休暇
異世界嫁ごはん2巻 発売中
今回から新章開始。とはいっても、ニコールと二徹が一緒だから話が都合よく進むw
強すぎるのもなんだかなあ。
ウェステリア軍が進駐して1ヶ月が経った。
この間に完全に独立派を駆逐し、ゼーレ・カッツエに所属していた貴族たちも捕らえて、オーデフの町も平穏を取り戻した。
一時的な軍政も徐々に、オーデフの行政府に権力を委譲し、第7師団は元の駐屯地へ移動することになった。オーデフの町にはAZK連隊だけとなり、それもゼーレ・カッツエの壊滅と共に役割を終えて、解散することになっている。
総司令官のレオンハルト中将に呼ばれたニコールは、オーデフ城内にあるAZK連隊本部に呼ばれていた。
「二コール少佐、入ります」
部屋に入ると机に座っているレオンハルトのところへまっすぐ進み、コツンとかかとを合わせると右手で敬礼した。骨折した右手は完治している。
「二コール少佐、今回の遠征ご苦労であった」
「はい」
「AZK連隊の参謀として、途中からは半個連隊の指揮官として勇戦しただけでなく、このオーデフに入ってからの行政官としての腕も見事なものだ」
「そんなにほめていただくと、恐縮してしまいます」
「いや、これはお世辞抜きに今回の手柄は随一だ。都の陸軍本部にも報告し、2階級特進は確実だろう。1ヵ月後には君は大佐として軍に奉職することになる」
ニコールの顔が少しだけ緩んだ。ニコールの目的は女性初の将軍になることなのだ。それにしても、まだ、20歳前半でこの出世は異例中の異例だ。目の前のレオンハルトでさえ、同年齢の時には少佐であった。軍功をあげる機会が立て続けにあったことが幸運とはいえ、それを見事なまでに生かした才覚の結果でもあった。
「これも中将閣下のお引き立てのおかげです」
「謙遜するな。君の軍功は、女性に対する蔑視をもつ軍本部の長老どもの目を覚まさせたことが大きい。今後も優秀な人材は出自、性別、年齢で差別することなく登用されるだろう。ウェステリア軍は強くなる」
「はい。確実に強くなるでしょうね。これまでフランドル王国に遅れを取っていましたが、これで我が軍も攻勢に出られるというものです」
出世という点では、レオンハルトも大将への昇進は確実で、大陸派遣軍の総司令官職も与えられるだろうというのが噂であった。ニコールもそれは間違いないと思っていた。何しろ、大陸派遣軍は苦戦続きであったし、現在はフランドル王国とは休戦しているものの、スパニアの内戦の行方によっては、再び、衝突する可能性が高かったからだ。
まだ現地に駐屯しているウェステリア軍は、レオンハルトの着任を待ちわびているのだ。英明な現在の国王がレオンハルトを任命しないわけがない。
ニコールは最初、国王はレオンハルトを疑っており、ニコールに動向を報告させていた過去から、彼は失脚するのではないかと思った時期があった。
しかし、今回の司令官職への抜擢をみるとそれは杞憂に終わったといえる。国王とレオンハルトの間で密約があったことは知らないが、彼が国王にとって重要な臣下になることは間違いがない。
「それでニコール少佐。これは国王陛下からのAZK連隊全将兵に発する命令だ。明日より1ヶ月の休暇を命ずるとのことだ」
「休暇ですか?」
「そうだ。体を休めろということらしい。次の任務も楽ではない。休めるうちに休んでおくがいいだろう」
「はっ。そうさせていただきます」
「1ヵ月後、ファルスで所属部隊の通知がありしだい、出頭してもらうことになる。君は夫と暮らしていたな。この機会に一緒に旅行にでも行くがいい。君の夫もこの戦役ではよく働いたみたいだし……」
そう言ってレオンハルトは片目を閉じた。どうやら彼は二徹と二千足の死神のエリザベス奪回の活躍を知っているらしい。あえて詳しく言わないのは、表向きはオズボーン小隊の手柄となっていることや、二徹や二千足の死神が活躍したことがエリザベスをわざとクエール王国独立派に拉致させたという経緯があるからだ。
「はい、そうさせてもらいます……」
ニコールもそれは薄々気がついていた。二徹の話やオズボーンの話を聞けば、賢い彼女には、エリザベスをうまく利用した国王側の非道さはお見通しである。だが、それを糾弾したところで仕方がないこと。結果的には、人々の犠牲は少なくて済んだ。これが政治というものであろうと好きにはなれなかったが、理解するしかなかったのだ。
(私もこうやって汚れていくのであろうな……)
