ウニの海藻焼き
夜が明けた。
昨日から何も食べてないから、空腹で目が覚めた3人。熾火に木の枝を追加して、火を起こすと昨日、沸騰させておいた水を飲む。あまり美味しくないはずだが、喉が渇いてるからゴクゴクと飲んでしまう。
「僕は海に食べ物を探しに行くよ。ニコちゃんたちは、水を汲んで沸かしていて」
「うむ、了解した。それでは頼む」
二徹は海に向かう。この無人島は狭いから、島の中で食料を調達するのは難しそうだ。ならば、目の前にある海の恵みをいただくしかない。
(とは言っても……)
魚を捕まえる道具などはない。あるのはペティナイフに手斧。それだけである。それでも、それらを使えば道具を手作りできなくはない。
まずは手斧を使って木の枝の先端を削って鋭くし、簡単なモリを作る。これで魚を突くのだ。後、海岸に打ち上げられていた木の箱。そして麻袋。こんなものを持って海に入ってみる。
が……。うまくいかないものだ。
(魚がいない……)
小さな小魚はいるが、大きな魚がいない。小さすぎてモリで突けない。海の中は砂地で岩がないこともあって、魚がいないのだ。あまり沖へ出て行っても海が深ければ魚を突くどころではない。
(これは困ったな……)
海岸沿いを泳いで探してみるが、魚がいっぱいいるポイントが見つからない。それでも待っている愛妻と猫姫のために努力する二徹。
(おっ!)
やっと見つけたのは海藻がゆらゆらと揺れている場所。その海底には黒いトゲトゲの物体が無数に転がっている。
(これはウニだな……)
ウニは『グズ』と呼ばれている生き物で、ウェステリア東岸ではあまり見ることがない。それでも場所によってはこのようにワサワサと海にいる生き物だ。ただ、トゲトゲの針で見た目が悪いのと、中には毒針をもっているものもいるので、食材としては知られていない生物である。それでもウニはウニ。うまく処理すれば、かなり美味しい食材なのだ。ほっておく手はない。
一旦、海から上がった二徹は、林に入って木の枝を折る。先端に切れ目を入れて挟めるように加工する。
これでウニを挟むのだ。木の箱を浮かべて底へ向かって潜る。そしてウニをはさんで浮かぶ。浮かんだ箱にウニを入れてまた潜る。
30分ほどで大量のウニが箱いっぱいになる。ウニ採りに夢中になっていた二徹だが、砂地で思いがけない獲物も見つけた。それは砂地で横たわっていた大きなカレイ。油断していたこの魚をモリで見事に突いた。
「ニコちゃん、リズ、獲物が取れたよ」
火を囲んで座っている2人に声をかける。ニコールはどこからか、平べったい石を探してきたようで、それを火の中に置いている。これなら石をフライパン替わりにして調理ができそうだ。
「なんだ、それは?」
魚はともかく、トゲトゲのウニを見てニコールは顔をしかめた。このビジュアルでとても食べられる生物には見えないのだから無理はない。
「これはウニという生物だよ。食べる人はあまりいないけどね」
「そんなトゲトゲなもの、食べられないだろう?」
「うまく処理すれば食べられるよ。まずは箱に入れたまま、振ってしまおう」
ウニの入った木箱に蓋をして激しく揺らす。こうすることで、ウニの刺の先端が折れて、処理がしやすくなるのだ。
「これでトゲの処理は終わり……」
箱のふたを取ると刺が折れた惨めな状態のウニどっさり。それを手斧で口の部分でバッサリと切断する。
「中の汁を流したら、木のスプーンで中身を取り出して海水で洗うんだ。黄色い部分を葉っぱに盛ってね」
そうニコールに指示する。木を削って作ったスプーン状のもので中身をかき出すとオレンジ色の身が現れる。
「おお……何だか美味しそうだな」
「リズもやりたいのじゃ」
「それじゃ、ニコちゃんとリズちゃんで中身を取り出して。僕はこの魚をさばくからね」
二徹はカレイの処理にかかる。幸い、ペティナイフがあるから魚の下処理も可能であった。まずはナイフを立ててなぞり、ヌメリを取る。エラブタに包丁を入れて付け根を外す。さらに腹に包丁を入れて、肛門まで裂くと内臓を取り出す。内臓は葉っぱに包んでおく。これは後で使う予定である。
「次に頭を落としてと……」
ここからは二徹の包丁さばきが映える。ペティナイフで若干、やりにくさがあるが、それでもスイスイと背身を取ると引っくり返して腹身を取る。いわゆる5枚卸しである。
