サバイバル生活のスタート
異世界嫁ごはん2巻 発売中です。
そしてこの7人は行動を起こした。
「お客さん、危ないですからここへは近づかいないでください」
操船をする船長に近づいた男は無言で船長の体に手をかける。驚いて手を跳ね除けようとした船長を無常にも突き飛ばした。
「うあああっ……」
白い波を切り裂き、スピードに乗っていた船から転落する。それを目撃した若い助手も後ろから不意に襲ってきた男に海へ突き飛ばされた。
「よし、操船は任せた。進路を変更しろ」
「はい、ボス」
「2名を残して、5人で猫姫様を確保する。夫婦二人のうち、女はウェステリアの軍人だ。侮るなよ」
「はっ!」
男たちは密かに持ち込んだ銃と剣で武装している。二徹とニコール、エリザベスは船室にいたが、警戒していたためにこの異変にいち早く気づいた。
「ニコちゃん、やっぱり、あの人たち……」
「猫の目旅団の残党だったようだな……」
警戒をしていたとはいえ、旅行だったから武器になるものは何も持っていない。部屋にあったのは果物の皮を剥くための小さなペティナイフ。壁にかけてあった小さな手斧は、あらかじめ外して船室に持ち込んでいた。これだけである。
「ニテツさん……怖いのじゃ……」
二徹の後ろで震えているエリザベス。彼女はこれまでに何度となくこういう場面に出くわしている。二徹は振り返ってしゃがみ、エリザベスの両肩に優しく手を置いた。
「大丈夫だよ、リズ。僕とニコちゃんですぐに終わらせるからね」
ドンドンドン……。ドアを激しく叩く音がする。
「この船は我ら猫目旅団が乗っ取った。大人しく投降しろ」
「エリザベス様を渡せば、命だけは助けてやる」
「ここは海の上だ。逃げ道はないぞ!」
「ドアの鍵を開けろ。我々は銃を持っている!」
そんな要求を突きつける。だが、大人しく要求に従うような夫婦ではない。
「バカを言うな。貴様らこそ、武器を捨てて降参しろ」
そうニコールが言い返した途端、銃声がドア越しに鳴り響いた。慌てて首を引っ込めるニコール。部屋にあった丸テーブルを盾にしてその後ろに隠れていたのだ。
銃弾はあまり分厚くない木製のドアを突き抜け、部屋に数発飛び込んできたが、テーブルの盾のおかげで二徹たちにはあたらなかった。だが、扉を壊されて中へ侵入されたら、さすがにテーブルの板面だけでは銃弾は防げない。
そのドアも男たちの体当たりで木が割れ、蝶番の金具がひん曲がっていく。1発、2発と重い体当たりにどんどんと壊れていく。
「ニコちゃん、行くよ」
「ああ……」
二徹とニコールはテーブルの脚を抱える。部屋の扉が壊れて地面に落ちた瞬間、二人は息ぴったりで突進した。
(エクサレイション!)
二徹はチート能力を少しだけ使う。スピードを2倍。当たった瞬間に対象物の後ろへの加速を3倍に。
ズドーン!
「うああああっ!」
「うげっ!」
扉前に立っていた男とその後ろに控えていた男は、丸テーブルの盾に直撃されてそのまま、海へと吹っ飛ぶ。テーブルを離したとんでもない夫婦は、左右に体の向きを変えて、それぞれの敵に相対する。テーブルはまっすぐ飛んで海の中へと落ちていく。
「ボ、ボス~!」
どうやら海へ飛ばされた男は、このテログループのリーダーだったらしい。左のニコールの方に3人。右の二徹の方に2名。銃を構えている者が左右に1人ずついたが、これでは撃てない。
当然ながら、躊躇した敵を見逃さない。ニコールは突進して、まずは銃を持つ男へのハイキック。腕を蹴り上げられた男は空に向かって発砲。すかさず、その腹めがけて体当たり。九の字になって後ろへ飛ばされる。さらに剣を構える男の側頭部に対して回し蹴り。
ワンピースのスカートが舞い、それがゆっくりと閉じた時には、男は白目を向いて気を失った。
二徹の方はさらに一方的であった。時間を止めるだけで、銃を取り上げて海へ捨て、後ろの男の持つ剣も取り上げて海へと捨てる。あとは加速付きで殴るだけ。ベルトにはさんだ小さな手斧を使うまでもなく、一方的に戦いを終わらせる。
「う、嘘だ~っ。強すぎる!」
ニコールの方にいた3人目の若い男が恐怖で逃げ出した。逃げ出した方向は船尾。そこにはこのテロリストたちの切り札が用意されていた。
「ニ、ニコちゃん、危ない!」
二徹は最後の一人を追いかけようとしたニコールの手を握った。時間を止めようにも、先程から同じ空間での時間に対する介入時間が限界に達してしまったからできない。
