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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 死神くんのお仕事 ~トマトのガスパチョ
205/254

僻地の宿屋

異世界嫁ごはん2巻 発売中です。

さて、ちょっと閑話です。死神くんのヒューマンドラマ? 3話完結予定

「ターゲットは猫の目旅団首領ジョバンニ、その側近、バートルミー。そして猫の目旅団で暗殺専門を請け負っていた人斬り剣士ことルーファス」

 

 二千足の死神は、そう書かれた手紙をエージェントから受け取った。街中でさり気なく渡されたのだ。2人の角の生えた骸骨戦士が秤をもつ姿をデザインした紋章は、二千足の死神が仕えるアーネルト侯爵家の真の紋章である。

 

 死神はそれを見るとすぐに細く破り、街中の屋台で使われているコンロにくべた。すぐに手紙は燃えて灰になる。

 

 二千足の死神は少しだけ首をかしげた。なぜなら、猫の目党は今回の戦争の元凶である。彼らのせいで何千人と人がなくなったとも言える。そしてウェステリア王国からも戦争犯罪人として手配されていた。そんな彼らをわざわざ、暗殺のターゲットにする意味はないと思ったのだ。


 死神が請け負い、その殺しのターゲットにする連中は、そのほとんどが法では裁けない輩である。ずる賢く法の網をかいくぐるか、権力や財力で追求を逃れるそんな連中である。

ほっとけば逮捕されて裁かれる連中は対象外だからだ。


(ダガ……エヴァ様ノ命令ハ、必ズ意味ガアル……)


 死神がエヴァ様と呼ぶ、エヴァンゼリン・アーネルト女侯爵は、二千足の死神が崇拝する真の主人である。彼女の命令は絶対であるし、その判断は間違いがない。だから、二千足の死神はためらいなく仕事あんさつを行うことができるのだ。


(ソレデハ茶番ハ終エテ……本来ノ仕事ニ戻ルカ……)


 死神自ら『茶番』と称した今回の任務は、クエール王国の王家の末裔で小さな猫族の女の子を救出するヒーローめいた役割であったが、暗殺が本来の仕事である死神にはちょっと勝手が違う任務であった。


(マア、茶番デアッタガ、面白イ任務ダッタノダガ……)


 二千足の死神の表情は無表情であったが、心の中でニヤリとしていた。冷徹で人の心を持たないと言われる死神にとっては珍しい感情であった。


(ドウヤラ少シ……人ト深ク交ワリ過ギタヨウダ……)


死神は、オーデフから北へ移動する定期馬車へと乗り込む。


 今回のターゲットである3人の居場所は既に組織が突き止めていた。それはオーデフ北方の小さな町ダナン。ウェステリアにある北方山脈地帯の入口にある辺境の町である。辺境だけに、まだ手配書が回っていないのだ。


 そのダナンの小さな宿屋に猫の目旅団の幹部たちが集まっていた。総勢で10名。ここへ来るまでにかなりの人数がいなくなってしまった。ウェステリア軍に捕まったり、自首したりする者が多かったが、中には勝手に逃亡したものもいる。


 そんな中、ここまで逃げてきた者は革命への理想が熱いか、他に方法がなくてここまで来た人間のどちらかであろう。一応、彼らの当初の目的は、ウェステリア軍がやってくる前に、さっさと城の宝物庫にあった金貨の壺と共に、北方の山中に逃れること。元々、猫の目党はそこを拠点としていた山賊であったから、自分たちの勢力圏に逃げ込んで再起を図ろうとしているのだ。


「明日には山中へ逃げ込める。そこならウェステリア軍も我々を追求することができないだろう」


 そうテーブルを囲み、幹部たちに話しかけたのは首領のジョバンニ。猫族の男で、今回の騒動では、クエール王国の摂政を務めていた男だ。とは言ってもジョバンニ自身は優秀な男ではない。彼は人の良さで猫の目旅団の首領になった男で、本当の頭脳は側近のバートルミーであった。バートルミーも猫族の男で、耳がトラ縞が特徴の中年男である。


「ジョバンニ同志。これまでの我々なら、それでよかったでしょう。しかし、今回の件で我々は重犯罪人となりました。ウェステリア軍は草の根を分けても我々を捕らえようとするでしょう」


 バートルミーはそう述べた。賢いこの男は、現在の状況をよく分析しており、それに基づく、次の一手もちゃんと用意していた。


「では、我々はどうすればよかっただ……」


 そう野暮ったい田舎言葉で気弱そうに尋ねたのは、最近この猫の目旅団の金庫番に任じられたピエールというまだ30代の若い男。彼も猫族で白地に黒ブチ模様の猫耳をしている。元々彼は町で両替商の下で働いていたところを、猫の目旅団の会計部にスカウトされた男だ。


 両替商の事務の仕事は給料が安かったので、少々危険だとは思ったが、倍の給料に目がくらんで旅団に入ったのだ。ところが会計部の幹部はこの敗戦のどさくさでいなくなってしまい、気がついたときには、ジョバンニらの最高幹部と共に行動していた。会計部の人間は自分一人であったので、金庫番に任命されてしまったのだ。


本当はこんなことをしたくないとピエールは思っていた。なぜなら、故郷の村には年老いた父母と妻、そして今年2歳になる息子がいるのだ。


(こんなことなら、オーデフの町で逃げればよかっただ。そうすれば、今頃は妻や子供たちと過ごせただ……)


