。二徹も火のそばにいるとはいえ、シャツはタオルがわりに差し出してしまっていたから、上半身は裸だ。そんな風に誘われるとニコールの肌の温かさの誘惑に負けてしまう。
「仕方ないね……おっ……思った以上に床がぽかぽかするね」
「もう……」
草の中に潜ってきた二徹の体を足でぎゅっとはさむニコール。上半身もぐっと押し付けて腕も絡ませる。
「床だけじゃないでしょ」
「うん。ニコちゃんもぽかぽかで柔らかいよ」
「ううう……二徹の体は……固い……たくましい……」
「そりゃ、男だからね。筋肉は女の子と違うよ……」
「……ニテツは温かい……ねえ……もう少しこうしていていい?」
「いいよ」
「もう……ニテツ、大好き……。何だか心臓がビクビクして痛いんだ」
ニコールはそう言うと二徹の手をそっと自分の胸に押し当てた。確かに心臓の鼓動が早く感じる。ドクドクと脈打つ度に熱が帯びてくるように感じる。
「ニコちゃん……」
右の手のひらがやわかい感触で満たされる。
「エリザベスが起きちゃうから……静かにするなら……あの……その……許可する」
「ニコちゃん、静かにって……ニコちゃんもあまり声出さないでね」
「バ……バカ~っ!」
やがて雨が上がり、風が止む。雲の切れ目から月が顔を出し、島を照らしだした。
*
翌日。
ニコールが目を覚ますともう二徹は火の前で調理をしている。エリザベスも起きてその様子を見ている。
「あ、ニコちゃん、起きたようだね」
「お、おはよう……」
「ニコールさん、おはようなのじゃ」
くんくんと匂いを嗅ぐ。香ばしい匂いが食欲をそそる。どうやら、二徹は朝ごはんを作っているようだ。
「こんな朝早くから、食材を調達したのか?」
「うん。昨日、林の中で倒木を見つけてね。斧で割ったら結構な数を調達することができたんだよ」
ニコールは信じられない光景を目にする。白くてうねうねしたもの。それは人差し指くらいの長さで、親指くらいの太さがある。
「な、なんだ、それは?」
震える指で指し示すニコール。その顔には怯えが見て取れる。それとは対照的な二徹。そして信じられないのはエリザベス。こちらの表情は興味津々の色が濃い。
「これはモスというガの幼虫だよ。正式な名前はモスグラブ。ウェステリアの山間部で倒木に生息しているんだ」
「で、その幼虫をお前はどうしてるのだ?」
「軽くソテーしています」
「ゲゲ……虫を食べるのか? そんな気持ち悪いイモムシを!」
もう卒倒しそうな表情のニコール。そんなニコールを尻目に焼けた幼虫を試し食いする二徹。頭は硬いので歯で噛みちぎり捨てる。
「うん。うまい。はい、エリザベス」
そう言って焼けた幼虫をエリザベスに渡す。
「ま、待て、そんなものをエリザベスに食べさせるのか?」
驚いて制止しようとするニコール。だが、エリザベスはお腹が減っているようで、躊躇なくそれを口に入れた。
「うむ……クリーミーで甘くて美味しいのじゃ」
「そうだよね。モスの幼虫は一部のウェステリアの山間部で普通に食べられている食材だよ」
「うそだ……そんな気持ちわるいもの……食べられるはずが……」
「騙されたと思って食べてみてよ。これぞ、サバイバルご飯の究極。昆虫食だよ」
ニコールは勇敢な軍人だ。どんな恐ろしい戦場でも恐れることなく立ち向かっていくことができる。だが、虫は別だ。基本、嫌いだ。特にうねうねした幼虫系は苦手なのだ。
「美味しいのじゃ」
だが、エリザベスを見ると両手に持った木串に幼虫を突き刺し、交互にかぶりついている。実にうまそうに咀嚼している。
(そ、そんな……エリザベスが食べているなんて……しかも……美味しそうに……)
「さあ、ニコちゃん、食べてよ。見た目はともかく、味は絶品だよ」
「ううう……」
渡された木の枝の先の幼虫を睨む。こんがり焼けているとはいえ、中は熱が通ったクリーミーな味。想像するだけで背筋に冷たいものが走る。
それでもニコールは勇気を振り絞り、退却は免れた。小さなエリザベスが恐ることなくかぶりついているのだ。ウェステリアの軍人として逃げるわけにはいかない。
口を少しだけ開ける。そして木の枝の先に串刺しした幼虫。匂いは香ばしくそして、ほのかな甘い香り。
(う、うそだ……こんな甘い香り……)
口に入れる。そして噛む。ピュっとクリーミーな感触が……。
「あ……あ……甘い……美味しい……」
見た目は悪いが美味しい。これだけは真実だ。
(だけど……だけど……)
ニコールは涙目になってきた。
「美味しいけど……私には……、無理~っ!」
どんなに美味しくても生理的に受け付けないものはあるものだ。
朝方の海では大きな船がこの島に向かってきていた。
朝の薄暗い中、火の明かりが確認できたのだ。