船尾に置いてあったのは爆薬。小さな樽に入れられたものであるが、それでもこの小さな船を沈めるには十分な威力があるだろう。
「よ、寄るな。それ以上、近づけば爆破させる!」
仲間が一瞬で無力化されたためか、恐怖で若い猫族の男はパニックを起こしていた。火種になる縄の先を導火線に近づけている。
「よせ、爆破させれば船が沈む。ここで沈めば、みんな死んでしまうぞ!」
ニコールがそう説得するが、ブルブルと震える手は止まらない。どうなるかなど、考える余裕がなさそうだ。
「ニコちゃん、もう遅いよ!」
二徹はそう叫んでニコールの腕を掴み、エリザベスを左手で抱えると船首へ向かって走る。震える男の手がぶれて、導火線に着火したのが目に入ったのだ。もう爆発は免れない。
3人が船首へたどり着いた時にものすごい轟音が鳴り響き、激しく船体が揺れた。先に甲板に体を低くしていた二徹たちは、転倒によるケガは防いだが、船尾が吹き飛ばされた船はそこから海水が侵入し、傾き始めた。
「ニコちゃん、この折りたたみボートを使って脱出しよう!」
船首部分に装備されていたのは、布製の救命ボート。定員は4名の備え付けのボートだ。木でできた底板に折りたたみ状の布が張られたものだ。二徹が持っていた手斧でロープを切るとごろりと甲板に転がった。すぐさま、布を引き上げてボートにする。
それを海面に投げ下ろした。ザブンと海面に浮く救命ボート。すぐさま、ニコールが飛び降りる。
「ニテツさん、怖いのじゃ……」
「大丈夫だよ、リズ。ちょっとだけ目を閉じて!」
怖がって二徹にしがみつくエリザベスをなだめて、ニコールに向かって落とす。
「うきゃ!」
「うわっ!」
ニコールがしっかり抱きとめるが、小さなボートだから足場が安定しない。抱きとめたまま、バランスを崩して尻もちをつく。
その間も船は船尾から沈みつつある。二徹も急いでボートへ飛び移る。衝撃で左右に揺れるボート。二徹はすかさず、オールを漕いで船から離れる。一息ついた時には、船は海の中へと消えていった。
「ふう……間一髪だったね」
「船長さんや乗組員はどうなったのだろうか……」
「僕たちが襲われた時には見当たらなかったからね。気の毒だけど、海に落とされてしまったと見るべきだろうね……」
二徹たちが戦闘で海へ叩き落とした連中も見当たらない。そのまま、海の藻屑になってしまったのだろうと思われた。
だが、それは何とか脱出した二徹とニコール、エリザベスにも同じ運命をたどる危険があった。何しろ、ここは外洋で波も荒い。潮の流れも早いから、今、乗っている小舟ではいずれひっくり返ってしまうか、遭難してしまうに違いない。
「幸い、島が見えるから、あそこまでボートで行こう」
二徹はそう提案した。ニコールも頷く。この簡易ボートは作りが悪く、長時間の走行には耐えられそうもなかった。目視できる島までたどり着けるかも定かではない。
*
1時間ほど漕いで3人はやっとの思いで島にたどり着いた。
船の船長によれば、この島は無人島。グリーンコーラルから12ギラン(約6km)離れているとのことだが、天気が悪いのか霞んでグリーンコーラル島は視認できない。
「見た感じ、岩と小さな林しかない島だね」
「向こう側まで2ギラン(1km)もなさそうだぞ……」
海岸は岩と小さな砂浜。中央は木々が生えている林である。まさに無人島。動物も生息してそうにないくらい狭い島だ。
「とりあえず、無事にこの島にたどり着いたけれど、この先どうしようか?」
「うむ……」
ニコールは軍人である。こういう時の判断は、一般人よりも知識もあるし、訓練もされているから、今置かれた状況を分析して的確にできる。
「我々が行方不明になったことは、あの船がたどり着かないことでいずれ分かるだろう。そうなれば、搜索が行われるはずだ。この島はグリーンコーラルへ向かう航路上にあるから、合図を送れば、発見してもらえるはずだ」
「そうだね。困った状況だけど、最悪でもない。3日間ほど何とかできれば、絶対に救援が来るだろうね」
そう考えると、この島で2,3日間耐えれば良いことになる。ちょっとしたサバイバル生活であるが、問題はそれをするにはあまりにも物がないことだ。
ボートは組み立て式のものであったから、何も積んでない。簡易な布製であったから、島にたどり着くまでに海水が染み込んで、今は水が浸入してもう使えない状態である。
あと持っているものはというと、二徹がもっている小さな手斧とニコールが武器として使った小さなペティナイフだけである。