 猫の目旅団への追求があると思って、つい幹部連中についてきてしまったが、よく考えれば自分のような下っ端へ捜査が及ばないだろう。だが、ここまで来るとその機会は失われた、何しろ、猫の目旅団所有の大量の金貨を預かる身なのだ。逃げれば猫の目旅団からも追求されるだろう。気の弱い平凡なピエールにはとてもできないことだ。


 そんな複雑な心境のピエールの心境を知らないバートルミーは、ピエールの問いに丁度良いという意味で頷いて、次のプランについて説明を始めた。


「ピエール同志よ。我々はスパニア王国へ亡命する」

「えええええっ!」×2


 驚いたピエールとジョバンニは思わず叫んでしまった。


「どういうことだ、同志バートルミーよ」


 幹部全員が小物と評価しているピエールと同じ反応をしてしまったことを恥じたジョバンニは、そう威厳を込めてゆっくりと尋ねた。しかし、心の中は疑問だらけである。


「ジョバンニ同志よ。これまでのような山賊行為だけでしたら、北方の山脈地帯に潜んでいれば、追求の手も本格的にはならなかったでしょう。しかし、我々はクエール王国の独立を画策し、国家に反逆を起こしました。国は絶対に我々を許さないでしょう。よって山脈へ逃げても無駄です」


「そ、それでは……自首をしよう……そうすれば、少なくとも死刑だけは免れるのでは……現在のウェステリア国王は慈悲深いと聞くし……」


 ジョバンニの言葉にピエールはそれは名案だと心の中で頷いた。自首すれば幹部は処罰されるだろうが、にわか幹部の自分は無罪放免になる可能性もある。悪くても数年刑務所行きかもしれないが、生きて家族に会えることは間違いがない。


「同志よ、我が猫の目旅団の首領がそんな弱気でどうしますか」

「しかしだな……」

「ご心配には及びません。私には考えがあります。そして、それは既に進んでおります」


 バートルミーはそう述べて、地図を開いた。それは山脈を超えた寒村の港からの海図。ウェステリア海軍やクエール海賊団の目を逃れて、スパニアへ行くルートが書いてある。


「スパニア王国へ行くのか?」


 これはジョバンニには初耳の意見。首領なのにこの時点で何も聞かされていなかった。部下の勝手な行動に普通は憤るものだが、この男はどこまでも人がよかった。助かったという気持ちがこの問にはにじみ出ていた。


(ス……スパニア王国へ亡命……オラはそんなところへは行きたくねえだ……)


 妻子や親を捨ててまで行きたいとは思えないピエール。もう涙目である。だが、話はどんどんと進んでいく。


「スパニア王国は内戦で国がゴタゴタしています。我々が潜伏するにはもってこいです。それにフランドルからの支援も受けられます。これからは海外からウェステリアへの反抗活動を進めるのです……」


 ここに集ったピエール以外の幹部は頷いた。ガタンとドアの外で音がした。全員がビクッと体を反応させた。入口には猫の目旅団に所属するルーファスという男がいる。彼は黒毛の耳をもつ猫族。やせ型が多い中で巨大な体躯をもつ猫族の男だ。


 年齢は40後半から、50過ぎといった感じに見えるが、手に持った酒の瓶でもわかるように四六時中酔っ払っているから、酒焼けが酷い。年齢より老けて見えるかも知れない。

 

 ただ、この状態でもこの男の強さは大したもので、この猫の目旅団の中で裏の汚い仕事を主に請け負っていた。その任務の完璧さは凄まじいものがある。手にした年代物のロングソードでターゲットの周りにいる人間まで皆殺しにする残酷さなのだ。


「誰だ……!」


 そのルーファスがロングソードに右手をかけて、ドアを蹴飛ばした。そこには食べ物を持った宿屋の主人がいる。先ほど、注文した料理を持ってきたのだ。


「あわわわっ……。料理を持ってきただけです……」


 ビビってそう言うのがやっとの主人。ワケありの危ない連中が大勢、宿を貸してくれとやってきて断れず、やむなくこの3日間泊めたが、妻や女性従業員を近づけるのは危険と感じて、自分で料理を持ってきたのだ。


「そこへ置け……」


 ルーファスの氷のような冷たい言葉に、背中を続々させながら主人はスープの入った鍋をテーブルに置いた。ワゴンから人数分の皿を運ぶ。運びながら部屋で行われていただろう密談に気が散ってしまう主人。視線が注目しているので作業がスムーズに進まない。


「終わったら、さっさと行け!」


 ルーファスにどやされて、宿屋の主人は転げるように部屋を出て行く。この純朴なおっさんな感じの主人は、1階へ降りる階段でやっとひと心地ついた。


(全く迷惑な話だ。もしかしたら、奴らお尋ね者かもしれない。だが、村の衛兵警備隊では何ともならないだろうし……早く出て行って欲しいのだが……)


 出ていってほしい客と言えば、もうひとりだけいることも思い出した。顔を下半分布で覆った不気味な小男。こんな状態の宿屋でも滞在させろと夕方やってきたのだ。前金を払う時にちらりと見えた不気味な刺青に宿屋の主人は心臓を掴まれた感じで息苦しい思いをした。


(あいつもただもんじゃねえ……それにあの刺青……ムカデが2匹絡まったような……)


「ああ、やだやだ……全く客運が悪いぜ……」


 宿屋の主人は自分の運の悪さに悪態をついた。


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