上に立つほど、こういうことを避けては通れないということだ。
1ヶ月の休暇。この機会にニコールは旅行に行こうと思った。前から行ってみたい場所があったのだ。
「ふ~ん。それで休養先がこの島ということなんだね」
オーデフの滞在先の荷造りを終えた二徹は、ニコールの話を聞き、その提案に賛成した。荷物は先にファルスの屋敷に送り、ニコールと共に旅行に行くのだ。考えてみれば、ニコールと正式に一緒に暮らすようになってから旅行をしたことがない。
「そうなんだ。それにエリザベスも見たこともない場所なら、気分も晴れると思うのだ。どうだろうニテツ?」
ニコールの提案に反対する理由はない。実際、ニコールは働き詰めでかなり疲れているように思えるし、仕事のことを忘れてのんびりするのもいいだろう。それに今回の事件に巻き込まれて、家族を失ってしまった猫姫エリザベスのことも心配だ。
エリザベスはニコールが後見するということで話がまとまり、大ケガをしていた執事オイゲンもようやくケガが治り、体を動かせるようになった。今はニコールの屋敷でエリザベスの帰りを待ちわびているとのことだ。
ちなみに副官のシャルロット少尉は実家に帰るそうだし、ケガが治ったカロン軍曹はファルスの都で旧友と飲みまくるらしい。
「いいと思うよ。久しぶりにのんびりしよう。リズも自然の中で遊べば嫌なことも忘れるだろうしね」
そう二徹は答えた。ファルスの屋敷の方はジョセフに任せておけば大丈夫だ。エリザベスがいるので、本当はメイにも来てもらいたかったが、学校があるから呼び寄せてはいない。
ニコールが行こうと誘った場所は、ウェステリアの西方にある島。名前を『グリーンコーラル』という。近くに有名なリゾートアイランドである『オマハ島』があるが、このグリーンコーラルはあまり知られていないリゾート地である。
グリーンコーラルは孤島で、100人程度が滞在できるコテージがあるだけの小さな島である。周囲は2ギラン(およそ1km)しかなく、中央の小高い丘とその下の森、岩礁と砂浜があるだけである。森を少しだけ切り開いたところに、食事をする施設とゲストを泊めるコテージがある。非常に不便な場所であるが、綺麗な海と人がいない環境がよいと貴族や金持ちの実業家の隠れた避暑地になっていた。
「あ、あれが今日からお泊りする島なのじゃな?」
小さな船のベンチから、エリザベスが指さした方向には、小さな島影が現れていた。
だが、それを聞いていた船長は操船をしながら首を横に振った。船の帆は風を受けて順調に進んでいる。
「あれはグリーンコーラルの隣の無人島だよ。誰も住んでいない小さな島さ。目的地はもう少し進むと見えてくるよ」
その島からグリーンコーラル島までは、12ギラン(約6km)ほど離れているということだ。
島に向かっている小型の船には10人の乗客が乗っている。まだ観光シーズンではないために、乗客は少ない。上陸して1週間から2週間、長く滞在する客で1ヶ月というのがこの島の過ごし方だ。
「うむ、私も楽しみになってきた」
ニコールもうれしそうにそう言ったが、それはエリザベスに聞かれるのを意識したもの。二徹はその気配を感じた。二徹も少しだけ気になることがあったからだ。
「ニコちゃん……この船……おかしいよね?」
声を潜めて二徹はそうニコールに話しかけた。
「やはり、ニテツもそう感じていたか……」
二徹のただならぬ様子にニコールはそう答えた。この夫婦はオマハ島から、グリーンコーラルへ向かうこの船に乗る時にある違和感を覚えたからだ。
その違和感は乗客に起因する。
10人のうち、3人はニコールと二徹とエリザベスである。残りの7人は猫族。しかも全員男である。男だけでリゾート地に行くのはおかしいが、一応、学校の同窓生ということである。
(同窓生で孤島のリゾート地へ行くのも変だが、そもそも年齢構成がおかしい……。そもそも、この時期に猫族というのも引っかかる)
猫族の一部は、クエール王国を名乗り、独立戦争を企てた。それは失敗に終わったが、企てた連中すべてが捕らえられたわけではない。
7人のうち4人は20代で同じくらいであるが、残りの3人はおっさんである。どう見ても同じ学年には見えない。しかもこの3人のおっさんについては、目つきが悪く、どう見ても一般人には見えない。
船は船長ともうひとりの助手によって操作されている。それを除けば、この怪しい7人組と二徹夫婦だけである。
そしてこの7人は、その目的のために行動を起すべく動き出した。