二徹は麻袋に先ほどの内臓を包んだ葉っぱとカレイの頭、骨身を入れると海に戻り、石を入れて沈めておいた。こうすれば、餌に釣られた魚やエビが麻袋に入ると考えたのだ。
「ニテツ、ウニの身は全部取ったが、このオレンジ色の身をどうやって食べるのだ?」
海から戻ると作業を終えたニコールがそう聞いてきた。綺麗な海水で洗ったウニの身がてんこ盛りで葉っぱに盛られている。
「これは海藻で包んで焼くよ」
これは『生ウニの昆布船焼き』である。昆布がないから海藻で作った器を熱した石の上に置き、そこにウニを入れる。焼きながら食べる料理であるが、徐々に海藻の味が染みていき、高級感あふれる味となる。
「ニ……ニテツ……この匂いは空きっ腹に響くぞ……」
「これは美味しそうなのじゃ……」
グツグツと火が通り、半ナマ状態のウニは甘い匂いと潮風の匂いが混じる。これはたまらない。
「焼きすぎるとぼそぼそになっちゃうから、半ナマで食べるのがいいよ。本当はわさびや醤油があると最高なんだけど」
二徹はそう言うと、頃合のよいウニを木を削った箸でつまむ。それを息でふうふうして冷ます。
「まずはニコちゃんに味見をしてもらおうかな。はい、あ~んして」
「バ、バカを言うな……リズの前で恥ずかしいだろ」
「いやいや、珍しい食べ物だから、リズちゃんの前にニコちゃんにと思ったんだけど。じゃあ、リズちゃんから食べる?」
ニコールが二徹のシャツを掴む。
「待て、恥ずかしいといったが食べないとは言っていない。変な食べ物でリズがお腹を壊すかもしれない。私が味をみる」
「じゃあ、あ~ん」
ちょっと顔を赤らめてニコールはぱくついた。ウニの味が広がる。それは10何時間ぶりの食事である。ウニのまったり感が体に絡みつく。
「うん……んんんんっ!」
砂地にコロコロと転がるニコール。あまりの美味しさに悶絶している。
「どうやら、味は良さそうだね、じゃあ、次はリズちゃんに。あ~んして」
「あ~んするのじゃ」
エリザベスの口に焼けたウニを入れる。甘い味が口いっぱいに広がる。
「こ、これは甘いのじゃ……美味しいのじゃ……」
「はいはい、たっぷりあるからね」
二徹は焼けたウニをどんどん皿替わりの葉っぱに乗せる。それを舐めるように口に入れては悶絶するニコールとエリザベス。
「このネットリ感。口にまとわりつく味はまさに海そのもの……。ほのかな塩味が素材の甘さを引き立てる。そして食べるにつれて海藻の風味がウニに合わさって、これは美味しいというレベルではない。こんなのは都でも食べられないぞ」
「これは採ったばかりで新鮮だからね。都じゃこれだけの鮮度で手に入らないからね」
「はむはむ……これは今まで食べたどのお菓子よりも美味しいぞよ」
「リズちゃん、これはお菓子じゃないからね」
ペロペロと木のスプーンを舐めているエリザベス。まるでプリンやゼリーのように軟らかいから、お菓子と間違えても仕方がない。
「しかし、ニテツ。これは確かに美味しいが、お腹はあまり膨れないぞ」
「そうだね、ニコちゃん。これは美味しいけど、たくさん食べる料理じゃない。メインはこっちだよ」
そう言って火の中から取り出したのは焼け焦げた葉っぱ。それをめくると中から海藻に包まれた魚の身が現れる。カレイの身を蒸し焼きにしていたのだ。味は塩味だけだが、これも海藻の風味がいいアクセントになっている。
「さあ、食べよう」
「ニテツ……お前はやはり料理の天才だな。これはご馳走だ!」
感激するニコール。味は塩味のみだが、これは調理法がよかった。肉厚のカレイにうまく火が通っている。海藻で包んで蒸し焼きにしたから、身がジューシーで噛めば味がじんわりと染み出す。無我夢中で食べる3人。大きな身が4枚もあったから、これはお腹にたまった。
「美味しかったぞ」
「うん。運が良かったよ。でも、ここは魚を捕まえる場所があまりなくてね。島をぐるりと回って探さないと次はないかもしれない。ウニはたくさんあるけどね」
「うむ。これは美味しいけど、さすがにこればかりじゃな」
とりあえず、タンパク質は取ったがやはり炭水化物も恋しくなる。まだ遭難して1日ではあるが、パンやコメも食べたいところだ。
二徹は海を見る。そろそろ捜索隊が自分たちを探し始める頃である。早ければ今日の夕方までには搜索の船が来るかもしれない。




